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第四十二話 『封印』 11. 新たな脅威

 


 ベリアルに変化が起きていた。

 白一色だったシルエットにカラフルな色がつき始めていた。

 まるで消滅させた三体のガーディアンを吸収したかのようでもあった。

 生気を感じさせなかった全身に、異様なまでの躍動感が漲り始めたのである。

 変化の途中で、人間体にメタモルフォーゼを始めるベリアル。

 しかしその姿は、先までのはかない少女の姿ではなく、艶かしい妙齢の貴婦人のものだった。

 虜となった相手を誘う悪女の笑みをたたえた挑戦的なまなざしは、世界を従える女王の風格をも漂わせていた。

「なんだ、あれは……」

 呟く光輔に、礼也が舌打ちする。

「まんまと騙されたぜ。アイドルなみの美少女だと思わせておいて、実はとんだビッチだったわけだな」

「ムカつく」

 不快感をあらわにする茜に、にやりとする礼也。

「そういや、何となくてめえに似てやがんな」

「うるさいわね。ムカつくって言ってるでしょ。やめなさいよ」

「お互いさまだ。どうすんだ」

 二人のやりとりを光輔が黙って見守る。嫌な予感がしていた。

 それを感じ取り、夕季が早目の消火活動に移行した。

『撤退して、礼也。危険すぎる』

「はあ!」

「どうして。封印が解かれたんでしょ」

 茜の言葉に絶句する夕季。

 茜は極めて冷静に覚悟を決めていた。

「無敵じゃない今なら倒せる。そういうことじゃないの」

「やめようよ、水杜さん」顔に焦りの色を浮かべながら、光輔が礼也へと振り返った。「礼也もやめさせてくれよ。あいつ、なんかおかしいよ。夕季だって疲れてるし、今は駄目だって」

 礼也からの返事はない。

「なんで黙ってるんだよ。おまえだって……」

 そこで光輔の声が途切れる。

 礼也の口もとに、茜以上の狂気を感じ取ったからだった。

「乗っかる。ダメージは全部こっちにまわせ。てめえはただ俺達が分離しねえように気張ってろ。わかったな、夕季」

『礼也……』すぐさま心を引き締める。『あんなに簡単にインクイジターがやられたってことは、それくらいのことが凪野博士にだって想定済みだからだと思う。司令が言っていたように、その先も必ずあるはず。今の私達にできることはなくなった』

「違うんじゃねえか」にやりと笑う礼也。「ここまでのは全部前座だ。対ベリアル用の最終兵器として、俺達が乗ってるガーディアン二号機、もしくは改が造られた。こっちがホンモンだってこったろ」

『礼也、ふざけないで』

「ふざけてなんかねえよ。そうだよな、水杜」

「全然違うけど、そういうことにしといてあげる」

『茜さん!』

「ちょっと待てよ、おまえら」

「黙ってろ、光輔」

 たまらず横入りした光輔を、礼也が一睨みで黙らせる。

「おい、光輔。らしくねえぞ」

「え……」

 その顔をがっかりしたように眺め、礼也は淡々と言葉を連ねていった。

「ものたんねえって言ってんだ。こんなモンじゃねえだろ。もっといつものギリギリのおまえをぶつけまくれって」

「……」礼也の迫力にたじろぎ顎を引いた光輔だったが、すぐさま口もとをギュッと結んで向き直った。「俺は、今勝つことだけがすべてだとは思っていない」

「はあ!」

「俺にとっての勝利は、ここにいる全員が無事に基地まで帰ることだ。みんなが待っていてくれるところへ戻る。礼也も水杜さんも、もちろん夕季だって。そのためなら何を言われてもかまわない。そんな一か八かの賭けみたいな戦いなんて、俺は賛成しない」

「へっ、臆病が屁理屈こねてるだけにしか聞こえねえな。いい加減、ハラくくれや」

「俺は臆病者だ。でも勇気を履き違えているのはおまえの方だ」

「んだ、このヤロー! てめえがそんなんなら、こっちも勝手にやるからな」

「させない」

「するっつってんだ、このバカやろーが」

「バカはおまえの方だ」

「はあああっ!」

「おまえはバカだ」

「なんだ、てめー! んじゃ、こいつもバカか!」

「ああ、水杜さんもバカだ。こんなの間違ってる」

「……」

『光輔』

 一人、納得がいかない光輔に、夕季が呼びかけた。

 夕季は神妙な様子で光輔の顔を見つめながら、落ち着いた口調でそれを言った。

『一度だけ、探ってみよう。今のままじゃ、次につながる材料がない』

「でも」

『大丈夫、危険そうだったらすぐに止めるから。あたしを信じて』

「……おまえがそう言うなら」

「話はすんだ」二人のやりとりを横目でうかがっていた茜が、頃合いを見ながら口をはさむ。「いい、穂村君。気はすんだ」

「……ああ」

「じゃあ、そろそろいくよ」

 茜の号令に反応する礼也。

「俺にやらせろ。てめえはずっとヤリっぱで、メンタル残りカスなんだからよ」

「どっちが」

「ああ!」

「片方の目、よく見えてないんでしょ」

 茜の裏拳がヒットした礼也の左目が腫れ上がっていた。

「そんな状態なら、二秒でやられるわよ」

「ふざけんな、好き勝手やらかして、人の顔ぶん殴っといて、てめえばっかおいしいとこムシり取ってく気かって。どっかのクソ女そっくりだな、てめえは。夕季と同じくらいクソだな」

『聞き捨てならない!』

 夕季を無視してギロリと睨む礼也に、初めて茜が微笑む。

 ベリアル同様、人を見下したようなまなざしだった。

「先にやらせなさいよ。後でかわってあげるから」

「ほんと、そっくりだって。てめえもベリアルの一種だろ」

「ムカつく、本当に! 後でもう片方の目も潰すから覚悟しておきなさい」激高する茜。その怒りの矛先を、隣の男から目の前の敵に切り替えた。「こいつを倒してから」

「上等だ! てめえにゃ、二度とメロンパンやんねえからな」

「いらないわよ、あんなまずいの」

「ちょっと待て、今のは訂正しろ、てめえ!」

「いくわよ!」

「聞き捨てならねえ!」

 滞空していたエア・スーペリアが、ベリアル目がけて特攻を開始する。

 先のダメージもあり満身創痍ではあったが、これまで以上のモチベーションが彼らを支えていた。

「死ねーっ!」

 しかし、ストライク・バードを仕掛ける茜の心が、寸前で押しとどまった。

 振り向いたベリアルの微笑みをまともに浴びてしまったからだった。

 その微笑みが、一瞬の内にキバを剥いた大蛇の大口へと変貌し、茜の心に襲いかかる。

「!」

 茜の異変を感じ取り、礼也が振り返る。

 そこで見た光景は、礼也の戦意をも削ぐにたるものだった。

 茜が青ざめた顔で震えていたのだ。

 ゴクリと溜飲し、畏怖のまなざしを差し向ける礼也。

「……。どうした、水杜」

 茜は何も告げなかった。

 ただただ、猛獣に捕食される寸前の小動物のような表情で怯えていた。

「かわれ、俺がやる」

「礼也」

「てめえは黙ってろ。やる気がうせる」

 マイナス思考を伝えようとする光輔を制する礼也。

 その瞳のギラつきは、決して茜に劣るものではなかった。

「今、いいとこなんだって」

 青白い顔で、茜が礼也を返り見る。

 引きつるように笑うその表情は、誰の目にも無理やり強がっているように映った。

『撤退して』

 リアクションの取れない現場組にかわり、夕季が最終決断を下す。

『今の茜さんの状態では無理。どうしてもというのなら、ブレイクする』

「んなことしやがったら、俺だけで特攻するぞ」

『礼也……』

 御神体ガイアの中で戦慄する夕季。それでも心を強く保った。

『そんなこと絶対にさせない。茜さん、そのまま撤退して』

「……」

『茜さん!』

 何も言わなくなった茜にかわり、礼也がまた前に出る。

 決してやけくそではなく、極めて冷静な顔つきで。

「おまえだって今ここにいたら、俺と同じこと言うんだろうが。なんでもいいから、一回やらせろや。こっちゃあ、てめえのボンヘッドのせいで、人一人死なせかけてんだ。ずっとよ、ごちゃごちゃごちゃごちゃ渦巻いてんだ。なんでもいいから、すっきりさせろって。ぐっすり眠れねえくらいなら、せめてぐっすり死なせろや」

『礼也……』

「知ってんだろうが。俺がけっこう気にしぃだって。てめえや光輔みてえに、天然だけで綱渡りできるようなボーボーの心臓してねえんだ。いっつもびくびくびくびくしてんだよ。こう見えてよ」

『知ってる』

「バーカ! 嘘に決まってんだろ。ぶっ殺……」失言に口をつぐむ。「……ぶっとばすぞ、てめー」

『約束して』

「ああ!」

『誰も死なせないってお姉ちゃん達と約束した。茜さんもとっくに限界だったみたいなのに、無理させてしまったのは、あたし達にも責任がある』

「……」

『駄目だと思ったら、すぐに引き返してきて。判断は礼也に任せる』

「……了解だ」

 ベリアルから距離を取り、グランド・コンクエスタに集束し直すガーディアン。

 ベリアルは妖艶な身体をくねらせ、ずっと微笑を投げかけていた。

 茜に目をやる礼也。

 先までの威勢は消え去り、口数も完全に途絶えていた。

 その様子は、エネルギーを完全に放出してしまったかのようにも映った。

「どうした。横取りされて、ムカついてんじゃねえのか」

「……」

「すっかりおとなしくなっちまって。そうやってりゃ、ちったあ、かわいく見えなくもねえって」

「……」

「それはそれでムカつくけどな!」

 臥竜偃月刀を天高く掲げ、礼也がベリアルに斬りかかる。

 ベリアルは笑みを絶やさぬまま、両腕を広げて抱きしめるようにそれを受け止めた。

「?」

 礼也の表情が豹変する。

 ベリアルが目の前から消えていたからだ。

 すり抜けたわけではない。斬り裂いたところも見ている。

 だが手ごたえはなく、その微笑みが自分達に重なってきたのである。

「あああっ!」

 茜の悲鳴に、はっとなる礼也。

 臥竜偃月刀の切っ先に、鞭のようなものがまとわりついていた。

 らせんを描くツタのような巻き込みは無数の蛇をかたち取り、ガーディアンの手もとまで伸びてきていた。

 突然目の前に現れるベリアルの微笑み。

「うおっ!」

 驚いて退く光輔と礼也に対し、茜は怯える様子でガタガタと震えながらその場にうずくまってしまった。

 ベリアルは斬りかかられた一瞬で、細く長い蛇のように変化し、ガーディアンの全身に絡みついていたのだった。

「ああっ! ああああっ!」

「しっかりしろ、水杜!」

 礼也の声は茜には届かない。

 次元の違いと心の底からの恐怖により、身体が硬直して動かない状態に陥っていた。本能が恐怖を感じ取り、戦うことを拒絶していたのである。

 それは古から遺伝子に組み込まれ、刻みつけられていたスイッチのようでもあった。

「あああっ!」

「水杜さん!」

「水杜!」

 高笑いをしながらベリアルが離れていく。

 不思議に思った礼也が、夕季を呼び出した。

「またやったのか、夕季」

『……もう使えない。途中でバレた……』

 夕季の顔が苦痛にゆがむ。鼻腔を押さえる手の甲から血が流れ出ているのが見えた。

『遊ばれてる。かなり力をセーブしているみたいなのに、手も足も出ない。直接攻撃はもっと凄まじいはず』

「礼也」

 光輔の声を遮って、礼也が覚悟を決める。

「わかってる。これ以上あの鼻血ブーに無理はさせられねえ」震え続ける茜に目をやった。「こっちのバカもだ」

『これ以上は本当に無理。離脱して、礼也』

「無理だ」

『!』

「グランドのままじゃ、奴からは逃げられない。ブレイクしてくれ、夕季」

『礼也……』

「俺がベリアルを引きつけるから、光輔はこっちのバカ女連れて逃げろ」

「おまえ……」

「引っ張った俺の責任だ。おまえらは逃げろ。問題ねえだろ」にやりと笑う。「どうせ、俺のかわりもいるんだろ、夕季」

『……』

「駄目だ」

 光輔の一喝に、礼也と夕季が活目する。

「さっきも言っただろ。みんなで帰るって決めたんだ。だから、おまえ一人だけを置いていかない」

「誰が決めた、んな、うぜえこと」

「俺が決めた。今」

「はあ!」

「夕季、もう少しだけ我慢してくれ。ディープになる」

「勝手に話進めんじゃねえ!」

「防御は全部俺が受ける。その間におまえは水杜さんを落ち着かせてくれ。またエア・タイプになって離脱するまで、なんとかしのぐから」

 ゆるぎない光輔のまなざしを真正面から受け止め、礼也がにやりと笑った。

「やっと戻ってきやがったか」

「え」

「なんでもねえよ」ちっと舌打ちし、小声で続ける。「ヘタレになったり、イケイケになったり、器用な野郎だ」

『光輔、もう一度そっちであたしのイメージを具現化してみる。茜さんの意識さえ分離できれば、あたしがエア・スーペリアを操ってみる』

「そんなことができるのか」

『たぶん。十秒くらいならなんとかなるはず。でもここからだと、あたし一人じゃ無理。礼也の意識を使わせてほしい』

「器用な野郎だな、てめーも」素直に負けを認める礼也。「どうせとっくに死んだと思ってたところだ。好きに使えって」

『ありがとう。じゃあ、遠慮なく使わせてもらう。……たぶん後ですごいことになると思うから今から謝っておく。ごめん』

「死ぬよかましだろ」

『六つ子を産む時くらいの苦しみが一週間は続くから覚悟しておいてほしい』

「あ~、光輔……」

『嘘』

「嘘か、てめえ! 嘘、こきやがったのか、こんな時に!」

『鼻血ブーとか言うから』

「気にしてやがったのか……」

『すごく嫌』

「いくぞ、礼也!」

 ディープ・サプレッサーに集束し直し、光輔がベリアルと向かい合う。

 これからしばらくは、ひたすらしのぐのみの戦いが続くはずだった。

 が、そこにいる誰もが決して逃げ出そうとはしなかった。

「来い、ベリアル!」

 光輔の咆哮と同じタイミングで、突然地鳴りが起こる。

 地面を割って現れた巨大な影に、それを見守るすべての目が釘づけとなった。

 司令部で注目する面々も。

「礼也……」

「ああ……」

 二人の呟きのその後を夕季が受けた。

『アスモデウス……』











                                     続く

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