第四十一話 『今、ここで伝えなければ消えてしまう、大切なもの』 10. 絶対に死なない
最終プログラム、ベリアルとの決戦は間近に迫っていた。
覚悟を決めた光輔が、みずきや茂樹らと向き直る。
「みんなは早く逃げろ。ここが戦場になるかもしれないから」
「逃げないよ」
「!」
茂樹の言葉に、光輔が目を丸くする。
「光輔や古閑さん達が逃げずに頑張ってるのに、俺達だけ逃げられないよ」
「どうせ光輔達がやられたら、俺達も死んじまうんだしな」
茂樹と祐作が互いの顔を見て笑い合った。
それを夕季が心配そうに眺める。
「おまえらも死ぬなよな。特に古閑ちゃんいなくなると茂樹が淋しがるから」
「おまっ!」
「……」
「安心しろよ、俺らは絶対死なないから」
祐作の笑顔を茂樹が受けた。
「おまえらが守ってくれてるんだもんな。死ぬはずねえよ。だよな、光輔」
「……」
「俺はおまえに何も言う資格がない。今さら何言ったって、手遅れだってこともわかってる。だけど」一旦ためてから、光輔の肩を拳でこづき、改めて祐作が告げる。「頑張れよ」
「……。ああ」
嬉しそうにみずきが夕季へと近づいていった。
「ゆうちゃん、頑張ってね。無理しないでね。あたし達は絶対死なないから、ゆうちゃん達も生きて帰ってきて。約束だよ」
夕季が重々しく頷いた。
それからみずきは光輔の前へと立った。
「……。穂村君、あのね……」
「……」
「……やっぱり、なんでもない。頑張って」
その笑顔を、光輔は何も言わずに見続けるだけだった。
手を振って送り出すみずきらに、光輔が心配そうに何度も振り返る。
ガーディアン、グランド・コンクエスタに集束しても、その顔は晴れないままだった。
「光輔、迷うな」
顔も向けずに礼也が口を開く。
「おまえが信じてきたものは、絶対おまえを裏切ったりしねえ。自分を信じろ。俺が保証してやる」それから真剣な様子で頷いた。「恥ずかしいこと言わせんじゃねえ!」
「……」
「あたしも保証する」
礼也同様、夕季も前を見据えたままでそれを口にした。
「礼也が言ってることは正しい。だから信じて、光輔」
二人の言葉に頷く光輔。
「わかった」
「よっしゃ!」礼也が夕季へと振り返る。「夕季」
「わかってる」
「へっ。んじゃ、いくぞ!」
「よし!」
「了解!」
いくつもの影が終結し、グランド・コンクエスタの目の前にもう一体のグランド・コンクエスタが降り立つ。
それはこれまでのような向こう側が透けて見える幻影状のものではなく、黄色がかった象牙のごときはっきりとした色とかたちを映し出していた。
そのいでたちはニセモノのガーディアンと対峙した時とは明らかに違っていた。
やがてそのシルエットが渦を巻くようにゆがみ、少女の姿を形作る。
美しくもはかなく、陽炎のように弱々しく揺れる、透き通ったそれは、すべての罪を許し、何者をも包み込む優しさと、暖かで穏やかな笑みをたたえて、ガーディアンを迎え入れようとしていた。
「なんだ、こいつは……」
「……」
思わず呟く光輔に対し、礼也は言葉すら失っていた。
次元の違いを肌で感じ取っていたからである。
勝てる勝てないの問題ではなく、明らかに異世界の匂いが漂うその異形は、抵抗すら無駄であると礼也に思わせた。
霊体を物理攻撃で破壊できないように、また姿すら認識できない高尚な存在に対して、たかが人の分際で戦いを挑むのが滑稽であるように、争うこと自体が不毛であることがはっきりと伝わってくる。
その対象を悪魔だというのならば、むしろしっくりとくるのだろう。
誰もがそう思わずにはおれないほどだった。
夕季以外は。
「たいしたことない」
それこそがベリアルのたばかりだとばかりに、夕季が心を強く握りこむ。
「これまでと同じプログラムの一つにすぎない。今までどおりにやればいい。必ず勝てる。あたし達なら」
決して目をそむけはしない。
大切なものを守るためにここにいることを望み、戦うことを選んだのだから。
この世界で勝ち抜き、運命と未来を変えるために。
「!」
何の予備動作もなく、それが白銀のガーディアンとなって、礼也達に襲いかかる。
少女の姿に心をかき乱された彼らには、その不意打ちに対応するすべがなかった。
「ぐっ!」
臥竜偃月刀の撃ち下ろしが、グランド・コンクエスタの頭上目がけて襲いかかる。
礼也の反応速度でかろうじてかわしたものの、のけぞった鼻先をかすめた切先は、胸元から腹部にかけて深い溝跡を刻みつけた。
その一撃だけで、三人の精神力がかなり削り取られる。
『光ちゃん、あたしにダメージ通していいから、カバーお願い』
一人無傷の雅が、夕季の状態を気遣って意気まいた。
「そんなことしたら、おまえがヤバくなるだろ」
『あたしは大丈夫。さっきみたいな攻撃だけなら、そっちがしのいでくれればなんとか耐えられる。でも、今ので夕季の意識が一瞬かなり遠くなった。みんなの気持ちが途切れると、こっちまでじかにもらうことになる。その方が危ない』
「でも」
『あんな攻撃、いつもの光ちゃん達でも、完璧にはよけられないよ。いくらかはもらうつもりで、守りを強化した方がいい』
「そうしろ、光輔」礼也も雅に賛同する。「こいつが完全に切れちまったら、集束どころじゃなくなるからな。攻撃はこっちで勝手にやるから、おまえと雅は防御に徹しろ」
「……ああ」
『そうしよう、光ちゃん』
「ああ、わかった」
夕季からの応答はない。ただ前だけを、敵だけを見据えていた。
その様子に、礼也が眉を寄せる。
みずき達の無事を確認し安心したことで、集中の糸が切れかけていた。そこに蓄積していた疲労とダメージが一気に押し寄せたのである。
「礼也!」
光輔の声に反応し、防御の姿勢を作る礼也。
その完璧なガードをかいくぐり、またもや相手の攻撃をまともにくらうこととなった。
「く!」
「うがあっ!」
『……』
「雅、大丈夫か!」
『大丈夫。また来る』
飛び上がってのナックル・ボンバーを、スウェイしながらのバック転で回避する礼也。
続けざまに訪れる、高熱化した拳の撃ち出しに、礼也は両拳を打ちつけてその威力を殺す選択をした。
数発はいなしたものの、途切れることのない連続攻撃に自慢のシールドが弾かれる。
「くそったれ!」
被弾をかわして反撃に転じる隙すら与えられず、礼也達はまた次なる攻撃に晒されることとなった。
「!」
敵ガーディアンの予備動作に驚愕する面々。
うずくまり、大地のエネルギーを取り込んで広範囲の敵を弾き飛ばす、掩撃破と呼ばれるそれは、グランド・コンクエスタが持つ技の中でも最大の破壊力を持ち、礼也達ですら雅を含めたチャージが完全な状態の時でなければ出せない超必殺技だった。
「ち!」
飛び上がり、離脱するかと思いきや、前方への落下攻撃を試みようとする礼也を、光輔が押しとどめる。
「礼也、駄目だ。あれをまともにくらったら、ひとたまりもない」
「バカ! あんなモン撃たせたら、この一帯、全部もってかれるぞ」
「!」
その言葉にはっとなる光輔。
礼也は、みずきや茂樹を含めた避難者達の身を心配をしていたのだ。
「こっちがくらうのは仕方ねえ。なんでもいいから撃ち込んで、ちょっとでも攻撃の軸ずらしていくしかねえ」
敵の攻撃がチャージのための時間を要することから、それより早く撃てる少しでも威力の高い技を選択する。
飛び上がった勢いを殺さず、組み込んだナックル・ボンバーを落下エネルギーもろとも打ち下ろす、方天戟と呼ばれる攻撃がそれだった。
雲を割り、空を裂き、太陽を貫く光が、敵ガーディアンの頭上目がけて突き刺さっていった。
相手をぐらりとよろめかせたそれは、コンマ数秒のタイミングで相手の攻撃を阻止することに成功した。
たまたま成功したものの、それはほぼ自爆とも言える選択であり、相手の繰り出すタイミングがほんの一瞬でも早ければ、礼也達は塵も残らぬほど無残に粉砕されていたはずだった。
ゴクリと喉を鳴らして溜飲する光輔。
彼らには、まばたきをする余裕すら許されなかった。
「あと二分」
着地の衝撃すら殺す余裕もなく、残り時間の逆算に集中する礼也が、焦りを引きつれながらフィニッシュにかかろうとする。
しかし、踏みとどまった敵からはわずかなダメージすらも感じられず、同じく超必殺技の弾劾蒙衝打を放つのに二の足を踏むこととなった。
相手のカウンター攻撃を牽制のエアロ・ビュレット、夜叉ライでそらし、八艘とびよろしく間合いをとる礼也。
状況はまた振り出しへと戻った。
互いがニュートラルな状態となった今、拮抗する睨み合いは礼也達に分が悪い。
「くそ!」
タイムリミットが刻々と近づく中、光輔の声がコクピット内に響く。
「礼也、海に連れ出そう」
「海だあ!」
「ここだとさっきみたいなことされたら被害が大きすぎる。海ならばこっちも思い切りやれる」
「あと二分切ってんだぞ。そんなんで今さら何ができる」
「ディープでバーン・インフェルノを当ててみる。一か八かの賭けになるけど」
「おまえ、あれがどんな攻撃だかわかって言ってんだろうな。相手、つかまえなきゃ、なんにもできねえんだぞ」
「わかってるよ。悔しいけど、あっちの方が俺達よりはるかに上だ。普通の攻撃はたぶん全部避けられる。でも相手に組みつくバーン・インフェルノなら、逃げられることはない。つかまえられればだけど」
「んなこと、できんのか。夜叉ライだって当たんねえのに。方天戟が当たったのだってたまたまだ。クソまぐれだって。一歩間違ってりゃ、今ごろ俺達ゃ、ここにいなかった」
「やってみるよ。何発かはくらわなければならないけど。いいよな、雅」
『いいよ、光ちゃん。やってみよう』
「やれんのか。夕季もこんな状態だし、雅だって……」
『あたしは大丈夫。まだ余裕がある。それに避けるの前提じゃなくって、最初から当たるとわかってるのなら、致命傷を避ける余裕もあるはず』
「……」
『あれなら光ちゃんと礼也君だけでも撃てるはず。夕季の意識さえ飛ばなければ、なんとかつないでみせる。やろう、礼也君』
「もし失敗したら、みんな死ぬぞ。俺達がいなくなれば、さっきのおまえの友達だって守れなくなる。他の奴らも全部だ。それでもいいのか、光輔」
「逃げたって何の解決にもならないなら、少しでも可能性のあることをした方がいい」
「どうした、光輔」
「え……」
礼也の問いかけに、光輔の勢いが削がれかける。
礼也は真顔で光輔を見つめて先へとつないだ。
「おまえらしくないって言ってるんだ。何を焦っている」
「それはおまえの方だろ。なんで今さら躊躇してるんだよ。もし成功すれば、すべて解決するんだぞ。今さえ我慢すれば、みんなが助かる。今はつらいかもしれないけれど、夕季だってもう苦しまなくてすむ」
「……」
「やろう、礼也」
言葉を失った礼也のかわりに声を発したのは、なんとか意識を保ち続ける夕季だった。
「こんなこと言いたくないけれど、これ以上は無理かもしれない。今逃げれば私達は助かる。でも二度と戦えなくなるかもしれない。そんな気がする。だったら、今ここで、全力で戦った方がいい」
違和感を認めつつも、残された時間に焦りを募らせる礼也。
この決断に意味があるのかすら、わからなくなっていた。
その迷いを、桔平の声がかき乱す。
『礼也、今の作戦でいい。やってみろ』
「桔平さん……」
『ただし一回だけだ。失敗したら全力で逃げろ。おまえ達の退路は、メックがなんとかする』
許可は下りた。
同意も得た。
すべてのお膳立てが整ったこの状況で、異を唱える必要はどこにもなかった。
それが余計に礼也の心に棘となって引っかかった。
何故こんなにすんなりことが運ぶのか、と。
「礼也、光輔、タイプ・スリー」
「……」
「おし!」
「みやちゃん」
『オッケー』
礼也の心を置き去りにしたまま、ガーディアンがエア・スーペリアへと変貌する。
牽制のローズ・ピアスに挑発され、相手も同じ形態で夕季達の後を追って飛び出した。
沖へと向かう二体のエア・スーペリア。
目にも止まらぬマヌーバの連続で、夕季は後方からの攻撃をかわし続けた。
相手に逃げ道を封じられ、両手にかまえた剣で夕季が切りかかる。
その直線軌道をこともなくかわし、敵は滞空中にラフレシアを撃ち放ってきた。
吹き飛ばされ、夕季達が海中深く沈む。
様子を見るために近寄った相手に、海から飛び上がった夕季のエア・スーペリアが組みついた。
「今だ、光輔」
「よし、タイプ・ツー……」
言い終わらぬうちに、相手の姿が先に形を変えていく。
ガーディアンではなく、少女の形となったベリアルが、エア・スーペリアを抱きしめ返してきたのだった。
「これは……」
『ああああああーっ!』
コクピック内に響き渡る絶叫。
雅のものだった。




