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第四十四話 『残されたモノ達』 8. ジョージとドロシー

 


 暗い地下通路の果てに、桔平と夕季の姿があった。

 鉄扉を解除すると、そこは何もないただの倉庫だった。

 縦横が数百メートルはあり、高さも百メートル以上のそれは、ガーディアンがやすやすと納まる広大な空間でもあった。

 それと同じものが地下倉庫には何十も存在していた。

 照明を点すと、眩しいまでの暴力的な光が、二人に襲いかかってきた。

「本当にここにあさみが入っていったのか」

「うん」

 眩しさに手をかざしながら夕季が頷く。

 桔平も同様に目を細めた。

「だとしたら、これが地下世界に通じるエレベーターってわけか。いや、どっちかっていや地獄へのみちしるべだな」

 考え込む桔平に夕季が目を向ける。

「こんなに近くに凪野博士がいたなんて」冷たく無機質な床を眺め、恨めしそうに呟く。「この下からこっちのことを監視しながら、リパルサーやインクイジターを造っていた。あたし達が苦しんでいても、まるで見向きもしないで」

「言われなきゃ、ただの保管庫だからな。誰もこのさらに下にそんな地下世界があるなんて、考えもしない。まるでホラー映画だな」

「進藤さんはどうやってここから降りたの」

「わからん。しの坊がちら見したデータにその方法が記されていたみたいだが、あいつが確認する前にあさみに遮断されたようだ」

 夕季がわずかに顎を引き、口もとを引き締めた。

「あたしには、あの人が何を考えているのかわからない。あまりいい印象だってない。でも、お姉ちゃんが言ってたことは正しいと思う」

「おまえまで何を言い出す気だ」

「嫌な予感がする。取り返しがつかないことになるかもしれない。あの人にとっても、桔平さんにとっても。あの人を止めた方がいい。でないと、本当に駄目になる。ガーディアンなら、こんなもの簡単に破壊できる。たぶん竜王だけでも」

「そんなことはあさみも承知しているだろう。黙って出ていったのには、それなりの理由があるはずだ。一人でいかなければならなかった理由が」

「そうじゃない!」

「……。どうした、おまえ」

 突然感情をあらわにした夕季を桔平が不思議そうに眺める。

 それでクールダウンした夕季が気まずそうにうつむいた。

 ふいに何かに気づき、夕季がポケットをまさぐりだす。

 そのどこか焦ったような様子に、桔平がまた不思議そうな顔を向けた。

「どうした」

「……」眉を寄せながら表情もなく桔平を見上げる。

「何かなくしたのか」

「別に……」

 そう言いつつも神妙な顔つきで確認を続ける夕季に、桔平が違和感を覚えた。

 外部からの呼び出しに気づき、連絡モジュールを手に取る桔平。

「……ああ、俺だ」

 その報告を受け、桔平の顔色がみるみるかわっていった。

「何、鳳さんが!」


 桔平に支えられ入室した集中治療室で、夕季は絶句するだけだった。

 目の前に重傷を負って横たわる鳳の姿があった。

 ほんの半日ほど前まで笑っていたあの顔が、生命維持のための呼吸器を付け目を開ける様子もない。

「逃げ遅れた人を庇ってケガを負ったそうだ。おまえと同じように」

 危険な状態で、容態が急変すればいつ息を引き取ってもおかしくないと医師から告げられていた。

 力の入らない拳を目いっぱい握りこみ、唇を噛みしめる夕季。

 涙を見せるわけにはいかなかった。

 鳳と夕季達の間には、この期に及んでなおも笑顔で見守る鳳の家族の姿があったからだ。

 鳳の妻は器量は人並みであったが、絶えず笑顔を見せる優しさと包容力をうかがわせた。娘の方は周囲が勝手に揶揄する噂とは違って、小柄でかわいらしい印象だった。二人とも穏やかなたたずまいではあったが、芯は強そうな印象を受けた。

 いつ別れを受け入れてもおかしくないこの状況で、二人が最愛の家族に笑いかける。

「よく頑張ったね、あんた」

 その言葉に呼応するように、娘もにこりと笑った。

 二人ともすでに覚悟ができているようだった。

 夕季は知っていた。

 鳳が毎朝家族と別れる時に、いつもこれで最後と思いながら家を出ることを。

 同様に二人も毎日笑顔で鳳を送り出していたことも。

 その強さに夕季は絶句せざるをえなかった。

 ただ立ったまま鳳の横たわるベッドを見下ろしていた。

「行くぞ」

 動きそうにないその様子を察し、桔平が切り出す。

 それでも夕季は動こうとはしなかった。

「おい。……」

 夕季の顔を覗き込む桔平が目を細める。

 悔しさで今にも泣きそうなその顔は、この成り行きを自分の責任だと感じているようだった。

 桔平が夕季の頭にポンと手のひらをのせる。夕季の頭を押さえ、引き寄せながらもう一度言った。

「行くぞ」

「……」

 自分の病室に戻る道のりを、夕季は長く感じていた。

 ひどく重く、数センチすら持ち上がらない足を引きずるように前に押し出し続ける。

 それが体調のせいではないことは、夕季にも桔平にもわかっていた。

「……鳳さん、言ってた」

 顔を向けることなく、消え入りそうなロウソクの炎のように揺れる声を夕季がしぼり出す。

「毎朝家を出る時に、もうここには戻ってこれないと思いながらドアを閉めるって。奥さんと娘さんの顔をこれで最後かもしれないって、いつも目に焼き付けてくるって。奥さん達も同じように、それでも仕方がないって、いつでも覚悟を決めてるんだって。だから突然こんなことがあっても、全然大丈夫なんだって、平気なんだって、……そう言ってた」

「そんな覚悟できるわけないだろ。そんな割り切り、できる方がどうかしている」夕季が口にするのをはばかったことをあえて口にする。「一番つらいのはあの人達だ」

「それでもあの人達は笑っていた。きっと涙を見せると鳳さんが悲しむからだと思う。信じられないくらい強い心をあの人達は持っている。鳳さんも。あの人達の中には、あたし達が想像もできないくらいの絆がある。あたしなんかよりよっぽど強くて、人の痛みを知っているからだと思う……」

「つらいか」

 夕季が頷く。

 その痛みにゆがむ顔を、桔平も正視できなかった。

「俺達はこの痛みがあるから、誰も失いたくないと強く思う。でなきゃ、感情のない機械と同じだ。俺達はこれからの選択を間違えないようにしよう」

「……」


 メガル特別棟の研究室に桔平は足を踏み入れた。

 桔平が依頼していたデータの解析に成功し、朴に呼ばれたからだった。

「桔平さん、待ってたよ」

「ああ」

 薄暗く広い研究室に桔平を笑顔で招き入れる、いつもどおりの朴。

 桔平の顔はそこに足を踏み入れる以前から、ずっと冴えない様子だった。

「遅かったね。急いでると思って、かなり一生懸命がんばったのに」

「ああ、すまない。いろいろあってな」

「鳳さんのこと。大変だったね」

「ああ、まあな」

「まあいいよ」

 あいかわらずのマイペースぶりで目的をさっさと果たそうとする朴が、解析用端末の大画面を指し示す。

「すごいセキュリティだと思ったけど、進藤さんのかけたブロックが思ったよりシンプルだったんで助かったよ。たぶん、僕のスキルを計算して、ちょうど今ぐらいでわかるように逆算してたんじゃないかな」

「なんでそんなことを」

「さあね。たぶん、これくらいのタイミングで見てほしかったんじゃないかな」

「……」

「浮上島なんだけど、忍ちゃんが言ってたとおりでほぼ正解。ちょっとだけ補足すると、地下世界の一番上の部分が地上から一キロくらい下のところにあって、そのさらに地下にはたぶん十キロ以上の厚みがあるみたいだよ。その地下世界の表層部分だけが浮上島としてアップダウンする仕組みなんだって。よくこんなもの造れたと思うよ。普通に考えて、十年やそこらでできるものじゃないでしょ。ものすごいテクノロジーのインフレを重ねた結果だろうね。それか、もともとあったのかな。過去の遺物だけがあったという可能性もある。ジオフロントじゃなくて、シートピアだろうね、この場合は。だからこの場所を選んだのかもね。それって、ここが前の最終決戦の場所だってことを示してるんじゃないの。で、ついでに未来の世界のベースにしようと思って、凪野博士がそこに優秀な人間をごそっと集めてたの。十万人以上はいたと思うんだけど、そこの人達ってみんな、この世界には存在していないことになってるんだよね。死んでるか、生まれていないことになっているか。なんかおかしいと思わない?」

「凪野ならそれくらいやるだろ」

「いや、そうなんだけど。その数ってさ、ほぼこの辺にいる人達のものと一緒なんだよね」

「!」

「ピンときちゃった。そのとおり。その人達、ここにいる人達と登録ナンバーがダブってるの。たぶんだけど、山凌市やメガルに出入りする人達を使って、人間同士でマネー・ロンダリングみたいなことをやったんだと思う。僕や桔平さん達の名前も使って」

「俺達の名前を使って、凪野博士がそいつらを集めてたってことか」

「その逆」

「!」

「僕達がその人達の名前になってるの。僕達の表向きの戸籍ね、二重戸籍になってるんだよ。二重国籍じゃなくて、二重戸籍。この意味わかる?」

「……」

「またまたピンときちゃったみたいだね。つまり、そういうこと。もともとこの辺にいた人達は、すでにいなくなったことになってるの。だから彼らがごそっと姿を消しても、誰も疑わなかったわけだよ。ずっと前から。表向きは日本やデリーに住んでることになってる。メガルの研究員ってことにしてさ。最初の頃のインプの襲撃とかで死んだ人も、博士達にとっては結構都合よかったんじゃないかな。プログラムなんかの被害者としてちょこちょこ水増しされてたんじゃないの。気前よく保証してたのも、そういったからくりがあったからって思うと、う~ん、てなっちゃうね」

「……つまり、俺達ではなくて、そいつらがテロリストだと認定されてたってわけか。俺達にそいつらの名前を上書きして」

「ピンポン。僕達がみんな死んだことになってるのは本当。僕達の登録名を検索すると、本当の名前の後にもう一つの隠し名が出てくる。桔平さんの今の登録名は、ジョージ・ガモーっていうアメリカの物理学者さん。ちなみに僕は、ドロシー・アンドレースっていうもと男の子。凪野博士もエゲツないことするね。二人とも目立たないようにしてたからあんまり有名じゃないけど、その界隈で名前が出まくってる人達ですら足もとにも及ばないくらいすごい人らしいよ」

「どうりで世界中からマトにされるわけだ」

「そういうことだよ、ガモー博士。それもあくまでも隠れ蓑的なことで、半分お遊びみたいなものなんだけどね」

「お遊びでそんなことやられちゃ、たまったもんじゃねえぞ、ドロシーさんよ」

「そのとおり。まったくもって迷惑な話だよ。選抜者の中に誰が選ばれてるのかなんてまるで予想できないけど、少なくとも芸能人やサッカー選手や名だたる大富豪の人達は誰一人も入ってないだろうね。そこで最後に選ばれた十万人目の人ですら、一人で世界をひっくり返せるレベルのスーパーマンだと思うね。凪野博士が十万人いるって考えた方がいいよ。悔しいけど僕達の名前なんてちょっぴりだって出なかっただろうね」

「日本人の中で上から百万人選んだって、俺や木場は入れねえだろ」

「百万人ならさすがに入ってるでしょ。何をもって上からってカウントするかはわからないけどね」

「あんたならその十万人の中に入ってたんじゃないのか」

「さあね。でももし選ばれてたって考えたらぞっとするよ」

「なんでだ。好きそうだろ、そういうの」

「とんでもないよ。たったの十万人でソレイマンと戦うなんてゴメンだよ。でも本当の目的は、そのずっとずっと後。博士はベリアルを倒して、ソレイマンとの戦いに勝ったら、この浮上島を海底地下から持ち上げるつもりだったんだよ。この辺の内海って、両手で囲い込むような形になってるでしょ。そこに浮上島がすっぽり納まるようになってる」

「なんで今すぐやらない」

「ソレイマンとの戦いで、地球がボロボロになるって読んでたからだよ。予想だとたぶん、地上には誰一人も、ていうかどの生き物も棲めなくなってるだろうね、きっと」

「……ノアの箱舟だな」

「ピンポン。大正解」

「その浮上島ってのを飛び出させた後、残った地下基地はどうするんだ」

「もう使わないみたいだよ。使おうと思えば使えるんだろうけど、浮上島を起動させるってことイコールもう地下世界の必要性がないってことみたい。ほんと、変人の人って、何考えてるのかわからないよね。そんなメンドくさいこと考えてないで。早く家に帰って昔のアニメとか観てた方がよっぽどおもしろいのに。はははは」

 おもしろそうに笑って、椅子を回転させる。

「三田さんがいろいろ言ってたこともだいたいあってる。僕だったら一度に全部出さないで、ちょっとずつリパルサーを改良していったんだけどね。スペアが二千体以上もあるんだから、やりたいほうだいでしょ。途中で合体ロボとかにもしたいし、考えるだけで楽しくて仕方ないよ。なんで凪野博士はそんなに焦っちゃったんだろ。時間かけるとソレイマンって人達にひっくり返されると思ったのかな。ま、どっちにしても詰んでたわけだね。夕季ちゃんから聞いたんだけど、水杜さんって娘の話もおもしろいね。想像でものを言ってる割に、今の状況を一番的確にとらえられている。八割がた当たってるとこなんて、もう天才美少女だね。一度会ってみたいよ。あれ、僕達より偉いんだっけ。美少女ならどっちでもいいけどね」

「そんなもの、本当に浮き上がらせることができるのか」

「普通にやったらまず失敗するだろうね」

「だろうな」

「直径十キロの地下都市を海の底から独立させて浮かび上がらせる方法はね、海底のプレートにまったくダメージを与えないでゴッソリ切り離すしかない。どれだけの質量があるのか想像もつかないでしょ。それだけのものを持ち上げるために大量の爆薬を使ったら、島が浮上する前に海の底に沈むからね。海底の空間を海水で満たして一気に箱庭を押し上げるしかないけど、このシステムには欠陥があって、まず成功しないって言われてる。何百メートルもの高さの空間が抜けた後をどうするかってこと。そのまま海水を入れただけだとすぐに沈むからね。プレートをずらしてもってくるのも難しい。もしできたとしても、そのせいで日本が沈没するほどの大地震が起きるよ。せっかく持ち上げた浮上島と一緒にね。で、どうすればいいか。全体に同時に磁場を発生させて、浮上島自体をシャボン玉より軽くするわけだよ。で、引っこ抜くように持ち上げる。そんなこと無理でしょ、普通。そこで出てくるのが、反物質」

「……」

「知ってる? 反物質。すごいよ。小さじ何杯分かあれば他の恒星へ行くエネルギーがまかなえるんだって。そのかわり、小さじ一杯の反物質を作るために、どっかの大国が破産するほどのコストがかかるらしいけどね。太陽からはポンポン出てるらしいけど、僕らじゃ取りにはいけないしね。これの扱いがとにかく難しくて、他の物質に触れただけで爆発するから、強力な磁気で包むしかない。浮上島を浮かび上がらせるのにどれだけ使うのかまではわからないけど、それを使って数万箇所もあるポイントを確実に制御しなければ駄目。まだ半完成品みたいで、使っても役に立たないばかりか、自分が吹き飛ぶかもしれないんだって。それを完璧に制御できるようにしたんだから、凪野博士はすごいよね。腑に落ちないのが、それを動かすためには二人の同時作業が必須だってこと。もともと博士一人でも百パーセント成功するように造られた回路なんだけど、わざと一人じゃできないようにしたみたいだね」

「何故そんなことを」

「ミサイルのボタンと同じで、自分かそれ以外の他の人一人の判断じゃできなくしたんじゃない。きっと博士の信頼できる誰かさんとそれを行なうつもりでいたんだろうね。だいたい察しはつくけど。コンマコンマコンマ何秒のずれでも成功しない。でも凪野博士とその人は身体の中にある遺伝子情報をキーアイテムのように登録していたみたいだから、いっせのせーが可能なんだって。だから進藤さんだけじゃできない。進藤さんが誰を連れていこうとしたのかまでは知らないけどね。一人で行っちゃったっていうなら、その人が来ることを進藤さんが信じてたってことだろうね」

「それが俺だと思ったわけか、あんたは」

「まあ、そういうこと。もし凪野博士が選んだもう一人っていうのが進藤さんだったなら、桔平さんにもワンチャンあるかもよ」

「失敗したらどうなる」

「ドカン。そんなの、進藤さんと桔平さんでなんとかできるわけないでしょ。言ってること、わかる? 失敗すると、日本がなくなっちゃうかもしれないってこと。ひょっとすると、世界まるごとドッカンかも」

「いいんじゃねえか、なくなっちまっても。どうせこのままじゃ、何もできないんだから」

「それじゃ困るんだよ、僕が」朴がにやりとする。「あるものを未使用のままでソレイマンに届けるのが僕の目的なんだから。たぶんそれが、進藤さんが浮上島を外に出したい理由でもあるはずだよ。ベリアルに対抗するための必殺技がそこにあるはず。それをソレイマンも欲しがってる。だから浮上島を壊してもらっちゃうと困るんだよ。そのためには邪魔な人を殺さなくちゃいけない」

「たとえば俺とかか」

「そうだね。わかってると思うけど、今、桔平さんのまわりだけ重力がすごいことになってるから。手も上がらないでしょ」

「しゃべるのがやっとだ」

「さすがにしゃべってくれないと、淋しいから」

「一服もできねえ」

「ここ禁煙だからね。機械に影響出ちゃうから、僕も我慢してる。で、本題なんだけど」

 くるりと振り返った手には、銃が握られていた。

「桔平さん、どうする?」

 笑みをまとったそのまなざしだけが、異様な光を放っていた。






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