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第四十五話 『ずうっと』 2. らしくない

 


 竜王の格納庫前準備室で白のバトルスーツを着込み、夕季が深呼吸をする。

 しかしその表情はこわばり、焦りの色にまみれていた。

 こんな時こそ冷静でいなければならない。そうわかっていても苛立ちを押さえることができなかった。

 自分がすべきこととしたいことのはざまで心が揺れ動く。

 はやる気持ちを無理やり押さえつけようとしても、心の底からわき上がる感情を否定することができなかった。

 その葛藤を見抜くがごとく、背後からの声が夕季をたしなめた。

「らしくないわね」

 振り返るとそこにはバイオレットのスーツを身にまとった茜の姿があった。

「あかねさん……」

「そんなコンディションで戦えるの」

「あなたには関係ない」

「待ちなさい」

 背を向けて立ち去ろうとした夕季を茜が引き止める。

「もう一度だけ手伝ってあげる」

「必要ない。私達でやるから」

 足を止め夕季が即座に告げる。

 それを静かに眺め、茜は腕組みしながらあきれたように言った。

「無理ね。今のあなたが私よりうまくやれるとは思えない」

「あなたにはまかせられない」

「冷静になりなさいよ」

 ふいに語気を強めた茜に夕季が反応する。

 怒りの感情をコントロールすべく肩を上下させ深呼吸を繰り返す夕季を眺め、茜がややトーンダウンした口調で続けた。

「何を焦っているの。あなた一人の感情だけでは何も変えられない。わかっているんでしょ」

 夕季が険しげに眉を蠢かせる。込み上げる気持ちを抑えきれず、これまで封印していたはずの言葉を茜に向けて差し向けることとなった。

「あなたこそ自分がどういう状況なのか、わかっているはず。これ以上続ければ……」

「あなたにそれを言う資格があるの」

 茜も感情を隠すことなく憤りを吐き出した。

「すべてわかった上でやらせたくせに、今さら調子がよすぎるわよ」

 夕季が茜の正面へと向き直る。

「今からでも遅くはない。あなたはこの束縛から逃れるべき」

「縛られているのはどっちなの。そういうあなたこそ強がってないで逃げ出したらどう。せっかく拾った命でしょ。本当ならとっくにこの世界にいられなくなっていた人なのに」

「私はもうどこへもいくことができない。一度死んだこの世界でしか生きられないから。私に命をくれた人のためにも、私はこの世界を必ず守ってみせる。あなたがその場所を奪うというのなら容赦はしない」

「やっぱりあなたは私のベリアルなのね。私も同じことを考えていた。この世界に私達二人が歩み寄れる場所はない。互いを認めあえず共存が不可能ならば、どちらかがいなくなるしかない」

「……」

 静かではあったが二人の間には一触即発の火花が絶えず行き交っていた。

「本当は私ももう二度とあなた達の手助けをしようなんて思ってなかった。私にとってメリットがないばかりか、あなたがいうように自分の身を滅ぼしかねないから」

「なら何故」

「頼まれたから」

「……誰に」

「あなた達がよく知っている人」

「……」

 沈黙は夕季がその人物を特定したことを意味していた。

 やにわに茜が笑みをもらす。

「誤解しないでほしいのだけれど、了承したのはそれだけが理由じゃない。あなた達も知っているとおり、私には他にチームを組む仲間がいる。あなた達なんかとは違って、本当に世界を変えるだけの心と力を持つ人達。やるからには、私は彼らのためにあなた達から得られるものすべてを吸収するつもりでいる。何も成果がなければ無駄になるから、せいぜいがっかりさせないことね」

「水杜さん」

 ゆるりと茜が振り返る。

 そこには驚きの表情で目を見開く光輔と、険しい目つきで二人のやり取りを睨みつける礼也の姿があった。

 緊張感に支配されたその場で、ただ一人光輔だけが能天気な笑顔で茜を受け入れようとしていた。

「また来てくれたんだね」

「……ええ」

 横目での確認だけで夕季を捉え、茜が気のない返事をする。

 破顔して喜ぶ光輔とは対照的に、礼也は険しさの度合いを一段階上げて二人の様子をうかがっていた。

「また乗ってくれるの」

 光輔からの無邪気な問いかけに、夕季を一瞥してから茜が答える。

「今回だけ。頼まれたからしかたなくだけど」

 それから自分を睨みつける礼也とまばたきもせず向き合った。

「ほらみろ、礼也。俺はまた来てくれるって……」してやったりの表情で礼也に振り返った光輔が、その拒絶ともとれる激しい憎悪を認めて言葉を失う。「……礼也」

「不服そうね」

 光輔を視界の隅に追いやり、茜と礼也が対峙する。

 不満気な茜の言葉を受け、礼也も同じトーンでそれに答えた。

「まあな。だがてめえは必要な人間だ。歓迎するって」

 それに誰よりも激しく反応したのは夕季だった。

「礼也」

 不安げな様子の夕季を見ようともせず、礼也は同じ表情のまま茜を注視し続ける。

「本音こきゃ、てめえらなんかに頼るのなんざまっぴらごめんだ。だが俺らだけで奴らに勝てる気がしねえ。悪いがこっちの気がかわるまで利用させてもらうぞ」

「それでかまわない。こっちもそのつもりだから。嫌になったらとっとと出ていくけれど。そういう約束だからかまわないでしょ」

「約束。誰とだ。このバカとか」

「違う、古閑さんじゃない」

「んじゃ、誰に頼まれた」

「言ったでしょ。あなた達がよく知っている人からよ」

 礼也の視線の隅で夕季がギリと歯がみするのが見えた。

「まあいいって。誰に頼まれようが、こっちもやる気のねえ奴を無理やり引き止めるつもりはねえ」驚きで硬直する夕季と光輔にようやく目を向けた。「それでいいな、おまえらも」

「あ、ああ……」

「いいわけない!」

 光輔の声をかき消し、夕季が感情を爆発させた。

「何を考えているの。この人にこれ以上無理をさせたら、本当に取り返しがつかないことになる。そうなったら礼也に責任がとれるの」

「そのためにおまえがいんだろ」

 淡々と告げた礼也に夕季が思わず絶句することとなった。

「おまえがもうなんともないことはわかってる。本来ならおまえを連れてきたいところだが、そしたら誰がコンタクターをする。あんな状態の雅を引きずり出してやらせる気か」

「だからコンタクターなしでもあたし達は……」

「今までの敵ならそれでもいい。だが今度ばかりは事情が違う。らしくねえってのはわかってるが、あんなモン見ちまった後じゃ考えも変わる。今の俺達のベストの布陣は、水杜を入れた俺達三人とコンタクターのおまえ以外考えられねえ。コンタクターがいりゃ、こいつの暴走だって抑えられんだろ」くいと親指で茜を指す。「本当はこんなの連れてくのなんざまっぴらだがよ。こっちだって無理くりガマンこいてんだから、てめえもちったあこらえとけ」

「……」

「随分なものいいね。はらわたが煮えくり返るどころか、聞いているだけで吐き気がしてくる」

 不機嫌そうに茜が参入してくる。

「不愉快なのはお互い様だからしかたないけれど」

「あ、あ……」

 最悪の空気の中、光輔一人が関係の修復に躍起となっていた。

「俺、は水杜さん大歓迎なんだけどさ……」

「そう、ありがとう」

 一瞥もせず乾いた言葉を残して茜がその場から去ろうとする。

 ふいに足を止め振り返ると、哀れむようなまなざしを夕季へと向けた。

「いいことを教えてあげる。あなた達が頼りにしている人、もう帰ってこないかもしれないわよ」

「誰のことを言っているの」

「わかっているでしょ」

 茜が冷ややかに笑いかける。

「今ならまだ間に合うかもよ。心配ならさっさと引き止めにいったら」

「どこへ」夕季の表情に焦りの色が浮かび上がる。「どこへ行くって」

 先までとは打って変わりせっぱつまった様子の夕季に、茜が顎を引いて表情を正した。

「くわしくは知らない。本人に聞いてみたら」

「水杜さん!」

 背中を向け歩き始めた茜が去り際にぼそりと呟いた。

「……浮上島」

「浮上……」

 茜が去った後、夕季と礼也も言葉もなく背中を向け合う。

 ただ一人残された光輔だけがおろおろと困った顔を泳がせていた。

「なんだよもう!」


 みずきは医務室で雅の看病を引き受けていた。

 雅は穏やかな様子で眠り続け、いまだ目覚める気配もない。

 心配そうに雅の顔に見入るみずきだったが、入室してきた物音に気づき振り返ると嬉しそうに微笑んでみせた。

「穂村君」

「雅の様子、どう」

「うん、ずっと眠ったまま。でも先生の話だと安静にしていれば別に心配することないって」

 みずきにそう告げられると光輔が少しだけほっとした表情になった。

 ようやくみずきの顔を正面から見つめた。

「ありがとう、篠原」

「そんなのいいよ」破顔しながらみずきがおおげさに否定してみせる。「ずっと迷惑かけっぱなしだったから、やっと穂村君やゆうちゃんのお役に立てて嬉しいんだ、あたし」

「そんなの……」

「あたしだけじゃないよ。祥子や曽我君や羽柴君もだよ。みんな少しでも穂村君達の力になりたいって。友達だもんね。助けてもらってばかりじゃバチがあたっちゃうよ」

「あ、……ありがと、ほんと」

「だからいいってば、もう。ゆうちゃんも穂村君もおおげさすぎだよ」

「うん……」

「でもちょっと気になることがあって」

「何が」

「樹神先輩のこと」

「雅がどうかした」

「うん。先生が言ってたけど、普通からは考えられないくらいの疲れ方なんだって。どれくらいって表現が難しいけれど、なんだか何日間もずっと全力で走り続けてたみたいな疲れ方してるって聞いた。ずっと寝てなかったのかな」

「……」

 光輔の表情が曇り、それ以上この件に触れるべきではないとみずきは感じた。

「穂村君は……」

「え」

「……大丈夫」

「なんで」

「あ、うん……」光輔に真顔で見つめられ、みずきが困ったような顔をそろりと向ける。「なんだか疲れてるみたいだから。何か悩んでるみたいに見える」

「ああ、別に……」

「そう……」

 一旦言葉を切り、やはり考え直して光輔が言葉をつないだ。

「みんなばらばらなんだ。こんな時だからまとまらなくちゃいけないのに、こんなばらばらの状態じゃうまくいきっこない。でも俺にはどうしたらいいのかわからないんだ」

「大丈夫だよ」

 その言葉にはっとなる光輔。

 みずきは穏やかな笑みを光輔へと向けていた。

「きっと大丈夫。穂村君達なら、きっとうまくいくよ」

 なんの根拠もないみずきの言葉だったが、それでも光輔の心がすっと晴れ渡るような気がした。

「そうだよな。篠原のいうとおりだ。俺達ずっとそうやっていつだって乗り越えてきたんだからな。きっとうまくいく。そうに決まってる。ごめん、なんか俺らしくなかったかも」

「そんなことないけど。でもやっぱり穂村君はいつもどおりの穂村君なんだってわかって少しほっとした」

「はは。あ、俺いくから。篠原、雅のことよろしく頼む」

「うん……」一度うつむき、精一杯の元気で光輔の顔を見つめる。「頑張ってね。無茶しないで。みんな穂村君達が帰ってくるの待ってるから」

「ああ、わかった。ありがとう篠原」

 光輔の背中を見守った後、みずきが少しだけ心配そうに嘆息し眉を寄せる。

 その時だった。

「光ちゃん……」

 その声にみずきが目を見開いて振り返った。




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