迷い
相談所を開業して2ヶ月経つころには、芽衣の信頼度はレベル90になっていた。相談所の営業日には朝から晩までひっきりなしに依頼客が訪れるようになっていた。
休日に芽衣と得縷は草原にいた。
「芽衣さん」
「何? 得縷くん」
「芽衣さんは俺のこと恋愛対象として見れるかな?」
芽衣は驚き、顔を赤らめて得縷を見る。
「……見れるよ。というより理想の男の人だよ」
「じゃあさ、短い間でも俺と付き合わない?」
「え……」
「俺は芽衣さんが好きだ。俺の恋人になってください」
――別れが悲しくなりますから。特に恋人なんかをお作りになられた場合は切なすぎます。
美女の言葉が脳裏をよぎる。
……それでも!!
「うん。よろしくお願いします」
芽衣は涙をこぼして笑顔で言う。
得縷は満面の笑みを浮かべた。
それ以降は芽衣と得縷は恋人として幸せに日々を過ごした。
芽衣はこれまでの人生で感じたことのない幸せを得ている気がした。
相談所を開業して2ヶ月と2週間経った頃には芽衣のレベルは96になっていた。
クリスマスイルミネーションを芽衣と得縷は一緒に見ている。
芽衣は一瞬、遠い目をしている得縷の顔に気付く。
得縷はイルミネーションを見つめ物思いにふけていた。
……芽衣さんとずっと一緒にいたいな。こんなに幸せを感じたことがない。芽衣さんは俺の初恋の人だ。出会った瞬間から恋に落ちた。もうこんな人に会えないだろうなあ。芽衣さんが地球へ帰りたいとわかってはいても、何とかこの世界に留まってもらえないかって考える自分もいて、嫌になる。最愛の人が望むことを叶えることが一番のはずなのに。
得縷は芽衣が自分を見つめていることに気づく。
「芽衣さん、あともう少しで地球に帰れるね」
「うん」
儚げに笑う得縷を芽衣は見つめて思う。
……ごめんね、得縷くん。私、得縷くんに隠してることがある。実は地震の日に能力をすぐに発動できなくて、思いついたことがあったの。ゲージを出さなくても、願いを口に出さなくても能力が発動するようにお願いしてみたんだ。そしたらね、それができちゃったの。
得縷くんにそのことを言ってないのは、ゲージを表示することもなく相手の心を読むこともできるなんて自分の考えていることまで常に気にしなくちゃいけなくなって、窮屈だと思うから黙ってるの。
もしかしたら得縷くんは、そんなことができるかもしれないって気づいていたかもしれないけど。
だから得縷くんが今考えてたことも知ってるんだ……。
芽衣の右手には星マークと、左手には成功の文字が浮かび上がっている。
私も得縷くんとずっと一緒にいたい。私に地球でこんな素敵な彼氏ができることはないだろう。地球に帰れたとしても得縷くんのことを忘れられるわけがない。
――私、どうしたらいいの?
相談所ではそれ以降、重すぎる依頼は断っていた。レベルが一気に100まで上がってしまうことを、その瞬間に訪れる別れを2人は暗黙のうちに意識して避けていた。
それでも問題が解決した依頼者から感謝され続ける。
ああ、私は地球よりもこの世界の方が人の役に立てるんだ。多くの人に必要とされてるんだ。
私は本当に地球へ帰るべきなのだろうか?
芽衣が異世界に来て2ヶ月と3週間経つころには、芽衣の信頼度のレベルが99に到達する。相談所は芽衣の信頼度がレベル99になった時点で、一時休業という張り紙が事務所のドアに張り出された。
芽衣と得縷はタイムリミットぎりぎりまで幸せと切なさが入り混じった気持ちを感じながら2人で過ごす。その間は地球へ帰るという話題をどちらとも持ち出さなかった。あえて触れないようにしていた。
そしてタイムリミットである最終日を迎える。