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第四十三話 『プロジェクト・メガル』 8. 凪野守人

 


 世界各国でガーディアン軍団による、魔獣掃討作戦が開始されていた。

 旧来のものをはるかに凌駕する数百体ものガーディアンの群が、目標とする魔獣を取り囲み逃げ場を奪う。

 あとは近くにいる個体から順番に魔獣達に襲いかかるだけだった。

 一体が敗れれば続けて二体、三体と際限なく挑みかかるガーディアン部隊の前に、傷を負った魔獣達は苦悶の色さえ見せながら逃げ惑い始めていた。

 圧倒的な力の差さえあれば、直接攻撃が十二分に通用することを証明したのである。


           *


 メガルが提唱するガイアー・プロジェクトは、レッド・ブック計画のための隠れ蓑だった。


 ガーディアンと竜王をシンボルとし、見せかけだけの三大計画を掲げて、すべてが集約しているように見せかけたのだ。


 その一環として、オビディエンサーの人材確保のために、各地から身寄りのない子供達を集める。

「身寄りのない子供達が適役だ。不特定の志願者を募れば必ず綻びが生じて崩壊する。闇から闇へと葬り去るためにも、軋轢や足かせの少ない人材が好ましい」

 すべてが傲慢で凝り固まった思想に基づく、欺瞞で塗り固められたプロジェクトにすぎなかった。

 たとえ彼らの要求を満たせる人材が現れたとしても、それは単なる使い捨ての駒にすぎない。

 凪野が自ら募い、ブレインと認めるスタッフ達に比べれば、単なるダミーにすぎないからだ。


 感応数値に秀でた人材を数多く育て、トップクラスの数値をたたき出した子供もいたが、むしろその記録を抹消する働きかけさえした。


 見せかけだけの計画である以上、結果がともなうことは望まれなかった。


 凪野にしてみれば、偽りの選ばれし者達があまつさえ竜王を起動させ、ましてやガーディアンまで集束させることは、予定外のできごとだった。


 ソレイマンに対して、逆に、言い訳が立たなくなるからである。


 気にもかけず名前も聞かない彼らの中に、ひかると光輔が紛れ込んでいたと知るのは、例の海竜王起動実験の事故が起こってからのことだった。


 ひかるの死後、泣き続ける光輔の姿を目にとめ、凪野がはっとなる。

 何よりひかるの亡がらを見て驚く凪野。

「……彼らの名は」

「穂村光輔です。亡くなったのは彼のお姉さんで、穂村ひかるという名です」

「穂村……」凪野が声を震わせる。「ご両親の名前はわかるか」

「穂村陽輔氏です。母親の名は光代様だそうです。すでに他界していますが」

 その名を聞き、凪野は天を仰いで絶句した。

 この世のすべての悲しみを背負ったかのような悲痛な表情だった。


           *


 凪野守人は父親の仕事の都合で転校してきたばかりだった。

 それまですごしてきた都会とは異なり、片田舎の町の中学校には自分が思いもしなかった取り決めのようなものが存在していた。

 それにうまく順応できず、ひ弱な体質と転校生である要素も加わって、凪野は極めて閉鎖的なヒエラネキーの最下位へと追いやられていた。

 相談すべき人間は周囲にはいなかった。

 両親は研究のために常に外国にいる状態で、この町に住む祖父母に預けられることになったからだった。

 祖父母は凪野に優しかった。不憫な凪野に親以上の愛情を持って接してくれた。

 それ故、彼らを心配させまいと、何一つ口にはできなかったのである。

 負けるわけにはいかなかった。

 何があっても耐えてみせる。

 いつか彼らを見返すためにも。

 だが、歯を食いしばって理不尽な仕打ちに耐える凪野にも、周囲の行動はエスカレートするばかりだった。

 やがて数ヶ月が立ち、凪野に転機が訪れる。

 クラス替えによって知り合った、二人のクラスメートによってだった。


 凪野はクラス分けの表を確認し、気が重くなった。

 自分に嫌がらせを続ける輩の名前を確認したからだった。それも三人。

「おい、メガネ」

 リーダー格の一人が、凪野の後頭部をかなり強めの拳で小突く。

 ぐらりとよろめいた凪野が見たものは、彼らの他にさらに数人のメンバーを加えた、にやけた蔑みだった。

「こいつが例のメガネ君か」

「おう」

「なんか、ダッサ」

 仲間の女子が、汚いものを見るような目で凪野を突き放す。

 それを笑い合い、リーダー格の少年が威圧するように続けた。

「またガッツリいじめてやるからな。前よりもっともっと、笑えるリアクション用意しとけよ」

「せいぜいがんばって俺らを喜ばせろよな」

「ひっでえ」

「どの口が言うか!」

「あっはっはっは!」

 へらへら笑い合う面々。

 その笑顔が凍りつく瞬間を、凪野は見逃さなかった。

「おい、どいてくれ。そこ、俺の席だから」

 ぼさぼさ頭の少年が凪野の後ろの席に座る。

「ふい~、なんとか間に合った」

 明らかに変わった彼らの顔色と、その少年とを見比べる。

 凪野に嫌がらせを仕向ける少年達とは違い、後ろの席の少年はごく普通のスタイルだった。ただ若干だらしがないようで、制服の襟元も豪快に開きっぱなしであった。

 輩達が恨めしそうに眺めていることに少年が気づく。

「なんだ。なにか用か」

「いや……」

 すごすごと引き上げていく不良グループの面々。

 特別に凄みを込めたわけでもなかったのに、穂村という少年にはそれだけのオーラがあった。

「なんだよもう。こっちは朝飯抜きで走ってきたからハラペコだっていうのに」悪態をついた後ふいにへろへろの表情になり、机に突っ伏す穂村少年。ぐう~、と腹の虫が鳴いた。「くそ、ハラへったな~。今すぐ死にそうな勢いだ」

 その様子を凪野はまばたきも忘れて見入っていた。

 腹が減りすぎて今にも死ぬ間際の穂村少年と目が合い、凪野がびくっと身体をすくませる。

「おっす」

「……おはよう」

「俺、穂村陽輔。おまえは」

「凪野っ」声が上ずる。「なぎの、もりひとっ!」

「ふ~ん」どうでもよさげに言う。「なんか、ハカセみたいだな」

「あ、よく言われる」

「ははははっ。よろしくな」

「あ、うん」慌ててカバンの中をまさぐる凪野。中から菓子パンを一つ取り出した。「これ、よかったら食べる」

「おお~!」途端に色めき立つ陽輔の表情。「いや、でもそれ、おまえの昼飯だろ」

「あ、お昼のは別にあるんだ。今日はおばあちゃんが用があって弁当を作ってもらえなかったから、お金もらってコンビニで買ってきた。夜も食べようと思って多めに買っといたから、食べきれないかもしれないし」

「マジか。おまえ、いい奴だな」

 凪野からひったくるようにパンを受け取り、野獣のようにかぶりつく陽輔。

「うめえ、マジうめえ。おまえは命の恩人だ」

「ははっ」

 やや顔を引きつらせながらも、嬉しそうに笑う凪野。

 陽輔の笑顔がひたすら眩しかった。

 そこへ新たな声が飛び込んでくる。

「こら、穂村君! また、そんなもの食べて!」

「あ、やべ、めっかった」

 陽輔が身体を縮める。

 その苦手そうな表情の目の前には、聡明な少女の姿があった。

 いかにも委員長ですといった風体で、腰に両手を当てて、キッと陽輔を睨みつける。

「駄目じゃない。もうすぐ先生来るよ」

 長い髪をうなじで縛り、大きなまなこで陽輔を追いつめる。

 先までの威勢はどこへやら、彼女に押し込まれ、陽輔はすっかりたじたじとなっていた。

「いや、俺はそんな気なかったんだけど、こいつがくれるっていうから。くれた以上は食わないとなんか悪いし」

「はあ!」

「な」

 突然振られ、命の恩人凪野がびくっとなる。

「あ、……うん」

「ほらな」

「あんたがくれって言ったんでしょ。かわいそうでしょ。こんなおとなしそうな人から取って、悪いと思わないの」

「いや、そうじゃないって。こいつとは友達なんだ。そうだよな、ハカセ」

「……。うん」

「ほらな、みつよ」

「ほらなじゃない。いやがってるでしょ、すごく。何がハカセよ。バカにしてるでしょ」

「いやがってないだろ、別に」

「穂村君!」

「あ~……」

 くるりと振り返り、それまでの剣幕が嘘と思えるほどのやわらかな笑顔を、江藤光代は凪野に向けた。

「ごめんね。こいつに無理やり取られたんでしょ。後でちゃんとお金払わせるから。えっと、凪野君だよね」

 凪野の心臓がドキっと音を立てる。

「あ、いや、別に、ほんとに……」しどろもどろだった。ただ激しく鼓動が高鳴り続けていた。

「江藤、そろそろ朝礼を始めたいんだが」

 いつの間にか教壇にスタンバイしていた担任に言われ、光代の顔が真っ赤に染まる。

「すみません、先生!」

「ざまみろ」

 慌てて自分の席に戻ろうとする光代を、陽輔が笑いとばした。

「なんですって!」

「早くいけって」

「覚えてなさいよ」

「それが女のいうことかよ」

「あんたねえ!」

「いい加減にしろ、おまえら!」

「はい!」

「すんませーん!」

 担任教師が、はあ~と頭を抱える。

「またおまえらの夫婦ゲンカにつき合わされるのか。こっちの身にもなってくれよ」

 巻き起こる笑い。

 当人の陽輔と光代だけは真っ赤な顔になってそれを否定しようとした。

「変なこと言うの、やめてください!」

「そうだ。なんで俺がこんなガサツな女と夫婦なんだ!」

「誰がガサツですって!」

「おまえだ、おまえ」

「陽輔!」

「江藤、静かにしろ。隣のクラスが笑っているぞ」

 顔を赤らめ、もじもじしながら光代が席に座る。

「すみまっせん……」

 恥ずかしそうに下を向いた光代を眺め、陽輔が面白そうに笑った。

「かっかっか、ざまみろ」

「穂村、何を食っとる!」

「あ、ヤベ……」

 周囲の笑いから取り残され、凪野が表情もなく陽輔を見つめる。

 陽輔はばつがわるそうに苦笑いしていた。

 凪野は嬉しかった。

 咄嗟に飛び出した言葉で、それが本心ではないことがわかっていたとしても、この穂村陽輔という少年の口から友達だと言われたことが。


 その眩いまでの光が、今後の己の人生を照らし始めたことに、その時の凪野は気づくよしもなかった。






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