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第四十四話 『残されたモノ達』 7. 浮上島

 


 夕季は病室を抜け出し、本部別棟地下五十階に置かれた石像状態のガーディアンの頭部に身体を沈めていた。

 メガルでは長らくガイアと呼ばれ、水杜茜がメガリュオンだと明かした巨大な石像である。

 人型というより巨大な岩から切り出した石仏のような印象だった。

 その頭部には軍艦のコントロールルームを積め込んだような空間があり、コンタクターのコクピット部となるそこだけが周囲から浮き上がって映った。

 コクピット部への入り口を兼ねた頭部の周辺には大仰な落下防止用の柵に囲まれた昇降用のフロアがあり、そこだけ眩いほどの照明でライティングされているため、下さえ見なければシミュレーションルームのような印象さえ受ける。加えて下から見上げない限りその全体がガーディアンと同じ大きさであることすら気づかせない造りとなっていた。

 本来であれば幾重ものセキュリティを解除して到達すべきこの場所であったが、コンタクターには自らの意思で足を踏み入れる権限が課されていた。

 コンタクターがガーディアンとの意思疎通を試みる際に使用する感応プレートに片手を差しのべるように置き、夕季が深く息を吐き出す。

 雅のかわりにコンタクターをして初めてわかったことがある。

 夕季が光輔や礼也と集束をする時、それぞれが竜王のコクピットにいながら、ガーディアンの擬似コクピットの中で直接コミュニケーションをとることができる。が、コンタクターは常に外部からガーディアンに呼びかけることしかできなかった。

 それを淋しいとまでは感じなかったが、なんとなくチームの一員ではなく蚊帳の外にいるような気がしていた。

 そういった疎外感のようなものを、雅も常に感じていたのかもしれないと考えるようになった。

 何故自分にコンタクターができると思ったのかわからない。

 ただそう感じたことに疑問すら持たなかっただけなのだから。

 誰にも伝えていないことがあった。

 自分が死の間際から奇跡的に生還した理由。

 それは誰もが不思議に思いながら、口に出さないことでもあった。

 誰もそれを正確に伝えられなかったからである。

 どんな理由付けをしても一笑にふされこそすれ、何の整合性もつけられない。ましてや報告書に記載することなど、まともな神経ならばはばかられるはずだった。

 何かを無理やりこじつけようとするなら、尋常ならざる身体能力の持ち主である夕季が、強固な意志で逆境をはね返したということになる。

 奇跡を文字にして記そうとする時、誰もが一旦手を止めるのも頷けた。

 夕季も同じだった。

 それが他者とは違う点は、夕季だけには奇跡の理由がわかっていたからに他ならなかった。

 誰に言われたわけでも、何の根拠もない。

 しかし夕季にはわかっていた。

 それが雅のおかげであると。

 身体中を駆け巡る、それまでの自分にはなかった血の躍動が、それをより強く思わせた。

 コンタクターを経験した時から、不思議な感覚が全身を包み込んでいた。

 コンタクターを努めている間、夕季は他の誰かにずっと抱かれていたような気がしていた。

 まるで雅の意識体がそこに存在するように。

 それを忍や桔平は、長期間に渡る雅とガーディアンの融合によって残された思念が、御神体の中に履歴として呼び出されたものだと定義した。予測変換のようなものだと。

 礼也は何も語らなかった。夕季の顔をまじまじと見つめた後で、淋しそうに目をそむけただけだった。

 その理解が自分のものと近い感覚だと夕季は考える。

 手のひらを開き、そこに現れたものをじっと見た。

 それはいつか雅とやりとりを交わし、そして返したはずの緑色の石だった。死の縁から生還した時、その手の中に握りこまれていたのである。

 しかし以前とは違い、色あせ、くすみ、色を失いかけていた。

 夕季が目を細める。

 もう二度と雅に会えないような気がしていた。

 それと平行し、夕季は別の不安を感じるようになっていた。

 最近また奇妙な夢を見るようになっていたのである。

 以前見ていた自分が死ぬ夢は見なくなった。

 いかし今度は、身のまわりの人間達の死を暗示するものを頻繁に見るようになっていた。

 それを夕季は、本来死ぬべきであった自分が助かったことでこの世界の未来が変わり、他の未来に干渉してしまったせいではないかと考えていた。

 自分が助かったことによって、その後に死なずにすんでいたはずの人間が死ななければならなくなった可能性がある。

 瓦礫に埋もれ動かなくなった手足には見覚えがあった。

 廃墟に横たわるドラグノフやケイゴのそばには、無念の形相で息絶える綾音の顔がはっきりと見えた。

 立ったまま往生する怒れる木場と、安らかな笑みをたたえる忍の死に顔も。

 そして……

「!」

 かすかな物音に気づき、夕季が目を向ける。

 広大な敷地内のはるか彼方で、それを聞いたような気がした。

 自分の他には誰もいないはずなのに。

 昇降用のフロアの手すりから思い切り身を乗り出し、数十メートル下の通路にぼんやりと浮かび上がる光を確認する。

 そのシルエットに見覚えがあった。


 コントロールセンターに、桔平と忍の姿があった。

 難しい顔で考え込む桔平のそばで、慌しく忍が検索を続ける。

 二人が探し出そうとしていたのは、忍があさみと見たはずのある資料だった。

 おそらくは火刈聖宜からのものと思われる、密書のようなものだろうと桔平は推測していた。

 情報開示システムはすでにあさみによってロックされており、三田の手にある紙媒体と同じ内容のデータしか閲覧ができなかった。

 お目当てのデータを見つけられず、やっぱりと忍が嘆息する。

 凪野から渡された情報はほんのさわりにすぎず、探しているはずの情報はもっと重要なものに違いない。それを見つけた忍に対し、あさみは決して公言しないことと強く言い含めていたのである。

 目を閉じ、背筋を伸ばした忍の心情を、桔平が察する。

「おい、どんな内容だったのかわからないか」

「黙っててください」

「……」

 精神統一を続け、天文学的な脳内情報から、忍がその時の記憶をたぐっていく。

「浮上島……」

「ふじょうとう?」

「そう書いてあった気がします」目を開き、桔平を静かに見据える。「それを見てから、司令は一言も話さなくなりました。それまでずっと辟易しながら冗談まで言っていたのに」

「おまえもそれの内容を見たのか」

「すぐに取り上げられたので、そんな余裕はありませんでした。ほんの一瞬、さわりの部分を見られただけです」

「そうか……」

「もし博士の身に何かあったのなら、それを浮上させろと書いてあった気がします」

「……」

「凪野博士は自らが選別した優れた人間達を、地下何百メートルもの空間に集めていたみたいです。そこにはリパルサー・ガーディアンの工場もあって、指示もそこから出していたみたいですね。数十万の人間が暮らすことができるコロニーも構築されています。もはや国ですね。そこにいる人間はすべて地上での存在データを抹消されていたはずです。人類が死滅した後に、彼らが新たなる世界の礎となると、凪野博士は考えていたようです」

「……」

「なんだか腹立たしいですよね。博士は私達を含めた人類全体のために戦おうとしていたわけではなく、自分達が選別した人間だけが助かるためだけに動いていたんですから。私達が全滅しようが、自分達さえ残っていればそれでいいってことですよね。ほんと、ひどい人です」

「理にかなっている」

「え?」

「進化の理屈だ。馬が最初からあんなにでかくて足が速かったわけじゃないことは知ってるよな」

「ええ、何かで見た気がします。最初は犬くらいの大きさだったのに、獲物として追われるうちに、狩猟者から逃げるために大型化して足が速くなったんですよね」

「ゾウもそんな感じだったな。最初は大して大きくなかったのに、相手から狙われないようにでかくなったって」

「必要に迫られて進化していったってことですよね」

「俺達もそうか」

「どういうことですか」

「ベリアルに狙われた俺達も、助かるために進化して強くなれるのかってことだ」

「今すぐは無理でしょうけれど、順に適応していける可能性はあるんじゃないでしょうか。次の次の世代とかから」

「無理だろう。もしそうなら、俺達も博士の箱舟に招待されているはずだ」

「……」

「進化って言えば聞こえがいいが、すべてにその可能性があるわけじゃない。猛獣に追われた馬の中で捕食されずに生き残ったやつらがいたから、進化できたんだよな。だが無事逃げられたのは他よりも身体がでかくて足の速かった一部だけで、他の鈍足達はすべて食われていなくなったはずだ。そして生き残った足の速くてガラのでかいグループだけが、その後の交配と淘汰を重ねて進化していったんだろうよ。それが箱舟に選ばれた地球人のエリート達だ。選ばれなかった俺達は、食いつくされた鈍足の馬と同じ立場だ。どうせベリアルの餌食となって、生き残れないと判断したから捨てられた。人間が進化していく過程で、馬の先祖の大半と同様に俺達のDNAは消滅していくさだめにあった。今残っている地球上の馬達は、すべてがエリート中のエリートだってことだ。特別なことじゃない。動物の品種改良もそれと同じだ。人工的に優勢保護を行ってきたのと同じことを、凪野博士は人間で行ったんだ。これから先の世界で生き延びられる、極めて優れた個体だけを厳選してな。おそらくは俺らが名前を知っているような連中クラスじゃ一人も選ばれていないだろう」

「私達は見捨てられたわけではなく、ただこの先、生きながらえないと判断されたというわけですか」

「だろうな。すぐに死んじまうってわかってるのに、余計な食いぶちまわすのは無駄だろ」

「そういう言い方されるとなんだかすごくハラ立ちますね。可愛がっていたペットなら、最期まで看取ってあげるべきなんじゃないでしょうか」

「可愛がっていたペットならな」

「私達は博士にとってそれ以下ってことですね」

「だろうな。場所は」

「そこまではわかりません」

「どうやってそれを浮上させる」

「それもわかりません。あと一秒あれば、もう少し詳しく見ることができたんですが……。待ってください。……反物質」

「反物質?」

「はい、そう呟いていた気がします」

「あさみがか」

「はい。たぶんそれが必要になるんじゃないかと」

「そこに何かがあるんだな」

「何か?」

「起死回生の一撃となる切り札」

「さあ、そこまでは……」

「いや、ある。必ず。それがなんなのか、かいもく見当もつかんがな」

 桔平がふうむと考え込むのを、忍は横から見つめていた。

「司令は、そこに向かったんでしょうか」

「だろうな」

「誰の手も届かない場所に一人で向かう理由って、なんだと思います。命を狙われていて、自分だけが助かるためってわけではないですよね」

「!」

「危険だとわかっているから、そうしたんだと私は思います。桔平さんが言う、起死回生の一撃のために。誰かがやらなければならない。でも帰って来られる保証はない。だから一人で」

「そんなに信用してもいいのか」

「はい?」

「あいつは、メガルを壊滅させるために、ここに送り込まれた女だぞ」

「……」

「おまえ達のことも何度も殺そうとしたはずだ。俺達を助けるためじゃなく、むしろメガルを破壊するために向かったと考えるのが普通だろ。あるいは逃げ出したか」

「そうだったんですか」

「!」

「私はここにいるみんなを助けるために、司令が残っているものだと思っていました」

 桔平が言葉を失う。

 忍は何一つ迷いをちらつかせることなく、その続きを口にした。

「もしそういった経緯があったのなら、ここにい続けるためにそれすらも利用していたんじゃないでしょうか。はたから見てそう感じただけですから、間違っているのかもしれません。あの人のことは桔平さんや木場さんの方が詳しいはずですから。でも私は桔平さん達もそう思っているものだと信じていました。もし違っていたのなら、私があなたを見損なっていただけのことです」

「何が言いたい」

「女の涙には二種類あるって知ってました? 泣きながら見せる涙と、笑いながら見せる涙です。舌を出しながらっていうのもありますけど、それは本当の涙じゃないから除外しておいてください。でもたいてい、笑いながらの涙って気づいてもらえないんですよね。その人のことを本気で思ってくれている人間以外には。ドラマでそう言ってたから間違いないと思います。どちらかといえば桔平さんもそのタイプですよね」

「何がだ」

「とぼけなくていいですよ。意地っ張りなのはわかってますから。でも、わかっていても、言ってもらえると嬉しい時もあります。だから私は、ベタベタの恋愛ドラマって大好きなんですよね」

「いいかげんにしろよ」その口調に怒気がこもる。「本気じゃねえんだろ、どうせ。あおってやがるのか」

「そんな気はありませんよ。ただ、しらじらしいなって思っただけです。本気じゃないのはどっちの方ですかね」

「なんだと!」

 ドン、と机を叩く。

 それを忍はまばたきもせずに見続けていた。

 ちらと目線を動かし、小さく微笑む。

「何か用だった?」

 入り口には夕季の姿があった。

 いつからそこにいたのかはわからなかったが、二人のやり取りに萎縮していることは確かだった。

「お姉ちゃん……」

「ごめん、すぐ終わるから」

「……うん」

 ちらと桔平を見やる。

「私、行きます。朴さんが三田さん達とロックの解除方法を解析しているみたいですから手伝ってきます。司令の向かった先がわかったら、すぐに報告しますから」

「お姉ちゃん」

 夕季が割り込む。

「さっき進藤さんを見た」



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