感謝
開業3日目、芽衣と得縷はいつも通りビラ配りを終え、事務所で待機する。
そして、50代のスキンヘッドの男性が来て、怒鳴り散らされる。
「0!? 犯罪者じゃねえか! 無駄な時間使わせやがって!」
芽衣の信頼度を見るなり、話を聞かず、スキンヘッドの男は事務所から荒々しく出ていく。
「まあ、こういうこともあるよ」
怒鳴られてショックを受けている芽衣に得縷は優しく声をかける。
「大丈夫、安心して。護衛の仕事をやってたし、何があっても俺が芽衣さんを守るから。それに本当に困ってる人なら話くらいは聞こうとするから、ああいう人は気にしなくていい」
「……うん」
芽衣は得縷の優しい表情、言葉、声によってショックによるダメージが打ち消される。
正午になり、初日の客である中年の女性が事務所に入ってくる。
「あなた、凄いわ!! 起きたら本当にシミが消えてたわ! ありがとう! 10年間、ずっと消えなかったシミなのよ? 本当にありがとう!!」
女性は芽衣の手をにぎり、涙ぐんだ表情で芽衣を見つめる。
「あ……よかったです」
芽衣は女性の涙ぐんだ顔につられて、自分も感動して涙ぐむ。
女性は芽衣の表情を見て、こらえていた涙がこぼれる。
「本当にあなたには感謝してる。10年間どこに行っても無理だって言われてたんだもの」
女性はバッグから財布を出す。
「成功報酬も10万円は出せるわ。もう少し待ってくれればそれ以上も出すけれど」
「いえ、1万円以内で結構です」
芽衣は慌てて言う。
「遠慮しなくていいのよ。あなたは私を救ってくれたんだから」
女性は芽衣に感謝でいっぱいの表情を向ける。
「空川さんが解決方法を導き出したことは言わず、この事務所が信用できる場所だと3ヵ月間できる限り宣伝してくれることが空川さんにとって一番うれしいことです」
得縷が女性に告げる。
「わかったわ。私もできる限り宣伝するわ」
「ありがとうございます」
芽衣と得縷は女性に頭を下げる。
「お礼を言うのは私の方よ。じゃあ、成功報酬は1万円を支払っておくわね」
女性は芽衣の机に1万円を置く。
「でも、まさかバナナ食べるだけでシミが治るなんてね」
「誰でもそうなるとは限りません。お客様の場合、そうであっただけです。他の人が同じことをしてもシミは治らないと思います。空川さんはその人に応じた最善の方法を見抜きます」
「そうなの。空川さん、あなたは本当に凄いわ。これからもたくさんの人を救ってあげてね」
「はい!」
芽衣と女性は笑い合う。
女性は感謝の気持ちをその後も述べ、事務所を出ていった。
「よかった」
芽衣は幸せな気持ちでいっぱいだった。
「そうだね。誰かから感謝されるって気持ちがいいよね」
「うん、あんなに人から感謝されたことない」
「私、やる! これからどんな人が来ても精一杯やっていくよ」
「その意気だ」
「うん」
芽衣と得縷は笑い合う。
「信頼度、上がってると思うけど?」
得縷に言われ、芽衣はゲージを頭上に出してみる。
レベル3が表示されていた。
「一気に3も上がるもんなんだ」
「いや、ふつうは一気に3も上がることなんてない。物凄く感謝されたってことだね」
翌日の朝、2日目に来た男性客が事務所へ入ってくる。
「見つかりましたか!?」
「はい、これですよね」
芽衣は腕時計を男性に差し出す。
男性は腕時計を見て、驚愕の表情を浮かべる。
「これです!!! 凄い、本当に見つけてくださったんですね!」
腕時計の裏側の妹が書いた文字も確認して、男性は涙を流す。
「本当にありがとうございます。感謝してもしきれません!」
「よかったですね」
「どこにあったんですか?」
「……川の中にありました」
「どこの川ですか?」
「宝石川です」
すかさず得縷が芽衣に代わって返答する。
「そうなんですか。本当に感謝してます!」
「あの、お金は出せるだけ出します。いくら支払えばいいでしょうか?」
「1万円以内で出せるだけでいいですよ。3ヵ月間、他の人にこの相談所を宣伝してくれることが空川さんのためになります」
「わかりました! できる限り宣伝していきます」
男性は感謝の言葉を長いこと述べ、事務所から出ていく。
芽衣は信頼度を確認するとレベル6となっていた。
その日は初日に来た女性にこの相談所を勧められたという、新規の人が2人依頼しに来た。
そして事務所を閉める時間になり、芽衣と得縷は戸締りをし始める。
「このぶんだと1ヵ月以内にレベル100までいけるかな?」
「……どうだろ。最初の方の人たちは他でどうにもすることができなく、藁にも縋る思いで来た人たちだろうけど、勧められて来た人たちはそこまで重い悩みでもないかもしれない。だとすると昨日と今日みたいにレベルが3も一気にあがることはないかな」
「そっか」
「でも、このペースだと2ヶ月もあれば余裕でレベル100にはなれるよ」
「そっか……」
うれしいことのはずなのに、素直に大喜びできない自分に芽衣は気づいていた。