第四十三話 『プロジェクト・メガル』 9. 穂村陽輔
穂村陽輔と知り合ってから、凪野のクラス内での立ち位置は一変した。
席の近さもあり、気さくな陽輔とは自然と打ち解けていった。
何一つ接点のない二人ではあったが、勉強の苦手な陽輔に宿題を見せたり答えを教えたりしているうちに、陽輔も凪野のことを頼るようになっていった。
光代は最初のうちは遠慮していたものの、楽をしようとする陽輔を見つけるたびにそれをたしなめ、次第に凪野にも小言を言うようになっていった。
その後二人は決まって苦笑いをするのであった。
いつからか凪野は、陽輔と光代と三人でいることが多くなった。
それを見ていた周囲が、凪野にすら一目置くようになる。
くだらないいじめもなくなり、もともと優等生だった凪野は、クラスのみなからも頼られる存在になっていった。
陽輔と光代は、学校内でも有名人だった。
子供の頃からケンカが強かった陽輔は、同じ学校の生徒だけでなく、他の誰かがからまれていても当たり前のように助けに入った。
高校生達の間にも知れ渡るほどその強さは際立っていたが、誰一人として陽輔のことを悪く言う者はいなかった。
凪野に嫌がらせをしていた連中も以前陽輔に助けられたことがあり、陽輔の言うことには素直に従ったのである。
「江藤さんって、穂村君のことを陽輔って呼ぶんだね」
光代がいない時、凪野は陽輔にそうたずねたことがあった。
「おお、誰もいない時だけな。昔っからそうだ」
「どうして普段はそう呼ばないの」
ん、と顔を向ける陽輔。それからおもしろそうに笑いながら言った。
「恥ずかしいんだってよ。みんなに聞かれるのが。みんな知ってるってのに」
江藤光代は代々続く江藤流柔術の一人娘にして跡取りでもあり、その腕っぷしの強さは陽輔以上と噂されるほどだった。
何ごともやりすぎる陽輔を光代が止めに入るのが、小学校に入学する前からかわらないおなじみのパターンだった。
それをたずねた凪野に、光代は照れ笑いをしながらこう説明したことがある。
「子供のころから陽輔にはケンカで一度も負けたことないんだ。でも、きっとあいつが手加減してくれてるんだよね」
普段は誰にも見せない、とびきりの笑顔で。
とある日曜の午後、陽輔と光代はともに凪野の部屋にいた。
凪野の両親が有名な発掘家であり、凪野の部屋にも様々な珍しい資料があることを知った光代が、ぜひ行きたいと申し出たのだ。
光代の夢は実家の跡目を継ぐことではなく、歴史家になることだった。
凪野から見せられた資料を興味津々に読みふける光代。
陽輔はといえば、凪野が組み立てた模型の類を子供のようにいじくりまわしていた。
「ムーやアトランティスみたいな有名なものの他に、メガルっていう文明があるんだって。ずっと前から何度も探検隊が組まれてるんだけど、たいした成果も得られずに終わってばかりだけど。もう何回もプロジェクトが実現しているのに、必ず事故や妨害が入って、一度も目的地までたどりつけていないって、お父さんが言っていた。僕もいつかそれに加わりたいなって思ってる」
勉強机から凪野が目を輝かせて説明する。
凪野が古代文明の話をするのを、光代は目を輝かせて聞いていた。
陽輔がぶすっとその様子をうかがっていることに気づき、凪野が苦笑いする。
常から、自分と光代の会話を横で不快そうに眺めている陽輔のことが、凪野は気になっていた。
それを光代に打ち明けると、光代はおもしろそうに笑い飛ばした。
別に凪野と光代の仲に嫉妬していたわけではなく、ただ仲間に入れないことが陽輔には淋しかっただけだと光代は説明してくれた。仲間はずれであることを気にしていたのならば、結局は嫉妬みたいなものかもしれない、と笑いながら。
そのとおりだった。
凪野が、家に遊びに来ないかと誘えば、陽輔は嬉しそうに飛びついてきたからだった。
おもしろくないかもしれないと凪野が告げる間もなく、次の日曜だな、絶対に行くからな、おまえも行くだろ、と光代に笑顔を向けながら。
「穂村君はメガル文明のことをどう思う」
「ん?」
あぐらをかいた陽輔が、手にするロボットの模型からようやく目を離した。
「メガル文明」
「うん」
「どういう意味だ」
「詳しくは知らないけど、女神様の名前らしいよ」
「メガと女神でメガルとかな」
「う、ん……」
「かかってないわよ」
無慈悲な光代のつっこみに、う~んと考えるそぶりの陽輔。
「んじゃ、メガとガールで……」
「もういいわよ!」
どうでもよさげに笑い、陽輔が凪野に顔を向けた。
「そんな進んだ文明なら、もちろんロボとかあったんだろうな」
「さあ、それはわからないけど、ひょっとしたら恐竜とかもいたかもしれないって」
やや困ったように答える凪野にも、陽輔はその意図をまったく汲み取ることなく続ける。
「ドラゴンもか」
「さあ……」
「んじゃメガリューオーだな」
「メガリューオー?」
「おう。竜の王様。で、メガルだからメガリューオーだ。ちょうどいいだろ。いけ、メガリューオー、キーン。あ、やば」模型を落とし、顔面蒼白になる。「壊れた、スマン、ハカセ、弁償する」
「いや、いいよ、別に」
「いくら」
「五千円くらいかな」
「う~ん……」
「だからいいってば、また直すから」苦笑い。「メガが好きなの」
何の気なしに凪野がたずねると、陽輔は少しだけ恥ずかしそうな顔になって言った。
「いや。でも、メガってなんか強そうだよな。メガトンとか、メガなんとか砲、発射! とかよ」
「メガなんてもうすでに小さい単位なのよ」
あきれ顔の光代のツッコミにぽかんとなる陽輔。
「どれぐらいちっさい」
「どれくらいっていわれても。かなり小さいとしか」困り果てる光代。「逆にどれくらい大きいと思ってたの」
「えっと、空母とかジャンボジェットぐらい」
「はあ!」すぐにクールダウンを試みる。「紙飛行機くらいだよ、たぶん」
「そんなにか!」
「ええ」不安になって凪野に顔を向ける光代。「どう思う」
「二人ともすごいなって思ってた」
「どういう意味」
「ちゃんと会話が成立しているから。さすが江藤さんだなって」
「いわないで!」
顔を赤らめる光代を不思議そうに眺め、陽輔が凪野にたずねる。
「んじゃ、逆にメガより大きい単位ってなんだ」
「逆に……。えっと、ギガとかテラとかかな。あとセペタとか」
「テラってそんな大きいのか。メガよりか」
「大きいよ。メガの千倍がギガで、テラはそのまた千倍になる。一メガが人間一人だとしたら、一テラは百万人って計算になるよ」
「すげえな、テラって。そんな巨大な思いが込められてたとは全然思わなかったな。その辺にごろごろあるのに、一個一個が百万人分の墓って意味だと考えると、無視できねえ」
「うん。ん?」
光代だけが陽輔の勘違いに気づいていた。
「でもゴロはメガのがいいよな。なんか寺リューオーって弱そうだし」
「……うん、そうかもね」
ぷっと噴き出す光代。
「あっははは!」
「なんだ、なんだ!」
「凪野君、優しい」
「いや……」
「なんだ、だから、なんでだ!」
「あっはははははは!」
「綺麗な石」
拳の中にすっぽりとおさまるほどの小さな黄色い石を手に取り、光代が目を輝かせる。
「あ、よかったらあげるよ」
「え、でも」
「そんなに価値のあるものじゃないみたいだから」
「そうなの。こんなに綺麗なのに」
両親からの発掘土産だった。
どこかの遺跡で同様の物が大量に見つかったが、単なる石だと聞いていた。
当初、発見者は小躍りしたものの、精密鑑定するまでもなく、現地人が遺跡泥棒を欺くためにばら撒いたまがい物であることがわかり、記念として多くの人間が持ち帰ったとのことだった。
土産品として売られているとも聞いた。
「ほとんど珪素でできているんだって」
「ふうん」
「ケイソってなんだ」
「ガラスの材料みたいなののことだよ」
凪野がそう答えると、陽輔が鼻で笑って光代の方を眺めた。
「なんだ、ガラスかよ。んじゃ、叩きつけたら割れちまうのか」
「他の物質も混ざってるから、普通のガラスよりは強いみたいだけどね」
「でもガラス玉なんだろ。ビー玉みたいなもんか」
「うん、まあ」
光代がムッとなる。
「いいの。綺麗なんだから」少しすねたように横を向く。「陽輔がそういうことをいうとは思わなかった。私はどんなに高いものより、お金では買えないものの方が価値があると思う」
「あはは……」
苦笑いする凪野、と陽輔。
「そりゃそうだったな。そいつはハカセからもらったものだから価値があるんだからな」
「そういうことです」振り返り、光代が嬉しそうに笑う。「凪野君、これ私の宝物にするね。ありがとう」
「あ、ああ……」
土産品かもしれないなどとは、とても口にできない。
「なんか急に俺もほしくなってきたな」
「あ、だったら」箱の中から別の石を取り出す。「こっちの、どう」
「おお、マジか」
陽輔に手渡したのは、光代のものと同じ大きさの赤い石だった。
これも光代のものに負けないくらいの輝きを放っていた。
「綺麗……」
今にもよだれがこぼれ落ちそうな表情で見つめる光代から、陽輔が赤い石を遠ざける。
「これは俺がもらったんだ。俺のだからな」
「いらないんでしょ」
「いる。すごく」
「なによ、さっきまでバカにしてたくせに。ほんとは自分もほしかっただけなんでしょ」
「そうだ。おまえだけもらったから、うらやましかった。これで引き分けだ」
「やっぱり」あきれたように眺め、凪野の方に目を向ける。「でも、いいの。凪野君のがなくなっちゃうよ」
心配そうな光代に控えめな笑みを向け、凪野がもう一つ石を取り出した。
「まだあるから」
透き通るような青さの石だった。二人のものより小さく、ややいびつなものだった。
これも光代の心をつかむ。
「また狙ってやがるな」
「失礼ね」むっとなる。「……ほしいけど」
「あ、じゃ……」
「よし、決めた」
流れを断ち切る陽輔の大声が部屋中を駆け抜ける。
「じゃあな、これを俺達が一つずつ永遠に持ってようぜ」
「何言ってるの」
うるささに耳に指を差し入れる光代のまなざしを軽くいなし、陽輔は楽しそうに続けた。
「俺達の友情の証だ。それでいいだろ、ハカセ」
「あ、うん」
「恥ずかし~」
「いうなよ。いい放ってから俺も恥ずかしくなったんだから」
「自分でいっといて」
「約束破ったら、この石をハカセに返すんだぞ、光代」
「はいはい」
その瞬間から、陽輔達との絆である青い石は凪野の宝物となった。何度も眺めては、嬉しそうに微笑んだ。
「よかったね、陽輔。凪野君が友達になってくれて」
「おう」
自分よりも嬉しそうに笑う二人の様子を、凪野は不思議そうに眺めていた。
他に用事があると光代が先に帰ってから、思い切って凪野は陽輔に聞いてみた。
「君なら友達はたくさんいるじゃないか」
それに、う~んと唸るように首を傾げる陽輔。
「知ってる奴なら結構いるかもしれないけど、友達っていえるかどうかな。こうやっておまえみたいに話せる奴は、他には、光代くらいかもしれないな」
そういえばと凪野が考える。
思い返せば、陽輔に対してはみなどこかで一線引いている感じだった。頼りにはするが、本気で陽輔とつき合おうとはしていない。実際、次元の違いすぎる陽輔には、光代以外はついていけていないようだった。
もう一度だけ、凪野が思い切ってみる。
「……。僕も、江藤さんみたいに、陽輔って呼んでもいいかな」
すると陽輔が笑った。
「おう」
嬉しそうに。
その笑顔が眩しすぎて、凪野が思わず退いた。
「……あ、みんながいない時だけ」
「恥ずかしいのか」
「いや、そういうわけでも……」
「だったら普段からでいいだろ」
「……うん」
「ついでに光代って呼べな」
「ぶっとばされるよ!」
凪野も嬉しかった。
陽輔以上に。
それから三人は、休日に凪野の部屋ですごすことが多くなった。
「おまえって、すごいんだな」
県下でもトップクラスの成績を続けることを陽輔に褒められ、凪野が苦笑いする。
「そんなことないよ。陽輔やみっちゃんの方がすごい」
「何いってんだ。おまえの方が百万倍すごいよ」
「俺なんか、他に全然とりえがないし……」
「あるだろ。おまえ、発掘家になるんだろ」
「なり、たいけど。簡単にはなれないよ」
「大丈夫だろ、おまえなら。俺が保証する」
「……」
陽輔が窓の外から空を見上げた。
「いいなー、俺も冒険して~。俺もおまえみたいに頭がよかったら、一緒に発掘家とかできるんだろうけどな」
凪野の蔵書を読み漁っていた光代が、あきれたまなざしを陽輔に向ける。
「陽輔に保証されてもねえ」
「なんだ、そりゃ」
「発掘家の意味、わかってるの」
「わかってるって。発掘するんだろ、恐竜の骨とか」
「恐竜の骨とか?」
「……ロボとか」
「ロボぉ! はあ!」
「……だぞ」
「どこで」
「えっと、メガ……」
「あるわけないでしょ」
あいかわらずの無慈悲なツッコミに、陽輔がムッとなる。
「いや、ある。絶対ある」
「だからどこに。そんなの聞いたことないよ」
「いや、ある。メガリューオーはある」凪野に目線を向ける。「どこだっけ、あれ」
「メガル文明」
「ああ、それだ。絶対にある。メガル文明には地球を救うロボのメガリューオーが絶対ある」
「あるわけないでしょ。ねえ、凪野君」
「え、うん……」
「あるよな、凪野」
「あ、うん……」
「「どっち!」」
「……あるといいなって思ってる」
「ほらみろ」
「あるとはいってないでしょ!」
「いや、あるっていった」
「いってない」
「しつこいな、おまえも。あるっつったらあるんだ。んで、俺と凪野と光代で乗り込んで合体して、悪のアトランティス文明とかを倒すんだよな」
「アトランティスは別に悪でもなんでもないんだけど……」
「いくぞ、メガリューオー!」
「?」
子供みたいにはしゃぐ陽輔を、凪野は嬉しそうに眺めていた。
「一緒にいこうよ」
「マジか」
「ああ」
「マジなわけないでしょ。陽輔みたいなバカに凪野君と同じことができるわけないでしょ」
「何!」
「そんなことないよ。陽輔ならできるよ」
「本当か」
「うん。……たぶん」
「よし、約束だ。絶対だぞ。冒険の旅へ出発だ」
「ああ」凪野が嬉しそうに笑った。「メガリューオーを探しにね」
「おお、さすが凪野だ。よし、光代、おまえも一緒に行くんだぞ。冒険の旅に。三人揃って、メガ、リュー、オーッ!」
「嫌よ、私は」
「つまんねえなあ、おまえは。男のロマンってのがわかんねえか」
「女だもの。男のロマンもいいけれど、どこの高校にいくか決めたの」
「いけね、まだだ」
「まったく、もう。先生、怒ってたよ」
「んじゃ、凪野と同じとこで。おまえもそうしろよ、光代」
「私が凪野君と同じところにいけるわけないでしょ」
「んだよ。みんな一緒ならおもしろいのにな。なあ」
「そうだね。陽輔はともかく、みっちゃんならいけるかも」
「無理無理。私なんかじゃ、ついてけないよ。凪野君みたいに普通に東大いく気満々の人達ばかりでしょ」
「はは……」
「俺はともかくって、俺なら大丈夫ってことか」
「あ~、まあ……」
「ついでに二人で一緒に東大にでもいったら」
「え? そこいったら東大にいかしてくれんのか? えらく気前のいい高校だな」
「バカなこと言ってないで、分数くらい解けるようにしときなさいよ」
「凪野、教えてくれ」
「あ、うん……」
中学を卒業するとともに別々の高校に進学した三人は、それぞれの道を進み始めた。
いつしか凪野も、ごく自然の流れで二人とは疎遠になっていった。




