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第四十話 『カタストロフィ』 4. フラグ


 

 世界は混沌の極みにあった。

 クーデター収拾には、それぞれが自国のみでの解決を主張したが、反国家テロ集団の介入によって謀反が起こったインドの場合、他の二国とは置かれた状況が異なっていた。

 今やテロの温床ともされ、国家単位の後ろ盾を持ち、大国の軍隊そのものとも噂される強大なテロ集団を殲滅するため、インドに向けて多国籍軍が派遣されることとなったのだ。

 事態収拾後の影響を打算的に計算し、イニシアチブを独占したのは、インドとはあまり友好的ではないとされるアメリカだった。お家事情で手一杯のロシア、中国、両大国の離脱により、その色合いがさらに濃いものとなる。

 これをよく思わない各国の出足は鈍く、加えて全世界で頻発するテロ行為への対応と称して、参加表明は著しく偏ったものとなった。

 この時点で世界連合としての統制は、まとまりを失いかけていた。

 そして、この混乱に乗じて、米国がある強攻策を推し進めようと画策する。

 メガル・デリー支部の占拠だった。

 テロリストの所業に見せかけ、デリーのテクノロジーと武力をすべて奪い取ろうという愚策だった。

 その下準備の段階において、各メガル支部との連絡を一切絶つよう根回しする。

 これによりデリーの情報はどこにも届かなくなり、完全に孤立することとなった。

 もともと組織内派閥間での勢力争いが常態化していたメガル内部で、著しいパワーバランスの崩壊が起きつつあった。

 国内クーデターのあおりを受け、支部の中でも大きな発言力を持つロシア、中国、インドの司令系統が麻痺しかかっていた。

 人の頻繁な入れ替わりもさることながら、これらの国との密接な関係を保持する集団がこれを黙って眺めているわけがない。

 その方向性のあり方として、原因の特定時に対立グループを疑うことで、さらにその溝を深めていく。

 これを裏で描いたのがメガル・アメリカ支部だとの考察に至り、疑心暗鬼となった各支部間での横の連絡も途絶え始めていた。

 国家からメガ・テクノロジーへの圧力も加わり、メガル各支部はそれぞれが孤立した状態と化していた。

 何よりも戦慄すべきは、その絵図を描いたのが、アメリカ、ロシア、中国、その他多数の先進国家だと噂されたことだった。

 そこにはテロ行為ですら自国を肥やすための道具に利用する、狡猾で醜いエゴイズムが存在していたのだ。

 そのシナリオの結末は、やがて最悪の結果を伴い、単なる序章として結実することとなっていく。


「あ~、いやだ、いやだ」

 みずきのぼやきに、箸をくわえたまま、ぼうっとしていた夕季の心が目覚める。

 反応したのは、対面で昼食を続ける祥子だった。

「戦争の話?」

「戦争の話」

 多国籍軍のインド進攻を数日後に控え、世界情勢は緊迫し続けていた。

 とりわけ平和主義者のみずきには、それが許せなかったらしい。たとえそこに正義があろうと。

「どうして話し合いで解決できないのかな。あたしらより頭のいい人達がそろってるはずなのに」

「頭がいいのに悪いことする人が多すぎるからじゃない?」

「なんで頭がいいのに悪いことしちゃうの」

「さあ。頭がよすぎるからとか」

「納得できんな」

「頭悪いからね、うちら。あ、ゆうちゃんは別だけど」

「ゆうちゃんは頭よくてもいい人だよね!」

「う、あ……」

「でもけっこうケンカっぱやいって、穂村君が言ってたね」

「言ってた。ちょっと口をすべらすとマッハでビンタが飛んでくるって」

「……。ぼえ~のくせに」

「え!」

「え!」

「ちょっと間違えた……。ぼえ~っとしてたって言いたかった」

「そ~なんだ」

「普通、ぼえ~っとしてたって言わないよね」

「言わない」

「そ~なんだ」

「うん」

 みずきが仕切り直す。

「でもさ、普通、おはよーって言ったら、おはよーってなるじゃん。でもこのやろーって言ったら、向こうもこのやろーってならない?」

「なるねえ。だから何」

「そういうことじゃない?」

「何言ってんの、あんた」

「わかってもらえない!」

「争いごとが好きな人がいるから、争いごとがなくならないんだよ」

 祥子が何の気なしにつむいだ言葉は、夕季にとっては痛烈なクサビだった。

「でもさ、今あんたが言ったみたいにさ、どっちかがやめたら、どっちかだけが得したり損したりするようになるしさ。だから、そういうズルいの黙らせるためにはさ、戦ってくれる人も必要なわけじゃん。しかたないよね」

 空気を察し、口を慎むみずき。

 そんなことなどおかまいなし、祥子は体裁の悪そうな夕季目がけて、さらなる実弾を投下した。

「そういえばさ、どうしてゆうちゃんは戦ってんの」

「どうしてって……」

 みずきに対しては伝わっているはずの問いかけを、祥子は改めて口にしたのだった。

「そこまでする理由があるのかなって。穂村君だってそうだよ。あたし達高校生なんだよ。そういうのって、大人の人達に任せておいた方がいいじゃん」

「祥子、あのね……」

「守りたい人がいるから」

 夕季を気遣おうとしたみずきの目がまん丸く見開かれる。祥子を押しのけ、その続きを聞かないわけにはいかなかった。

「……。その人のこと好きなの」

「そういうのじゃないけど……」

「じゃあ、どういうの」

 意図がわからず、またもやぐいぐい迫るみずき。

 夕季が無表情で前を見つめた。

「あたしが守りたいのは、その人が笑っている時の顔だけなんだと思う。その人のつらそうな顔や、悲しそうな顔を見るのが嫌だから。その人からしたら、たぶん、大きなお世話なんだと思う」

「そんなことないよ。きっとその人も、ゆうちゃんのこと、大切だって思ってくれてるはずだよ」

 みずきの顔がわずかだが淋しそうにゆがむ。

 みずきの確認が光輔のことだと思った夕季が、少しだけ表情をやわらげた。

「ちょっと間違えた。そういうふうに考えているのは、その人にだけじゃないから。その人も大勢いる大切な人達の中の一人。それだけだよ」

「……」

「めずらしいよね。ゆうちゃんがそういうことはりきって言うのって」

 心ここにあらずのみずきにかわり、祥子がその場をおさめようとした。

 ふっと目を細める夕季。

「そうかもしれない。そんな偉そうなこと言えるほど立派な人間でもないのに。……今、はりきってた?」

「そんなに偉そうなことでもないような」

「ゆうちゃんが立派じゃなかったら、あたしらなんて見る影もないよね、みずき」

「見るも無残だよ」

「じゃあさ、あたしやみずきのことも、少しくらいはそう思ってくれてるの」

「祥子ってば、はりきりすぎだよ!」

「いいじゃん、別に。その人達ほど大切じゃなくてもいいけど、何かあったら、私達のことも守ってくれるといいなって思って」

「誰かを守るとか、軽々しく口にできるようなことじゃない。……でも」物憂げな様子で、曇り空を見上げた。「みずきや園馬さんにもずっと笑っていてほしい。いなくならないでほしい。……ごめん、おこがましくて、なんか恥ずかしい」

「やうちゃんてば……」

 みずきの涙腺が開放される。夕季の胸に飛び込む直前に、一足早く祥子がダイブを敢行した。

「ゆうちゃんてばもう!」

「う!」

「祥子ってば、おこがましすぎだよ!」


 職員室に提出物を届けた道すがらの中庭で、二階の連絡通路から身を乗り出して手を振りまくるみつばに気づき、夕季が立ち止まる。

 みつばが一人であったことに安心して軽く手を振り返した夕季が、次のみつばの大声にびくんと身をすくませた。

「ホ~ムしぇんぱ~い!」

 手をわなわなと震わせ、引きつる顔で振り返る夕季。そこには満面の笑顔で身体ごと両手を振り回す光輔の姿があった。

「お~い、川地~! あ、夕季じゃん」

「……」

 一瞬で真っ赤に炎上した顔を光輔に向けたまま、夕季は周囲を確認しなかった失策を猛烈に後悔していた。

 そんな心の葛藤などまるで知るよしもなく、ぶるんぶるんと二人に手を振るみつば。

「今、しぇんぱいじゃなくて、夕季しぇんぱいに手を振ったんでしゅけどお~!」

「な!」

 途端に夕季の顔がほっと一安心の相にかわる。

「なんだよ、一番恥ずかしいやつじゃんか!」ほっとなって気が抜けたような夕季のジト目線に気がついた。「なんで顔真っ赤なの」

「ほっといてる……」

「ほっといてる?」


 中庭を光輔と夕季が並んで歩く。

 二人の向かう先が同じだったため、みつばの件もあってか、なんとなく妙な雰囲気を引きずる形となっていた。

「あ、そうだ。水杜さんのこと聞いた? また転校してっちゃうらしいよ」

「……そう」

 何気なく口にした話題だったが、あまりにも夕季の返答が素っ気なかったので、やや拍子抜けする光輔。

「そう、って、なんか冷たくない。おまえらさ、結構仲よさそうだったじゃんか」

「前に聞いてたから。いつになるかはわからないけれど、お父さんの仕事の都合で突然そうなるかもしれないって」

「な~んだ」ちょっとしたしこりを拭い去り、季節外れのぽかぽか陽気にあくびをかます。「またトップだな、おまえがさ」

「!」

「そんなのどうでもいいか。どっちかっていうと、仲いい友達がいなくなる方がキツいよな。水杜さん、いい人だし」

「……」

 複雑な表情になる夕季の心情を解することなく、光輔がどうでもいい話題を勝手につむいでいく。

「なあ、夕季。そろそろ茂樹達のこと、下の名前で呼んじゃってもよくないか」

 その突拍子もない振りに、夕季の心が完全に出遅れる。

「……無理」

「なんで。篠原のことは普通に呼んでるじゃんか」

「みずきは……」

「下の名前で呼ばれると、けっこう嬉しいみたいだぜ。なんか特別扱いみたいなんだってさ。俺らはもともとだから、あんまりしっくりこないけど。ねえ、茂樹~、ってさ。あいつ喜ぶと思うぜ」

「それ、無理! 男の人を呼び捨てとか、おかしい。偉そうに見られるからヤ!」

「俺や礼也は」

「それはいい」

「いいんだ……。じゃ、君付けならいいっしょ。茂樹く~んとか」

「それも無理! 絶対無理!」

「なんで」

「……なんだか嫌」

「なんだかわかるけど……」

 ふいに夕季が不安になる。

 最近の光輔の様子にどこか思いつめたような節を感じ取っていたせいもあった。

「光輔」

「ん?」

「もし、あたしが竜王に乗れなくなったら……」

 一旦飲み込む。

 夕季本人も、どうして突然そんなことを口にしてしまったのか理解できなかった。

 それでも引き返さずに先へとつなげていった。

「お姉ちゃんやみんなのために戦ってくれる?」

「何それ」

 目を見開いて夕季を見つめる光輔。しごく当然のリアクションだったが、光輔もそこから逃げずに、夕季と正面から向かい合った。

「関係ないだろ。おまえが竜王に乗っても乗らなくても、俺はみんなが好きだからやるよ。桔平さんも雅もしぃちゃんも、知ってる人がみんないなくなっちゃったら、わかんないけどさ」

「そう……」

 光輔から顔をそむけ、夕季がうなだれる。

 そこからは変なことを言ってしまったという失策感がありありとうかがえたが、それ以上に夕季から漂う悲壮な雰囲気が光輔には気になった。

「おまえ死ぬの」

「何言ってるの!」

 弾かれるように夕季が振り向く。

 瞬きも忘れたその顔を、光輔は極めて平常に見つめ返した。

「いや、変なこと言うからさ。おまえが変なこと言う時は、たいてい変なこと考えてる時だから。……あれ?」

「全部、変じゃない。……わかってるけど」

「あ、わかってたんだ!」

 夕季が光輔を睨みつける。

 それがいつもどおりの夕季だったことで、光輔の表情がほっと和らいだ。

「変なこと言ってごめん」

「別に変じゃないよな。ちょっとびっくりしたけど。俺がそうなることだって充分考えられるし。むしろその方が確率高そうだし、そうなったら、おまえに俺の分もみんなを守ってもらわないといけないしな。あ、でもさ、おまえが死ぬと嫌だから、なるべくそうならないように気をつけるよ」

「……」

「俺だけじゃないよ。雅だって、礼也だって、桔平さんだって、メックの人達だって、もちろんしぃちゃんもそうだろうから、おまえも気をつけろよ」

「……」

「返事は」

「……もう許して」

「なんでそんなこと思ったの」

 ぽかんと夕季を見つめる光輔。

 当然の疑問に対して、夕季はやや口をもごつかせながら答え始めた。

「この世界の他に、この世界によく似た別の世界が存在するって言ったら、光輔は信じる? それも数え切れないほどの世界が、あたし達のすぐそばで、ほんの少しずつ形を変えて存在していたとしたら」

「パラレルワールドってやつかな。だったら聞いたことはあるけど」

「ひかるさんも同じことを言ってた」

「え?」

「……なんでもない」

「?」

「……」

「それって立場は違っても、人の寿命は同じってやつだっけ。同じ人が総理大臣になってる世界と川の近くに住んでる人になってたりするのに、死ぬ時は同じってやつ」

「そうとは限らない。この世界ですでに死んでいる人が、百歳まで生きている場合もある。その逆も」

「でもそれだとどんどん違ってっちゃわない。俺が子供の時に死んじゃった世界もあるのに、別の世界では十人も子供がいたりさ。そうするとこの世界には存在しない人達が俺の子孫として存在することになるよね。あれ? どっちだっけ?」

「たとえばだけど、光輔のいない世界ではひかるさんがまだ存在していて、光輔が分け与えるはずの記憶をひかるさんが補う可能性もある」

「え? それって俺じゃないよね。姉さんだよね。え? え? どういうこと?」

「あたしや光輔が老人になるまで幸せに生きられる世界もあるかもしれない。でもあたし達はこの世界を望んでしまった。たとえ自分の未来がなくても、他の未来を信じて」

 真剣な表情のまま空を見上げた夕季に、光輔が首を傾げてみせる。

「おまえって時々変なこと言うよな。綾さんの影響? なんでもいいけど、俺、おまえがいなくなるといやだから、まずそれから死神に頼んで阻止してみようかな」

「……ありがとう、光輔」

「え! 今の笑うとこなんだけど!」

「未来は変えられる。それがその人の運命の中であれば」淋しげに目を伏せた。「でもその未来が自分のものとは限らない……」












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