第四十二話 『封印』 10. インクイジター
司令室は沈黙していた。
光輔ら同様、目を見開いたまま、全員がモニターの映像に釘付けとなる。
『あれはなんなの』
夕季の声に、ようやく桔平が我を取り戻した。
その口が緩やかに開く前に、あさみの声が遮る。
「おそらくは、レプリカの試作ナンバーの一種」
「どういうことだ、おい」
混乱する頭を抱えるように、桔平があさみとの距離を縮めた。
「レプリカは一体だけだったはずだろ。あとは全部失敗したって聞いたぞ」
「ええ、そう聞いてはいた。信じてはいなかったけれど、やっぱり、博士に欺かれていたみたいね」
『おい、どういうことだって』
礼也の乱入に振り返る面々。
憂いのようなため息をもらし、あさみが補足した。
「前にも言ったとおり、レプリカはオリジナルを消滅させるために造られた。何体も試作はされたものの、ガーディアンとして機能したものは、あの一体だけだと私は聞いていた。あとはすべて実験中の事故で破棄されたり、失敗に終わったことになっているけれど、どうやらそれも嘘だったみたいね」
『インクイジター』
ふいの茜の声に、全員が一斉に注目する。
茜は周囲の反応に嘆息するように、その重い口を開いた。
「彼らはインクイジターのコードネームを持つ、討伐用ガーディアン」
「討伐用ガーディアンだと……」
『性能は。あの三体の他にも、まだいる可能性があるの』
疑問を並べ立てる夕季に、茜が答える。
「ないとは言い切れない。詳細はわからないけれど、おそらく性能もオリジナルやレプリカよりもはるかに上でしょうね」
『あれに人は乗っているの』
「乗っていないはずよ」
再び、みなの注目が茜に集まる。
「起動実験の段階で何人もオビディエンサーが事故死してからは、レプリカ同様、あなた達からコピーした擬似感応スイッチによって動いているはず。集束するためにはコンタクターの力を必要とするけれど、集束しさえすれば、あとは自律兵器として活動できる」
『わからなかった……』
「きっかけさえあればいい。スターターとしてのコンタクターが存在していれば。だから、あなたはもう用済みなの」
「全然わかんなかったのかって」
「前に雅は、レプリカの集束を止めようとしてたよな」
『何も感じなかった。レプリカの時も、今思うと少しだけ違和感があったような……』
「やっぱり、雅とは……」
「光輔! 今はそんなこと言ってる場合じゃねえ!」
「ああ、ごめん」
『……』
『詳しいのね、水杜さん』
頃合いを見計らい、あさみが参入する。
『討伐用っていうことは、あれがベリアルに対抗するための最終手段なのかしら』
「違う。インクイジターは、オリジナルを駆逐するためだけに造られたもの。オリジナルのガーティアンを破壊し、ベリアルの封印を解くことがその目的」
『つまり、あれもレプリカ同様、オリジナルを完全破壊するための兵器ということかしら、水杜さん』
その回答を、一旦茜が飲み込む。
それから平坦な様子で口にした。
「あなた達は一つだけ大きな勘違いをしている。オリジナルを破壊するためのガーディアンは、あの三体だけ。あなた達の言うレプリカガーディアンは、討伐用に造られたものではない」
淡々とあさみの意見を否定する茜に、誰もが畏怖の目を向けざるをえなかった。
礼也がゴクリと溜飲する。
「どういうこった、それは」
「経緯まではわからない。でもその目的で製造されたのは、あのインクイジターだけ。レプリカは単なる試作品か、予備なのか、そのいずれでもないのかもしれない。知っているのは、それを造った凪野博士だけ」
「一つだけはっきりさせろ。あれは俺らの敵か、味方か」
何も期待せずに振り返る茜。
そこにはギラついた礼也の顔があった。
「レプリカのことはわからない。でも、インクイジターは敵で間違いない。放っておけば、私達がやられる」
「そんだけ聞きゃ、充分だ」
『そうね』にやりとする礼也と同じ表情で、あさみが再び参戦してくる。『彼らにとっては目的を果たさない私達すべてが敵ということでいいんじゃない。消滅を拒んだ私達を、凪野博士はベリアルの協力者だと定義した。そうよね、霧崎君』
「ああ、間違いねえ」
『どう、水杜さん』
「……それでいいと思います」
「へ、わかりやすいじゃねえか。結局、全部敵ってこった」
「だからレプリカは……」
「敵だろ」
「……」
「味方じゃないなら敵だ。これ以上ややこしくすんじゃねえ」
「……。まったく、これだから野蛮人は」
「どっちが野蛮人だ、どっちが! いきなり裏拳かましてきやがって!」
「うるさいな。もう片方の目も潰されたいの!」
「おま、おかしいだろ、普通、それよか先に謝るのが筋ってもんじゃ……」
「絶対イヤ!」
「てめ、それじゃなんの意味もねえだろ。せっかく夕季がどっかいったってのに、またおんなじじゃねえか!」
『どういう意味……』
「一回、落ち着こうよ……」
『水杜さん』
あさみの呼びかけによって、ささやかな代償行為が終わりを告げる。
先までとはうってかわって、押し殺した声であさみが続けた。
『あれがあなたの言うとおりのものだとしたら、当然その先もあると考えていいのね』
「……たぶん」
それに反応したのは夕季だった。
『嫌な予感がする』
『私もよ』
漆黒のガーディアンが二体、レプリカとベリアルの間へと割って入る。
一体はレプリカの行き先を阻み、別の一体がベリアルを駆逐すべく立ち塞がった。
それはベリアルとレプリカとの接触を阻むかのようにも見えた。
それぞれが相手と同じ形態だった。
大剣で斬りかかるレプリカを押さえ込むように、黒き海戦型ガーディアンが同じ武器で対応する。
レプリカの全力攻撃にも、インクイジターは動じる気配すらなかった。まるで子供の戯れを笑いながらいなす大人のようでもあった。
もう一体の陸戦型インクイジターが、グランド・コンクエスタのベリアルに斬りかかり、吹き飛ばす。
そのダメージの度合いこそ図れなかったものの、礼也や茜達の攻撃に比べて、明らかにベリアルのリアクションが大きく見てとれた。
悲鳴を撒き散らしながら後退する様も、それまでのようなたばかりとは異なり、確かな痕跡を刻みつけているようにも見えた。
追い討ちをかける相手に、少女の姿となったベリアルが抱きつこうとした。
が、死の抱擁すらまるで意に返さず、インクイジターが攻撃の手を緩めることはなかった。
「すごい……」
溜飲する光輔と茜。
そのわずかな弛緩に礼也が気づく。
「水杜!」
「!」
突然のバードストライクの到来に、命からがら茜が退く。
顎の汗を拭い、ようやく危機感を取り戻した。
『みんな、気をつけて』
インクイジター・ガーディアンの真なる目的を思い出す礼也ら。
彼らはオリジナル・ガーディアンを消滅させるためにやってきたのだ。
ベリアルにもレプリカにも邪魔をさせず、確実にしとめるために。
「離脱だ、水杜。とっととずらかるぞ」
礼也の呟きに、茜が顔を向ける。
「何かが引っかかる」
「何かって、なんだ」
「わからないけれど、このまま放っておいてはいけない気がする」
「はあ!」
『あたしもそんな気がする』
「夕季まで」
光輔の顔を見つめ、夕季が頷く。
『彼らを接触させてはいけない』
茜らの駆るエア・スーペリアは、漆黒のエアー・タイプを相手に防戦一方だった。
それはベリアルやレプリカの時に感じた脅威とは異なり、単純な力の差でもあった。
逃げのびるチャンスすら与えられない。
他の二体も同様に、容易に相手を押さえ込んでいた。
ただ一つだけ違和感があった。
それが討伐用のガーディアンであるのなら、オリジナルを倒すために全力を向けることは理解できる。ベリアルに対しても、時間稼ぎではあるが目いっぱいの力で押し切るはずだろう。ただ、レプリカに対しては、それが見られなかったのである。
レプリカの攻撃に対しては、反撃はおろか、ただの一手もやり返そうとはしていなかった。
ひたすら攻撃をいなし、ベリアルとの距離を遠ざけることだけに時間を費やす。
レプリカごときならば、一撃のもとに破壊すればいいはずなのにである。
まるでレプリカをかばい、守り、他の敵から遠ざけているようにも見えた。
それが夕季や茜が感じていた違和感の正体だった。
あさみの予感もそれと同じものだった。
インクイジターからの攻撃をかわすだけで精一杯の状況で、光輔が他の二箇所に目を向ける。
ベリアルと対峙するインクイジターが、押され始めているのが見えた。
劣勢を演じていたベリアルに誘いこまれ、完全にペースを握られつつあった。
「どうなってるんだよ。ベリアルを倒すのなら、一緒に戦えばいいのに」
「さっき、おばさんから聞いたろ。俺らは奴らの敵なんだよ」負傷した片目を充血させ、礼也が眼前のインクイジターを睨みつける。「とんだ道化だって。カマセもいいとこだ」
「どういうこと」
「あいかわらずニブいな、てめえは。今まで最後の切り札だと思ってた俺らは、実際のところ四天王最弱ですらなかったってことだ」
「何それ」
「味方として認識されてないどころか、単なるパワーアップの道具でしかなかったってことだ。単体じゃなんの役にもたたない、ドーピングアイテムみたいなモンだろ」
「俺、ずっと、なんとかスリーとか、グレートなんとかのつもりでいたのに……」
「めでてえな、おまえは!」
『あたしもそう思ってた……』
「とにかく自分達の戦力を温存させといて、早めに俺らをぶっ倒すのが目的だってことだ。封印さえ解ければ、敵はベリアル一体だからな。それをレプリカも含めた四体でタコにしちまおうって作戦だろ」
「なるほど……」
『礼也。司令が怒ってる』
「そうだといいけれど」
ぼそりと告げられた茜の一言が引っかかる。
「どういう意味だ、そりゃ」
「……別に」
そのいかにも意味ありげな様子に、礼也も口をつぐむだけだった。
『あ……』
夕季の声に振り返る三人。
ベリアルとマッチアップしていたインクイジターが爆散していくところだった。
「ほら見ろ。もたもたしてやがるから、大事な戦力一個なくしちまったじゃねえか」
「こっちもそれどころじゃないけれどね」
「くそっ!」致命の一撃をバックステップでかわす茜。「古閑さん、何か打開策はないの!」
『二手先までしか読めない。それでも避けるだけで手一杯。五手先、せめてあと一手先まで読めれば……』
「あーもう、うっとうしい!」
悪態をつきながら次の攻撃に備えて茜が身がまえるが、追撃はやってこなかった。
首を傾げる光輔と礼也。
仲間の一体が敗れたことに気づいた空戦型インクイジターが、礼也達オリジナル・ガーディアンへの攻撃をやめ、突如として背中を向けたのだった。
レプリカを相手にしていたものも同様に、ベリアルへと向かう。
しかし本性を現したベリアルの前に、もはや彼らの戦略は通じなかった。
ベリアルが先に近づいた一体を貫く。
今になってベリアルのたばかりに気づいたところで時すでに遅く、もう一体のインクイジターもわずかな時間差によって倒されることとなった。
「やっぱ、ヤベーなあいつ」
残されたフェイク・ガーディアンが挑みかかるのを横目で見ながら、礼也がぼそりと呟く。
「あんなモンに勝てるかもと勘違いしてた、さっきまでの自分が恥ずかしいって」
その凄惨な光景を目の当たりにし、またダメージの蓄積もあって、光輔達は動くこともままならない状況だった。
「ひょっとして、俺達を守ってくれてるのかな」
こちらのことなど眼中になく、ベリアルへと向かっていくレプリカの様子を眺めながら、光輔がのんきなことを口にする。
「するでえな」あきれたように礼也が吐き捨てた。「俺もそう思ってたところだ」
「でも、なんであんなガムシャラに向かってくんだろ」
「本当に俺達を守ってんのかもな。こいつを破壊させないために」
『違う。そんな感じじゃない』
夕季の呟きに、礼也と茜が同時に顔を向ける。
『信じたくはないけど、もうとっくに私達は用済みだったのかもしれない』
二人ともその言葉の意図を理解したようだった。
一人、光輔だけが蚊帳の外にいた。
「レプリカが時間稼ぎしてくれてる今のうちに逃げた方がいいのかな」
「もう手遅れよ」
「え」
弱気を茜に打ち落とされ、光輔が目を見開く。
「何が手遅れなの」
不可思議を告げる光輔に、茜ではなく夕季が、知りたくもなかった真実を悟った顔を向けて告げた。
『今やっとわかった。彼らの目的は、私達ではなかった……』
決着はあっさりとついた。
ベリアルとガーディアンの力の差は歴然だった。
そこに人の意識が見受けられないためか、精神攻撃を行うことなく、直接攻撃のみでベリアルは相手を蹂躙していった。
やがて終焉の時が訪れる。
ベリアルの放った熱線が、相手を消滅させたのである。
動くことを放棄した不動のガーディアンに、数十秒もの長い時間をかけて光の束が撃ちつけられる。
数十メートルの巨大な物体が、光に融けるように、塊が外側から削り取られるように、少しずつ少しずつ消えていくのを、礼也達は高空からただ見守っていた。
それは崩壊でも爆発でもなく、まさに消滅と形容するにふさわしい最期だった。
立ち昇る大量のスチームが、辺り一面を白濁化させる。
魔風の後に残ったシルエットを見た者は、我が目を疑ったことだろう。
そこに三つのシルエットがあったからである。
陸、海、空、それぞれの形態のガーディアンが並んで立つ。
分離したガーディアン達は、見慣れたものとはわずかに装飾が異なるようでもあった。
ベリアルが咆哮する。
威圧とも恫喝ともとれるその雄叫びに気圧されるように、三体のガーディアンは煙となって空へと昇華していった。
その足もとに残されたのは、それぞれの竜王の形をした白い石像だった。
時を同じくして、異変が起きつつあった。
世界中のあらゆる場所で。
「何が起こった」
緊急警報を告げるアラートが鳴り止まない司令部で、桔平が戦慄の顔を向ける。
「わかりません。でも、中央ネットワークが混乱しています。複数のプログラムが、世界中で一斉に発動しかけています」
「何。まさか……」
忍からの報告に、桔平の脳裏を嫌な予感がかすめる。
それをいち早く汲み取ったのは、あさみだった。
「そのまさかみたいね」
「封印が解かれたのか」
頷くあさみ。
「何故だ。何故オリジナルのガーディアンが残っているのに封印が解かれた」
「どうやら、本格的に欺かれていたみたいね。凪野博士に」
「!」
すべての疑問を解決すべくあさみが出した答えは、信じがたいものだった。
「すりかえられていたのよ。私達がオリジナルだと思っていたものは、とっくの昔にコピーと入れ替わっていた」
「何のために」
「わからない」
「……」
「大変です。たった今、別のプログラムの発動を確認しました」
全員の注目を浴びながら、忍は蛇蝎を嫌うようなまなざしと口調で、その禁忌を口にした。
「こちらに向かってきます……」




