第四十二話 『封印』 5. あとはまかせろ
病室で夕季は多くの笑顔に囲まれていた。
痛々しくはあったが夕季の顔に無理はない。
取り囲む仲間達の笑顔が、この上なく喜ばしかったからだ。
「だいぶよくなったな」
鳳が嬉しそうに笑う。
それを受け、夕季はくすぐったそうに身をよじった。
「ちょっとふらふらするけど、もう歩いても大丈夫。すぐに復帰できる」
「無理するなよ。ほんの二、三日前まで、おまえは死んでいてもおかしくなかったんだからな」
「でもまたあんなことがあったら……」
「今のところベリアルは姿を見せてない。おまえらにびびっちまったんじゃないのか」
「……」
「それにもし現れてもこっちでなんとかするから心配するな」
「どうやって」
「知らん。それは柊が考えることだ」
「……」
「すまなかった、夕季」
後から訪れた大沼が、深々と頭を下げる。
「こうなることは充分考えられたはずなのに、俺の考えが甘かった。許してくれ。忍にも心から謝罪する。おまえの大切な人間を、俺の誤った判断で失わせるところだった。すまない、許してくれ」
あわあわと口をぱくぱくさせる忍に対し、夕季は穏やかに大沼の顔を見つめ返した。
「大沼さんは何も悪くない。大沼さんがいかせてくれなかったら、あたしはもっと大切なものをたくさん失うところだった。そうしたら、本当に大沼さんのことを恨んでいたかもしれない。大沼さんには感謝してる。ありがとう」
「そう言ってくれると助かる。たとえ恨まれたとしても、仕方がないが」
「冗談だから本気にしないで……」
「まあいいじゃねえか。とにかく助かったんだしよ」
鳳が豪快に笑い飛ばす。
「大沼も辛気臭いツラしてんな。こいつが言い出したらきかん奴だということくらい、みんな知ってる。そんな状況なら誰だってそうしただろ。なあ、忍」
「ええ、まあ……」
南沢と駒田が顔を見合わせる。
「一番おろおろしてたのは鳳さんだったのにな」
「誰だ、夕季をいかせたのは、許さ~ん! とか言ってやがったのはどこの腹が出たオッサンだ」
「南沢、駒田、許さ~ん!」
「うお!」
「声でけーな! 病院だぞ」
「黒崎も許っさ~ん!」
「ええっ! ずっと静かにしてたのに何故!」
「笑顔がムカつく。あと、なんか存在自体が気にくわん」
「ひどいっス……」
何の前触れもなく突然桔平が現れ、そこにいた面々の顔つきがかわる。
いつになく難しい表情の桔平と、その後に続く木場とあさみの姿を見かけたからだった。
二人も桔平同様、険しい表情をしていた。
「そろそろいくか」
「そうだな」
頃合いを見計らいそう切り出した駒田と南沢に、桔平が待ったをかけた。
「いや、いてくれ。みんなにも聞いてほしいことがある」
その真剣なまなざしに、全員の顔が引き締まる。
「夕季、おまえに謝らなければならないことがある」
顔を見合わせ、様子をうかがう南沢と駒田。
鳳と大沼は声も出さずに、桔平の行動に注目していた。
「あの時、おまえ達がどう頑張っても、ベリアルは倒せなかったかもしれない。いや、おまえ達には絶対に倒せなかっただろう」
「!」
衝撃のカミングアウトに目を見開く面々。
その心情を、夕季が代表して言葉にした。
「どういうこと」
ここにきていまだ迷いを残す桔平が、あさみと木場を返り見る。
頷くことで合図を交わし、その後をあさみが引き受けることとなった。
「詳しい理由まではわからないけれど、ベリアルを倒すためには、まず最初に、ベリアルにかけられた封印を解かなければいけないみたいなの。その封印を解くために必要となるチェックリストがいくつかあって、すべての条件を満たさなければ封印は解かれない。内容を言うと、プログラムを順番にクリアすることがまず一つ。他の条件として、ガーディアンを消滅させることという名目がある。噂だけが先行していたけれど、ずっと前からガーディアン消滅計画という名前だけはみんなも耳にしていたはずよ。別名、アザゼル計画と呼ばれていたそれが、どうやら封印を解く鍵だったみたいね」
「ありえない話じゃない」驚くこともなく、あさみの目を見つめたまま夕季が静かに口を開く。「だけど、竜王やガーディアンは、プログラムに対抗できる唯一の手段だとずっと私達は信じてきた。封印を解くためにその手段を放棄するというのなら、その後はどうすればいいの。どうやってベリアルを倒すの」
「やっぱりそう思うよな」
桔平の合いの手に、不思議そうな顔を向ける夕季。
理解不能を告げていたのは、むしろ桔平の方だった。
「それが俺達にもずっとわからなかった。凪野博士から直接聞いたわけではないから、消滅というのがどこまでをさすのかはわからないし、実際にそうなのかすら不明だ」
「むしろ真実を隠蔽して私達を欺こうとしていた、ともとれる。本当のことを知られるのを恐れるように。それが私達が後手に回ってしまった理由よ」
「何故もっと早くそうしなかった……」夕季の頭が混乱し始める。「その気になればいつでも私達を消すことができたはずなのに」
「そもそもガーディアンを破壊することができるのか」誰もが思い浮かべる疑問を、鳳が口にする。「そん時はやられても、竜王さえ残っていればまた何度も集束できるんだろ。だったらオビィを殺して二度と集束できないようにした方がいいんじゃねえか」
「鳳さんよお。もうちょっとさあ、なんか」
「いや、だって、駒田、そうじゃねえか」
「それじゃ、集束ができなくなっただけで、ガーディアンそのものの破壊にはなってないんじゃないのか」
「おお、さすが南沢」
「ううむ……」
腕組みし、唸り声を発する鳳を眺め、あさみが桔平と顔を見合わせた。
「あくまでも推測の域を出ないのだけれど、集束を重ねることによって地球全体の体力を削り続けるとともに、プログラムの脅威を認識した私達人類が自滅の道を辿ることが、ベリアルを呼び出す鍵だったのではと思っています。その上で、オビィと竜王を含めた消滅をともなう完全たる敗北を、ガイアと呼ばれる御神体が信号として受け取ることが、ガーディアンの完全破壊なのかもしれない」
「また難しいことを……」
「やめとけって、鳳さん」
「考えても無駄だろ」
「ううむ……」
「現用兵器では竜王にすら太刀打ちできない。いくら生まれたばかりのガーディアンだったとしても、今の科学力じゃ完全破壊なんて無理だろうしな」
安易な憶測を述べる桔平に、夕季が顔を向けた。
「そのためにプログラムを差し向けていたというの」最悪のシナリオが脳裏をよぎる。「あたし達を倒すために、凪野博士自身が。それがアザゼル計画だったというの」
「いや、そうとは言い切れない。プログラムはあらかじめ定められたものだったと考えるのが妥当な線だ。誰が仕組んだのかはわからないが、さっきあさみが言ったように、その一つ一つを順番にクリアしていくことが、封印を解く条件なのは間違いないだろう。最後の最後にガーディアンを消滅させるのが、ベリアルを復活させるために必要な鍵だった。それを俺は、すべてのプログラムを退けたおまえ達が、ベリアルにとって脅威になる必要があったんじゃないかと考える」
「誰が」一つの疑問が湧き上がる。「だったら、あのニセモノは何。あのレプリカのガーディアンこそが、私達を消滅させるために、凪野博士が仕向けた刺客だったんじゃないの」
「その可能性も否定できないな。もともとおまえ達を倒すために仕向けたレプリカだが、博士の想定以上におまえ達が強くなってしまったのかもしれない。或いはあのレプリカこそが、おまえ達がいなくなった後に、封印の解かれたベリアルを倒すための最終兵器なのかもな」
「そうじゃなくて、もしあのニセモノがその役割を果たすものだったとしたなら、私達は凪野博士の計画にストップをかけていたことになる。それならば、私達にベリアルを直接ぶつけて、ガーディアンを消滅させようとしたとも考えられる」
「考えられる話ね」諦めたようにあさみが目を細めた。「それが凪野博士の計画の流れだとすれば、充分納得がいくわ」
「こんなの、いくら説明したって、理解できねえよな」
「そうね」
「わけがわからない」
夕季の思考が混乱し始める。頭を抱えながら、理解不能を訴え出した。
「引きこもったベリアルを誘い出すためのエサがプログラムで、私達のガーディアンがいなくなることでベリアルは無敵ではなくなって、無敵でなくなったベリアルを倒すための最終兵器が、あのオリジナルよりパワーアップしたレプリカ・ガーディアンだったということ? 私達はベリアルをおびき出すための単なる囮だったの。私達は、より強いレプリカにベリアルを倒させるためのかませ犬だったの。頭が混乱してきた。もう何が何だかわからなくなってきた。まるで理解できない」
「すげーよく理解してやがんな……」
「すごくわかりやすい説明だったわね……」
ふいに桔平が腑に落ちない様子になる。
「もともと半信半疑だったせいもあった。俺達が持っている情報は、すべて噂ばかりで裏づけがない。それ自体が凪野博士のはかりごとである可能性も否定できなかった。お互いに騙し合いを続けてきたからな。だから、おまえがベリアルを倒せるかもしれないと言った時、もしかしたらって思ってしまったんだ。実際何が本当なのか、今でもよくわからんのだが」
夕季の表情が曇る。
「だったら、私がしたことは……」
「無駄じゃないわ」
夕季の迷いをあさみが払拭する。
「あなたがしたことは無駄じゃない。おかげでベリアルのやり方がよくわかった。もう片時も気が抜けないということが」
見つめ合う二人の顔を見比べ、桔平が一歩前に出る。
「それともう一つ。ベリアルは封印が解かれていない状態でも充分に世界を滅ぼす力を持つということ。そして、ベリアルを倒すためには、やはり封印を解く必要があるということだ」
「二つだったわね」
「二つだった」
南沢と駒田が表情のない顔を見合わせた。
「こんなこと俺達が聞いてしまっていいのか」
「てか、こんなとこで言っててもいいことなのか」
その憂慮をあさみが一蹴してみせた。
「かまわないわ。私達はすでに世界から孤立してしまっている。この空間は完全に閉ざされてしまった。ここからは誰も出られない。誰もこの情報を外に持ち出すことはできないわ」
「それにこんなことは、もうとっくに承知だろうしな」
「誰が」
夕季の顔を憮然と眺める桔平。
「これを仕掛けた奴らだ」
「それは、凪野博士のことを言っているの」
桔平が頷く。
「そこに指示を出す奴らも、敵対する奴らも、それを両方から支配する奴らもまとめてだ」
「つまり、私達は世界中を敵に回してしまった、ということなの、進藤さん」
「ベリアルも含めてね」
「かろうじて綾っぺくらいは味方かもな」
「そうね。こうなってしまっては、外にいてくれる彼女の存在がありがたいわ」
「……」夕季の脳裏によぎる嫌な予感。「レプリカはベリアルではなく、私達を破壊する目的でやってきた。その後でベリアルを倒して、すべてを終わらせるために……」
「その見解が妥当ね」
「あの時、エア・スーペリアがベリアルに破壊されていれば、凪野博士の目的は達成されていた。私達があのままベリアルに殺されていたなら、博士の思惑通りだった。そういうことなの」
「あなた達の生死は博士にとって何の意味ももたない。ただ、おそらくだけれど、あなた達の命がけの行為ですら、博士の想定した無数の選択肢の中の一つだったのだと私は思う」
「間違いない」
あさみの言葉を桔平が補足する。
「あのままおまえが死んでいたとしても、残念どころか、してやったりだったわけだ。ハラ立つだろ、夕季」
「……」
「すごくハラが立ちます」
言葉も出ない夕季のかわりに怒りをぶちまけたのは、それまで黙って聞いていた忍の方だった。
「夕季の覚悟や気持ちを踏みにじったことにハラが立ちます。怒りが込み上げてきて、仕方がありません。それを黙って見過ごしていたあなた達にも。私達をバカにしているんですか」
「お姉ちゃん……」
忍の怒りが尋常ではないことを知った夕季が、また言葉を失う。
忍は誰も見たことがないほど険悪なまなざしで、桔平とあさみを睨みつけていた。
「ごめんなさい」
先に頭を下げたのはあさみだった。
「何を言われても仕方がないわ。あなたの言ってることが正しいから」
その言葉にいつわりはなかった。土下座をしろと言うのなら、あさみはためらいなくそうしていたはずだった。
桔平も。
「全部俺達のせいだ。弁解の余地もない。もう何も隠し立てはしないと約束する。勝手なのはわかっているが、またおまえ達の力を貸してほしい。このとおりだ」
「許してはもらえないかしら」あさみが神妙な様子で顔を向ける。「無理強いはしないわ。でももう一度協力してもらえるのなら、出来うる限りのバックアップをします。だから、お願いします、古閑さん」
「……そんなこと」
忍が泣きそうな顔になった。どれだけ葛藤を重ねても、あの切なさだけは払拭することができなかったからだ。
「お姉ちゃん、大丈夫」
静かに、それでも力強く告げた夕季に、全員の視線が集中する。
その表情には迷いのかけらもなかった。
「未来をかえるのなら、運命と戦わなければいけない。抗うことを選んだから、あたしは今ここにいる。もう二度と、あんな死に方はしない」
その言葉の意図を理解できる者は誰もいなかった。
ただ夕季の決意に、誰もが自然と頷いていた。
「はい……」
緊急連絡を受け取るあさみ。
その表情が一瞬のうちに豹変するのを、夕季は見逃さなかった。
「また、ベリアルよ」
目線だけを向けてそう告げたあさみの声に、桔平達の表情が一変する。
「そう。ええ。霧崎君達を呼んで。ええ……」通話を終え、木場達へと振り返る。「木場隊長、すぐに出動して。基地の外にいる一般人の安全確保が最優先で」
「よし、わかった。大沼」
「はい。真吾、行くぞ」
「了解っス」
「俺らも行くわ、鳳さん」
「おお、頼んだぞ、駒田、南沢」
「あたしも」
ふらつきながら立ち上がろうとした夕季を制する鳳。
「おまえは大人しくしてろ」
「でも……」
「大丈夫だ。後は任せろ」
そう言って笑った鳳の顔を、自分自身のふがいなさを噛みしめるように夕季は見続けていた。




