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第四十三話 『プロジェクト・メガル』 1. 世界が終わる時

 


 ガーディアン、ディープ・サプレッサーのコクピット内に並んで座る礼也と光輔が、戦慄の表情を夕季へと差し向ける。

「アスモデウスだと……」

「なんで……。アスモデウスは俺達が倒したはずだろ」

 その疑問に、夕季がやや顎を引きながら答える。

『世界中で複数のプログラムが同時に発動している。その中にアスモデウスの名前もあった。まさかとは思ったけど、たぶんそう』

 自分でも信じられないといったふうだった。

「でも」まばたきも忘れ、新たな脅威に釘づけとなる光輔の両眼。「前に俺達が戦ったのとは全然違う」

 突如として、大地を割って訪れた巨大な魔神に注目する。

 上背こそ以前のものと等しく、ベリアルやガーディアンともほぼ同等だったが、そのシルエットは明らかに光輔らの知るものとは異なっていた。

 ずんぐりむっくりという形容がふさわしく、誰もが思い描く異界の魔物のイメージをうかがわせた以前のそれとは違い、そこに現れたアスモデウスは、ベリアル同様人間体型に近いものだったからだ。

 つけ加えて言えば、過去のものを思わせる意匠すらまったく見受けられない。

 そのイメージをもっとも的確に言い表したのは礼也だった。

「なんか、エンマ様みたいじゃねえか……」

 閻魔大王の姿を知る者ならば、誰もがそう思ったことだろう。

 それほどまでに彼らの記憶に刷り込まれたイメージと、目の前のそれは酷似していたからだ。

『見た目は違うけれど、間違いない。カウンターも特定している』

 奇妙なのは、禍々しいまでの全身の造形からは浮いて見えるほど顔だけが白く無味に浮き上がり、そこだけがまるで作り物の石造のように映っていたことだった。

 それが必要以上に見る者の恐怖心をスポイルさせる。

「なんだか、前のより弱そうに見えるけど」

「たりめえだ。普通、再生怪人なんてな、にぎやかしの戦闘員レベルって相場が決まってんだろ」

「そうなの」

「じょーしきだろ、じょーしき!」

『比較にならない』

 光輔と礼也の弛緩に夕季が待ったをかける。

「どっちで」

「弱すぎか。ヤバい方か」

『ヤバい方。かなり』

「マジか……」

 気勢を削がれげんなりとなる二人の顔を正面から見据え、夕季は重い口を開かなければならなかった。

『当たり前のことだけど、封印の解放を受けて現れたのなら、少なくとも今のベリアルと同等以上だと思った方がいい。とてもあたし達のかなう相手じゃない。ましてやそれを二体も同時に相手するなんて不可能』

「あ~……」

「ちったあ、希望持たせるような言い方できねえのか……」

『気休めを言っても仕方がない。他にも六つのプログラムをカウンターが認識している。すべて世界の主要都市に集中している。まだアスモデウスしか確認が取れていないけど、どんな個体が現れても、おそらくは、どの場所も何もできずに終わるはず。戦力的な可能性が一番高いのは、ガーディアンを持っているあたし達だから』

「どーしろっつんだよ」

 礼也が茜の方をちらと見やる。

 茜の動きが止まっていた。カッと目を見開き、ただアスモデウスを凝視し続けていた。

「こんなでよ」

『わからない。でも、できればベリアルとこのアスモデウスを接触させずに散らせたい』

「なんで」

『彼らはベリアルを憎んでいる。ベリアルが彼らの手によって葬り去られた時、もっとひどいことが起こる気がする』

「え……」

『彼らは、ベリアルに奪われたものを取り返すためにやってきたから』

「何言ってんだ、おまえ」

 夕季が茜の顔を見つめる。

 茜は何も言わずに、目の前の光景を注視し続けていた。

『そうでしょ、茜さん』

 カッと見開かれる茜の両眼。

(彼らの怒りは大切なものを奪われた怒り。その痛みと悲しみ……)

 そこに何かを投影するかのように、アスモデウスの怒りを受け止めた。

「私と、同じ怒り……」

 小さくそう呟いた。


 司令室特設スペースでは桔平らが決断を迫られていた。

「中国政府から応援要請が届いています」逼迫した表情を忍が差し向ける。「バルバトスが上海市街に出現し、破壊活動を始めています。軍隊ではまるで歯が立たないそうです」

「こっちゃ、それどころじゃねえって言っとけ」

「でも、こんな状況に陥ったのもすべてメガルのせいだと彼らは主張しています。中国支部はベリアルによって壊滅してしまったため、ガーディアンを持つ日本支部がすべて責任を請け負うべきだと。断るのなら日本国に対して敵対行動に出ると、政府を通して圧力をかけてきたみたいです」

「何がしてえんだ、バカものどもが!」

「ほっときなさい」

 静かに告げるあさみに、桔平が顔を向ける。

「そんな余裕なんてないはずよ。彼らだって今の状況がどれだけ最悪かくらいわかっているはず。なんとかして私達に助けに来てもらおうと必死なのよ。はったりにもならない。こちらだってガーディアンがなかったら、彼らと同じことをしていたはず。役に立たないことがわかっていても、それにすがるしかない」

「いっぱいいっぱいなのはどこも同じか」腕組みの桔平が低く唸る。「くそったれが!」

「政府もなんとかしろの一点張りです。もし事態を収拾できれば、すべてなかったことにしてもいいって」

「ふざけんな。てめえらで勝手に見捨てといて、困ったら、今度は助けてくれか。そんなモン、信用できるか」

「申し出を断れば、すぐにでも全力で実力行使に出ると脅してきました。かなり高圧的な感じです」

「だったらてめえらで行けって言っとけ。さんざん引っかき回してくれたくせによく言うぜ。こっちはもうこの国に籍すら残ってねえんだ。今さらそんな脅しが通用するか。無視しろ、無視だ!」

「彼らには何もできないわ。ベリアルとの戦闘で、世界中の軍隊が自分達の無力さを思い知ったはずよ」憤りを通り越し、逆に平静となったあさみが嘆息する。「古閑さん、他のプログラムの状況は」

 あさみの要請に応えて、忍がマルチウインドウを展開させた。

「サンパウロにマルファス、ベルリンにマルコシアス、モスクワにプルフラス、ニューヨークではゴモリーを確認しています。あ、今、カイロにモラクスが出現したとの報告がありました」

「それと、上海にバルバトス、日本にはアスモデウスとベリアル」

「はい」

「二体同時はうちだけか」

「今のところは」

「綾は大丈夫かしらね」

 ピンと反応し、忍がすぐに行動に移す。

「準備は万全だそうです」

「さすがね」手際よく連絡を取る忍を見下ろし、かすかに安堵の笑みをもらす。「当然よね。デリーでのごたごたがあった時、すでに彼女は動いていたわけだから」

「あっという間にアメリカ支部の中枢機関を、システムごとメガ・テクノロジーのシークレットベースに移管しやがったからな。今や迎撃要塞としての能力は、メガが世界最強だ」

「でもガーディアンはない」

 桔平がはっと我に返る。

「おい、夕季達はどうなってる」

「待機中です」

「なんだと。どういうことだ。夕季がヤバいのか」

「夕季ではなく、水杜さんが体調不良を訴えています。ベリアルとアスモデウスの動きに注意しつつ、彼女の回復を待ってから離脱すると言ってきました」

「野郎、やっぱり疫病神だったか」

「初めて竜王に乗って、ガーディアンまで動かしたのだから大したものじゃないの」

「そりゃそうだが」

「もっとすごいのは、彼女の方だけれど……」

 モニター越しに夕季の顔を確認する。

 ほんの数日前まで死線をさまよっていたとは思えないほどの気力が、その表情にみなぎっていた。

 忍だけがその違和感に不安をよぎらせる。

「夕季もかなり消耗しています。みやちゃんもいないのに、現状でここまでやれたのは確かにすごいことだと思いますが」

「僕もそう思う……」

 誰にも聞こえないくらいの小声でショーンが呟いた。

 夕季からの報告を受け、忍が顔を上げた。

「司令、水杜さんが復調したみたいです。万全ではないようですが、支障はなさそうです」

「そう。よかった。撤退するしかないわね。今は何もできないけれど、切り札を失うわけにはいかない。なんとしてもそこから脱出して。そう伝えて、古閑さん」

「はい」

「切り札。ニセモンだとわかっててもか」

 ぶすりと刺す桔平を、あさみが冷徹に見据える。

「でも、残っているのはそれしかない」

「パチモンでも、ないよかましってことか……」ふいに桔平が難しい顔になった。「たとえニセモノだとわかってたって、世界中でアレだけが心のよりどころになっているのは確かだからな」

「司令、大変です!」

 慌てふためく忍の声に、三人の視線が集中する。

「夕季達は、まだ戦うつもりです」





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