一目惚れ
……どうして終羽さんは私に対してこんなに親切にしてくれるんだろう?
「地球って言いましたっけ? 芽衣さんは地球に帰りたいんですか?」
「あ、はい。帰りたいです。親が今までお金を必死に工面して私を大学まで行かせてくれたし、小さい頃から優しく私を育ててくれて、本当に親には感謝してるんです。働き始めて一人暮らしに慣れてきたから、ようやく親孝行を始められると思ったら、こっちに飛ばされちゃって」
「そうだったんですか。素敵な両親ですね」
「終羽さんはどうして私を信じてくれたんですか? 信頼度0なのに」
「途中までは半信半疑でしたけど、芽衣さんのちょっとした仕草や反応、動揺して必死な様子、最初に見かけた芽衣さんの状況と話の辻褄とか、諸々のことから、信じますよと言ったときには完全に信じてましたよ。そもそも芽衣さんの顔を見れば、信頼度0というのはあまりにも不自然で異常なことだと思いましたし」
得縷はマンションの前で立ち止まり、芽衣も立ち止まる。
「ここです」
得縷と芽衣はマンションの中に入って、階段を昇り、1室のドアの前に立つ。
「どうぞ」
得縷は玄関のドアを開け、芽衣を家の中に入れる。
「おじゃまします」
芽衣は蛍光灯のついた部屋の中を見る。必要最小限の家具だけがあるワンルームの部屋だった。
「狭いですけど、今日はそこのベッドで寝てください。俺は折り畳みの座椅子で寝るので」
「私が座椅子でいいです。住まわせてもらうのにベッドなんてわるいです」
「遠慮しなくていいです。女性を座椅子で寝かせて、自分だけがベッドに寝るなんて到底できません。それに学生時代は座椅子で寝ていたので慣れてます」
「でも……」
「これは譲りません。それが嫌なら俺は外で寝ます」
得縷はきっぱりと芽衣の言葉をさえぎる。
「いや、じゃあ、ベッドを使わせてもらいます。ありがとうございます」
「どうぞ」
得縷はにっこりと笑う。
芽衣はベッドに腰掛け、得縷は座椅子に座る。
「あの……何で終羽さんはそんな親切にしてくれるんですか?」
「…………」
終羽は芽衣を見つめる。
「芽衣さんに一目惚れしたからです」
「!?」
芽衣は驚き、頬を赤らめ視線をそらしている得縷を見つめる。
「私、別に美人とかじゃないですけど」
「美人? 美人って何ですか?」
得縷はきょとんとして芽衣に聞く。
「え? ふつうに美しい人っていう意味ですけど。多くの人が綺麗だと思う人……」
得縷はますます不思議そうな顔をして口を開く。
「どんな人を美しく感じるかって、人によってまったく違いますよね? 多くの人が共通して美しいと思える顔立ちなんて存在しないと思いますけど」
「???」
「芽衣さんの住んでた地球では、多くの人が共通して美しいと思える顔を持つ人がいるんですか?」
「あ……はい、います。この世界でもそういう顔立ちの女の人を何人も見かけましたけど」
「へえー。俺は芽衣さん以上に美しい人を今まで見たことがないけどなー」
「ええ??」
「芽衣さんの住んでた地球は、この世界とは違って顔に対する美の基準みたいなものがあるんですね。この世界では人それぞれ好みの顔が極端に違っていたりして、そういった美の基準なんてないんですよ。だから多くの人が共通して美しいと思える顔なんて存在しません」
「ええー。そうなんですか……」
芽衣は得縷の熱視線を受けて、急に恥ずかしくなって照れる。
私は紛れもなく平凡顔だ。それは今までの人生で主観的、客観的な意見からもきっちり自覚していた。でも、この世界では、美的感覚が人それぞれ違うってこと? 終羽さんには私が美人に思えるってこと? 私も終羽さんの顔はドストライクだけど、そんなことありえるの?
部屋の中の雰囲気が甘くなって、芽衣はどうしたらよいかわからず、話題を探そうとしたとき美女の言葉が脳裏をよぎる。
――別れが悲しくなりますから。特に恋人なんかをお作りになられた場合は切なすぎます。
「あの……3ヵ月で信頼度をレベル100まであげるには、どれだけ感謝される必要があるんですか?」
得縷は芽衣の言葉を聞き、うつむいて少し考えている。
「正直言うと、3ヵ月でレベルを0から100まであげることは現実的ではないです」
「え?」
芽衣は一瞬で凍り付く。
「でも、何とか方法を考えてみます」
両親の顔が思い浮かび、芽衣は再び泣きそうになる。
「能力は何が使えますか?」
「能力?」
「この世界では信頼度を具現化させた状態で、誰もが1つだけ能力を使えます。基本的に6つの能力に分類されていて、そのうちのどれかになります」
「どうやったら能力を使えますか?」
「ゲージを具現化した状態で『能力』と念じるだけです」
芽衣はゲージを具現化して、頭の中で念じてみる。
すると、右の手のひらに熱を感じ、慌てて右手を見てみると、星形のマークが手の平に浮き出ていた。
「……6つの能力のどれとも違いますね。どんな能力か知るために、『能力解説』と念じてみてください」
芽衣は再び念じる。
するとゲージから音声が流れ始める。
「この能力は、願いを限定的に叶える能力です」
芽衣と得縷は顔を見合わせる。
「地球に帰らせてください」
芽衣は即座に言う。
すると左の手のひらに熱を感じ、手を見ると、『無理』という文字が手の平に浮かび上がっていた。
「無理って……」
芽衣は肩を落とす。そして、手の平の文字は芽衣が見た瞬間に消えていった。
「もっと簡単な願いで試してみよう」
得縷はそう言って考え込む。
「たとえば食べ物を目の前に出現させることってできるかな?」
「うん、やってみる。カレーを出して」
すると、目の前にカレーが出現する。
芽衣と得縷は驚く。そして、芽衣は左手に熱を感じ、手を見ると、『成功』という文字が手の平に浮かんでいた。そして、徐々に文字が消えていく。
「信じられない。こんな能力、ありえない……」
得縷はスプーンを棚から取り出し、カレーを食べて、まごうことなきカレーであることを確かめる。
芽衣はあることに思いつき、すぐに試す。
「信頼度のレベルを100にあげて」
左手の平に『無理』という文字が浮かぶ。
「信頼度のレベルを1でもいいからあげて」
左手の平に『無理』という文字が浮かぶ。
得縷は本棚から1冊の本を取り出し、何ページかビリビリに破る。
「これをもとの状態にもどせる?」
「この本をもとにもどして」
すると破られた本が、新品と同じ状態のきれいな本になる。
「凄すぎる。もしかして……」
得縷は少し考え、口を開く。
「俺を少しだけ浮かすことってできる?」
「終羽さんをちょっとだけ空中に浮かして」
すると、得縷が空中に少しだけ浮き上がる。
「うっ! ははっ」
得縷は初めて空中を浮遊するという体験に驚き、笑う。
……凄まじい。
「もうおろしてくれていいよ」
「終羽さんをおろして」
得縷の体はゆっくりと座椅子に落ちる。
「とんでもない能力だ。この能力を使えば3ヵ月以内にレベルを0から100まであげることは難しい話ではないよ」
芽衣は得縷の言葉を聞き、安堵する。
「事務所を開こう。困っている人の問題を解決する相談所を」
「そっか! それなら人に感謝されることも多くなりそう」
芽衣は希望の光が見えてきたかのように表情が明るくなる。
「じゃあ、今日は遅いから、もうお風呂に入って寝よう」
得縷は背伸びをする。
芽衣はドキッとする。安堵したことで、得縷に一目惚れされたという話が頭の中に蘇る。
今日はとんでもないことが起こりすぎて、必死だったから深く考えてなかったけど、私、男の人と今日から同居し始めるんだ! しかも狭い部屋で、一目惚れしたと言ってきた男の人と一緒に。
芽衣は急に緊張してきて、ドキドキし始める。
あ、トイレとかはどうするの? 私、寝顔は大丈夫!?
いろいろと不安になり、恥ずかしい気持ちになった。
「先にお風呂どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
得縷に促され、芽衣は緊張しながらお風呂に入る。
その後、得縷もお風呂に入り、芽衣はベッドで、得縷は座椅子で寝た。