第四十三話 『プロジェクト・メガル』 11. プロジェクト・メガリューオー
「これほどまでの差があるなんて……」
司令部で呟くショーン。
それを戦慄のまなざしの桔平が受けた。
「何故だ。封印は解かれているのに……」
「中国軍がバルバトスに対して核攻撃を敢行したということです」
忍の報告にあさみや桔平が振り返る。
「直撃を含む複数回の被弾にもバルバトスは無傷。上海は周辺地域も含めて壊滅状態です」
「おろかな選択をしたものね」
「バルバトスは怒りにまかせるように、国中を手当たりしだいに破壊しだしたとのことです」
「自分達の手で死の国を作っちまったか」
「怪神同士は互いの力の影響を受けないようね」表情もなく、ふうむと口もとに手をやるあさみ。「一つだけわからないことが……」
「ちょっと待ちなさい、あなた達」
突然荒げられた忍の声に、他の全員が反応する。
忍は目をつり上げ、夕季らとのやりとりの最中だった。
「何考えているの。今の見たでしょ。私達でどうこうできる状況じゃないってことくらい、あなた達にだってわかっているはずよ。夕季、聞こえてるでしょ。どうしたの、いったい」
「おい、何かあったのか」
「あ、桔平さん」せっぱつまった様子の忍が振り返る。「またあの子達が勝手なことを。止めてください」
「あああ! まさか、まだやろうってんじゃないだろうな!」
「そのまさかです。なんとかしてください。今度こそ本当にただじゃすみませんよ」
「何やってんだ、アホウどもが!」桔平の表情に怒気がこもる。「おい、さっさと撤退しろ。何考えてやがるのか知らねえが、いい加減にしとけ。これまではたまたま運がよかっただけで、本当にもう……」
その時、緊急の呼び出し音にあさみが気づく。
桔平の怒声すらかき消す、すべての最優先を意味する凪野からのホットラインだった。
リパルサー軍団を殲滅させたアスモデウスが、再びベリアルとの決戦に臨む。
アスモデウスの執拗な攻撃をベリアルがトリッキーに翻弄する膠着状態がしばらくは続いたものの、しだいに地力に勝るアスモデウスが押し込み始めていた。
悲鳴を撒き散らしながら逃げ惑うベリアルを捕獲すべく、悠然と間合いを詰めていくアスモデウス。
そこに歓迎されぬ横恋慕が割って入ろうとしていた。
バード・ストライクを仕向けアスモデウスを吹き飛ばすエア・スーペリア。
その後すぐにアスモデウスの魔の発光から、命からがら逃げ出すはめとなった。
「あぶねえな、てめえは!」
「どうしたんだよ、水杜さん」
「おい、やめさせろ、夕季」
『……』
「おい、なんで黙ってやがる。てめーもこの大バカ女とグルか!」
礼也の苦言に、懸命の形相で振り返る茜。
「今やらないでどうするの。それくらいスカスカ頭のあなたにだってわかるでしょ。……。誰が大バカ女ですって!」
「てめーだ、てめー! やっぱてめーも夕季と同じくらい大バカだな! 二人そろって大バカシスターズだな! おい、スカスカ頭って俺のことか!」
『どうして茜さんだけじゃなくて、あたしまで大バカシスターズになるの!』
「ちょっと古閑さん、あやうくスルーしそうになったけど、今の聞き捨てならないんだけど!」
『スカスカブラザーズのくせに!』
「あ! なんだそりゃ!」
「スカスカだからスカスカって言って何が悪いの。お似合いじゃない」
「んだ、この、バカー!」
『お似合いだと思う』
「はあん!」
「ちょっと古閑さん、さっきの訂正しなさいよ!」
「まあまあまあまあ。……え? ブラザーズって……」
風に舞う木の葉のように翻弄される光輔を尻目に、ヒートアップしかけた茜が深呼吸を経てややクールダウンする。
「あの二体を接触させてはいけないんでしょ、古閑さん」
『ええ……』
「え、どういうこと……」
「なんでだ、夕季。説明しろ」
『わからないけれど、そんな気がする』
「そんなん、理由になるかって! やっぱりおまえらは……」
「もう一度いくわよ」
「おわっ!」
「ちょっ! 心の準備が……」
わけもわからず、何度もアスモデウスに特攻をしかけるガーディアン、エアスーペリア。
夕季と茜の思惑は、とりあえずベリアルがその場から離れるまで、アスモデウスへの攻撃を続けることだった。
ヒット・アンド・ウェイの一撃離脱とはいえ、ほんのわずかタイミングが狂うだけで即死につながるタイトロープ戦法でもあった。
凪野は爆破の衝撃で重傷を負いながら、朦朧とした意識の中、視界を占領するベリアルとアスモデウスの姿を目で追っていた。
そのフレームの奥にかすかに映る、もう一つの影にも気づく。
光輔らが従える、唯一生き残ったガーディアンだった。
世界でたった一つだけ残った希望が、己がゴミだと見捨てたレプリカ・ガーディアンのプロトタイプ。
そこに未来があることなど、これっぽちすら考えもしなかったのに。
「そうか、そうだったのか……、これが……」
オビディエンサー達がどんな人間かもよく知らず、ろくに話した記憶すらないことを思い返す。
かつてのとるにたりなかった自分のように、彼らを見下げていた過ちにようやく気づいたのである。
爆発により瓦礫の廃墟と化したメインルームで、凪野は何度も過去を顧みる。
自分にとっての理想のメンバーを計画どおり構築し、たとえ神とでも戦えることを確信した日々を反芻していた。
それ以上の人材は必要なかった。
ガイアー・プロジェクトで集められた者や桔平らメック・トルーパーのメンバーは、所詮外敵からの追及を転嫁し矢面に立たせるための単なる隠れ蓑でしかなかった。
恩人の子である光輔を始め、オビディエンサーのことすら気にもかけなかったのは、知る必要がなかったからだ。
使い捨てだと割り切り、顔を覚えるつもりもない人間達。それは責任を押しつけ、切り捨てるためだけのメンツだった。
凪野は捨て駒である彼らを常に冷ややかに見下ろし、心無き対応を貫いた。
むしろ彼らが責を被るように仕向ける。
ガーディアンは使えるものだとすら考えておらず、本来の目的のため心血を注いだ。
だが自分があてにしていたメンバーはことごとく消え去り、今や誰一人として存在しない状況にまで追いやられてしまった。
もはや戦うすべもなく、残ったのは、はなからあてにもせず切り捨てようとしたあさみや桔平達だけだった。
後悔の念が募る。
火刈から桔平を紹介された時のことを、今さらになって思い出した。
『おもしろい男がいます。彼一人の力は取るに足りない。ですが、ある人間を媒介させることによって、核融合にも匹敵する化学反応をもたらす可能性を持つ。私は彼らを利用するつもりです。反応は起きないかもしれない。しかし、プログラムを促進させるほどの結果をもたらすかもしれません。あなたにとってそれがどう転ぶことになるのか、私は楽しみです』
続けて火刈が言う。
『戦略家の観点から見た彼らの最大の強みは、常人では到底不可能な突拍子もない計画のコマそのものに、彼ら自身がなれることです』
呼び出しに応答したあさみの声を受け取った。
『進藤です』
「君か」
『はい』
「時間がない。単刀直入に言おう。すべてが誤算だった。これほどまでとは予想だにしなかった。すべてが私の判断ミスだ。……。私の役目は終わったようだ……」
『……』
「できれば君を巻き込みたくはなかった。恩人である進藤教授のためにも。だがそうもいかなくなった。すまない。必要なものはすべてそちらから引き出せるようにしておいた。あとは任せる。君の思うままにやってくれ。それだけだ」
『……はい』
「もう一つだけ、伝えなければならないことがある……」
告げるべきことを告げ、一方的に凪野が通話を終了させる。
まだすべきことが残っていた。
次の呼び出しに応じた声に向けて。
「我々は彼らの誘いに乗って、自らの手でパンドラの檻を開放してしまったようだな……」遠い目となる。「……あの時からすでに」
その声が届く先には、火刈聖宜がいるはずだった。
火刈は自分の机の前で、波野しぶきを横に据えながら、凪野からの電話を受け取っていた。
盗聴は承知の上でだった。
『どうしても言いたかったことがある』
眉一つ動かさず火刈はそれを受け入れた。
「何でしょうか」
『我々は選択を誤ったようだ』
「……」
『君は彼らを信じ、彼らとともに進むべきだった。だがもう遅い』
「彼ら……」
壁に背中を張りつけ、動かない身体を投げ出したまま凪野が笑う。
「メガリュオンさえ制御できればすべてが手に入ると思っていたが、考えが甘かったようだ。レッドブック計画は失敗に終わる。我々の負けだ」
『さっきから何が言いたいのか、皆目見当もつきませんが』
「我々には箱舟に乗る資格がなかったということだ。君もそうだ」
『言いたいことはそれだけですか』
「ああ。最期に君に楔を突きつけてやりたくなった。先にいく。地獄で会おう」
『……。そうか……』
凪野が火刈との通話を終える。
そして笑みをたたえたまま、懐から書類の束を取り出した。
その計画書には、『プロジェクト・メガリューオー』という表題が記されてあった。
「おい、待て!」
礼也のストップを受け止め、茜が滞空状態をキープする。
高空からベリアルの背走を確認していた。
その後を追うように、アスモデウスが地中に続く。
見事なまでのスルーっぷりを目の当たりにし、ほっと一息つくと同時に、全員があっけにとられていた。
「こっちのことなんざ、まるで眼中にねえってことかよ」
礼也の悪態を受け、茜が目を細めて唇を噛みしめた。
「無理もない。ずっと焦がれていた恋人を、ようやく見つけたのだから」
礼也が片目をゆがめる。
「いつからだ。いつからあいつは、ベリアルを探してやがった」
『数万年』夕季が横入りしてくる。『或いは、数億年前から……』
凪野守人は、モニターからフレームアウトしていくベリアルとアスモデウスの姿を追いかけていた。
そこにただ一つだけ取り残されてしまった場違いなシルエットを見据え、書類の束に火を点ける。
凪野はじきに自らが息絶えることを感じ取っていた。
それでも取り乱すことなく、机の上に置かれた青い石の光が霞んでいくのを幻のように眺めていた。
「俺にはこんなもの、持つ資格もない……」
力を失い、目を閉じようとしたその時、凪野の視界に信じられない光景が映し出された。
陽輔と光代だった。
二人とも中学生の姿のまま、笑顔を凪野へと差し向けていた。
凪野が唇を震わせる。
「……陽輔、みっちゃん……。待っていてくれたのか、俺なんかを……」苦しげな表情を二人からそむけた。「ごめん。君達の大切な家族を俺は守ることができなかった。君達に合わせる顔がない……」
それでも陽輔と光代は凪野を責めることなく、笑いながら手を差しのべたのだった。
「……許してくれるのか、俺を」
二人が微笑みながら頷く。
「ありがとう……」
凪野の目から涙があふれ出た。
陽輔と光代が笑いながら頷き合う。
『さあいこう、ハカセ。三人で冒険の旅に』
二人の手に触れようと、最後の力を振りしぼって立ち上がる凪野。
それは凪野博士ではなく、陽輔や光代と初めて出会った頃の少年の顔の凪野守人だった。
三人の手が重なる。
そして勢いよく空へと駆け上がっていった。
続く




