第四十四話 『残されたモノ達』 OP
ベリアルやアスモデウスの脅威をひとまずやりすごした後、柊桔平はその無慈悲な命令を誰もいない室内で受け取った。
「本当に凪野博士は死んじまったのか」
くわえタバコのまま桔平がたずねる。
それに答えたのは、彼が今もっとも聞きたくない人物の声だった。
『ああ、間違いない。確認ずみだ』
「信じられんな」
『何か不服か』
「いや、そんなものかって思っただけだ」
『何が言いたい』
「あんた、前に博士のことが大好きだって言ってなかったか」
『そのとおりだ。彼のおかげでここまでのぼりつめることができた。目の前に立ちはだかる彼という巨大な障害をのり越えたおかげで、私の存在を世に知らしめることができた。心の底から感謝している』
「そうかよ……」
短くなったタバコを床に投げ捨てる。
その様子をうかがうように声の主は続けた。
『あの男の存在は我々にとって脅威でしかなかった。この国の平穏のため、そして世界の永劫なる平和のためにも、約束をたがえることなく果たせ』
「約束を忘れてはいない。あんたが言いたいこともよくわかっているつもりだ」
抑揚のない声の主に、無駄と知りつつ桔平が自分の意見を付け加えてみる。
「だがもう凪野博士はいない。進藤あさみはあんたのことを信用しているんだろ。だったら今さらそんな必要ないはずだ。とことん利用すればいいだけだろ」
返ってきたのはわずかな隙間すら見られない鋼の楔だった。
『彼女はすでに志をなくしてしまっている。進藤あさみは凪野守人に等しく、我々に不利益をもたらすだけの存在と成りはててしまった。その経緯は常にそばで監視していた君こそがよく知るところだろう。それに、彼女は博士からあるものを託されている。今となっては、後継者たる彼女こそが凪野守人そのものなのだ』
「……」
桔平にはわかっていた。それまでさんざん利用してきたあさみの存在が、今になって邪魔になったことを。
『博士なき今、メガリウムの解明は望むべくもない。もはやメガルはどこからも必要とされなくなった夢の島だ。そこからは際限なく虫がわき出し、すべてを腐らせ、やがて世界を破滅へと導く疫病をもたらす。進藤あさみはゴミ山をあらす害虫だ。必ず駆除しなければならない』
「ひどいいいようだな。あんたらしくもない」
『柊』
「……」
『彼女はすでに自らの時間を使いきってしまった。凪野博士同様』
「……。なあ、あんた」
『なんだ』
「……いや、いい。俺の勘違いだろう……」
通信を終えた桔平が、時間を確認するために腕時計に目をやる。
時計は秒針が止まったまま、音だけが変わらない時を刻み続けていた。
二本の針は一番離れた場所で停止していた。
「とうとう壊れちまったか……」