第四十二話 『封印』 7. リターン・マッチ
廃墟となった街に降り立ち、礼也が海を見渡す。
波もなく、凪のような静けさだった。
それから瓦礫の街をなめるように眺め、山の連なりを見上げた。
やがて何の前触れもなく空がくすぶり始めると、それまでの晴天が嘘のように暗雲が立ち込め、山からは鳥達の群が一斉に飛び立っていった。
黒い雲に同化しながら消えていく無数の羽ばたき。
それは空が鳴いているかのような錯覚さえうかがわせた。
もう一度海へと顔を向ける礼也。
ほんの数分の間に、海はすっかり正気を失っていた。
ぶつかり合う波が破裂しながら漆黒の空目がけて噴き上がる。
その暗黒の彼方から、ベリアルが近づきつつあると言う。
この世に終わりを告げるために
『何か見えた』
夕季からの問いかけに礼也が顔を向ける。
答えたのは海に浮かぶ光輔の方だった。
『見えたよ。あの感じだと、あと二、三分でこっちに来る』
夕季は、本来ならば雅がいるはずのポジションに陣取っていた。
雅との違いは、いつもどおりのバトルスーツを夕季が身につけていたことだった。
『光輔、危ないから、そろそろ上がってきて』
『ん、……ああ』
『茜さん、準備は』
茜からの返答はない。
『茜さん』
『ちゃんと聞こえてる』
『返事をしてほしい。私にはあなたの心が読めないから』
『……。いつでもいい』ヴァイオレットカラーのバトルスーツを着用した茜が、不服そうに顎をしゃくってみせた。『誰が指示を出すの。リーダーは』
『礼也が出す』
『……。できるの』
『できる。礼也なら。了承しないのなら、集束はさせない』
露骨に不満そうな顔をそむける茜。
それを表情もなく見つめながら、夕季が補足した。
『今回に限ってだけど、みんなと司令部との通信を遮断してもらった。こちらから求めなければ、干渉はされない。私達だけでベリアルと戦う許可も、進藤さんからもらってある。記録の上では、ここにはみやちゃんがいて、空竜王にはあたしが乗っていることになっているから、そのつもりでいて』
『そんなこと、大丈夫なのかよ』
『わからない。余計な口出しがないかわりに、ストップをかけてくれる人間もいない。でも礼也ならそれができると思っている。最終的な判断は礼也に任せる。それでいい、茜さん』
『好きにすれば。どうせあなたが決めたことに従うしかないんでしょ』
『ありがとう。あたしの代役みたいで不服かもしれないけれど、今は茜さんの存在を伏せておきたいから』
『そんなこと、どうでもいい。あなたの好きにしなさい』
『ええ、わかった』
礼也はその間、一言も発せず、ただベリアルの姿を視界に捉えようと集中していた。
『来るぞ、礼也』
光輔の声に引っ張られ、礼也の意識が覚醒する。
『どっちでいく。陸か、海か。まだ海で戦ってないから、一度俺がやってみてもいいけど』
『相手は空を飛んで来るんでしょ。だったら、エア・タイプの方がいいんじゃないの』
茜の横入りに一旦口をつぐみ、すぐさま光輔がフォローにかかった。
『え、と、水杜さん、初めてだし、とりあえず俺達が引き受けるよ。状況次第では集束してもらうかもしれないけれど』
『余計な気遣いや遠慮は不要よ。どんな状況にも対応してみせるから』
空を見上げると、茜が自在に操る空竜王の姿が見えた。
『あなた達の方こそ、しっかりやりなさい。今回は状況が状況だから我慢するしかないけれど、本当なら、別のパートナー達との方が何倍もうまくいくことはわかりきっている。ぐずぐずして私の足を引っ張らないで』
戸惑う光輔。
不可解な発言以前に、今までのイメージにない傲慢な態度の茜とどの距離で接すべきか、光輔ははかりかねていた。
それまで学校で接してきた愛想がよくてフレンドリーな茜とはまるで別人に思えるほど、その様子が違っていたからである。
『え、と、じゃあ……』
「俺達がいたら、ガーディアンをぶっ壊せねえからな」
礼也のさらに不可解な発言に、場が凍りつく。
『おい、何言って……』
「あってんだろ」
光輔の声をかき消して、礼也がたたみかけた。
「てめえの目的は、ガーディアンをわざと壊すことだ。違うとは言わせねえぞ。誰に頼まれた。凪野か。それとも」
『何を言っているの。あなたは』
軽蔑のまなざしを差し向ける茜。その表情は礼也への嫌悪にまみれていた。
『あなたは何がしたいの。ベリアルを倒すためにここにいるのではないの。それとも私が気に入らないから、いいがかりをつけて押さえつけたいだけ。そんな幼稚な人間とは一緒に組めない。命を預けることができない』
「そりゃ、こっちのセリフだ。てめえは信じられねえ。てめえみてえな顔した奴をよく知ってる。てめえの顔は、人を裏切る奴の顔だ」
『まだ自分の立場がわかっていないようね』
「どういう意味だ、そりゃ」
『その気になれば、あなた達くらい簡単に排除できる。今すぐにでも』
「上等だ、やってみやがれ」
挑発するように高速機動で飛び回る空竜王を睨むように見上げ、礼也の陸竜王が怒りの赤に染まる。
光輔が間に入ろうとしたその時、夕季の声が二人をいさめた。
『あたしも茜さんでいいと思う』
「はあ!」
顔をゆがめ、いきり立つ礼也。
「てめえ、何わけわかんねえこと言ってやがる。ケガ人だからって、承知しねえぞ!」
目を剥いて噛みつく礼也に、しかし夕季は穏やかな顔を向け淡々と告げるだけだった。
『礼也の言いたいことはわかる。でも今は茜さんの力が必要だから、二人にも協力してほしい。制御は無理だけど、エア・スーペリアならば、ここからでも少しはサポートできるかもしれない。初めてで余裕がないのは、むしろあたしの方だから、あまり期待はしないでほしい』
『サポートなんて必要ない。あなたは三人の意識をつなぐことに集中していればいいの』
『わかった。ありがとう、茜さん。本当は私なんて必要ないことも、知ってるはずなのに』
茜が絶句する。
その表情から、夕季が何もかもを理解していることを知った。
『手伝ってくれるのは一度だけでいい。次からは私達だけでなんとかするから。不服だとは思うけれど、これからもあなた達が乗るかどうかは、今日の結果を見てから判断してほしい』
『……』
『何言ってんの、二人とも……』
一人蚊帳の外にいた光輔が、理解不能を告げる。
『どういうこと。あなた達ってなんだよ、夕季。おまえ、もう本当に空竜王に乗るのやめちゃうのかよ。やっぱり調子悪いのか』
「眠てえこと言ってんじゃねえ。俺らも全部ひっくるめてってことだ」礼也が夕季を睨みつける。「そうだよな」
『ええ』礼也の追求を否定することなく、真正面から受け止める夕季。『あたし達はすでに一度ベリアルに敗れている。どうやったら倒せるのか見当もつかない。わかっていることは、あたし達だけだと、何度やっても同じ結果にしかならないということだけ』
『だから私を使ってしっかり観察しておこうというわけね。自分達が勝つための実験台にして』
『そう。他の人がもたらす化学反応が、どう結果に反映されるのか見てみたい。私達が次に勝つために、今回はあなたを利用させてもらう。悪く思わないで、水杜茜さん』
『なら、ここで私が生き残ると予定が狂うんじゃないの』
『そんなことない。スペアは必要だから』
『不愉快な言い方ね。私達は、あなた達を必要とはしていない。あなた達なんかでは、スペアにすらならないから。覚えておきなさい』
『そう。わかった、覚えておく』
茜の言動も予想外だったが、それ以上に常からは想像しがたい夕季のクレバーな対応が、光輔には理解不能だった。
その核心に、ストレートに茜が触れる。
『あなたって、そういうこと言う人だった』
『ごめんなさい。なれないことをやらなきゃいけなくて、いろいろストレス溜まってて』
『そう。くれぐれも慎重にね。あなたの巻き添えを食らったりしたら、たまらないもの』
『ええ、肝に銘じておく』
いつの間にか自分の手を離れ、女同士のバトルに勃発したやり取りを、礼也が怪訝そうに見守る。
確認できたのは、夕季すら茜を信用していないということだった。
むしろ礼也には、光輔同様、夕季の思考の方がわからなくなりかけていた。
『もう時間がない。急いで』
夕季の提唱に、三人の表情が引き締まった。
『集束準備!』
ベリアルを迎え撃つべく、エア・スーペリアを茜が駆る。
明かりが途絶えた闇にまぎれ、浮遊しながら間近に迫る白き物体を迎え撃つために。
『どう戦うつもり、茜さん』
「静かにしてて」
集中を妨げる夕季の横槍に、茜がイラッとしたまなざしを向けた。
「相手がどう出るか、シミュレーション中だから」
『ごめんなさい。わかっているとは思うけれど、今のままではベリアルを倒すことはできない。かといって、やすやすとガーディアンを失うわけにもいかない。今の私達には、ベリアルがやってくるたびに撃退して、その都度しのぐしか方法はない』
「そんなこと、いちいちあなたに言われなくてもわかってる!」
『組みつかれたら、またこの前と同じ結果になる。気をつけてほしい』
「組みつかせなければいいだけでしょ。実体獣の状態ならば何らかの攻撃が通るはず。そこで突き放せばいい。これでいい? 満足した!」
『できるの。私達ではまるで歯が立たなかったのに』
「できる。あなた達が邪魔さえしなければ」
『ベリアルは的確に弱点をついてくる。一番弱い人間を見抜いて、必ずそこに攻撃を仕掛けてくるはず』
「私が一番弱いって言いたいの!」
『そういうわけでは……』
「あなた達なんかと一緒にしないで。人のことをとやかく言うより、もっと自分のことを心配したらどう。一番の足手まといは自分だってことをもっと自覚しなさい。また死にそうな目にあっても、今度は誰も助けてくれないわよ」
その言葉に戦慄する光輔。
おそるおそる反対側をうかがい見るが、予想外に礼也は無反応だった。
茜の暴言にも反応することなく、夕季がふっと笑う。
『わかった。何かあったら、また言う。頑張って』
一旦、直接通信を遮断する夕季。
取り残された光輔は、イラついて歯がみする茜と、無表情な礼也を、交互に見比べることしかできなかった。
すうっ、と深呼吸した後、一瞬で茜の表情が切りかわる。
そのまなざしは見果てぬ先へと続いているようだった。
「いくぞ……」
自分自身に言い聞かせるように小声で呟く茜に、他の二人が反応した。
「え?」
「なんか言ったか」
「なんでもない」
その顔からは先までの荒ぶりが消え、余裕の笑みで満たされていた。
「さっさとかたづけましょう。彼らがやってくる前に」
「……」
「彼ら?」
「さあ、いくよ」
茜の号令で、ベリアルとのリターンマッチの火蓋が切って落とされた。




