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第四十三話 『プロジェクト・メガル』 4. メガリュオン

 


 アスモデウスの出現を契機に、世界各地の主要都市に、合計七体の『怪神(けしん)』と囁かれる魔獣が降臨する。

 ベリアルに似た妖麗な淑女の姿をしたゴモリーと、影法師のような無機質な姿を纏うプルフラスは、近づく者に幻惑を見せ破滅させた。

 マルファスは己の分身を相手に乗り移らせて操り、味方同士を殺し合わせた。

 バルバトスは殺した敵を蘇らせ、自分の配下として吸収し、勢力をみるみるうちに増やしていった。

 マルコシアスは相手の中から分身を浮かび上がらせ、自分同士で殺し合うよう仕向けた。

 モラクスに至ってはその鬼神のような強さを前に見る者の心が破綻し、何一つ手を下すことなく仲間同士の殺し合いへと転化させていった。


 数百体もの新型ガーディアンが一斉に集束し直す膨大なエネルギーを受けて、大地と大気のひずみに押し潰されそうになる光輔達。

 命からがら飛び立ち、上空から見下ろした茜が、ふうと顎の汗を手の甲で拭った。

「本当だったのね」

 自然と口をついたその言葉に反応し、茜をじろりと見やる礼也。

「何がだ。てめえ、まだ何か知ってやがんのか。かくしもってやがったか」

「たいした情報じゃない。私もただの受け売りだから。実際にこの目で見るまでは信じていなかったけれど」

『あれも全部インクイジターなの』

「たぶん違う。鈍いあなた達にもわかりやすく言うのなら、スーパー・ガーディアンてところかしら」

「スーパー・ガーディアンだと。なんでそんなすげーモン、今まで出さねえで取っといた。もったいぶってやがったのか。ああ、鈍いって言いやがったか、今、てめえ! 誰が鈍いって」

「もったいつけてたわけじゃない。出したくても出せなかっただけよ」

「はあ!」

「メガリュオンの封印が解かれたから、動けなかった彼らが目覚めた。メガリュオンの封印を解くということは、私達が持つ力まで含めて、すべてを解放するということ。それまでただの人形にすぎずに指一本すら動かなかった彼らが、ベリアルを倒すためにおのおのの意志を持って起動した。こんなの、誰も信じない、普通は」

 事情の飲み込めない礼也が頭をかきむしる。

「ちょっと待て。さっきから何わけわかんねえこと言ってやがる。メガルヨンってな、なんだ」

「メガリュオン。あなた達がガイアーとか御神体って言っていたものの、本当の名前。今、古閑さんがいる、その遠隔コクピットの正式名称よ」

『初耳……』

 意味ありげに夕季を見つめる茜。

 夕季はまばたきもせずに、茜の話に聞き入っていた。

『この中に、彼らが封じ込められていたってことなの』

「そんな単純な話じゃない。でも、さっき本物のオリジナルのガーディアンが消滅したことによって、彼らが目覚めたことは間違いない。ガーディアン自体が、危険を知らせる高強度にして好感度のセンサーだった。それが消滅するほどの脅威を認識させることが、封印を解く本当の鍵だったのよ」

『だから凪野博士はオリジナルのガーディアンを消滅させようとしていたわけね。自分達の揃えた戦力を使える状態にするために』

 茜が頷く。

「私もようやく理解できた。封印が解けなければ、どれだけ強大な戦力だろうが何の役にも立たない。永久にベリアルを倒せない。封印を解くことは他の魔獣達を蘇らせるという最悪の事態にもなるけれど、これだけの戦力があれば、オリジナルを破棄することで生じるリスクはまったくなくなる」

「え、え、どういうこと」

「ようするにだ、俺らなんぞ最初から眼中になかったってことだろ」

 振り返り、じろりと礼也を睨みつける茜。

「彼らはこんな欠陥品と違って、オビディエンサーもコンタクターも必要としない完全体のガーディアン。それぞれがベリアルやアスモデウス同様の、完璧な自律型の兵器でもある」

「なんだよ、それ。結局、ベリアルってなんだったんだよ」

「少なくとも、神や悪魔の類ではないはず。私はそう思っている」

「じゃあ、いったい」

 戸惑いを見せる光輔に、茜が淡々と告げた。

「あくまでも予想の範疇だけれど、人類の消滅をプログラムされた、ただの殺戮兵器なんじゃないかしら。私達の存在すら気にかけることなく、ごく当たり前に破壊活動を行うだけの、純粋な生命体でもあるかも」

「なんで」光輔が理解不能を訴え続ける。「なんでそんなプログラムするの。なんのために。それで人類を滅亡させてなんになるの」

「家の中を勝手に掃除する丸い掃除機って知ってるでしょ」

「ああ、うん、知ってるけど」

「あれと同じこと」

「わかんないんだけど!」泣きそうな顔を茜に向けた。「水杜さんってひょっとしていじわる?」

「今気づいたのか、てめえ!」

 光輔の顔をまじまじと眺め、茜がため息をもらした。

「あ、それなんか傷つくんだけど……」

「あの掃除機のスイッチを入れると、センサーでほこりや汚れを感知して、勝手に掃除し出すでしょ。汚れがなくなるまで。で、綺麗になったらまたもとの場所に帰って充電を開始する。どうしてだと思う」

「えっと、それはそういうふうにしてあるからだよね。ゴミを見つけて勝手に掃除するようにインプットしてあるから」

「それが人間だとしたら」

「へ」

「人間をゴミだと思わせて、一人もいなくなるまで掃除するプログラムがベリアルには仕掛けられているんじゃないかって私は言っているの」

「あ、そーか!」ぽん。「だから掃除機か。なるほど。ふ~ん。へえ~……」

「鈍いな、てめえ……」

「ベリアルに悪意はない。機械としての役割をただこなしているだけだから」

「家にわき出たゴキブリやクモを反射的に退治する装置みたいなモンか」

「そうね。わりといいセンいってるかもしれない」

「ひど……」

「あまりにも次元が違いすぎるから、過去の人達はそれを悪魔と形容するしかなかった。でも人間には決して作れない生物兵器が、自分の意志を持って人間達に襲いかかってくるのなら、もはや悪魔と同じなのかもしれない。人類よりもはるかに高度な知能と野望を持つ高等生物が、自らの意志で同じ目的を与えられた仲間達を陥れ、世界を破滅させようと目論む。むしろ、彼らの方が、純粋なガーディアンって感じじゃない。或いはバーサーカー。そんなものを創った存在に、私達がかなうわけがない。ひょっとしたら、私達ですら、その存在に造られたものなのかもしれない」

「マジか……」

「なんでそんなに詳しいの……」

「全部私の創作だから。残念ながら、全部嘘」

 淡々と茜がそう告げる。

 礼也と光輔の硬直時間は、それまでで一番長いものだった。

「ガセかよ!」

「俺、信じちゃった……」

「俺も信じちゃったじゃねえか! どーしてくれんだ!」

「信じちゃうよ。質問とか普通に答えてたし。掃除機のたとえとか、わかりやすかったし」

 外の光景を見据えたまま、茜がにやりとした。

「だったら、おもしろいと思わない、古閑さん」

『……よくできてた』

「さっきのお返しだから」

「よゆーあんじゃねえか……」

「ほんと……」

『さすが私のベリアル』

「全然おもしろかねーよ。ムカつくだけだ! だましやがって! どっからだ! どっからフカシ入れてやがった」

「最初に予想だって言ったじゃない」怒りをあらわにする礼也を、茜が不愉快そうに眺める。「でもメガリュオンのことは本当。スーパー・ガーディアンは完全に私のフィクションだけれど、凪野博士なら何をどうしていたって、まったく不思議じゃない。むしろ誰もが今の私の見解にたどり着くのが普通なんじゃないの。あれがベリアルに対抗するための兵器であることは間違いないはず。あれだけの数を揃えるあたりは、さすがってところね。何も知らずに茶番を続けていた自分達がバカバカしく思えてくる」

「だったら、何故博士はガーディアンを取りかえたりしたのかな」

 同じように茜に目を向けられ、光輔がひるむ。

 茜は再びため息をつきながら、それに答えて言った。

「あなた達にまかせておいたら、すべてのプログラムを消化する前にガーディアンを破壊されると思ったからでしょ。条件をすべて満たしてから消滅させなければ、封印を解くことはできないって言わなかった?」

「ねえ、俺の顔見てため息つくのやめてくんない」

 もう一度茜が深い深いため息をつく。

「またもう……」

「とにかく、こうなった以上、私達にはどうすることもできなくなった。何もする必要がなくなったって言った方が的確かもしれない」

「黙って見てろってのか」

「そういうこと」

「そのせいで死にかけた奴までいるのにか」

「そうね。無駄死にしないでよかったわね、古閑さん」

『……』

「てめえ、なんだ、その言い草は! いちいちいちいち」

「うるさいわね! こっちだってイライラしてるんだから、黙ってて!」

 礼也の手を振り払って、茜が睨みつける。その瞳は憎悪一色だった。

「こんなにバカにされて、悔しくないわけないでしょ。何がメガリュオンよ。ベリアルよ。こんな腐りきった世界、いっそのことなくなってしまえばいい」

「さっきからてめえは、なんかこの世に恨みでもあんのか」

「……関係ない」

「はあ?」

「あなたなんかに、関係ないでしょ」

「なんだてめえ、その言いかたは!」

「始まるぞ」

 光輔の声に目を向ける三人。

 地上では数百体のスーパー・ガーディアンが、ベリアルとアスモデウスに挑みかかるところだった。

 斬りつけ、殴りかかり、妖麗で華奢な女性体のベリアルを追いつめていくマッシブなガーディアン軍団。

 抵抗し、何体もの敵を屠るベリアルだったが、次々に襲いかかるその戦力差を前に、悲鳴をあげながら逃げ出すこととなった。

 そこに別のガーディアン達が立ちはだかり、逃げ場所を封じる。

 まるで先までの強者ぶりが嘘のような有り様だった。

「すげえ……」

「あれが、あのベリアルか……」

 光輔と礼也の溜飲を聞きながら、茜が眉をひそめる。

 黙って状況を見守る夕季のことが気にかかった。

 アスモデウスの方は、その荒ぶりを遺憾なく発揮していた。

 怒れる閻魔大王そのものの鬼神が、取り囲むガーディアンの軍勢を次々となぎ倒し、吹き飛ばす。

 大きく振り下ろした鋭利な両刃は、相手をやすやすと真っ二つに切り裂いた。

 が、数の圧力に次第に押され始める。

 倒しても倒しても次々に補填される分厚い積層を前に、ついにアスモデウスが背中を向けたのである。

 悲鳴のような咆哮が彼方まで空間を震わせる。

 追い討ちをかける最強軍団の眼前で、その背中が妖しく発光した。


           *


 凪野守人は苦渋の決断を受け入れなければならなかった。

 彼を心から信頼し、この発掘隊に引き入れた進藤教授の亡骸を抱きながら。

 ほんの数分前のできごとを思い返す。

「これが報いだ。仕方がない」

 凪野に抱かれ、生気のない薄笑みを向ける進藤。

 二人の周辺には、おびただしい数の仲間達の遺骸が転がっていた。




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