第四十三話 『プロジェクト・メガル』 6. ソレイマン
メガル文明を読み解くうち、次第に凪野は疑問を抱き始めるようになっていった。
ソレイマンの正体と、その真なる目的に気がついてしまったからだ。
彼らの目的は、ベリアルとの争いを終わらせることだった。
ベリアルは過去幾度も世界や文明を崩壊させてきた。
それが人類にとっての敵であることに間違いはない。
問題はソレイマンにとっての勝利が、イコールとして人類の勝利ではないことだった。
彼らは自分達の勝利のために、人類の終焉すら受け入れさせようとしていた。
否、人類の終焉をもって、その戦いを締めくくろうとしていたのである。
天文学的な回数のシミュレーションを繰り返した結果、どんな道筋をたどっても、決して変わらない結末が導かれることに凪野は気づく。
プログラムの発動から消化、ベリアルの覚醒へと移行していく中で、人類の終末が回避せざるカリキュラムとして組み込まれていたからだ。
目的を達成するために必要な数え切れないほどの過程の中の、ほんの一つのプロセスとして。
人類の存在は、彼らの目的遂行のための手段にすぎないことを悟る。
例えて言うのならば、工業製品を組み立てる複雑な工程中の、ほんの一つのパーツにすぎない。当然のことながら、小さな部品を一つ省いただけでも完璧な製品は組み上がらず、それがなかったばかりに不良品となり用をなさないものとなりえる。
ソレイマンにとって人類は、その小さな部品でしかなかったのだ。
彼らは、神でも悪魔でも、機械や生物ですらなく、ましてや人間などではなかった。
この世の理においては形容する言葉が存在せず、ただソレイマンという他は表しようがなかったのである。
はっきりとした記述はなかったが、人類そのものを創り出した存在である可能性も示唆されていた。
過去のベリアルに敗れ去った文明も含め、この世界、この宇宙を、ただその舞台とするためだけに、過去幾度も人類と呼ばれる種族を創造したのかもしれなかった。
*
彼らはベリアルと戦い続けるためだけに、遠く太古の時代からその準備をしていた。
永劫なる過去と未来、何ものも存在しないはるか以前より、ソレイマンとその他のものとの戦いは続いていた。
歩み寄りの余地すらないいさかいは世界を二つに割り、どちらかが平伏するまで終わることがない。
終わりの見えない争いを終わらせたのは、常にベリアルからの申し出によるものだった。
ある時は恫喝し、ある時は下手に出て、争いの幕を引くために弁舌を繰り広げる。
両者が納得し、歩み寄りの手前まで事が運ぶと、決まってベリアルが手のひらを返した。
ソレイマンは優位な立場にありながら、ベリアルのはかりごとのせいで窮地に立たされることとなった。
何度も何度も、それを承知の上で、成立しがたい結末を必ず回避できない理由も存在していた。
謀略を受け入れさせる証明の裏づけとして、ベリアル自身が己の血をもって説得に赴いたからである。
それ以上にベリアルの仲間達は、より多くの血を流していた。
七つの怪神と呼ばれるベリアルのかつての仲間達は、ベリアルに陥れられ失墜したことで、永劫の業火に焼かれることとなった。
アスモデウスの怒りは、ベリアルによって失墜し、永遠の苦渋を負わされたことによるものだった。
モラクスの怒りは、ベリアルに利用され、すべてを失ったことだった。
プルフラスの怒りは、ベリアルの姦計によって孤立したことによるものだった。
マルコシアスの怒りは、ベリアルにたぶらかされた憤りだった。
マルファスはベリアルに利用され、自らの居場所を失った怒りだった。
バルバトスの怒りはベリアルに騙され、信頼を失ったためである。
ゴモリーの怒りはベリアルの罠に落ち、そのアイデンティティーを失ったがための怒りだった。
彼らはみなソレイマン以上にベリアルを憎み、復讐のために封印が解かれる時を待ち続けていた。
その深ささえ見通せぬ果て無き怨嗟の束が、思慮深いソレイマンの心眼をも狂わせたのだ。
そしてもう一つ。
誰よりベリアルを憎む存在があった。
ベリアル自身である。
*
メガリュオンの秘密を、凪野は独自に解いていた。
メガリュオンは無からガーディアンを造り出す。
しかし、そのシステムは完全なノーリスクではなく、地球の質量を内外から削り取って形成していた。
それがゆえに、ガーディアンを集束すればするほど、地球そのものにダメージが蓄積していく。
集束を終えたり、破壊されれば、その構成要素はまたもとの場所へと還る。
が、それはもはや死んだ細胞に等しく、メガリュオンによって地球は虫食いのリンゴのように消耗していったのである。
過去に幾度も地球が壊滅の危機に陥った、直接的な原因でもあった。
長い年月を経て地球が再生しても、人類は同じ過ちを繰り返した。
それは竜王を依り代にしたコピーとて同じことだった。
ガーディアンを呼び出すのは竜王ではなく、オビディエンサーの感応力によるものだった。
オビディエンサーの強度やコンディションによってもスペックの隔たりは顕著だが、オリジナルとそれをコピーしたレプリカは旧タイプであるため、依り代としての竜王の存在が必要となる。
封印が解かれない状態においては、感応力を淀みなく引き出し、一定のラインまで引き上げるための、触媒としての竜王が不可欠だったのである。
そのただ一体の集束すら、地球全体のバランスに影響を与え続けていた。
ソレイマンとの約束は、封印を解いた後に、メガリュオンを彼らに明け渡すことだった。
もしメガリュオンの封印が解かれ、それがソレイマンの手に渡れば、本来の力を持つガーディアンが半永久的に造られ続ける。
その先が示す結果は明白だった。
それがゆえに凪野は決断しなければならなかった。
人類とその世界を守るために封印解除を阻止すべきか、はたまた、人類とその世界を守るために封印を解くべきかを。
導き出した答えが、ソレイマンの望みとは別に、封印解放の後にベリアルや他の怪神達を殲滅する目的で、リパルサー・ガーディアンと呼ばれる個体をおよそ千体造ることだった。
あらかじめ傀儡を造ってさえおけば、封印解除の後、他の力に頼らずとも既に完成体であるガーディアンを制限なく登用できる。
地球がまとう霊エネルギーを消費し、磁場の乱れが起きることは避けられないが、地球そのものを食らいつくすよりははるかにましといえた。
互いの腹の探りあいとともに変化し続ける緊迫した情勢の中、凪野は計画遅延を理由に、ソレイマンの追及をかわし続けた。
ソレイマンの干渉を受けずに、当初の予定数の倍以上ものガーディアンを極秘裏に製造するための方便だった。
その計画の核となるのが、オリジナルの竜王とガーディアン、そしてメガリュオンそのもののすりかえだった。
*
計画は慎重かつ迅速に進められていった。
プログラムを経て条件を満たしたオリジナルのガーディアンを消滅させるため、一体を除き、オリジナル以上の性能を持ったレプリカを数体用意した。
目的は、ベリアルが目覚める前に、メガリュオンの封印を解くことだった。
ソレイマンと結んだ約定通りに封印が解放されれば、ベリアルをはじめとする魔獣達が一斉に蘇るだろう。
それをベリアルとの接触前に、メガリュオン・ガーディアンの大軍団によってすべて駆逐するのが、当初の算段だった。
その後、分裂したとされるベリアルが完全体となる前に討伐し、レッドブックを手にしたソレイマンと、さらなる者達との消耗戦の中で、人類とその世界は終焉を迎える。
その定められたシナリオを回避するために凪野がとった行動こそが、竜王のすりかえだったのである。
オリジナルの竜王を、他の試作品やオリジナルよりも性能が劣るレプリカとすりかえ、オリジナルをデリーに隠蔽する。
そうとは知らぬ光輔らは、本来の性能に及ばないレプリカで、プログラムに挑み続けた。
もしプログラムによって光輔達が敗れ、レプリカのガーディアンが破壊されたとしても、当然のことながら封印の解放には至らない。
オリジナルさえ隠蔽しておけば、封印が解かれる心配がないからだ。
見え見えの作戦ではあったが、それでしばらくソレイマン達をやり過ごすつもりだった。
そして、いずれ時期を見てオリジナルを破壊し、数千体の最終進化形ガーディアンを封印の解けたベリアル達に仕向ける予定もあった。
表向きは彼らへの忠誠を示して人類滅亡への段階を進めつつ、背部で人類存続を目論む。
無謀であることは承知の上だった。
だが凪野は人類存続のため、ベリアルからレッドブックを奪い、その片割れを持つソレイマンとの直接対決を選択したのだ。
己が神と呼ばれる存在になるためでは決してない。
遠き日の約束を果たさんがために。
*
計画は予想以上に早いベリアルの発動によって狂わされることとなった。
ベリアルの復活まで三年だとカウントされるや、プログラムの前倒しが始まった。
少なくとも、プログラムの発動までには、ガーディアンの集束をすませておかなければならなかったはずなのにである。
凪野はその理由を知っていた。
凪野の謀反をかぎつけたソレイマンが、予定を早めたからだった。
準備も何もない段階でのフィロタヌスの発動は、メガルを壊滅のせと際まで追い込んだ。
それによって竜王のすりかえまでが困難となる。
最後のチャンスは、政府からの介入を誘い、煩雑な状況に乗じてすりかえを行うことだった。
思惑通りにことが運んだと思われた矢先に、またもや横槍が入る。
火刈の手によってデリーからオリジナルの竜王が奪取されたからだった。
凪野の計画はまたもや暗礁に乗り上げることになった。
もはや残された道は、ベリアルを倒した後、ソレイマンとの最終決戦に挑むことだけだった。
*
ソレイマンは計画を元通りに軌道修正するため、また信用のおけない凪野に対する保険として、凪野をよく知る火刈聖宜に接触をはかった。
火刈は凪野の謀反を察知すると、ソレイマンの協力のもと、デリーに隠されたオリジナルの竜王を奪取した。
あえて山凌市のメガルに近い場所に潜ませ、近すぎるがゆえの目くらましを敢行する。
その上で光輔らのレプリカと対決させてオリジナルを破壊させようとしたのだが、レプリカにその力がないことを知り、火刈の予定が狂うこととなった。
これはオリジナルが奪取されることまでを見込み、あらかじめ凪野がレプリカの性能をわざと低く設定したためであった。
両者の間で高度な情報戦と、相手を出し抜く醜い読み合いが展開され続ける。
その結果、自分達のタイミングでオリジナル・ガーディアンを破壊できるアイテムの必要性が凪野側に生じることとなる。
討伐用ガーディアン、インクイジターの製造だった。
討伐用とはいえ、インクイジターの本来の目的は、オリジナルの破壊でも、ベリアルとの対決でもなく、混乱に乗じて火刈の手からオリジナルを奪取することだった。
なるべくならば封印を解きたくはない。
しかし、予想を上回るベリアルの進撃はすさまじく、結果的にオリジナルの破壊に加担することになってしまった。
そこで瞬時にシナリオを切りかえる。
あえて封印を解くことで、ベリアル達を一気に殲滅させるべく。
悠長にかまえている余裕はなかった。
予定の変更を余儀なくされたものの、最悪のシナリオの先には、ソレイマンとの全面対決までも見据えていたのだから。
ベリアルを下すために必要とされた千体を超す最終進化形ガーディアンであったが、最終的にその数倍の数ものガーディアン部隊を揃えて、ソレイマンをも打ち倒そうというのが、凪野とそのブレイン達の修正されたシナリオだった。
そして当初の何倍もの性能を備えたスーパー・ガーディアン軍団が完成する。
それを凪野は、リパルサー・ガーディアンと名づけた。
*
「プロトタイプの実験はまずまずでしたね」
膨大なデータの羅列を眉一つ動かさずに受け止める凪野の背後で、研究着姿のブレイン達が顔も向けずに告げる。
「些細なイレギュラーはあったが、条件次第ではオリジナルをも上回ることが確認できた」
「千番台のロットからはフィードバックが間に合いそうだ」
「既存の個体の書き換えもすみやかに行わねばならない」
「ついにリパルサー・システムの完成ですね」
彼らもみな、それぞれの視線の先から微動だに動かない。
凪野が絶対的な信頼を寄せる、世界中から集められたテクニカル・スタッフの面々だった。
「戦える……」
誰にも届かない声で凪野がそう呟いた。
数千体のリパルサーを見下ろし、拳を震わせ凪野が咆哮する。
「リパルサー・システムの起動準備は整った。決戦だ!」
ソレイマンとの最後の戦いに臨むために。




