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第四十二話 『封印』 4. 後悔

 

 

 ベリアルの脅威も一段落となり、交代シフトを重ねる隊員達の姿が消えたメック・トルーパーの待機所で、疲弊しきった様子の桔平と木場が難しい顔をつき合わせていた。

「住民全員の殺害命令か。何故あんな理不尽がまかりとおった、桔平」

「山凌市周辺で、生物兵器を使用した大規模なテロをメガルが起こして、都市はほぼ壊滅したということになっているらしい。その段階で外部との連絡網も一切遮断された。つまり、俺達はもう全員この世の人間じゃなくなっているということだ」

「なんてことだ……」

「結果的にベリアルに助けられたみたいになっちまったな」

「バカ言うな。そのせいで夕季が死にかけたんだぞ」

「そうだったな。すまん。失言だった」

 腕組みをする木場に、覇気のない顔を向ける桔平。

「あの時おまえが止めてくれなきゃ、また過ちをおかすところだった。また、大事なモンを目の前で失うところだった」

「そうか。よかったな、俺のようにならなくて」

 いつになくあっさりと非を認めた桔平に、木場が苦虫を噛み潰したような顔になる。

「俺には何が正しくて、何が間違っているのかはわからん。だが、どこにいようが言うことはかわらない。俺は、自分が信じたもののために戦う。守るべきもののために命を懸ける。全員が笑って帰ってこられるように」

 何一つぶれることなく淡々とそう告げた木場を、桔平は恨めしげに見上げるだけだった。

 まっすぐ前だけを見つめるその表情に、木場の本当の強さを思い知る。

 対照的に、身体を投げ出すように椅子にへたり込んだ桔平の顔は、苦悩一色だった。

「わかんなくなっちまったのは俺の方だ」

「何がだ」

「なぜ、あの時勘違いした。あの状況では、ベリアルを倒すことは不可能だったはずだ。自分達にとってあいつらが大切な存在だということもわかっていた。何があっても夕季達の命を優先すべきだったはずなのに、あいつにベリアルを倒せるかもしれないと言われた時、一瞬迷った。もう何がなんだか、わからなくなった」

「それこそがベリアルの幻惑だったのだろうな」

「そういうことにしときゃ、こっちは救われる。だが、たぶん違う。あの判断は、俺が持つ本質的な部分だ。俺が夕季を見殺しにした。自分の立場を利用して、がんじがらめに縛られたふりをして」

 ふいに桔平の顔つきがかわる。

「もしおまえが夕季の立場ならどうしてた、木場」

「同じことをしただろうな」

「俺もだ」

 即答する二人の表情が曇り始める。

「おまえが夕季と同じ状況に陥った時、誰も助けてくれなかったとしたら、それを恨むか」

「いや」

「なら、おまえのような横槍を入れる人間がいたらどうだ。余計なことをするなと思うんじゃないか」

「たぶんな」

 自らの行動原理の矛盾を、無視できなくなり始めていた。

「今のを夕季が聞いたら、なんて言うだろうな。あいつだって、守りたいもののために自分の命を張ったはずだ」

「……」

「あいつは誰に強制されたわけでもなく、自分自身の判断で死を受け入れようとした。おまえはそれがわかっていながら、仲間を助けるために自分でも望まない選択をした。そうだよな」

「それは……」

「釈然としないのはこっちも同じだ。それでも、きっとおまえは、何度でも同じ選択をするんだろうな。誰の顔色をうかがうでもなく、自らが信じた正しい判断として。たとえ助かったって、嫌われて、ボロクソに罵られて、一生口もきいてもらえんかもしれんのに」

「……しかたないな。それだけのことをしてしまったのだから」しゅんと縮こまる。「……あいつにあわせる顔がない……」

「いや、すげえ感謝してたけどな……」

 木場が神妙な顔をしてみせた。

「おい、桔平。俺はここには……」

「はあん! ふさわしくない人間に決まってんだろ。いちいち確認すんな」木場の言葉を横取りして言う。「おまえは世界を破滅から救うチャンスをみすみすふいにした。とんでもない戦犯だ。ただし、おまえが政府のくそったれか、何があっても命令を違えない潔癖な軍人であったら、の話だがな」

「……」

「もうそんな次元じゃない。一人一人が生き残ることに必死で、他人のことなんか考えている余裕すらないんだ。そんな中で、おまえだけが本当に大切なものを見失わなかった。必死になって、希望を絶やすまいと声をあげてくれた。もしあいつを失っていたら、俺達は万に一つの勝ち目もなくしていたところだ。こいつはデカい。すげえお手柄だ。わかったんならとっとと勝ち誇りやがれ」

「……」

「勘違いするな。ベリアルに勝つことと、仲間を失うことは別だって話だ。誰かを犠牲にしてまで生き残った世界でゲラゲラ笑えるほど、俺は人間ができていない。ベリアルに世界をくれてやろうとは思わんが、そんな腐った世界で生きながらえたいとも思わない。確かにおまえはふさわしいどころか、組織にとって有益な人間ですらない。だが、俺達にとって必要な人間だ。正義の味方、ゴリラえもんだ。んなこと、わざわざ言わせんな。恥ずかしい」

「おまえもそうだろう、桔平」

「バカ言え。誰かがかわってくれるなら、今すぐバトンタッチして逃げ出したいくらいだ。ここにふさわしくないのは、むしろ俺の方だ。おまえが迷ったわけが、今になってわかった気がする」

「……。俺達は勝つために戦っているわけじゃない。大切なものを守るために勝たなければならないんだ。プライドを履き違えただけの勝利など、なんの意味もない。それでいいんだな、桔平」

「だから、わざわざ口に出すなって。恥ずかしいだろ」

「お、おお……」

「先人達は誤った選択を重ね続けてしまったのかもしれない」

 入り口から聞こえる声に目を向ける二人。

 コーヒー入りのカップを二つ持ち、あさみが立っていた。

「今の俺達みたいにか」

 カップを受け取りながらそう告げた桔平に、あさみがかぶりを振る。

「そうともいうわね」

「いうんだな……」

「ベリアルは人の心を操る。信じる者の心を蝕む。ベリアルの投げかけた謎解きの前に何も信じられなくなって、彼らは自ら滅びていったのかもしれない。そう思えて仕方がない。特に昨日みたいなことがあった後は」

 あさみが木場のいる方とは反対側の窓に目をやる。

 外の風景はライトに照らされ煌々と輝いていたが、遠い彼方に果てない暗闇を映し出しているようでもあった。

「それにしても、何故ベリアルはあんなにあっさり引き下がった」

「わからん」木場に顔を向ける桔平。「カウンターの表示はずっと妙なままだ。プログラムの振り幅が、ゼロから無限大を何度も行き来している状態になっている」

「いずれにしろ、まだ何かが起こることは間違いないな」

「ああ。或いは、それを敏感に感じ取って、ベリアルが去った、とかな」

「そうか……。実のところ、ベリアルとはどういったプログラムなんだ。君の知りうる範囲でいいから教えてくれ、進藤」

 疑問を投げかける木場に、あさみが振り返る。

「私もよくは知らない。全部綾からの受け売りだから、そのつもりで聞いてください。今までのプログラムに目的があって、事象の一つ一つがなんらかの意志にもとづいていたとすれば、ベリアルは天災や自然現象の類だと定義できるそうよ。少なくとも人類に対する悪意や敵意はないでしょう、ですって」

「自然災害と同じものだと言いたいのか」

「それに近い感覚で受け止めておいた方がいいわね。私達の概念では明確な区別がつけられない存在であることは間違いない。ベリアル・プログラムは、それまでの訓練みたいな単発プログラムとはまるで異なる、一連の現象を包括的なシステムとして捉えたものだそうよ」

「今までしてきたことが、単純な力の底上げにもならなかったということなのか」

「おそらくは。私達の対応次第で、今後の方向性も大きく変わってくるはず」

「何のためにという疑問すら、意味がないってこったな」

 腕組みしながら参入してきた桔平ににやりと返し、あさみも腕組みしてみせた。

「その方が、私達凡人の頭では整理しやすいかも」

「……」

 言葉を失う木場にふっと笑みを差し向け、あさみは闇の彼方へと視線を投げかけた。

「メガルとは、大地と空と海をつかさどる神の名を意味し、ムー、アトランティスと並ぶ、古代の超文明だとされている。他にも、同一の種族が名前を変えて生きのびた三番目の文明とも、自らを裁くために人類が作ったものとも言われている。或いは、神界、魔界を脅かす第三の勢力。メガリウムを得て、神を凌駕する力を手にしてしまった、おごれる人類の暴走がすべての発端であるのなら、刃を向けた人類を押さえようと、ベリアルという魔界になぞらえたプログラムを、怒れる神が解き放ったのだという説もある。そして、過去の文明はすべてベリアルによって滅ぼされている」

「過去の文明」あさみの言葉にひっかかり、木場が反応した。「それは、今言った、ムーやアトランティスのことか。それとも、俺達以前に存在していた人間達のものか」

「それはわからない。ただそう記されているだけだから」

「ひょっとしたら、南極の下に埋もれてるって言われてるやつなのかもな。南極の氷が全部溶ければそれが出てくるかわりに、沈んでなくなる国が後からそう言われるかもよ」

「真面目に考えろ、桔平」

「真面目だよ。こんなこといくら真面目に言ったって、誰も信じやしないだろうけどな。過去の文明ってのが、今まで地球に存在した人類のことを指すのか、この星に移住してきた異星人なのかだってわからないだろ。人間以外の文明を指してるのかもしれん。それがどれだけ異常なことかくらい、おまえにだってわかるだろ」

「……」

 またもや口をつぐんだ木場のかわりに、あさみがその先を受ける。

「飛躍しすぎているとは思う。でもベリアルやアスモデウスなんて名前をわざわざ使ってくる時点で、計り知れないものだという憶測は立つ。かつては理解不能だった天変地異や大災害を、悪魔の名前を当てつけて勝手に恐れていただけかもしれないけれど。大きなくくりで見れば、今起こっていることも単なる自然現象みたいなものかもしれないわね。案外、創世記の大洪水や巨大隕石の落下もそれだったりするかも」

「でもって、間違ってベリアルとか倒しちゃったら、後々いろんな宗教で俺達のことが語り継がれちゃったりしてな」

「神様とか呼ばれちゃうかもしれないわよ」

「どっちかってえと、悪魔なんじゃねえか」

「そうともいうわね」

「進藤までそんなことを楽しそうに……」

「その悪魔の役割を担ったのが凪野博士だと、世界連合は公言していくわけだな」

「とんちんかんもいいところね」

「奴ら、ベリアルのことを、博士が造ったプログラムだってぬかしてやがるみたいだな」

「コーリング・ビーストだともね」

 桔平のぼやきを受け止めるあさみ。

「そんな言い方をしている時点で、本質をとらえ切れていない。お寒い限りね。彼らは何の前触れもなく突然湧き出て、私達の天敵となった。ただそれだけなのに。もし誰かがプログラムを呼び出しているとすれば、それは人類全体の責任だわ」

「少なくとも俺達の考えつくパターンに当てはめられるものは何一つない。んなもん、認めろって方が土台無理な話だ」

「その理解にわずかでも近づけるつながりがあるとするなら」

「やっぱり凪野博士、か」

 頷くあさみ。

「プロジェクト・メガルはもともと発掘隊の行動計画のことを表したものだった。それが今やまったく別物の、次元の異なるものへと変貌してしまった」

「博士は、いったい何をしようとしている。教えてくれ、進藤。君ならばわかるはずだ」

「残念ながら、私にもまったくわからないの。ごめんなさい、木場先輩」

「そうか……」

「わかっていることは、凪野博士は信用できないということだけ。そうでしょ」

 あさみからの問いかけに、桔平が頷いてみせる。

「目的のためなら身内すら犠牲にする人間だからな。だが信頼はできる。今は、これまでの経験と、一番信用できない人間である凪野博士を信じる以外、俺達に道はない」

「そうね。でも私には、彼が妙に事を急いているような気がして仕方がない」一抹の不安をあさみが吐露する。「最初からそうだったとはどうしても思えない。何かが変わってきている。どこかで転機があったのかもしれない。あの人の歯車を大きく狂わせるような、重要な何かが」

「タヌキめ、何考えてやがる」ズズズとコーヒーをすする。「にが」

「あら、間違えちゃったかしら」

「うが、こっちのはすごく甘いぞ」

 ふん、と息をつき、桔平が熱いコーヒーを一気に流し込んだ。

「ここいらが潮時かもな」




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