表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/61

第四十二話 『封印』 3. 強くなるということ

 

 

「いや~、マジで焦ったぜ。本当に死んじまうんじゃねえかってな。心配させんな、バカ野郎」

 まるで嘘のような出来事に、距離感すら忘れ、手放しで喜ぶ桔平。

 なんとなくくすぐったく、居心地の悪い夕季が、思わず憎まれ口で返した。

「本当は一緒にケーキを食べにいってくれる人間がいなくなるのが心配だったくせに」

「夕季!」

 たしなめる忍に、申しわけなさそうに夕季が身をすくませる。

 しかしそんなことにもまるでおかまいなしの桔平は、ただただ夕季の無事を喜ぶのだった。

「クソ生意気でも何でも生きててくれりゃいいってことよ。いや、ホントよかった。もう心配させんじゃねえぞ」

「……うん」

「これ以上しの坊がフケっちまったら、おまえも困るだろ」

「う!」

「……」

「授業参観とかでもすっかりお母さんで通っちゃったりしてな。がっはっはっは!」

「……てめー」

「……」

「しっかし、何がどうなってんだろうなあ。本当は、今朝にも死亡確定だって言われてたのにな」

「桔平さん……」

 忍の渋い表情に桔平が、しまった、という顔になる。

「……いや、もう、また突然容態が急変しました、とかは、ねえよな……」

「……」

「やっぱり、竜王のなんらかの力があってのことですかね」

「なんらかって?」

「いえ、わかりません。ですから、なんらかって言ったんですけれど」

「だったらそもそも、なんであんな大ケガしたんだってことだが」

「そんなこと私に言われても……」

「ん?」

 忍の顔色が悪いことに気づく。

「おまえの方が死にそうな顔してるぞ」

「またそういうことを言う!」

「いや、冗談抜きだ。ずっと気ぃ張ってたんだろ。飲みすぎで今にもゲロ吐きそうな顔してるぞ」

「吐きませんて」

 立ち上がった途端に、めまいに襲われふらつく忍。

「あ、気持ち悪い。なんかすごく気持ち悪い……」

 それを受け止め、桔平がやれやれという顔をしてみせた。

「よれよれ、今度はしの坊かよ」

「少し外の空気を吸ってきます。……今、よれよれって言いました?」

「無理すんな。俺もついてくわ」嬉しそうに夕季に顔を向ける。「すぐ戻ってくるから、ちょっと待ってろ」

「もう大丈夫だよ」

「そうはいかん。おまえは目を離すとすぐ死にそうになるからな」

「赤ちゃんみたいに言わないで……」

「ほれ、いくぞ、しの坊」

「すみません」

「おまえはおばあちゃんみたいだな。よれよれして」

「またそういうことを……。あ、本当に吐きそうです」

「おい、ちょっと待て、もうちょっとガマンだ!」

「ばい、ガマンしまぷ~……、くぷっ!」

「おい、待て、ちょっとタンマだ!」

 桔平に付き添われ部屋の外に出ていく忍。

 二人が出ていった後で、毛布の中で隠れて握り締めていた拳を夕季が開く。

 手のひらを複雑そうな表情で眺めていた。

「おお、みずぷーじゃねえか!」

「あ、ひいらりさん」

 桔平の大声とともに室外から近づいてくる声に気づき、慌てて手を隠す夕季。

「ゆうちゃん、今、いっちゃっても大丈夫ですか」

「おう、ピンピンしてる。わざわざありがとな。あ、待て、しの坊、まだタンマだって言ったろ! ああああ~!」

 桔平らと入れかわりにやってきたのは、みずき達だった。

「あ……」

 夕季の顔を確認した途端、笑顔を硬直させるみずき。

 みずきや茂樹らは、夕季が生死の境をさ迷っていたことを知らない。光輔も詳細を伝えてはおらず、昨日の大ケガの件を心配して訪れたのだった。

 それでもみるみる笑顔を崩壊させ、あふれ出る涙とともに、みずきが夕季に抱きついていった。

「ゆうちゃん!」

「う!」

「あ、ごめん、痛かった?」

「大丈夫……」

「じゃあ、あらためて。んんんんんっ! ゆうちゃん!」

「う!」

「あ、やっぱり、ごめん」

「……」安堵の笑みを浮かべていた夕季が、ふいにせつなげに眉を寄せる。「みんな、無事でよかった。……本当に、よかった……」

「ああ、穂村君が連絡してくれて、あの後すぐにメガルの人が助けに来てくれたんだよ。なんだっけ、あの人達」

「メック・トルーパーだろ」

 茂樹を指さし、みずきがピンポンというジェスチャーをする。

「そ、メック・トルーパーの人。ほんと、ありがたかったよ」

「光輔が……」

「穂村君やゆうちゃんのこと、すごく褒めてたよ。あいつらは俺達の命の恩人だって。こっちはもっとです、って言ったら、笑ってた」

「……」

 感極まり、言葉が出ずに、夕季はひたすら握りしめた両拳を見つめるだけだった。

 かすかな物音がして、夕季が部屋の出入り口に目を向ける。

 涙でくしゃくしゃになった顔で、みつばが立ちつくしていた。皆と同じ空間に踏み入ることを躊躇しているようだった。

 それに気づき、みずきがみつばの手を引っ張って夕季のそばまで連れてくる。

「こっち来なよ。この子ね、ずっとゆうちゃんのこと心配してたんだよ」

「う、ぐ……」

「ありがとう、みつば」

 言葉の出ないみつばに、夕季が小さな笑みを差し向ける。すぐに真顔に戻って、心配そうにたずねた。

「お母さんは」

「……あい」

「大丈夫、だった」

「うん、ぐ……。……はい……」

 柔和な表情になる夕季。

「よかった。ごめんなさい、つらい思いをさせて」

 途端に堰を切るようにみつばが号泣し始めた。

「ああああああん! あああああん! ああああああん!」

「うわ、声でっかちゃん」

「羽柴君!」

 耳を塞いで顔をゆがめた祐作をギッと睨みつけ、みずきがみつばの肩に手をかける。

「ほら、言ったじゃん。ゆうちゃん、怒ってないって。ね」

「ああああああん! あああああん!」

「泣かなくてもいいってば。ゆうちゃんもたいしたことなかったんだからさ。あ、実はたいしたことあったかも」

 困惑するみずきの声も届かず、天井を見上げてわんわん泣き続けるみつばを、祐作や茂樹も穏やかな表情で見守っていた。そこに軽症ですんだ隆雄や祥子も加わり、よかった、よかったの合唱がやまない。

 しかし夕季の表情は晴れなかった。

 複雑そうな顔で目を細め、陽がかげり冬の風が吹く窓の外を眺めた。


 みずき達が去ってからも、夕季の顔色は晴れなかった。

 窓ガラスを揺らす木枯らしに目を向け、また目を細める。

 人の気配に振り返ると、入り口付近に立ちつくす光輔の姿を認めた。

「光輔……」

 元気がない様子だった。

 常ならばみずき達と一緒に、先の集団の中心となっていたはずなのだが、その場にい合せなかったことを夕季も不思議に思っていた。

「どうかしたの」

 夕季に問われ、申しわけなさそうに頭を垂れながら光輔が近づいてくる。

 しぼり出した第一声は、後悔の念だった。

「俺のせいなんだよな。俺が勝手なことをしたせいでこんなことになった。夕季をこんな目に合わせてしまった。ほんと、救いようのないバカだな、俺って……」

「ありがとう、光輔」

 はっとなって光輔が顔を上げる。

 夕季は笑いながら光輔の方を見つめていた。

「光輔のおかげで、みつばのお母さんを助けることができた。みんなが助かった。あたしの判断では、誰も助けられなかったと思う。光輔のおかげだ。ありがとう」

「そんな、俺は……」

 ふと夕季が向けた視線を光輔が追う。

 光輔の背後に礼也が佇んでいた。

 その神妙な様子を、二人は真顔で見つめることしかできなかった。

「……」

 言葉も出ず、苦痛にゆがむ礼也の顔に、夕季が注目する。

 夕季にはわかっていた。

 礼也が何のためにやってきたのか。

 何を告げにきたのかも。

 顔をそむけ、夕季が窓の外に目をやる。

 ガタガタと揺れる窓ガラスを眺めながら、生気のない声をしぼり出した。

「あたしはあの時、死ぬべきだったのかもしれない。あの時、絶対にベリアルを倒さなければいけなかった。何かを犠牲にしても、そこですべてを終わらせなければならなかった。たとえ死んだって。そう思っていた。もう二度と誰とも会えないことも覚悟していた。でも……」

 礼也は何も言わずに夕季の一言一言に耳を傾けていた。

 次の夕季の言葉で、自分が何をすべきかを決めるために。

 一つの間を置き、夕季が少しだけ声を上ずらせて先につなげた。

「でも、今ここにいられることが嬉しい。生きていることや、みんなにまた会えたことが嬉しい」振り返り、笑ってみせた。「ありがとう、礼也」

 穏やかな笑顔だった。

 それを眩しそうに眺め、光輔が固く口を結ぶ。

「俺、強くなるよ。もっとちゃんとみんなを守れるように。夕季のことも、夕季にこれ以上つらい思いをさせないためにも、もっともっと強くなるから」

「必要ない。光輔は充分強い。礼也もみやちゃんも、他の人達もみんな」

「……でも」

「強くなければいけないのは、あたしの方だ」

「え」

「みんながあたしの未来を変えてくれた。だから今度はあたしが、……変えてみせる」


 明かりの消えたロビーの椅子に、放心状態の礼也が身体を投げ出すように座る。

 わずかな物音に反応し、顔も向けないまま、それが誰だかわかっているふうに話し始めた。

「心のどこかで、今でも後悔している。あの時夕季を助けなければ、ベリアルを倒せたかもしれないって。俺は間違ってるんだよな、やっぱ……。俺なんか……、こんなのに、ふさわしくねえよな……」

「たとえ倒せたとしても、それですべてが終わるとは限らないでしょ」

 楓の声に顔も向けずに、礼也は懺悔を続けた。

「それでも、そうすべきだった。一旦、正義やら平和やらを口にしたのならなおさらだ。結果、俺は別の選択をしただけだった。別の殺し文句を持ち出して、また夕季を利用するために」

「違う。あなたはそんなふうにはできていない。困っている仲間を黙って見捨てられるような人じゃない。それができないって自分でもわかっているから、よけいに苦しむ……」

「おまえに俺の何がわかる!」

 激情とともに初めて振り返った礼也を、楓が静かに見つめる。口もとをかたく結び、そして淡々と告げた。

「あなたがどんな選択をすべきだったのかなんて、私にはわからない。ひょっとしたら、これからもっと多くの人達が苦しむことになるのかもしれない。でも、あなたは間違っていなかったと思う」

「奴をしとめる最後のチャンスだったかもしれないんだぞ。それでも間違ってないって言い切れるのか」

「どうしてそんなふうに考えるの。まだチャンスがあるかもしれないのに。勝手にそう決めつけてしまってるだけじゃないの。だけど、命はなくなったら終わりだよ。命をつなげば、明日につながる。諦めない限り、希望はなくならない」

「あまっちょろいこと言ってんじゃねえぞ。んな理屈がとおるわけねえだろ。相手はベリアルだぞ!」

「だから何」

「……」

 迷いのない楓のまなざしに礼也が完全に気圧される。

「正義って、平和ってなんなの。そのために犠牲になって笑って死んでいくことが、そんなにすごいことなの。そんなのただの自己満足だよ。私はそんな考えにはなれない。そんな人、そばにいてくれなくてもいい。私は、私が好きな人には、ずっとそばにいてほしい。いつまでも生きていてほしい」

「前と言ってることが逆じゃねえか。どいつもこいつもそんな考えだから、世の中おかしくなっちまうんじゃなかったのか」

「……」

「全部いっぺんにひっくり返されて、考え方かわっちまったのか。おまえも、結局他の奴らとおんなじだったな」

「そうかもしれない……」

 礼也に突き刺され、楓が悲しそうに目を細める。

 それでも言わなければならないことがあった。

「でも、やっとわかった。本当に信じられるものがあるって。どんなかたちをしていても、かわらないものがあるって。私には何もできない。それでもわかる。あなたは間違っていないって」

「何がだ! 聞いたふうな口――」

「私は、大切な人を見殺しにするような人間に助けてほしいとは思わない。だから、あなたがそうでなかったことが嬉しい」

 自分の言葉を遮ってまで貫く楓の強さに、礼也が閉口する。

 もう何も言う必要はなかった。

「私、いくね。ずっとお父さんと連絡が取れなくて、弟達が心配しているから。……ジョトのこと、ありがとう。一穂ちゃんにも、ありがとうって伝えておいてほしい」

 礼也のはからいによって、ジョトはメガルで一穂が預かることになっていた。

 楓の表情に柔らかさが戻る。

「気に触ることばかり言ってごめんなさい。元気を出して、礼也君。私は信じているから。誰が何を言ったって、私はあなたのことをずっと信じている」

 どこまでも真っ直ぐな楓から目をそむけ、自嘲気味に笑う礼也。

「俺があいつらに勝てない理由がわかった……」

「……」

「あいつらには迷いがない。だから強い。何もわかってなかったのは俺の方だった。偉そうなこと言って、俺は、迷ってばかりいる……」

 背を向けた楓が足を止めた。

 あいつらというのが光輔や夕季を指すことはわかっていた。

 両方の拳を握り締める楓。

 それでも振り返ろうとはしなかった。

「あなたは彼らにかなわなくてもいい。迷いがあることが、あなたの強さだから……」

 誰にも届かない声でそう囁いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ