依頼
最初の依頼者は中年の女性だった。
「チラシを見て来たんですけど」
「ありがとうございます。そちらにお掛けになってください」
中年女性は芽衣のデスクの正面にあるソファに腰掛ける。しかし、芽衣の机にのっている水晶を見て、女性は顔を曇らせる。
……得縷くん、やっぱりこの水晶は胡散臭いって。
「お困りになっていることを話していただけますか?」
得縷に促され、中年女性は仕方なく話し始める。
「この顔のシミを完全に消すことはできないかしら?」
「空川さん、どうですか? 消せそうですか?」
芽衣は女性の顔を見ると、確かに目立つシミがいくつかある。
「消せますよ」
芽衣の言葉を聞き、中年女性は見開く。
「本当なんですか? どうやって?」
芽衣が口を開こうとすると、得縷が即座に口を挟む。
「その方法をお伝えする前にいくつか約束していただきたいことがあります」
「なにかしら?」
女性は怪しく感じたのか、警戒するような顔になる。
「もし、問題が解決した場合はそのことを3ヵ月間他言しないでいただきたい。そして、3ヵ月間この相談所が信用できると、どんな方法でもいいので、できる限り宣伝していただきたい。知り合いに話したり、ネットに書き込んだりするとかです。そうしていただかないと、せっかく解決した問題が再発してしまいます。つまり、そうしないと顔のシミが一度は消えても、また現れてしまいます」
「シミが消えるんなら、3ヵ月間それくらいだったらやるわよ」
「では空川さん、信頼度を出してください」
得縷が言い、芽衣は得縷の話を思い出す。
そうだった。信頼度を相手に見せてからじゃないと、感謝されても信頼度が上がらないんだった。
芽衣はゲージを頭上に出現させる。
「0!?」
中年女性は驚き、一気に嫌悪の表情を露わにする。
「驚くのも当然です。しかし、空川さんは特殊な事情があって信頼度が0となっています。あなたに危害は決して加えません。これから空川さんの言う簡単なことを実践すればたったの数日で、あなたのその顔のシミが完全に消えることを約束します」
得縷は自分のゲージを出し、レベル322を中年の女性に見せる。
女性は得縷の信頼度を見て、帰ろうとした足を止める。
「聞くだけでも聞いてみませんか? 方法は本当に簡単なものです。それさえ実践すればあなたを長く悩ませているそのシミが数日で完全に消えるんですよ?」
「どんな方法?」
女性は吐き捨てるように言う。
「一日にバナナを10本食べてください。それを2日間続けると顔のシミが完全に消えます」
芽衣は慌てて言う。
「馬鹿にしてるの?」
「いや、そんな!」
芽衣は首を大きく振る。
「本当のことです。空川さんは巫女をやっていまして、相手にとっての最善の問題解決方法を知ることができます。金額的にも大してかからないはずです。試してみていただけませんか? もしシミが消えないなら怒鳴り込んできても構いません」
得縷の自信たっぷりの言葉に女性は少し考える。
「バナナを1日に10本食べて、それを2日間続ければシミが消える、でいいの?」
女性は芽衣を少し睨む。
「はい」
「ただし、今日から実践していただくという条件もあります。つまり、明後日にはシミが消えてるはずです。シミが消えたら成功報酬をお持ちになって、こちらにお越しください」
「……わかったわ。そんなんでシミが消えたらね」
女性は吐き捨てるように言い、事務所から出ていく。
「芽衣さん、能力で願いを」
「うん」
芽衣は『能力』と念じて、右手に星マークが浮かぶ。
「あの女の人がバナナを1日10本食べて、それを2日間続けたら、あの顔のシミを消してあげて」
左手に成功の文字が浮かぶ。
「よかった」
芽衣は安堵する。
「芽衣さん、水晶を使わないと。もっと占い師っぽくしないと。それにバナナじゃなくて別の何かにアレンジしてもよかったんじゃない? 3日間ウォーキングするとかさ」
「だって、すごく慌てちゃって。でも、やっぱり、水晶は胡散臭いよ」
「相手を見るだけで方法がわかるっていうのも、説得力にかけない?」
「うーん……相手に手をかざしたりするのはどう?」
「……そうだね。そっちの方がいいか。芽衣さんの案、採用」
芽衣は水晶を机の引き出しにしまう。
「でも、信頼度って本当にこの世界じゃ重要なんだね」
「そうだね。この世界では就職活動とか契約や取引、交渉でも相手の信頼度は必ず確認するね。信頼度のレベルで相手を信用していいか決めるから」
「じゃあ、0はやばいよね」
「まあ、信頼度0はよっぽど悪いことしたか社会と隔絶した場所で生きてた人くらいしかありえないからね。まともに生きてれば俺たちの年齢の23歳だと80くらいはないと不自然だね」
「私、得縷くんに会えてなかったら本当に終わってた」
「どうだろ? その能力に気づきさえすれば意外となんとかなってたかもよ?」
「ええー。気づけないよ」
得縷はくすくすと笑う。
その日は来客が1人しかなく、芽衣と得縷は営業終了時間になるまで、お互いの世界のことについて語り合った。