第四十三話 『プロジェクト・メガル』 2. イチかバチか
「何か言ってるみたいだ」
光輔の呟きに礼也が反応する。
ベリアル以外には目もくれずに接近を続けるアスモデウスを、礼也が顎でしゃくった。
「唸ってるだけじゃねえのか」
「返せって言ってるのよ」
息を切らせながらも落ち着いたトーンでそう告げた茜に、振り返る礼也と光輔。
静かに注目される中、茜はアスモデウスから目をそらすことなく続けた。
「奪ったものを返せ。決しておまえを許さない。そうでしょ、古閑さん」
『たぶん、それに近いことを言っている。ベリアルから奪われたものを取り返そうとして、アスモデウスは怒り狂っているみたい』
「何語で」
『ありとあらゆる言語で』光輔からの疑問への回答に補足する。『おそらく、これまで存在した過去から今までの、すべての言葉でそう言っている。人間のものだけじゃなく、動物や他の生物からのアピールも含めて』
「誰が聞いてもわかるってことか」
『誰にでも伝わるように』礼也にも補足していう。『ベリアルに逃げ道を残さないように』
「こっちにゃ、獣が唸ってるようにしか聞こえねえが、かえってよかったって。んな恨みごと言いながら向かってくるモン相手にしてたら、うざったくてしかたねえだろ」
「単純に怖いよね」
「コエエって!」
「逃げるんじゃなかったの」
正気を取り戻した茜を、礼也がまじまじと眺める。
「やっとまともな顔に戻ったな。さっきまでぴーぴーぴーぴー言ってびびりまくってやがったくせに」
「言ってないでしょ!」ばつが悪そうにそっぽを向く。「……ヘビは苦手なのよ」
「ヘビだあ? 笑かすな。んなモン、クモにくらべりゃ、かわいいモンだろ。なあ、光輔」
「あ、俺はゴキブリが苦手かな……」
『ムカデ』
「聞いてないわよ!」
にやりとする礼也。
「へっ。てめえはそうやってクソなまいきな顔でふんぞり返ってる方がハマってるって」
「嫌味はもういいわよ。それより、どうする気なの」
それに答えたのは光輔だった。
「二体の間に入って、バーン・インフェルノで吹き飛ばしてみる」
「そんなことができるの」
「夕季さえ大丈夫なら」
『一回だけなら大丈夫。みやちゃんみたいにはできないけど』
「たぶん大丈夫だろ。よし、頼んだぞ、夕季」
『了解』
「そういうことじゃないでしょ。ベリアルだけでも厄介なのに、あんなのまで倒せるのかってこと!」
「何イライラしてんだ、てめーは。ションベンでもいきてえのか」
「違うわよ!」
「あ、俺、ちょっとしたいかも……」
「すればいいでしょ!」
「……ガマンする」
『あたしも……』
イラつく茜を、またもや礼也がおもしろそうに眺めた。
「倒そうなんて思ってねえよ。ただこのままじゃあんまりにもしゃくだから、一矢報いとこうって話だ。だよな、光輔」
「俺は倒す気マンマンなんだけど」
「マジか! てめ、急にイキイキしだしやがったな。さっきまでクソメンタルだったくせに」
「夕季のいうとおり、俺もあの二体を接触させてはいけない気がする。水杜さんも復活したし、一度だけやってみよう。強いのはわかってるけど、今までみたいに可能性がゼロじゃなくなったわけだし。封印が解けて、やっとベリアルが無敵じゃなくなったわけだろ」
「てめ、さっきと言ってること違ってんぞ。ここまできて、逆に腹が決まったパターンか」
「それもある。でも、なんでかわかんないけど、みんながこうして揃ってる今なら、なんか負ける気がしないんだ」
「んなモン、最初から揃ってんだろが」
「そうじゃなくて、やっとチームとしてまとまってきた感じがするからさ。もう最初に感じた不安はなくなった。今の俺達ならやれる。駄目そうだったらすぐ逃げるから、水杜さん、準備しといて」
「……」
「まあ、勝つ確率は最初よか上がったわけだしな」
「そういうこと。な、夕季」
『計算上は』
「どういう計算なの!」
あきれたように吐き捨てる茜。
「こっちが瞬殺される確率の方がはるかに上がっているはずよ」
「んなの、あいつが撃ってきたら、ぱっとよけりゃいいだろ。ぱっとよ」
「そんな単純な話じゃないでしょ。今まで何を見てきたの。バカなの」
「なんでそんな悲観的なんだ、てめーは。てめーだって、あんなにやる気マンマンだったじゃねえか。さっきまでのクソ憎ったらしい自信はどこいった。はあー! バカなのーだと! てめー! 誰かとそっくりだな。にくったらしい! なんか、本当に憎ったらしい!」
『礼也はバカだから仕方ない』
「あ、やっぱ、てめえに言われる方が百倍ハラ立つ!」
『心の込め方が違うから』
「どういう理屈だ、てめー!」
「いい加減にして!」
「おおっ!」
『……ごめんなさい』
「あなた達こそ、どうしてそんなに自信満々なの。今の私達じゃ、あっという間にやられるわよ」
「心配ねえ。俺が耐えてみせる。おまえらは必死になって、エネルギー、チャージしとけ」にやりとする礼也。「精神攻撃の類は鋼鉄のメンタルを持つ俺が全部引き受けてやる。それでこないだのチャラにしとけ、夕季」
『気にしてないって言ってるのに……』
「バカやろ! こっちが気にしてるって言ってんだろ! 何回も言わせんな、このバカが」
『バカはよけい。どっちがバカ!』
「てめーが先にバカっつったんだろうが、さっき!」
『でもバカにバカって言われるともっとハラが立つ! わかりなよ!』
「なんだ、わかりなよって! わかるかって! 誰がバカだ、このバカ!」
『まだ自分がバカだってわからないの! いい加減にして!』
「なんだと、このバカ!」
『うるさい、このバカ!』
「んだ、このバカ」
「あなた達、バカなの!」
「おおっ!」
茜の激高に、思わず礼也がのけぞる。
「それを使うまでにどれだけ近づけると思っているの。ナメてると、その前にやられるわよ」
「そこは一か八かだ」
「結局、一か八かじゃないの! 死ぬわよ、本当に」ふいにトーンを落とす。「悔しいけど、さっきので奴らとの差がはっきりわかった。とても私達の手に負える相手じゃない。このままでは、間違いなく死ぬことになる。私達全員」
「死ぬのがこええのか」
「!」遠慮のない礼也の言葉に、茜がはっとなる。すぐにじろりと睨みつけた。「……あなたはこわくないの」
「こわくねえ」
「……嘘」
「嘘じゃねえ。もっとこわいモン、腐るほど見てきたからな。そいつらにくらべりゃ、こんなモン屁でもねえ」
「……」
「俺はこわい」光輔が朗らかに続けた。「でも、こわがって何もしないと、もっとひどいことになる。もっとつらい目にあう。俺はそっちの方が嫌だ」
そう言って笑った光輔の顔から、茜は目を離せずにいた。
夕季の声でその呪縛が解かれる。
『大丈夫、そんなことさせないから』
夕季が真っ直ぐ茜を見据えていた。
『礼也へのダメージはこっちでコントロールする。ぎりぎりまで引っ張るけれど、危なくなったら合図するから、その時は茜さんが先導して離脱させてほしい。茜さんにしかできないことだから、お願い』
「……」
「て、こった。てめえもさっきみたいにヘロヘロになんなよ。もう、なんもしなくていいから、逃げることだけきっちり考えてろ」
「……。ぎりぎりのダメージってどれくらい」
『二十四時間連続で血を吐きながらマラソンを続けるくらい』
「……。……また嘘言いやがって。さっき俺がバカって言ったからか? 報復か。報復絶倒か?」
『今度は本当』
「マジか……」
「それのどこがぎりぎりなの……」
『普通の人なら耐えられないけれど、礼也ならそれくらい大丈夫だと思って』
「お、おう、まあ……。……今、血を吐きながらっつったか?」
「本当にバカなの。普通に考えて、無理でしょ。それだけで死ぬかもしれないじゃない」
『たぶん礼也なら打たれ強いから、すぐ復活すると思う。……しばらく一人でトイレにいけなくなるくらいで』
「そんなわけないでしょ!」
「……ほんとは嘘だよな」
『……』
「おい!」
『トイレのことは一穂ちゃんに頼んでおくから』
「光輔~!」
「完了した!」
振り返る光輔。
「サクっと終わらせるぞ、礼也」
「あったりまえだ! 一発だってくらってたまるか!」
「夕季、いい」
『了解』
「水杜さん」
光輔に名を呼ばれ、茜が振り返る。
すまなさそうな、それでも力強いまなざしで、光輔は茜を見つめていた。
「無理させてごめん。あとは俺達でなんとかするから」
「なんとかって」
その答えを礼也が横取りした。
「最悪、てめえだけは逃がしてやる。その後は、そっちでうまくやっとけ。そういうことだろ、光輔」
「ああ。一緒に戦ってくれてありがとう。いろいろ助かった」
「……」
茜が光輔の顔に注目する。
そのゆるぎないまなざしを見やり、いつか航に言われたことを思い返していた。
「ようし、いくぞ、ベリアル!」
光輔がベリアルとアスモデウスを睨みつける。
二体は互いに牽制し合うように、距離を置いて対峙していた。
そのパワーバランスを、ささやかな横槍が崩そうとしていた。
世界を揺るがすその宣言は、誰の手も届かない場所から高らかに行われた。
凪野守人があるコードを解除したのだ。
「メガリュオンの封印は解かれた。これよりプロジェクト・メガル3を展開する」




