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第四十話 『カタストロフィ』 6. カタストロフィ

 


 土砂降りの中を傘さえささず、桔平と木場は立ちつくしていた。

「一ヵ月後だってよ」

 現時点で内部でその情報を知る人間は、凪野から直接連絡を受けたあさみと桔平だけだった。

 それを特に驚く様子もなく、木場が受け止める。

「一ヵ月後か」

「とりあえず年内はないってことだ。クリスマス大会はできそうだぞ」

「ふざけるな、桔平」

「どっちにせよ、正式な発表は凪野博士の許可があってからだ。それまでは何もできんのだから、かまえていたって仕方ないだろ。タイミングが悪すぎる。今はデリーでの成り行きを見守るしかなさそうだ。しの坊や鳳さん達にもまだ内緒にしてある。ここでそれを知っているのは、あさみと俺達だけだ」

「俺に言ってもいいのか」

「ああ。あさみからの了解は取ってある。むしろあいつの方からそう言ってきた。後で俺達だけに相談したいことがあるんだってよ」

「……」木場が考え込む。「その一ヵ月後というのを、本当に信じていいのか」

「今までの経緯もあるし信じがたい。ひょっとしたら、最悪の結末を回避するためのブラフとして、この情報を利用する気かもしれん」

 多国籍軍の展開に関連して、メガル各支部との物理的な接触が困難なものとなっていたため、ドックは閑散としていた。

 そこへきてのベリアル発動勧告は、関係各所にあらぬ疑惑を浮き上がらせていた。

 大方の予想においては、頭を抑えられたメガルの関係者が、特例の名において自由な行動権限を得るためのブラフだとされていたからだ。

 そこに見え隠れするのは、終末的な憂いなどとは真逆の、極めて利己的な思考のみだった。

 じっとその横顔に注目する木場の視線に気づき、桔平が顔も向けずに根負けした表情になる。

「だったらいいなっていう俺の願望だ」どんよりと暗い空の彼方に向けて、そのまなざしを濁らせた。「残念ながら今度は本当だろうよ」

 意味ありげな物言いに、木場の顔色が変わる。

「どういう意味だ。今までが本物ではなかったとでもいうのか」

「考えてもみろよ。今思えば、どのケースにも必ず正解があった。魔獣のサイズ一つとっても、わざわざ俺達が触れやすい大きさに寄せてきているようだった。まるで協定の中でやりくりしてる感じさえする。満点かどうかはわからんが、俺達はプログラムの出したクエスチョンを強制的に解かされていた。そんな気がしてならない」

「すべて予定どおりだったとでも」

「そんなところじゃねえか」自嘲気味に笑い、桔平が頷く。「ノーモーションの発動にも対応できるようになって、すでにカウンターの必要性も薄れてきている。こんなこと初期の段階では考えられなかった。ガッツリ訓練の成果だろ」

「今までの戦いがすべてラストプログラムを想定した訓練だったとでもいう気か。俺達が命がけで戦ってきた相手が、実はプログラムという名目の単なる演習だったとでも」

 木場の心情を見抜き、桔平がつけ加える。

「大いなる布石、ってとこだろう。無防備な人類に対する警告も兼ねた。なら、それまでのプログラムがすべて意図的に仕組まれたものだったとしても、納得いくだろ」雨にまみれた空を見上げ、眉を寄せた。「人類にとって、最後のプログラムがついに始まる。正真正銘、本物のプログラムが」

 眉に力を込め、荒れた海面を睨みつけた木場が深く息を吐き出す。

「綾音が教えてくれなかったら、それがラストプログラムだということすらわからなかった。俺達は凪野博士に欺かれ続けていたのだな。おそらくこの先もずっと」

「或いは、ベリアルそのものに欺かれていたのかもしれない」木場の呟きに呼応する桔平。「凪野博士を含めた、俺達全員が」

「ならば、アザゼルもブラフだったのか」

 桔平が首を縦に振る。

「おそらくだが、ベリアルというミッションをクリアするための総合的な計画が、アザゼルだったと俺はみている。その前提として、ガーディアンを自分達の手で消滅させなければならなかった。それが俺達が聞いていたアザゼルの芯である、ガーディアン消滅計画だろう」

「何のために。ガーディアンを消滅させることに、いったい何の意味がある」

「まったくわからんが、意味があるからそうするんだろう。ベリアルを解決するために、どうしてもはずせないキーがそこにあるはずだ」

「……」ぐむ、と口をつぐむ木場。「ならば、何故とっととそうしなかった。凪野博士ならば、それくらいいつだってできたはずだ」

「実際はそんな単純な話ではなくて、複雑な条件と順序がパズルのようにからみあってできているものなのかもしれない。きっと、どこでどうなっているのか、まるで見当もつかないような入り組んだものだろう。俺達の考えも及ばない、壮大で、それでいて緻密な計算の上に成り立つような。そうやって一つ一つ謎解きをクリアしたその先に、ようやくプログラムをすべて乗り越えてレベルの上がったガーディアンを消滅させるフラグが組みあがる。そこまでは、納得はできんが理解できる」

「どこがだ。俺にはまったく理解不能だ。いったい何のためにだ」

「ベリアルを発動させるため、とかな」

「もう発動しているのだろうが」

「そういや、そうだった」

「おかしいだろう。もしそれが本当で、ガーディアンを破壊しなければならないというのなら、その後はどうなる。どうやってその先のプログラムに対抗する。ガーディアンこそがプログラムに対抗するための、唯一無二の手段だったはずだ。矛盾しすぎだ」

「それが俺も疑問だった。ガーディアンという唯一の対抗策であるはずの切り札を、あえて放棄する理由がずっとわからなかった。ひょっとしたら、ベリアルと心中することを意味しているのかもしれない。もしくは、ベリアルに対して、ガーディアンが戦力にすらならないから、とかな」

「それは……」

「信じたくもないが、整合性がありすぎる。ガーディアンは人類滅亡を回避するための救世主ではなく、プログラムをクリアするためのツールの一つにすぎなかった。それがすべて凪野博士の計画の内ならば、これで俺達の役目は終わりだろうな。俺達はベリアルというラストプログラムを迎えるための、演出の一つにすぎなかったということだ」

「杏子や陵太郎の死までもがか」

 それに桔平はかぶりを振ってみせた。

「いや、それは違う。彼らは身を呈して、俺達に真実を近づけてくれた。陵太郎達の死は決して無駄にはしない」


 光輔は部屋の中で寝ころんだまま明かりもつけず、一人物思いにふけっていた。

 凪野と邂逅した、あの雨の日のことをである。


           *


「これを返そう」

 凪野から手渡されたそれを確認し、光輔の両眼がカッと見開かれる。

 もはやまばたきする猶予さえ与えられないようだった。

 その心情を深く察し、凪野も光輔を見続けた。

「君のものだ。あの時、君が握りしめていた」

 光輔の脳裏に蘇る記憶。

 それはあの起動実験でのできごとだった。

 銀色の爪に貫かれ微笑みの中絶命するひかるを、光輔は何もできずにただ見続けていた。泣き喚き、絶叫し、小さな拳をぎゅっと握りしめながら。

「もう一つは君が持っているのか」

「もう一つ?」

 その時、凪野のもとに一人の男が近寄り、何事かを耳打ちした。

 途端に凪野の表情が怪訝そうにゆがむ。

「わかった。すぐに向かおう」

 それから光輔の顔を一度だけ見直し、凪野は車中へと消えていった。

 そのエンジン音が遠ざかるのを、光輔は見守ることしかできなかった。


 それは多国籍軍のインド進攻とほぼ同時に告げられた。

 世界中で勃発するテロ行為がメガル・デリー支部によるものだと特定され、攻撃目標となったのである。

 そればかりか、中国とロシアのクーデターですらデリーの手引きだと結び付けられ、暫定的にメガルは世界中の敵となったのである。

 そして数時間後、事態は最悪の展開を迎えることとなる。

 軍事行動を開始した多国籍軍の数千の車両、航空機と、避難の遅れた周辺地域の住民も含む数万もの人間が、一瞬にして消滅したのである。

 そこにあったものすべてを消し去り、不毛なる荒野へと変貌した中心地は、メガル・デリー支部のあった場所だった。


「いったい何が起こった」

 息つく暇もないほどの過密な情報が飛びかう司令部で、桔平が奥歯を噛みしめる。

 その横には仁王立ちのままイライラを募らせるあさみの姿があった。

「何故このタイミングで……」

 あさみの呟きに振り返る桔平。

 あさみは一点を見つめながら、親指の爪を噛む仕草をした。

 人前ですることは滅多になかったが、何事かに著しく心がとらわれた時、無意識のうちにしてしまう彼女の癖だった。

「司令、資料映像が届きました」

 忍の報告に、ポーズを維持したままのあさみが目線だけを向ける。

「どこから」

「凪野博士からです」

「!」

「この映像を世界中に発信したようです」

 桔平の脳裏に不安がよぎる。

「見せろ」

 あさみの前に割って入り、モニターにかぶりつく桔平。

 画面には、メガル・デリー支部を遠巻きに包囲する多国籍軍の様子が映し出されていた。

 空を埋めつくす鳥の大群のような航空機の大編隊は、数分後の号令とともに空爆を行う予定だった。

 かすかな違和感に気づき、桔平がわずかに眉を寄せる。

 それはそこに映る誰もが等しく共有するものだった。

 巨大なデリー支部の真上に、突如としてオーロラが現れたのである。

 平均気温が四十度を超す温帯のその地域で、極寒でしか見られないはずのオーロラが確かに妖しげに揺らめいていた。

 それは蜃気楼と呼ぶには生々しく、異様な光景だった。

 人や車両、航空機も含め、画面全体がオーロラに取り込まれようとしていたのだ。

 そして、戸惑いの表情とせわしなく交わされる人々の言葉は、数秒の後に遮断される。

 オーロラのカーテンを割って、突然そこに現れたシルエットの唸り声によって。

 彼らと同様、その映像を見ていた人間達がほぼ同じリアクションを取る。

「これって……」

「……」

 絶句したあさみや桔平にかわって口を開いたのは、驚愕のまなざしを差し向ける忍だった。

「……ガーディアン」

 そこでデリーからの映像が途絶える。

 続けて乱入してきたのは、ブラックアウトした画面から静かに流れる、凪野博士自身による声明だった。

『我々人類はプログラム・ベリアルとの交戦状態に突入した。死にたくなければ、死にもの狂いで戦うほか道はない』

 たったそれだけだった。


 終業式後の休息時間に、夕季は窓際の席から、いつものように空を見上げていた。

 陽気のいい十二月の空はどこまでも高く、いつもと変わらぬ眺めだった。

 やがて違和感に眉を寄せる。

 遠くの景色の中に、見えるはずがないものが見えたからである。

「何見てるの」

 みずきの呼びかけに、口もとを結んだままで夕季が振り向く。

「蜃気楼」

「蜃気楼?」

 夕季に言われ、手をかざしてみずきが遠方を確認する。夕季ほど目がよくないみずきだったが、それが何かはわかったようだった。

「あんなところに見えたのは初めて。めずらしい」

「あれって蜃気楼なの」

 やや不満気にたずねるみずきに、夕季がこくんと頷く。

「本来見えないはずのものが光の屈折によって見えるのが蜃気楼。……だったはず」

「蜃気楼じゃなくって、他に言い方なかったっけ。あれって」

 みずきの言いたいことを汲み取り、丁寧に説明する。

「オーロラ……」

「オーロラだよ、そう、オーロラ! それが言いたかったの!」

「……」

 大騒ぎのみずきの様子に人が集まりだす。

 同級生達と遠くの空に映し出されたオーロラを眺め、夕季が少しだけ眉を寄せた。

 その疑問をナチュラルにみずきが口にする。

「ねえ、あっちってさあ」

 メガルのある方角だった。





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