第四十三話 『プロジェクト・メガル』 5. プロジェクト・メガル
砦埜島は禁忌だった。
そこに古代文明の痕跡はあったが、過去の探索者達はことごとく悲惨な結末に見舞われ、触れることはおろか、地図上からも抹消されていた。
しかし、その禁忌に反するように、存在を知る者達は妖しげな魅力に惹かれてやまなかった。
プロジェクト・メガルとは、樹神博士が立ち上げた発掘隊の総称だった。
そこには特別富裕層からの全面的な資金援助が背景にあり、彼らの望みをかなえるための派遣でもあった。
別名レッドブック計画とも呼ばれるその計画は、樹神博士を含む発掘隊の九割以上を落盤事故で失う形で頓挫した。
数年の後再開された新規プロジェクトは、先の発掘隊の生き残りの進藤教授が主体となって起こされたものだった。
そのプロジェクトもあさましい争いによる仲間割れによって幕を閉じた。
第三次発掘隊は、前プロジェクトの抗争の原因を招いた首謀者とも噂される凪野博士が立ち上げたプロジェクトだった。
*
彼らとのやり取りは機械化された音声だけだった。
それが人工的なもので、すべて同じ音声だったため、何人の人間のものなのか、はたまたそれが本当に人間であるのかさえ、凪野には知るよしもなかった。
わかっていることは彼らがソレイマンと呼ばれる絶大なるスポンサーであり、彼らの依頼に応えている間は強力なバックボーンであり続けるということだった。
定例報告は地下深層部の一室でプロジェクトの全権を掌握する凪野一人に対してのみ行われていた。
『貴様が選ばれし男か』
『何故選ばれた』
『読めぬ。彼奴の懐が』
『我らを欺き続ける、愚かなる心根が』
「……」
『まあよい』
『協力者とはどんな密約を交わした』
「協力者」
『とぼけなくともわかっている』
「なんのことですか」
『あくまでシラを切るか』
『食えぬ男だ』
『なるほど、そういう心根か』
『永くは続かぬぞ』
「……」
『まあよい』
『間もなくプログラムが開始される』
『永かった』
『ほんの刹那だった』
『無限の時だ』
『アスモデウスに奪われ、ベリアルに欺かれた無念が、ようやく報われる』
『まずはフィロタヌスだ』
『そしてすでに動き始めたアスモデウスの名で誘う』
『取り決めが成立したと思わせるのだ』
『失敗は許されない』
『我々の期待を裏切るな』
プログラムの存在は進藤教授からほのめかされていた。
それに対抗する手段として、発掘を急がねばならないと言い含められていたことも。
何も真実を得られないことを知りながら、凪野が小さな吐息を投げかける。
「プログラムとは」
『その問いかけに意味はない』
『それを知ることに意味はない』
『正解はあるが、自分達の手で見つけなければ意味はない』
『そのすべてに意味がある』
「人類を滅ぼすものなのでしょうか」
『人類を滅ぼすものだ』
『人類を救うものだ』
『その両方だ』
『そのどちらでもない』
凪野にはわかっていた。
それが人類を進化になぞらえつつ育成するためのものであるのと同時に、進化を強制的に促進させうるものでもあることを。
彼らの目的は人類を救うことでも、世界を守ることでもない。
彼らの目的は、ベリアルを蘇らせることだった。
パズルを解くようにプログラムを消化することで、ベリアルの眠りを呼び覚ますことができる。
或いは時期尚早であった場合に、ベリアルの復活を先送りにする狙いもあった。
メガリュオンの封印を解かなければ、ベリアルや他の魔獣達が目覚めることはない。
だがプログラムの発動によって他の魔獣達が目覚めたと錯覚したベリアルが先に目を覚ませば、封印の解けたベリアルだけを倒すことができる。
それこそがプログラムの真なる目的だった。
ベリアルを倒し、ベリアルが持つあるものを奪うことだった。
レッドブック。
ベリアルが持ちえ、彼らが何より欲するものだった。
レッドブックには万物の真なる名前が記されており、真なる名を呼ばれたものはいかなる存在ですら、その支配を免れないとされていた。
それさえあれば、魔獣達はおろか、全宇宙の理さえも支配することができるのだ。
太古の昔、魔獣達を封印するためにもちいたと言われるレッドブックのパーツを、アスモデウスが奪い、狡猾なベリアルがかすめ取っていった。
ベリアルは自分の身体を二つに割って片方を身代わりとして封印させ、封印を免れた方がレッドブックを持つとも言われていた。
片割れだけではレッドブックを使いこなすことができないはずだった。
封印の効力はいずれ消え去る。
ベリアルがもう一つの自分と融合する前に、ベリアルを退治するのが計画の全貌だった。
ベリアルの覚醒と同時に他の魔獣達も復活するが、その前にレッドブックを奪い取ってしまおうというのが彼らの考えだった。
封印が解かれたことにより、無数の魔獣達が闊歩する世界になろうと、彼らにとってはどうでもいいことなのだ。
ベリアルを倒し、ベリアルが持つレッドブックさえ手に入れれば、それは些細なこととなるからだ。
そのためには人類や地球などどうなってもかまわない。
凪野ですら、目的達成のための単なる駒にすぎなかったのだ。
かつてベリアルに勝利したと確信し、その直後にすべてを奪われた彼らにとっては。
*
プログラムはきたるべき本当の敵と戦うための試練のようなものだとソレイマンから聞かされていた。
それで敗れ去るようならば、ステージにすら上がれなかったことだと覚悟を決める。
ガーディアンを破壊させ、メガリュオンの封印を解くことだけが、彼らの期待に応える唯一の結末だった。
砦埜島は彼らが用意したアイテムの置き場所にすぎなかった。
彼らがクリエイトしたゲームをクリアするために必要なフラグであり、過去の争いで使用され、使えなくなったアイテムでもあった。
凪野に課せられたミッションは、それらのアイテムを使える状態に戻し、満足のいく得点を叩き出すために利用することだった。
すべてをゲームになぞらえるのであれば、プログラムはイベントのようなものであろう。配置されたステージのボスを倒し、また倒すためにアイテムを強化する。
その繰り返しが、ラストステージのベリアル戦へとつながっていくのだ。
エンディングの画面がどのようなものであるのかを、凪野は薄々感づいていた。
世界の終焉と引き換えに、ソレイマンが勝利を収めることが、ベスト・エンディングであるのだ。
自分達をたばかり、姦計にかけたベリアルだけを標的とした永遠なるゲームの結末として。
*
ソレイマンの影響力は絶大だった。
世界各国があらゆる手段を用いて、バランス・ブレイカーたる凪野への威嚇と牽制を仕向ける。それが彼らの意図にそぐわない内容であれば、すぐさま淘汰された。
逆を言えば、それ以外の厄介ごとは、彼らにとって取るに足りない些細なものであったと言うことだった。
凪野にとっても。
それを凪野は、互いを利用しあうウイン・ウインの関係だと割り切っていた。
ソレイマンと凪野との間には契約があった。
人類の力だけではガーディアンを破壊することは不可能だった。もしそれを手伝ってくれるのなら、王となるべき力を与えると彼らは約束した。
目的を見据えた過程での最後の試練がベリアルであり、たとえ人類が滅びたとしても、その先にある戦いに凪野を加えてもいいと告げた。
それが欺瞞であることに凪野は気づいていた。
*
進藤教授の強引な日程消化によって、二次発掘隊のメンバー達は疲弊しきっていた。
帰国を申し出る隊員も出始めたが、進藤教授はそれを許さず、発掘隊の中にはしだいに不協和音が流れ出していた。
その結果、事故による幾名かの死者を出すこととなった。
前回、落盤事故を起こした場所へとたどり着く直前でのできごとであった。
それでもなお発掘作業を継続しようとする進藤に対し、ついに隊員達の鬱憤が爆発した。
進藤を拘束し、作業中止へと持ち込んだのである。
何もできない状況下で仲間達の遺体を見せつけられ、ようやく進藤の頭が冷却する。
再びの過ちを犯す寸前で踏みとどまり、拘束を解かれた進藤は隊員達に心からの謝罪をした。
事件はその直後に起こった。
武器を手にした約半数の発掘作業継続派のメンバーが、中止派のキャンプを襲撃したのだ。
彼らは、中止派の目的が進藤から発掘作業の権利を奪い取るためだと思い込み、進藤もろともなきものにして利権を自分達の手中に収めようと画策する、進藤の長男を中心としたグループだった。
血で血を洗う抗争の末、やがて中止派が相手グループを制圧して、騒動は収束する。
継続派は全員射殺され、最後に残った進藤の息子が進藤自身の手によって撃ち殺されることで終結に至ったのだった。
進藤も息子から受けた銃創によって重傷を負い、瀕死の状態だった。
経緯こそ違うが、生き残ったのは一次発掘隊同様、一割にも満たない隊員達だけとなった。
中止派の中心人物であり、進藤を拘束した凪野に信頼を寄せるメンバーだけが生き残ったのである。
「樹神が周囲の止める声も聞かずに発掘の続行を望んだ時、私ならば止めることができたかもしれない。だが私はそれをしなかった。樹神同様、私もこの遺跡の魔力に取り憑かれてしまっていたからだ。そして落盤事故が起きた。内心ほくそえんだ。主立ってこの遺跡に関われるチャンスを得られたことに。それがこの結果だ。息子はこのプロジェクトへの参加に、最後まで反対していた。私の破滅を抑えるために、この隊に同行しただけだ。だが、誰よりも遺跡の魔力に取り憑かれてしまった。なんという皮肉だ」
「教授……」
このプロジェクトは呪われている。
その悲劇の幕引きを凪野が決断した時、悪魔の囁きが聞こえ出す。
進藤からの呪いだった。
「このおぞましい惨状の原因は私にある。私が強硬派を抑えられなかったせいで、内部抗争が起こったのだと報告してくれないか。君と息子はそれをとがめ、彼らの暴走を引き止めるために息子達は命を落とした。君がそれを了承してくれるのならば、今後のプロジェクトの中心は君が担うことになるだろう。それ以外に、君がこのプロジェクトに残る手段はない。考える猶予は私の命がある間だけだ……」
そう告げて進藤教授は息を引き取った。
進藤に対する恩義があった。
世話になった恩師への義理立て。恩人に恥をかかせたくないという温情。
それ以上に凪野には、その申し出を受け入れようとする大きな理由があった。
凪野もまた、遺跡の魔力に取り憑かれた一人だったのである。
凪野同様、残されたメンバー達もそれを受け入れ、真相は闇の中へと葬り去られることとなった。
そして凪野は三度目の発掘隊を自ら起こし、メガル文明との接触に成功する。
依頼主である特別富裕層達ですら知ることのない、ことの真髄へとたどり着く形で。
*
ソレイマンの用意した訓練プログラムはすべてカリキュラム通りであり、ガイアカウンターとはベリアルの様子をうかがうためだけのものだった。
ベリアルの鼓動を察知した凪野が砦埜島にメガリュオンを回収に向かう。
砦埜島がそこに存在する理由は、かつて最後まで戦い続けた高度な文明があった場所だとされていた。
が、凪野は知っていた。
優れているから彼らが選ばれたわけではなく、ソレイマンの実験場としてそこが差し出されただけだということを。
姿を隠したのは、ベリアルの発動を受けてのことだった。
文明に対する表記の解釈は無限だった。
そのようであり、或いはまったく違うものとも言えた。
ただソレイマンによる人類淘汰が濃厚と見られるにつれ、凪野の中にある感情が浮き上がる。
人類滅亡への憤慨だった。
『世界はなくなる』
ソレイマンのその言葉に凪野が問いかける。
「それはこの世から人類だけがいなくなるということなのか。それとも地球そのものがなくなるということなのか」
それに対し、ソレイマンはただ一言だけ、
『世界だ』
そう答えるのだった。
そして人類存亡の意志を抱く。
封印が解かれることを、なんとしても防がなければならなかった。
なくしてはならない大切なもののために。




