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第四十四話 『残されたモノ達』 6. すぐそばに

 


「ひぃっくしーんんんっ!」

 派手に噴射する桔平にティッシュを差し出す忍。

「風邪ですか」

「いや、なんか急に鼻がムズムズしてきて」ティッシュを受け取り、ブビーっと響かせる。「風邪なんか滅多にひかねえのにな。さっき三田さんが風邪の話なんかしたからうつったんじゃねえか」

「どういう理屈すか……」

「あいすみません」

「こたつで寝たりするからだ。だらしないぞ、おまえは」

「うるさいなおまえは。オカンか」

「オカンじゃない!」

「んなこたわかってる」

「おまえは!」

「ひょっとして、誰かに悪口言われたんじゃないですか。思い当たるふし、ありません? ありますよね、絶対に。ね? ね?」

「まさかあ、俺に限って」すぐに真顔になる。「三田さん、さっきの奴、なんて名前だっけ」

「はい?」

 苦笑いの面々。

「とどのつまり、ベリアルとは、人間達、或いはこの星そのものを滅ぼそうとするだけの純粋な自律兵器なのかもしれません。神だ悪魔だと騒ぐのは対処法がわかっていないからで、タネさえわかってしまえば、宇宙人の兵器だって単なる未来のテクノロジーにすぎない」

 三田の持論に三人の目が見開かれる。次の瞬間、ぽかんと口を開け、おお~、と感嘆の声をもらしていた。

「とはいえ、トリックがあるとわかっただけで、それを打開する策を見つけるのは非常に困難でしょう。無差別に攻撃を続ける自律兵器。まずはそこから始めていきましょう」

「それならまだ納得がいく。仕組みがはっきりするまでは敵国の新型兵器だって似たようなものだからな」うんうんと頷く桔平。「俺達を攻撃するプログラムが埋め込まれた誘導兵器だと考えれば、もっと近づく。ロックオンされたままずっとミサイルが追いかけてくるなら、のら犬に追いかけられるのと同じだ」

「一気にスケールが小さくなりましたね」

「ああっ!」

「そんなムキになって怒らんでも……」

「いえ、いいえて妙です。彼らが持つ攻撃対象への執着は、むしろそれに近い。憎しみではなく、生存本能みたいなものかもしれない」

「ほらみろ、ほーらみろ!」

 得意げにぐいぐいせまる桔平を、忍はあきれたように見つめた。

「嬉しいんですか、そんなことで」

「ちょー嬉しい! ざまみろ、俺の勝ちだ」

「……」

「動物が捕食したり子孫を残すのに、いちいち理屈を立てることはないだろ。それと同じだ。奴らは生存しているだけで本能的に外敵を攻撃するし、ハラが減ったら獲物を襲って食う。そういうことだよな、三田先生」

「そんなところです」

「本当にそれでいいんですか、三田先生……」

 木場が難しい顔を向けた。

「奴らが我々を攻撃対象としていることはなんとなく理解できたが、そんな相手に、どう対抗したらいいのですか」

「わかんねえな。さすがの俺にも、バケモノどもの考えは予測できねえ」

「おまえの意見は聞いていない」

「なぬ!」

「や~い」

「おい、しの坊!」

「ぴゅ~ぴゅ~」

「横向いて口笛ぴゅ~ぴゅ~とか、古いな、おまえは! センスまで顔と同じで昭和だな」

「何が!」

「おい、三田さん、ガン見してんぞ……」

「……ひどいじゃないですか、うんも~……」

 コホンと咳払いをし、三田が仕切り直す。

「あれらをシステムであると仮定するのならば、その構成要素を変更することも可能かもしれません」

「どうやって」

「たとえば、スイッチを逆に入れられたら、ベリアルは我々の味方になるかもしれない」

「どんなスイッチだ」

「ベリアルに我々を仲間だと思わせることができれば、攻撃をやめるはずです。面と向かって敵対するよりも、その方がより建設的な方法かもしれません」

「でも、それって……」

 忍の危惧に、三田が重々しく頷いてみせる。

「ええ、別のモノを敵にまわす危険性をともないます。場合によっては、ベリアルと戦うよりも厄介な結果になるかもしれない」

「……手詰まりじゃねえか」

「そうですね……」

「ですが、ベリアルが味方になれば、我々の戦力は今よりも大幅にアップするのは間違いない。この際、悪魔に魂を売るのも、追いつめられた我々の選択肢の一つなのかもしれません」

「どっちがいいかだな……」

「悩みどころですね……」

「冗談です」

「何!」

「もう、何が何やら!」

「残念ながら、技術面においてはまだ何も手の打ちようがないでしょう。もしその打開策があるとすれば、とんでもない愚行と紙一重なのかもしれません。将棋でたとえれば、王将以外のすべての駒を相手に取らせるような、またその意図を最後の最後までまったく悟らせない突拍子もない棋譜です。定石では絶対にありえない、やってる本人にすら理解できない悪手。最後の一手まで、相手はおろか、自分すらも騙す禁断の一手に違いない」

「そんなことが可能なのか」

「王しかなければ、普通、負けちゃいますよね……」

「王をひっくり返してどの駒よりも強くすればいい」

「そんなことできるんですか!」

「できません」

「……」

「や~い」

「……ハラ立つ」

「不可能だと思った時点で、我々に勝ちの目はない。まともに考えていたら、すべてが破綻するだけです。それがベリアルと戦うということなのでしょう。起源も成り立ちも次元が違いすぎる。もちろん、それを作り出した文明も、人間とはまるで異なる高度なものでしょう」

「結局、プログラムやベリアルを造り出したのは、人間以外の何かってことか」

「或いは。先ほど柊さんがおっしゃった、宇宙人なのかもしれません」

「そんなの絶望的じゃねえか!」

「どうしてですか」

「バカ、しの坊、宇宙人だぞ、宇宙人」

「は、あ……」

「あいかわらずおまえは宇宙人の話に弱いな」

「バカ、人間が宇宙人に勝てるか! 遠い星から地球人にすげえロボでも贈り物してくれりゃ、話は別だが」

「それがガーディアンなんじゃないでしょうか」

「あ!」っと驚く柊桔平。すぐに頭を激しく振った。「だまされねえぞ。今さらあんなスクラップみてえなモンで何ができる。あんなモン、廃車費用ケチった宇宙のどっかの業者が、地球に不法投棄してっただけだろ」

「今までさんざん利用しておいて、その言い草はなんだ」

「ねえ、ひどいですよねえ」

「いや、ちょっと俺もひどいなとは思った。でも今さらなあ……」

「何が遠い星からの贈り物だ。テレビの見すぎだ」

「おもしろいんですけどねえ。夢があって」

「いやよ、前から思ってたんだが、あれって宇宙人になんかメリットあんのか。たまたま見かけたどこのウマの骨ともわかんねえ勇気ある青年にただで最新鋭ロボットあげるのって、おかしくねえか。あんなの金持ちの道楽と一緒だよな。だいいち、地球が滅びようがどうなろうが宇宙人にゃ全然関係ないもんな。な」

「知りませんて……」

 そのやり取りを黙って眺めていた三田が口を開く。

「一つだけ、理解しかねることがあるのですが」

「なんだ、三田さんも俺と同じ考えか。そうだよな、強盗に入られた家の人助けないで、警察官が拳銃だけ渡して帰っちゃうようなもんだもんな。自分で撃てばいいのによ。おかしいよな。あ、あれか、あんまり表立って介入できない紛争地域の同盟国に武器を供与する感覚か。それなら理解できるな」

「それもそうなのですが、リパルサー達を無効化したアスモデウスの攻撃から、何故我々のガーディアンだけが逃れられたのかということです。オビディエンサー達の判断がよかったことは確かですが、あれだけの特殊なアプローチにほとんど影響を受けなかったことが不思議でならない」

「そう言われてみれば……」

「変ですね……」

「ひょっとしたら、ベリアルからの特殊な攻撃も、無意識の内にいなしていたのかもしれません。だから彼らだけが生き延びられた。理由はまるでわかりませんが」

「相手からの干渉をうまく受け流せている時に私達のガーディアンの攻撃が通ったのも、そのためでしょうか」

「干渉? それも奴らとリパルサーの違いなのか」

「我々のガーディアンは本物からはかなりデチューンされたものだと推察されます。ですが何らかの理由でその性能が本物以上に引き出されてしまった。本物を破壊できると思わせるほどに。オビディエンサー達の能力か、コンタクターのおかげかはわかりませんが。それも凪野博士の誤算の一つでしょう。そして、それこそが我々にとっての希望なのです」

 顔を見合わせる桔平達を眺め、三田が少しだけ笑ってみせた。

「謎さえ解いてしまえば、彼らとの差は絶望的なものではないと私は睨んでいます。たった一体だけ残った、あのレプリカのガーディアンでさえ対抗できうると」

「どうやって」

「まだよくはわかりませんが、それを埋める鍵が、ここにかかれているレッドブックというものなのかもしれません」

「レッドブック……」

「メガルの言い伝えが間違っていなければ、プログラムを弱体化させる何らかの手段のようです。もしそれが真実なら、凪野博士は手順を間違えたことになる。もしくはそれこそが、ここに記述されている、ベリアルよりさらに上位のプログラムを呼び出す方法なのかも」

「そんなプログラムがまだあるんですか」

「そういえば前にあさみがそんなようなことを」

「言ってましたね」

「ええ。ファーストナンバーと呼ばれる上位プログラムです。さらに上位のプログラムも存在します。ただ先人達は、いずれもベリアルの前に屈しているため、それが本当なのか、実際にそこまでたどり着けていたのかさえもあやしい」

「聞いてるだけなら、いかにもってな感じの微笑ましい設定だけどな」

「なんだか勝てそうな気がしてきました」

「俺もだ」

「わからん……」

 残念ながら、と三田が続ける。

「彼らは流行感染よりも強力な凪野博士の攻撃を、ほぼシャットアウトしてしまった。治りかけの病を我々がもう一度こじらせる方法は、ほぼ皆無でしょう。いろいろいったりきたりしましたが、結論を言えば、現時点ではお手上げです。今の我々はそれほど無力な存在だということです」

「それでも可能性はゼロじゃなくなったはずだ」

 桔平の顔を真っ直ぐ見つめる三田。

 その顔が先までとは一変したことを知り、三田が意味ありげに笑った。

「そのとおりです。残念ながら」

「言ったろ。あんたには楽はさせないって」

「やはりそうか。あえて気づかぬふりをしていたのですが時間の無駄でした」

「ああ。無駄な抵抗はやめなって」

「少しでも希望を持とうと思った私が愚かでした」

「へへっ」

 タバコをくわえ、三田に差し出す。

 それを三田は嬉しそうに受け取った。


 休憩所で光輔の姿を見かけ、夕季が近づいていく。

 光輔は疲れた様子で長机の前で身体を投げ出して座り、何度も伸びをしたり、ただ窓の外の景色を眺めているだけだった。

「光輔」

 振り返った光輔に、夕季が飲料水の入った紙コップを差し出す。

「あ、ありがと。って、いいの、こんなとこにいて」

「病室にいても退屈だから抜け出してきた。どこも悪くないのに寝てばかりいられない」

「そうじゃなくってさ」

「何かあったらすぐ連絡くれるようにみつばに頼んできた」

「大丈夫か……」

「おまかせくだしゃいって言ってた」

「へえ~……」もう一度伸びをし、飲料水を飲み干す。「ぷはー、うまい!」

 その様子をまじまじと眺め、言いにくそうに夕季が切り出す。

「光輔はみやちゃんがいないのに心配じゃないの」

「心配はしてるよ。でも死んだわけじゃないから」

 平然とそう答える光輔に、違和感を持つ夕季。

「でもどこかへいってしまった」

「いるよ」

「……どこに」

「いや、そんな気がするだけなんだけど。ずっと前からそうなんだ。俺、一時期りょうちゃんや雅と離れてただろ。でもずっと一緒にいたような気がしていたんだ。雅と一緒にいた時と同じように、あいつがいつもすぐそばにいるような気がしてた。ずっと俺のそばで話しかけていてくれてたような気がしていたんだ。だからぜんぜん淋しくなかった。今だって」

 自分を見つめそういった光輔に、夕季が言葉を失う。

 そんな夕季の心情にも気づかず、光輔はただ己の思いを連ねていった。

「変だよな。でもそうなんだ。ずっと昔から、あいつは俺のことを見守ってくれてた気がする。目の前にいる時だって、なんだか別の場所からもう一人のあいつが見守ってくれてるんじゃないかって気がしてた。それがすぐ近くなのか、もっと遠いところからなのかはよくわからない。すぐ目の前にいるのに、本当はあいつが存在していないんじゃないかって思うときもある。なんだかすごく変な感じなんだけどさ。ひょっとしたら、あいつの存在自体が幻なんじゃないかって気もする……」

 はっと我に返る光輔。

「何いっちゃってんだろ、俺。今のなしな。恥ずかしいから、誰にも言わないでよ」

 夕季の前で照れたように大げさに笑って見せる光輔。

 しかし夕季は瞬きすら忘れ、ただその顔を見続けるだけだった。


 三田のレクチャーの後に一息つき、桔平が忍を見やった。

「そういや、あさみは」

「それが、どこへいったのかわからないんです。これとは別のどこかからの報告文書を受けると、急に黙り込んでしまって。こっちの資料だけを私に預けてそれっきりです」

「何か言ってなかったか」

「……。本当は言うなって言われてたんですが……」

 忍が心配そうに眉を寄せた。

「自分の身に何かあった時は、あとのことは桔平さんに任せろって……」

「……」







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