第四十二話 『封印』 8. バラバラのチーム
司令室特設スペースでは、主だった面々が難しそうな顔を並べていた。
忍を除く他の三名が一様に眉間に皺を寄せ、腕組みをしながらモニターを睨みつける。
互いの顔色をうかがうことすらしなかった。
心配そうに忍が桔平の顔を見上げる。口を開いて何かを言いかけた時、先にショーンの声が聞こえてきた。
「本当に大丈夫なのかな……」
それに過剰に反応する桔平。
「大丈夫もへったくれもないだろ。あんなもん見せられたら、こっちは黙るしかない」
「それにあなたが素直に従うとは思わなかったけれど。もう、凪野博士に気を遣う理由もなくなったのに」
横目をぶつけ合う桔平とあさみ。
それを後方から眺めるショーンも含めて、同じ顔、同じポーズの三人を、忍が心配そうに見つめていた。
「信じられないが、あの水杜って娘が空竜王を動かしたのは事実だ」
桔平の脳裏に、当時の記憶が生々しく蘇りつつあった。
ベリアルの変化した白き空竜王の前に、壊滅一歩手前まで追いつめられるメガル。
そこに現れた空竜王の搭乗者こそが、瀕死状態の夕季にかわって乗り込んだ水杜茜だったのである。
「考えもしなかったから確認すらしなかったが、内部カメラの記録にも残っていたから疑う余地はない」
「彼女が私達の窮地を救った救世主だったというわけね。だったら、貴重な戦力をみすみす放棄する理由はない」
「それでも、ふざけるなって、追い返すつもりだった。夕季があんなふうに頼んでくるまではな」
わずかに気の抜けた桔平に、あさみも同じように肩の力を抜いてみせた。
「彼女なりに引け目を感じているのでしょうね。自分が先頭に立って戦えないことに責任を感じている。そんなふうに映ったわ」
「でも、前だって全然歯が立たなかったのに、メンバーを入れ替えただけで、どう戦えるっていうんだ」珍しくショーンがエキサイトしていた。「なれない人間を入れて、なれない人間がコンタクターをやって、今度こそ、ただじゃすまないかもしれない。この前は古閑さんの妹さんがその役割を引き受けた。でも今あそこには、彼女はいない」
「そうね。今度は霧崎君達まで危ないかもしれない」
「ひょっとして、それをまた自分だけで背負うためにコンタクターを、……あ」
苦虫を噛み潰したような二人の凝視に、ショーンの顔が青ざめる。
口もとを引きつらせながら、ショーンが忍に目を向けようとした。
「大丈夫だと思います」
ショーンが確認するよりも早く、おそるおそる口を開く忍に、三人の視線が集中する。
「夕季が、誰も死なせない、って言っていました。誰もっていうことは、自分も死なないということだと思います。今回誰よりも深く傷ついたのは、あの子本人ですから。決して命を軽々しく考えたりはしないはずです」
「そうね。今回は彼女を全面的に信用するということに決まったわけだし」
あさみが場のリラックスをうながす。
「どのみち彼女達がいてくれたおかげで、もう一度ベリアルと戦うチャンスができたわけだから、今回は言うとおりにしましょう。コーヒーでも飲む」
「ああ、俺はいつものやつ」
「いや、だからといって、それは弛緩しすぎなのでは……」
苦言を呈するショーンに、意地悪な笑みを向けるあさみ。
「かまわないでしょ。じゃあ、あなたは、ここで何をするの。何かできる? 高校の時にブラスバンド部だったって言ってたわね。ラッパでも吹く?」
「……う~ん」
「古閑さんは」
「あ、私が取ってきます」
「いいわよ、座ってて。あなたはもしもの時に、夕季の相談相手になってもらわないといけないから。もしもの時っていうのは、もちろんそういう意味じゃないわよ」
「……じゃあ、ミルクティーをお願いします」
「いいわね。私もそれにしようかしら。副司令もそれにしたら」
「俺はいつものでいい」
「あんなもののどこがいいのかしら」
「うるせえ。大きなお世話だ」
「はいはい」ショーンを見つめる。「買ってきてくれない、小田切主任」
「ええ!」
「他に用があるの。ラッパでも吹く?」
「いえ……」
「お願いね」
「……う~ん」
「いいな、いつものやつだぞ、いつもの」
ショーンを笑顔で見送り、その姿が完全に見えなくなると、あさみが表情を正して残った二人に向き直った。
「古閑さん、夕季との連絡はこまめにとってちょうだい」
体よくショーンを部屋から追い出したことに、今さらながら忍が気づく。
「あなたがついていてあげれば、きっと彼女も心強いはずよ。もし彼女が判断に迷うようなら、助言をしてあげて」
「はい」
「最終的な決断を認めるかどうかは、あなたに任せる。ただし、こちらから見て明らかに玉砕や自殺行為だと判断した場合、悪いけれど介入させてもらうわ。それでいい」
黙って忍が頷く。それがあさみの言う最大限の配慮であることを承知していたからだ。
あさみが意味ありげに笑う。
まるで忍の心の内を見透かしたかのように。
「これより、古閑夕季の判断は、司令部の決定と見なします。副司令もそれでいい」
「ああ、文句ねえ。ションの野郎があーだのこーだの言いやがったら、桔平スペシャルをあのでけえ鼻の穴から流し込んでやる」
「彼、当分帰ってこないわよ。あなたのコーヒー、砂糖を三回押さなくちゃいけないから」
「あんでもねえ。それがいつもの桔平スペシャルだ」
ふ、と笑うあさみ。すぐに真顔に変わった。
「本人からの要望だったとはいえ、水杜さんのことを夕季に黙っていたのは、失敗だったかもしれないわね」
「そんなことない。それに、あの野郎、薄々感づいてやがったみたいだしな」
「水杜さんが空竜王のリザーブだったことかしら」
「そんなささいなことじゃない。もっと深いことまで知ってやがった。俺達でもよく把握していないことや、本人にしかわからないようなことまで」
「緊急時に私達にも命令できるような最高レベルのコードを彼女が行使できることや、誰の許可を得ることもなく、自分の判断でオビィを名乗れることも?」
「ああ」一拍置き、桔平が喉元にひっかかっていたその疑問を口にした。「おまえが呼んだのか」
「……いいえ」わずかな沈黙の後、表情もなくあさみが続けた。「彼らは胡散臭すぎる。信じるに値しないと私は思っている」
「じゃ、誰が呼んだ」
「わからない」
「何故彼女がやって来ることを夕季が知っていたんですかね」
何気なく発した忍の言葉が、桔平とあさみにとっての楔となった。
二人の脳裏に浮かんだ考察は、見事に一致していた。
「ひょっとしたら、夕季が呼んだんですかね。自分のかわりに空竜王に乗ってもらうために」
「!」
同時に目を見開く桔平とあさみのリアクションは、忍を睨みつけるような格好となった。
「……なわけないですよね」
苦笑いでごまかそうとする忍から、二人は目を離せずにいた。
そんな忍にとって、空気を読まない人物の帰還が偶然の助け舟となった。
「しっ! 帰ってきたわよ」
「はえーな!」
「買ってきました。……もう」
ふくれツラのショーンからカップを受け取り、桔平がグビリとやる。
「てめえ、砂糖二回しか押してねえだろ。やり直しだ!」
「ええっ!」不服満開で鼻を膨らませた。「身体に悪いでしょーが!」
「てめえの知ったことか! 黙ってラッパでも吹いてろ」
「その言い方はパワハラだぞ!」
「俺には強気だな……」
エア・スーペリアとベリアルの激突の時は、間近に迫っていた。
ベリアルは真っ白なドレスを風になびかせる少女の姿のまま接近してくる。
礼也は表情もなく、ベリアルの顔に注目していた。
どこか儚げで、今にも泣き出しそうなその面差しが、雅と重なり出す。
複雑な想いを抱きながら礼也が眉を寄せた。
あの夜のことを思い返しながら。
*
雅の車から降り、ねぼけまなこで自分の部屋へと向かう一穂を、礼也が目で追う。
気になって振り返ると、月明りの下、雅が自分の方を見つめていることを知った。
「……いくぞ」
「うん……」
一旦うつむき、また力ない笑顔を向ける雅。
その顔を、礼也はつらそうに眺めていた。
予感めいた何かを感じ取りながら。
「なんとなくわかってるみたいだから、礼也君にだけは教えておくね。あたしはきっと、もうすぐここにいられなくなる」
「!」
突然の告白に戸惑う礼也。
続けて聞こえた雅の言葉は、さらに礼也を動揺させた。
「あたしが前に一度死んでること、知ってるんだよね」
わずかに目を細める礼也。
「死んだわけじゃねえだろ。死にかけたとは聞いてるが」過去に得た記憶をたどっていく。「昔、探検隊のほとんどを巻き込むような大きな事故があって、おまえだけが奇跡的に助かった。そう陵太郎さんから聞いてる」
「お兄ちゃんは知らないよ。話してないもの」
「……」
「あたしは……」
そこで雅の言葉が途切れる。
礼也の予感は突拍子もないものだった。だがそれをどうしても笑い飛ばす気にはなれなかった。
その苦悩に、雅も気づいていたのである。
「光ちゃん達には言わないでね。今までと同じようにみんなといたいから……」
無意識に雅を抱き締める礼也。
「やめてよ、礼也君……」
雅は震えていた。本当は怖くて仕方がなかったのだ。
自分の死期が近いことと、それを礼也に知られてしまったことが
*
「回避」
茜の声に反応し、現実へと引き戻される礼也。
抱きつこうと近づくベリアルから、エア・スーペリアが離脱したところだった。
「ぼうっとしないで、霧崎君」
「……。してねえって」
「してたでしょ、今」
「はあ!」
「えっと……」
ギスギスとした雰囲気に居心地の悪さを感じた光輔に、茜がキッと振り返った。
「穂村君、来るよ」
「え!」
一瞬でブラクトを形成し、相手の攻撃をいなす。
防御を解くと、目の前には白いエア・スーペリアの姿があった。
「いつの間に」
「気をつけて、穂村君。反応が遅れてる。古閑さんがバックアップしてくれてなかったら、直撃だった」
「え、ごめん。……夕季、大丈夫」
『大丈夫』生気のない顔を向ける。『でも、集中してて、光輔。思ってた以上にキツい』
「ああ、ごめん……」
『みやちゃん、あたし達には黙っていたけど、きっと、こうやっていつもダメージを緩和させていてくれてたんだと思う。みやちゃんがいてくれたから、今まであたし達は助かっていたのかもしれない』
「……ああ」
『礼也も。気持ちはわかる。でも今は集中して。茜さんは信用できる人だから』
「……ち」
「おしゃべりはそこまで」茜が眉を怒らせて叫ぶ。「次がくる」
片刃の曲がりナイフを両手で構えた格好で、ベリアルが切りかかってくる。
それを茜は、ヴァイオレット・ストークと呼ばれる薙刀で横払いに弾き、開いた正面目がけて突き刺そうとした。
曲がりナイフのリリィ・オブ・ザ・バレイを投げつけ、距離を取ったベリアルがもう一度最初の攻撃を繰り出す。
ボールサム・クラッカーの乱れ撃ちを、茜は防御壁のブラクトでこともなく退けた。
「!」
防壁解除の一瞬で、敵の姿を見失う。
上空からの風切り音に見上げれば、凶悪なバード・ストライクの爪が襲いかかろうとしていた。
『茜さん』
「わかってる」
茜がラフレシアを撃ち放つ。
胸部の鋼板から放たれたパルス波はカウンターとなってベリアルを直撃し、撃墜する形となった。
「やった」
「まだ」
きりもみしながら地面へと激突していくベリアルを追い討ちすべく、茜が追従する。
今度は逆にストライク・バードとなって襲いかかる茜。
ベリアルも同様にラフレシアを放ったが、常に一歩遅れる形となり、パルス波をすり抜けるようにクチバシがベリアルの身体を貫いた。
その圧倒的なパフォーマンスを前に、光輔も礼也も気圧されるばかりだった。
断末魔の悲鳴のような鳴き声をあげ、身体の半分以上を地面にめり込ませたベリアルが、震える片手を空に掲げる。
人間体に戻ったエア・スーペリアが、次の攻撃に移行すべく立ち上がった。
「すごい。押し切れる」
「まだまだ!」光輔の言葉を否定して、まなざしに光を込める茜。「徹底的に痛めつける。倒せないのならば、二度と戻ってこられないくらいとことんまでやって、もう一度眠りにつかせてやる。永遠の眠りにつけ、ベリアル!」
背中を向けたベリアルを、ヴァイオレット・ストークで貫こうと接近する茜。
その時ベリアルが振り返った。
今にも泣き出しそうな少女の姿となって。
「くそ、まずい! よけろ、水杜!」
礼也がそう叫んだ時には、すでにベリアルはガーディアンに抱きついていた。
「しまった……」
茜の視界が真っ赤に染まっていた。




