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第四十三話 『プロジェクト・メガル』 7. リパルサー・システム

 


 各国主要都市では、突如として出現した巨大な魔神達によって、地獄絵図が繰り広げられていた。

 怒れる七つの怪神は、それぞれがベリアルへの憎悪を口にしながら、世界を蹂躙していった。


 ニューヨークに出現したゴモリーは絶世の美女の姿で降臨し、無数の妖麗な淑女軍団、ヴァルキリーを従えていた。

 その甘美な誘惑に、銃をかまえた屈強な兵士達が一人残らず骨抜きとなる。

 男性のみならず、美しいものに見惚れる女性達をも虜にしていった。

 女神達の行進は見る者の心を捉え、彼らを幸福な気持ちにさせた。

 それが自由の女神像と同等のスケールを持つ大巨人であり、配下の美女達も三メートルを超す凶悪なインプであることに気づくまでは。

 妖麗な姿に惑わされ受け入れてしまった人々は、突如として本性を剥き出しにした殺戮の軍団に抗うこともなく、たやすく引き裂かれていく。

 しかし最期の時を迎えるまで誰一人その異様な光景に気づかず、無抵抗のまま被害は拡大していった。


 サンパウロに現れた黒きマルファスは、都市圏人口二千万人を越えるメガシティの中心部に居座ったまま微動だにしなかった。

 業を煮やしたブラジル軍が一斉攻撃を仕掛ける段になるや、その両眼を赤く光らせ、自分とまったく同じ分身ハルファスを作り出し、兵士の一人に向けて解き放つ。

 ハルファスを体内に取り込んだ兵士の表情はみるみる険しくゆがみ、奇怪な叫び声を発しながら周囲の同僚達への発砲を始めた。

 混乱する兵隊達を尻目に、マルファスは横に、前に、後ろに、次々と白き分身ハルファスを生み出し、それらを兵士達へと差し向けていく。

 もはや誰が味方か敵かすらもわからず、瞬く間に数万の軍隊は内部から崩壊していった。


 モスクワに現れたプルフラスは幻を武器とした。

 駆けつけたロシア軍に幻覚を見せ、互いを戦わせる。

 悪魔の言葉を囁き、目の前の人間を殺さなければならないと思い込ませたのだ。

 それをまったくおかしいと思わせずにである。

 彼らは目の前の同士達を敵国の侵略者だと信じ込んで、何の疑問も持たずに殺し合った。

 そこまでにいたる過程は朝知り合いとあいさつを交わすかのごとくにスムーズで、ごく自然な流れの中で実行された。


 ベルリンに出現したマルコシアスは、武器をかまえる兵士達の体内から、その人間とまったく同じ分身を浮かび上がらせた。

 自分と同じ顔を見つけた途端、彼らは互いに同属嫌悪をあらわにしながら、自分だけが本物だと言わんばかりに殺し合いを始め出す。

 それはたとえ己の分身に打ち勝てたとしても、また別の分身が現れ、オリジナルの本人が息絶えるまで延々と繰り返された。


 上海に怒号を轟かせたバルバトスは、ぐるりと取り囲む中国軍の大群をかたっ端から虐殺していった。

 バルバトスに殺された兵士はすぐさま死霊となって蘇り、仲間達へと襲いかかっていった。

 その死霊に殺された人間も新たな死霊となり、残った仲間達を襲う。

 いつしかその数は殲滅する死霊の軍勢を上回るスピードで、バルバトスの軍団となって膨れ上がっていった。


 カイロに現れた恐怖のモラクスは、その存在自体が悪夢だった。

 不気味な咆哮と、見る者に恐怖を与える容姿、そしてその圧倒的な破壊力で、軍隊をアリのように踏み潰していった。

 その絶大なる恐怖は屈強な兵士達を子供のように震え上がらせ、絶望の果てに自害を選ばせるほどだった。


 屈指のファイアパワーを持つ各国の軍隊が無力化するのに、たいして時間を要しはしなかった。


 だが、世界を揺るがすこの事態にも、凪野守人はまったく動じていなかった。


           *


 メガル文明の表記には、砦埜島でのかつての戦いがこう記されていた。


 それは神と古代人によるものであったと。


 神を崇拝しそれに近づこうと模倣を重ねた古代人達は、いつしか神にとって変わる存在になろうとした。

 その傲慢さに怒った神が彼らを滅ぼすために怪神達を差し向け、神の怒りに対抗するため古代人は、神に似た自分達の神、メガリュオンを造った。


 メガリュオンの力は凄まじく、そこから力を分け与えられたガーディアンは怪神達を凌駕するほどのものだった。


 しかしすべての怪神達を従える力を持つとされるレッドブックをちらつかせる狡猾な怪神ベリアルによって、誰が敵か味方かもわからなくなるほどの血で血を洗う壮絶な騙しあいが繰り広げられ、次第に古代人は追いつめられていく。

 ベリアルの姦計によって疲弊した古代人は、レッドブックのかけらごとベリアルをメガリュオンの中に封印しようとした。


 だがその最期の瞬間にベリアルは己の身体を二つに分け、片方を身代わりとして立てて難を逃れたのである。


 メガリュオンの封印が解かれないうちはガーディアンも本来の力を発揮できないが、ベリアルの力も激減し、完全たるレッドブックを使えなくなる。

 ベリアルを倒すためにはあえて封印を解放し、再度片割れのベリアルと融合させなければならなかった。


 ベリアルを倒す手段を失った古代人は、もう一度それに対抗するため、ガーディアンの新たな依り代となる竜王を造り、メガリュオンの中の力を呼び出すことに成功するが、それは単に姿を投影させるにとどまり、その力はメガリュオンに封印されたオリジナルに比べて脆弱で、到底ベリアルに対抗できるものではなかった。

 そして痛みわけの状況で、天変地異の訪れによって古代人はその文明を閉じるのだった。


 表記には残らない真実に凪野がたどり着くのは、ソレイマンの目的を知った後だった。


 古代人がガーディアンを復活させた本当の理由は、弱体化したガーディアンを何らかの手段によって破壊し、ベリアルへの危機感によってメガリュオンを目覚めさせることだった。


 もう一度封印を解き、ベリアルからレッドブックを奪うために。


 封印を解くには、ただ単に破壊すればいいのではなく、それが神々が仕向けた脅威によるものだと認識させる必要があった。

 そのために自ら課した脅威が、プログラムの正体だった。

 そして、それぞれのプログラムがセッティングされた本体こそが、三体の竜王だったのである。


 竜王の存在がプログラムを呼ぶという仮説は、的を射たものであったと言える。

 封印を解けばまた禍を呼ぶことを知る争いを好まない人々によって竜王が破棄され、文明は滅びたのである。


 それに呼応するように、ベリアルもまた眠りについた。


 そして凪野は知る。

 古代人と呼ばれていた存在こそが、今の自分達そのものであったことを。

 それを背後から操っていたものこそ、自らを超越した存在に昇華させようと目論んだ、古代人の成れの果て、ソレイマンそのものであったことも。


           *


 凪野の持つ解析書にはベリアルプログラムとの関連性とは別に、それぞれのプログラムの概念として、その因縁が主観的に列挙されていた。

 まずはベリアルという存在が人為的なプログラムではなく魔神的な立ち位置で記され、それに恐れを抱いた者達の立場で語られていくことが前提だった。


 ベリアルは仲間達を裏切り、そのすべてを奪った。


 この一言に始まり、七つの怪神達は単なるプログラムではなく、ベリアルを追う復讐者として復活を遂げることになる。


 ベリアルはアスモデウスからその地位を奪い、神々から一目置かれる存在となった。


 アスモデウスの怒りは、ベリアルの口車により失墜し地位を失ったことによるものだった。

 いまだにかつての立場を固辞しようとするが、それすらもベリアルに利用され、忌まわしき怪神と成り果てた敗北による怒りだった。


 ベリアルは心の底から信頼を得ていたモラクスを犠牲にして逃げ出した。


 モラクスの怒りは、ベリアルに利用され最後まで戦い抜いたがために、すべての味方を失ったものだった。

 ベリアルが逃げ出した後もその救済を信じて戦い続けたため、モラクスは謀反の当事者とされ、永久に許されない苦しみと罰を受けることとなった。

 それは終わらぬ痛みによる怒りだった。


 ベリアルはマルコシアスから地位を奪った。


 マルコシアスの怒りはベリアルにたぶらかされて、望まぬ世界へと追いやられたことだった。

 言葉巧みに引き込まれ、反目の首謀者に仕立てられたが故、マルコシアスは神々からの信用を失い堕天した。

 それを嘆き、怪神となってなおも過去に縛られ続けるのだ。

 己の愚かさへの後悔による怒りだった。


 ベリアルはマルファスから心を奪った。


 マルファスの怒りは、ベリアルに利用され天地を創造したものの、裏切り者とされ居場所を失ったことによるものだった。

 マルファスはその対となる存在のハルファスとともに、ベリアルの言うがままに世界を造りかえ、他者の怒りを買った。

 マルファスはそれが神や仲間達に背く行為であると知りつつ、ベリアルが説く真実への道しるべを信じて己の中からハルファスを作り出し、従事させたのである。

 周囲からの怒りを買い、裏切り者ハルファスとして、永遠にマルファスとしては一つになれない罪を背負わされた。


 ベリアルはバルバトスから仲間達からの信頼を奪った。


 バルバトスの怒りは、ベリアルに騙され仲間を殺したことによるものだった。

 ベリアルにそそのかされ多くの仲間達を手にかけたため、信頼を失ったのである。

 人望の厚いバルバトスを言葉巧みに騙し、仲間達に裏切られたと思わせ、ベリアルにとって邪魔な存在となるバルバトスの多くの仲間達を殺させた。

 そのため、バルバトスはかつての仲間達から忌み嫌われ、畏れられるようになった。

 悲しみによる怒りなのである。


 ベリアルはプルフラスから存在のすべてを奪った。


 プルフラスの怒りは、仲間達全員がベリアルにたぶらかされる中、その反目を見抜きただ一人離脱したが、それによって自身の存在自体を消されたがためのものだった。

 かつての存在を奪われた、淋しさによる怒りだった。


 ベリアルはゴモリーからその姿と存在意義を奪い、ゴモリーを不要者とした。


 ゴモリーの怒りは、ベリアルの罠に落ち、アイデンティティーを失ったことによるものだった。

 ベリアルに騙され、自身のリバースでもある姉リリスを裏切ったがために、リリスの怒りを買い魂の住処である月を追われた。

 ゴモリーの怒りは、リリスの怒りでもあった。

 アイデンティティーを奪ったベリアルの姿はゴモリーに酷似し、ゴモリーより美しい女の姿となったことから、嫉妬による怒りをゴモリーは抱いた。

 そのため、ベリアルに対する怒りは他の怪神よりも一層強いものだった。


 それらを凪野守人はすべて愚者の戯言と一蹴した。


 この世には神も悪魔もおらず、それを伝承したのは科学的な論法を持たない原始的で未熟な知能の持ち主達による脆弱な解釈だと看破する。


 いわく、疫病や自然災害、説明のつかない奇怪な現象を、ただ偶像の責として押し付け、原因と対応の究明を怠った無能者達の虚言だと一笑に付した。

 プログラムはすべて過去の傑物達が創造した英知の傑作だと位置づけ、それを自身の科学の力をもって打ち破るための手段として突き詰めていく。

 そうして導かれた結論は、限りなく魔力に近い科学の集大成こそがベリアルであり、七つの怪神はその亜流兵器にすぎないというものだった。


 そしてそれらを打ち破る術を、凪野はすでに手中にしていた。


 それこそが、ベリアルという優れた科学兵器をはるかに上回り、神と呼ばれる存在すらも凌駕する究極の超科学力だった。


           *


「リパルサー・システム作動。出撃」

 地下数百メートルの場所に構築されたドーム型ベースの司令塔で、厳かに告げる凪野。

 そこでは彼の手足となる総勢十万人を超すスタッフが、二千体以上のスーパー・ガーディアンの送り出しを迅速に行っていた。


 世界中から集められた各分野の猛者達は、存在を抹消されたエリート集団だった。


 その一人一人が凪野に心からの忠誠を誓い、また凪野が心から信頼を寄せる手足同然の存在でもあった。

 用途も目的も異なる様々なピースを持ち寄り、隔離されたこの地で全長六十メートルの巨大ロボットを流れ作業のように組み立てる。

 膨大な物資とその流れを、誰の目に悟られることもなく。


 全世界の根幹地域においてリーダーシップをとるべく振り分けられた凪野チルドレンのもとには、分子レベルまで分解されたリパルサー・ガーディアンが必要な数だけ転送され、再構成されていた。

 想定される脅威をはるかにしのぐ強大な戦力が、彼らの自信を支える。

 それぞれの心のうちには、たとえ凪野無き世になっても、それを受け継いでいこうとする気概があった。

 一人一人が世界を揺るがし、まとめ上げられるほどの器の持ち主達だった。


 彼らは、世界が生まれ変わる時に、次の人類社会の礎を担う存在でもあった。


 この広い地下世界に建国された凪野王国の国民達は、凪野が用意したノアの箱舟に乗せられた選ばれし民なのだ。


「アスモデウスを迅速に殲滅し、ベリアルを捕獲しろ」

 取り囲む百体を超す相手の凄まじい攻撃を前に、怒れるアスモデウスがたじたじとなる。

 アスモデウスが断末魔の悲鳴をあげるのと同じ頃、各地に散らばった凪野のブレイン達が自信に満ちた表情で司令を下していた。

 おびただしい数のガーディアンの軍勢は、充分な余力を保持しつつ魔獣達を迎え撃った。

「新たなる世界を我らの手に」

 その合言葉を口にしながら。






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