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第四十二話 『封印』 6. 私のかわりに

 

 

 司令室特設スペースには、いつもの顔ぶれがそろっていた。

 ただ常とは違うのは、そこに夕季の姿が見られたことだった。

 ベリアル戦を含めずともかなりの重傷だったこともあり、いまだ体力面での不安を払拭できていない。自己申告においてほぼ完治だとはいえ、それを周囲が鵜呑みにすることもできず、勝手に出撃させないためにも目の届く場所での拘束を課せられたのである。

 当然、光輔と礼也だけではどうすることもかなわず、今回はガーディアン・チームの出動自体が見送られ、二人には基地での待機が命じられていた。

 メック・トルーパーにも、付近住民の安全確保以外の指令は出されない手はずだった。


「何となくだけれど、ベリアルはまだこの世のものじゃないような気がしている」

 夕季がふとそれを口にする。

「どういうことだ」

 桔平の疑問に、夕季は眉を寄せながら噛みしめるように答えていった。

「今になって思うと、まるで次元が違う存在を相手にしているような感じだった。本当は存在しないはずの幻覚に殴りかかっていったような感覚に近かったのかもしれない。別の考え方をすれば、物理的に排除しようとしてもどうすることもできないような幽霊や妖怪の類か、或いは」

「神か、悪魔ってとこか」

「自分でも言ってて馬鹿らしくなってくる。信じてはもらえないだろうけれど」

「俺にはピンとこんが、奴と直接向かい合ったおまえがそう言うんだから、そうなんだろうな」

「……うん」

「そんなものとどう戦えっていうんだ」

「まだいい方じゃない? それが周期的にやってくると言われる大氷河期や、地球と同じサイズの巨大隕石だったとしたら、私達は文字通り手も足も出ない」

「またてめえはこんな時に!」

「冗談よ。あなたがシモネタを言うのと同じ」

「同じか?」

「そうともいうわね」

「おまえな……」

 ふっと笑うあさみ。

「だから封印を解かなければいけないんじゃないかしら。リスクの方が高いでしょうけれど」

「まあな。確かに、どんな強力なスーパーロボットを揃えても、触れることすらできずに一方的に攻撃されるだけなら意味がない。それが封印を解くことでさわれるようになるのなら、ガーディアンという切り札を放棄しても充分オツリがくるってとこか」

 そのぼやきに夕季が反応する。

「封印を解くことが相手の弱点をさらさせるという意味ならば、心配はいらないのかもしれない。でももしそれが、ベリアルの秘められた力まで解放してしまうのならば、あんなレプリカなんかでは到底太刀打ちできない」

「でしょうね」夕季の苦言にあさみが図星をつかれた顔になった。「それが私達にとって最大の憂慮だった。封印を解くことが、凪野博士の視点からではなくて、私達にとってどういう意味を持つのか。私達が凪野博士から切り捨てられたと考えるのなら、悪い方向に転換すると思った方が正解でしょ」

「だろうな」

「でも、ラストプログラムなんだから、ベリアルさえ倒せば本当にすべて終わるんだよね、桔平さん」

「ベリアルさえ倒せりゃ、だけどな」

「そうとは言い切れない」

「何!」あさみからのもの言いに目を見開く桔平。「どういうことだ、そりゃ」

 するとあさみは、やれやれという様子で嘆息した。

「残念ながら、記述にはその先の表記もある。並べられたプログラムを順番にたどっていけば、ベリアルの先が見つかる。わかりやすく言うなら、ベリアルなんてせいぜい中ボスクラスというところね。将棋の駒で言えば、桂馬か、いいところ銀くらい。同等の群類もいくつかあって、ベリアルというプログラムは単にその中の一つにすぎないわ」

「そんなの、全然ラストじゃねえじゃねえか」

「そういうこと。さらに上位のプログラムも存在するみたいだし、とにかくプログラムは始まったばかりということね」

「つまり、これまではその後のどれへもたどりつけなかったということか。だからラストプログラムなんて言われるんだな」

「そういうわけでもないから厄介なの」

「何!」

「わざとらしいリアクションはやめて」

「いや、マジで驚いてんだが……」

「あたしも……」

 またあさみが嘆息する。

「他のプログラムを始め、ベリアルより上位のプログラムですら、いくつか退けている記述がある。にも関わらず、先人達は必ずベリアルに屈している。黒幕がベリアルだというわけでも たまたま最後がベリアルだったわけでもなく、どういうわけか必ず最後にベリアルの名前で終わっているのよ。私達の場合はそれがアスモデウスやバジリスクだったとしてもおかしくはなかった。でも結局はベリアル・プログラムまでたどりついてしまったのは皮肉な話ね」

「どこがだ。人ごとみたいに言いやがって」

「そうとも……」

「いうんじゃねえぞ!」

「あら」

 辟易した顔を向けた桔平のかわりに、あさみが意味ありげな笑みを夕季へと差し向けた。

「ベルゼブブ、バール、アモン、リヴァイアサン、アスモデウス、そしてベリアル。みんな有名な悪魔の名前だけど、主だったプログラムの中では、ベリアルがもっとも狡猾で恐ろしいとされている。これからも何かあると思わざるをえないわね」

「私もそう思います……」

「私達は、ベリアルという最終プログラムを呼び覚ますために今まで労力を費やしてきた。ベリアルの封印を解くために必要な準備段階の作業がカリキュラムどおりにチュートリアルをこなすことで、最終の条件がガーディアンの破壊。その後に真の意味でのベリアルというプログラムが発動する。凪野博士はそれを望み、私達にガーディアンを託した。次のステージへと進み、この世界を滅ぼす本当の終末プログラムを解き放つために」

 一拍ため、桔平がすべてを吐き出した。

「ガーディアンこそが俺達を試すためのプログラムだったとすれば、ベリアルは人類が存続するに値するか否かを見極めるための挑戦状とも言えるな」

「或いは」

 妖しげな光を帯びるあさみの両眼を、桔平が受け止める。

「絶縁状、か……」

「そんなところね。もしこのままベリアルにすべてを明け渡すようなことにでもなったら、博士はどう出るでしょうね」

「どうでるでしょうねえ、まったく」

「あら、人ごとみたいね」

「どっちがだ!」

「とにかく今回はどうすることもできない。ここでああだのこうだの言ってても、仕方ないでしょ」

「まあ、な……」

「大丈夫。もうすぐやってきます」

 メガルの出入り口を映すモニターを見つめながら静かにそう告げた夕季に、あさみや桔平が注目した。

 画面に現れた人物に驚きを隠せず、そこにいた全員が目を見開く。

 すると夕季は何事もなかったように涼しい顔で笑ってみせた。

「ほら」

 その視線の先には、表情もなく本棟に足を踏み入れる水杜茜の姿があった。


 緊急対応の重苦しい雰囲気の中、人の気配を感じ、礼也が振り返る。

 竜王の格納庫で、バトルスーツに着替えた光輔が礼也の方を向いて立っていた。

「おまえか……」

 何の感情も示さず、礼也がまた陸竜王に向き直る。

 補修はしてあったがすべての箇所が修復済みというわけではなく、いたるところにダメージ痕が見受けられた。

「まだ雅と連絡が取れないって。いったいどこ行ったんだろ」

「知るかよ」

「インプだけならなんとかなっても、竜王のままじゃ、ベリアルと戦っても勝てっこない」

 ぼそりと呟く光輔に、険悪な目つきで反応する礼也。

「ガーディアンになったって手も足も出ないことは、前ので嫌っつうほどわかっただろ。どのみち、夕季がいつ復帰できるかも不明だしな。そんなこと、俺らがここでぐじぐじ言ってても仕方ねえ。今はやれることをやるだけだ」

「そりゃそうだけど……」一度口を結び、本題を切り出す。「あんなにひどいケガだったのに、夕季、どうして治ったと思う」

「はあ!」

 怒ったように振り返る礼也。

 その表情は明らかに相手を押し戻そうとしていたが、光輔の真剣なまなざしに逆に押し返される形となった。

「俺は、ひょっとしたら、雅なのかもしれないと思って」

「……」絶句し、眉間をひくつかせながら礼也が光輔を睨む。「あいつに何ができる」

「思い出したんだ。昔、ちょっとケガした時とかに、雅が触ってくれると痛みがなくなったことがあった。あまり記憶が定かじゃないけど、傷とかもなくなってたような気がする」

「あいつが超能力でも使ったってえのか。わけわかんねえこと言ってんな、てめえ」

「でも、そうでもないと。……ありえないよ。あんな状態だった夕季が助かったことが」

「……」

 沈黙の意味を光輔が察する。

 礼也も同じことを考えていたのだ。

「なんでてめえがここにいる」

「!」

 突然の礼也の恫喝に、光輔の身がすくむ。

 振り返ると、格納庫の入り口に茜が立っていた。

 茜は二人の顔を表情も変えずに一瞥してから、何事もなかったように近づいてきた。

 戸惑う光輔に対し、礼也がストレートに憤慨をぶちまける。

「何しにきた、水杜。ここはてめえのくるようなところじゃねえ。用もないのに立ち入ることは許さねえぞ」

「用があるから来ただけ。あなたにとやかく言われる筋合いはない、霧崎礼也」

 その憮然とした物言いに、礼也の怒りが膨れ上がる。

 光輔は黙って事の成り行きを見守っていた。

「私は空竜王のオビディエンサーとしてやってきた。ベリアルと戦うために」

 背中を向け、そう告げる。

 豹変する光輔の顔。

 礼也は茜の顔をまばたきもせずに睨みつけていた。

「聞いてねえぞ」

「言う必要がない」

「許可はあるのかって聞いてんだ」

「許可ならある」

「誰のだ」

「……」

 茜が礼也から視線を移す。そむけたわけではなく、そこに現れた人物に話があったからだ。

 夕季だった。

「つらそうね。無理しない方がいい」

 心のこもらない茜の言葉に、上目遣いのまなざしを夕季が差し向ける。

「ありがとう。でも、そんなことを言っていられる状況じゃないから」

 いつものバトルスーツに着替えてはいたが、いまだふらつく身体を無理やり起こすように顔をゆがめた。

「大丈夫なのか、おまえ」

「大丈夫」心配する光輔に、うっすらだが笑みを返した。「……たぶん」

「そんな状態で戦う気なの。また前回の二の舞よ」

「わかってる。あなたを探していた。ここにいてくれてよかった」冷ややかな表情を向ける茜を、夕季がまっすぐ見つめた。「私のかわりに空竜王に乗って、ベリアルと戦ってほしい」

「!」

 驚きに目を見開く光輔。

「そんなのいきなり無理だよ。できるわけがない」

「大丈夫、この人ならできる」茜に顔を向け、夕季が微笑む。「そうでしょ」

 無言で夕季を見つめ返す茜。

 その脳裏には生々しい記憶の束が行き交いしていた。

「らしくないことを言うのね」

「今の私ではみんなの足手まといになるだけだから。お願い、茜さん」

「あなたに言われるまでもない。私は私の意志でここにきた」

「わかってる」

「何がわかっているの」

「あなたなら、私にできることならば何でもできること。私よりもうまく空竜王を扱えることや、この世界でベリアルと戦うのにふさわしい人間であることも知っている」

「……」

「おい! なんで」

「ほっとけ、光輔」

「え! でも」

「いいから、ほっとけ」

 光輔のような大きなリアクションはなかったが、礼也の表情からは明らかな拒絶が見受けられた。

「どうせなんもできやしねえよ、こんな奴に」

「笑わせないで。何もできなかったのは、あなた達の方でしょ」

「ああ!」

「礼也、やめて」二人の間に夕季が入っていく。「お願いだから、今回はあたしの言うとおりにして。茜さんも」

 その真剣なまなざしに、二人の気勢がそがれる。

「でも」顔をそむけた礼也を気にかけつつ、光輔が最大の懸念を夕季に向けた。「まだ雅が見つからない。雅がいないと、集束ができない。ガーディアンになったって勝てるかどうかわからないけれど、このままじゃ何もできないのと同じだよ」

「大丈夫。みやちゃんがいなくても集束はできるから」

「え!」

 戸惑ったのは光輔だけではなかった。

 礼也も茜も口にすらしなかったものの、夕季に振り返ったのである。

 三人の視線を受け、夕季が右拳に目をやる。

 ゆるやかに手を開きながら、握り込んだ緑色の小さな石を見つめた。

「あたしがコンタクターになる」



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