第四十三話 『プロジェクト・メガル』 3. ムカつく
桔平は真剣な面持ちで光輔達の行動を見守っていた。
「大丈夫なのか」
心配そうに見つめる忍をちらりと見やり、桔平が夕季に確認を取る。
「勝てる見込みは、ほぼないぞ。考え直せ」
『それはみんな承知しているけれど、一度だけやらせてほしい』
「勝てないことがわかっているのに、無理してやる必要はない。リスクが高すぎる」
『確かにリスクはある。でも最悪の状況だけは回避してみせるから、お願い』
「どうしてそこまでこだわる」
『このままじゃ、ハラの虫がおさまらない。礼也達もムカついて仕方がないって言ってる』
「……」絶句する桔平。あさみに顎をしゃくってみせた。「だとよ。許可するのか」
「私はノーコメント」
腕組みのあさみが忍へと目をやった。
「あなたのお姉さんに聞いてみて。彼女がいいと言うのなら、好きにしなさい」
「そんなん言われても……」
『お姉ちゃん……』
夕季に懇願のまなざしを向けられ、忍が心を引き締める。
「夕季、あなたは一度死んだ人間なんだよ。心配してくれた人達や、助かって喜んでくれた人達の気持ちをもう一度よく考えてみて。光ちゃんや礼也達の命を預かっていることも。あなたのかわりに頑張ってくれている水杜さんや、そのご家族のことも忘れちゃ駄目だよ」
『わかってる』
「じゃあ、やってきな。もう二度と死んじゃ駄目だよ」
『ありがとう、お姉ちゃん』
「約束だよ。頑張って」
『うん。約束する』
その様子を眺めていたあさみが、拍子抜けしたように口を開いた。
「それでよかったの」
「止めてほしかったんですか。だったら、聞く人間を間違えましたね」
「そういうわけじゃないけど、あんなに憤慨していたあなたがあまりにもあっさりとオーケーしたから、びっくりしただけ。こっちとしても、いろいろ渦巻いていただけにね。私の口からいいとは言えないしね」桔平に目配せする。「あなたもそうでしょ」
「ウェルカムだ」
「どういう意味かしら」
「要は、みんなムカついていたわけですね」
「そうね」
桔平とショーンが横目を向け合った。
「……僕も」
「どういう関係なの」
突撃するガーディアンの中で、夕季を上目遣いに見て茜がぼそりと言う。
「家族なら、普通、止めるでしょ」
やれやれという様子で礼也が口を開く。
「止めるわけねえだろ。こいつの姉ちゃんは、俺ら以上のイケイケなのによ」
「あんなことがあった後だし、一番心配していたはずなのに」
「あんなことになって一番ムカついてたのが、実はしの坊だったってことなんだろ」
「……」
「水杜さん」
茜が光輔に振り返る。
光輔は満面の笑顔で、茜をつつみ込んで言った。
「しぃちゃんは、誰よりも夕季のことを信用しているんだよ。夕季はそれ以上にしぃちゃんのことを信頼している。だから心配はいらないよ」
茜が光輔の顔をまじまじと見つめる。
先までの慎重な様子からは結びつかないほど、その表情は活力に満ち溢れていた。
信じた希望を微塵にも疑わないほどに強く。
「……そうなの」
『巻き込んじゃってごめんなさい、茜さん』
夕季がすまなさそうな顔を向ける。
『もう少しだけつき合ってほしい。絶対に危険な目にはあわせないから』
「もう危険な目にあいまくってるだろが」
『礼也は黙ってて!』
「はあ!」
『バカなんだから』
「てめーは、ほんっとなあ!」
「……。お姉さんに、ありがとうって言っておいて」
『……』
「私の家族のことまで気にかけてくれたから」
『伝えておく』夕季が嬉しそうに笑う。『茜さんの話、おもしろかった。これが終わったら、また学校で聞かせてほしい。きっとみずきも喜ぶと思う』
「!」顔を引きつらせる茜。「こんな時に何をバカなこと言ってるの、あなたは!」
『だって、私はあなたのベリアルだから』
「あれはっ!」
「なんだ、ベリアルだからって。何言ってやがんだ、てめーらだけで楽しそうに」
「ちっとも楽しくなんてないわよ!」
「してんだろが、きゃっきゃウフフとか言って……」
「いつそんなことした!」
「おい、のどちんこ見えてんぞ。でっけえのが」
「でかくないわよ! 普通よ!」
「てめえの普通はそんなでっけえのか」
「だから普通だって言ってるでしょ! いいかげんにしろ!」
「おおっ! すっかりうぜえキャラが復活しやがったな。舞い戻ってきやがったな。華麗に舞い上がってきやがった」
「いったいどうなってるの、あなた達は!」
「おい、でっけえ……」
「普通だってば! ほんと、ムカつく!」
「水杜さん、礼也!」
光輔の呼びかけに、二人が気を引き締める。
「いくぞ!」
それぞれを挑発するほどの派手なアクションで、漆黒のガーディアン、ディープサプレッサーが両者の間に割って入っていった。
ベリアルに背を向ける体勢のまま、牽制攻撃でアスモデウスに間合いをとらせる。
その無防備な背中にベリアルが近づきつつあった。
「水杜、てめえはじっとしてろ。ここは俺と光輔でやる」
「はあ! 何様のつもり!」
「もっとだ、もっといけ、光輔」
「礼也!」
アスモデウスに気をとられ、礼也の背中ががらあきとなる。
その無防備な精神にベリアルが接近しようとしていた。
『礼也、危ない!』
その時、礼也が振り返った。
ディープサプレッサーを駆る光輔もろとも。
「今だ、光輔!」
「うおおおっ!」
光輔の咆哮とともに、礼也の鼻先まで迫ったベリアルの手先をかいくぐり、逆にディープサプレッサーが組みつく。
「バーン・インフェルノ!」
ビッグバンを連想させる眩い光をともない、不用意に近づいたアスモデウスもろとも、ベリアルを爆裂させた。
すぐさま距離をとる光輔ら。
後には痙攣するようにダメージを引きずるベリアルと、慌てふためき逃げていくアスモデウスの姿があった。
「やったか!」
両鼻から噴き出る血を手で押さえ、苦痛に顔をゆがめながら、礼也が振り返る。
「礼也、大丈夫か!」
「あんでもねえ! おい、夕季、もう一発いけるか」
「まだやる気なの」
「たりめえだ!」
茜に噛みつくように、礼也が咆哮した。
眉一つ動かさず、夕季が三人を冷静に見据える。
『八割の力なら、三十秒待ってくれればなんとか撃てる』
「百パーは」
『たぶん無理。五分以上チャージしても届かない』
「んじゃ、八割でいくぞ。光輔」
「ああ、わかった」
『でも』
「なんだ、さっさと言え」
『……』
口を濁し心配げに見つめる夕季に、礼也がピンとくる。
「つまんねえ心配すんじゃねえ。まだ百キロぐれえよゆうで走れるぞ、おりゃあ」
『だって……。鼻血ブー……』
「言いてえだけだろ!」
「血ぐらい拭いたらどうなの」真顔で茜がつけ加える。「今自分がどういう状況だかわかっているの」
「んなことぐれえ、はっきりわかってるって! ほんと、うぜえな、てめえは」
「はあ!」
「夕季そっくりで」
『はあ!』
「おい、ティッシュ」
「もってないわよ!」
「俺のポケットの中にある」
「かたじけねえ、光輔。とにかくやるぞ」
「ああ」
身動きのとれないベリアルに抱きつき、もう一度八割のバーン・インフェルノを撃ち放とうとする。
その時だった。
首だけで振り返ったベリアルが、妖麗な笑みを差し向けたのは。
「!」
カッと目を見開く茜。
奥歯を噛みしめ、眉間に力を込めた。
軸をずらされたように、ディープサプレッサーの位置を見失うベリアル。
直後に二度目のバーン・インフェルノが炸裂し、弾かれ、這いつくばるようにベリアルが逃げ出した。
「効いてるぞ」
「ああ、やっちまったな」
『でも、これ以上は無理』
「まだまだだ!」
『礼也、大丈夫なの』
「だいじょぶだって」
「もう無理よ」
「はあ! てめえはまた、やる気失せるようなこと……」
茜に振り返った途端、礼也のテンションが通常モードへと移行する。
冷静に光輔へと告げた。
「終わりだ。撤収するぞ」
「ああ」
その様子を表情もなく眺める茜。
「水杜さん」
振り向いた先には、光輔の笑顔があった。
「これ」
光輔が差し出したティッシュの袋に目をやる。
そこで初めて自分が出血していることを知った。
「こんだけビビらしゃ、しばらくオッケーだろ。とっとと帰んぞ、鼻血ブー」
「どっちが!」
「おい、のどちんこ……」
「だから普通だってば!」
その時、都合数度目かの不測の事態が彼らに襲いかかることとなった。
空から数体の巨人達が降り立ったのだ。
「え?」
行く道を阻まれ、ディープサプレッサーを駆る光輔が急停止を余儀なくさせられる。
その光景に目を見開いたのは、礼也も夕季も同様だった。
ベリアルとアスモデウスの間に立った三体の巨人は、背中こそ向けていたがそのシルエットだけで判別が可能だった。
エア・スーペリアそのものだったからだ。
彩色がやや色濃く、本来のものとは一回り以上体躯が大きい以外は。
「これは……」
言いかけた茜が途中で言葉を飲み込む。
空が先よりも暗くなっていることに気づいたせいだった。
ベリアルが現れた時の暗さではなく、明らかに何ものかが落とす影がその黒い部分を形成していた。
それは見渡す限りのエア・スーペリアの群だった。
次々と降り立ち、陸上の空間を埋めつくしていく白き翼の巨人達は、ベリアルとアスモデウスの間を塞ぎ、均等に二体を取り囲んだ。
「エア・スーペリアにチェンジ」
静かに告げた茜の声に、他の三人が注目する。
「え……」
それを歯がゆいと言わんばかりに舌打ちし、茜が叱咤し始めた。
「巻き込まれる前に離脱しろって言っているの!」
はっと我に返る光輔達の眼前で、さらなる異変が起きつつあった。
空間を埋めつくすエア・スーペリアの群が、みるみるグランド・タイプに変貌していったのだ。
そこに光輔達がいることなど、まるで意に介する様子もなく。
『光輔、茜さんの言うとおりにして』鬼気迫る表情の夕季が危険を告げる。『もうここにあたし達の入る余地はなくなった』




