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第四十三話 『プロジェクト・メガル』 10.終焉

 


「凪野先生に面会希望の方がこられていますが」

 大学の研究室で助手に取り次がれ、凪野が怪訝そうな顔を向ける。

「アポもなくか」

「はい。昔のご学友だとおっしゃる方ですが。お子様連れで」

 またか、という顔になり、憤りのような長い吐息をもらした。

 最近その界隈で名が知れ渡るようになってきたせいか、馴れ馴れしい知り合いが増えた。その内訳はといえば、金の無心や便宜の要求ばかりで、辟易していたところだった。

「お断りしておきますか」

「ああ。……名前は」

 思い直してたずねる。

 常ならば門前払いをするところだが、その日に限って何故だか妙に気にかかった。

「穂村様と名乗られていますが」

「!」


「みっちゃん、元気」

 接客室に陽輔を招き入れ、凪野がたずねる。

「ああ。おまえに会いたがっていたぞ」

 笑いながらそう答えた陽輔に、凪野は淋しそうに笑ってみせた。

 今現在、何をしているのかはわからなかったが、昔のままの陽輔のテンションがやけにむなしく感じられたからだった。

 そこには以前のようなオーラはまるで見受けられなかった。

 目の前の陽輔の見た目は、どこにでもいる普通の青年と何ら違いはない。

 中学生の頃にはあれほどまでに眩しく頼もしく映った彼の姿が、今の凪野には小さく見えていた。

 凪野にとって陽輔という存在は常に特別だった。

 限定された期間における幼い記憶の中であったとはいえ、陽輔と光代はずっと凪野の心の拠り所だったからだ。

 考古学者になる道を選んだのも、二人の期待に応えるためだった。

 両親に反発していた凪野にその道の素晴らしさを改めさせたのは、他ならぬ陽輔と光代だったからである。

 それ故に、美化された記憶のままであり続けてほしかった。現実的な今の姿を見たくはなかったのである。

 なんとなく、陽輔に会うのも、これで最後であるような気がしていた。

「夢がかなったんだな」

「あ……」

 陽輔に言われ、凪野がリアクションに迷う。

 進藤教授からの推薦もあってか、凪野はその才覚が樹神教授の目に止まり、念願のプロジェクトに加わることができた。

 落胆を隠せない凪野が無理に笑ってみせる。

「……君も行かないか」

「バカ言うなよ。俺なんかがおまえの役に立てるはずないだろ」

 見え見えの社交辞令を、陽輔が笑い飛ばす。

「俺はおまえとは違う。ただの凡人だからな。普通の親父になるのが今の俺の目標だ」

 そう言って、隣で大人しく腰かける娘に目をやった。

 陽輔の娘はまだ就学前のようだったが、利発そうな顔立ちが光代によく似ていた。

「そうか……」

 腕時計で時間を確認する。

 準備がすみ次第、直ちに発掘作業へと赴く段取りだった。

 ここのところずっと多忙続きで、本音を言えば、旧友と昔話をする時間さえ惜しかったのである。

 するとそれに気づいた陽輔が、おもむろに手のひらを開いて何物かを差し出してきた。

 かつて友人の証であると凪野が二人に手渡した、赤色と黄色の石だった。

 陽輔の娘、ひかるは、その二つの石にまばたきすらせず注目していた。

「光代が知り合いに鑑定してもらったら、何かの宝石の原石だってことがわかったんだ。だから二人で相談して、おまえに返そうって決めた。だけど、こいつが気に入ってしまっててな。おまえのところに返しにいくって言ったら、どうしてもついていって最後まで見届けたいって。このお兄ちゃんが駄目だって言ったら、本当に諦めるんだぞ、ひかる」

「うん」

 原石には違いないが、あまり価値のないものだった。

 正直、今の凪野にとってはどうでもいいことだった。ただ、こうしている時間をもったいないと感じていた。

 何度も石と凪野を見比べる、不安そうな顔のひかるに気づく。

「あげるよ」

「おい、いいのか」

「いいよ」笑いながらひかるを見つめ、凪野が告げる。「これは君達にあげたものだ。もう俺のものじゃないよ」

「そうか。よかったな、ひかる」

「うん」嬉しそうにひかるが笑った。「ありがとう、お兄ちゃん」

「!」

 その笑顔に凪野がはっとなった。

 ひかるの微笑みは、光代の笑顔そのものだったからだ。

 それを凪野は遠い昔を懐かしむように眺めていた。

 そして凪野は、彼らとの決別を知った。


 去り際に陽輔が振り返り、見送る凪野へ力なく笑ってみせた。

「本当に博士になっちまったんだな。よかったよ。俺達のせいでおかしなことにならなくて。おまえはどこか他の奴らとは違うって思ってたからな。俺や光代なんかとも」

「……」

「短い間だったけど、おまえと一緒の時をすごせたことが、俺の誇りだ。光代もそう思ってる。こいつらにもおまえのことを必ず伝えるよ。昔、俺にはすごい友達がいたんだってな」

 にこやかに笑うひかるの頭をガシガシとなでる陽輔の笑顔が、凪野の中に残っていたかすかな記憶をくすぐった。

「……違う。俺なんか、全然たいしたことない。一人じゃ何もできない。本当に凄いのは君達だ。君達がいてくれたおかげで、他の多くの人達の人生が変わったんだ。俺もその中の一人にすぎない」

 それに嬉しそうに笑って応える陽輔。

「それは違うぞ、凪野。おまえがいなかったら、俺はずっと光代と二人きりだった。おまえがいてくれたから、俺達は三人でいられたんだ。おまえには心から感謝している。仕事が落ち着いてからでいいから、気が向いたら、また同窓会にでも来てくれ。何十年先になるかもわからないだろうけどな。その時はこんなかたくるしい感じでなくてもいいよな。凪野博士」

「ああ……」

 ひかるを見下ろし、陽輔が嬉しそうに笑う。

 ひかるも陽輔を見上げて嬉しそうに笑い返した。

 その眩しい笑顔に凪野は見覚えがあった。

 かつて凪野のすぐそばにあった笑顔だった。

 もう返ってはこない笑顔でもあった。

 そこに浮かび上がる、光代の笑顔とともに。

「……待って」

 けしつぶのように小さくなった陽輔の背中に凪野が呼びかける。

 しかしその後ろ姿が振り返ることはなかった。

 自分自身がわからなくなりかけていた。

 陽輔や光代に少しでも近づきたくて努力していたのに、結果的に二人を遠ざけることになってしまった。

 一緒に目指したいもののために走り続けたはずなのに、いつの間にか自分だけがそれを見失ってしまったかのようだった。

 もうどこにもそれがないことを凪野は思い知る。

 胸が張り裂けそうなほど苦しかった。


 二人が震災で死亡したことを凪野が知ったのは、それからかなり経ってからだった。

 陽輔と最後に会って、それほど時をおかずに起きたことも。

 まるで自分の死期を悟り、陽輔が別れを告げに来たようだと、後になって凪野は感じていた。


 そして凪野の心を根底から揺さぶる事件が起きる。

 陽輔と光代の忘れ形見、ひかるの死だった。

 ひかるの亡き骸は、かつての記憶の中にある光代の姿そのものだった。

 その時残されたひかるの弟が持っていたという黄色い石を握り締め、凪野は声が枯れるまで絶叫し続けた。

 どれだけ嘆いても凪野の苦悩が和らぐことはなかった。

 恩人の子供を死なせてしまったこと。

 この世界に二つとない、自分達だけの絆を失ってしまったこと。

 そして、すべての絶望の元凶が自分自身の存在によるものであったことに気づいて。


 それが凪野の迷走と暴走のきっかけとなった。


 陽輔の面影を多分に感じさせる光輔を海竜王から遠ざけようとしたのは、親友との最後の絆でもあるその息子を守るためだった。

 光輔の存在が露呈しないよう、感応テストの結果の操作も行った。

 ガーディアンのすり替え工作も同様にである。


 だがいつしか思い知る。

 自分と光輔との運命を切り離すことが不可能であることを。


 ならばたとえどんな結果が待ち受けようと、己の信念を貫きとおす道を選択した。


 メガルを陰で操る集団への復讐と挑戦である。


『俺が成すべきことは、もう一度胸を張って彼らの前に立てるような人間になることだ。もう一度彼らの仲間だと認めてもらえるような人間に……』

 そう心に刻みつけつつ。


           *


 世界中の各都市に展開するリパルサー軍団は、次第に怪神達を追いつめていった。

 一体一体が、怪神達と遜色ない力を持つ最終兵器。

 それが一度に何百体も襲いかかるのだ。

 いくら規格外の魔獣の群だとて、たまったものではないはずだった。

「勝てる」

 凪野の勝利への算段は、確信へと変わりつつあった。

 ようやく長年の苦労が報われる時がきたのである。

 長らく続いた苦悩から解放される時が。


 異変が訪れたのは、そのわずか数分後のことだった。


 悲鳴のような咆哮とともに、アスモデウスの背中が妖しく発光した。

 それにいち早く反応したのは、夕季だった。

『逃げて』

 全方位に広がる光の放射から逃れるべく、茜がエア・スーペリアを空高く急上昇させる。

 追いすがる魔の光から命からがら逃れ、高度三万メートルで滞空したまま、茜達は下の様子に目を向けた。

 そこでは信じられないような光景が繰り広げられていた。

 アスモデウスの放った怪光線によって突然動きを止めたリパルサー軍団は、次の瞬間、互いを攻撃し始めたのである。

 そこに味方同士の認識は微塵もなく、ただ自らと同じ姿形の物体を敵と見なして、破壊の限りをつくさんとしていた。


 世界各地で同様のことが起こりつつあった。

 マルファスの分身がリパルサーに次々と乗り移り、同士討ちを促進させた。

 バルバトスは倒した相手を即座に自らの味方として蘇らせ、死霊の軍勢を築いていった。

 マルコシアスは闇の力により、リパルサーの中からその分身を作り出し、リパルサー同士を戦わせた。

 プルフラスとゴモリーはリパルサーを操る人間達に幻惑を見せ、リパルサー軍団が自滅するように仕向けさせた。

 モラクスに至ってはその植えつけられた際限のない恐怖が見る者の精神を汚染し、リパルサーを操作するブレイン達の中に発狂者が続出し、木偶状態となったリパルサーは比類なき力を持つ魔獣の手によってたやすく破壊されていった。

 いずれも、凪野の側近達も含めて壊滅状態となるのに、それほどの時間を要さなかったのである。


 次々と同士討ちを始めたリパルサー軍団は、みるみる数を減らしていった。

 なのに、同じ光線を浴びたベリアルだけは、ただひたすら逃げ惑うのみだった。

 アスモデウスの力は、互いを信頼する気持ちが強いほど、奈落に引きずり落とされるものだったからだ。

 毒気を抜かれ、その悪夢の光景に瞬きすら忘れる光輔達。

「なんて力だ……」礼也が溜飲する。「もう、完全に別の次元にいっちまったらしいな……」


 焦燥し次手に窮する形となった凪野が、スレイマンとの決戦を見越して温存していたストックまで、出し惜しみせずにすべて投入する。

 が、それすらも何の好転のきっかけにすらならず、瞬く間に消滅していった。

 パネルに映し出されるアスモデウスが振り返った。

 まるでそこに凪野の存在を確認したかのように。

 次に起こった発光は、地下数百メートルに構築したノアの箱舟を焼き尽くす地獄の業火となった。

 数千体のリパルサー・ガーディアンを遠隔コントロールするためのメインシステムを通じて、アスモデウスの邪撃が進入したのである。

 そこを感染源とし、ウイルスがルートをたどって拡散するように、世界各地のシステムが侵食されていった。

 なすすべなく、ただ絶句するのみの凪野。

 各国のブレイン達が次々と消息を絶ち始めた頃、凪野はシステム崩壊に関わる炎上爆発に巻き込まれることとなった。


 反攻開始からわずか十分足らずで、凪野王国は終焉を迎えることとなった。



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