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第四十一話 『今、ここで伝えなければ消えてしまう、大切なもの』 9. たとえ世界中を敵にまわしても

 

 

 反応の遅れた光輔の目の前に銀色の槍が迫る。

 回避不可能と判断し、腕をクロスしての防御を選択した。

 ダメージは不可避だがやむをえない。

 しかし、突き抜けると思われた寸前、その尖端はぐにゃりとひしゃげるようにコースを変え、真横に弾かれていった。

 続けざま、ニセ海竜王に襲いかかる無数の砲撃。

 陸竜王だった。

 右拳を突き出し、左手を腰だめにかまえる真紅の陸竜王が、ニセ海竜王の軌道を完全に封じ込めていた。

「何やってやがる、てめえ!」

 礼也の叫びに押されるようにニセ海竜王に向き直る光輔。

 ぐらりとよろめき、ダメージの蓄積が見てとれる相手に、光輔が必殺の高密度クローをお見舞いした。


 戦い終えた光輔と礼也が、廃墟となった街に佇む。

 これがほんの数時間前まで人波で賑わっていた同じ場所であるなどと、誰が見ても信じられないはずだった。

 逃げるように消え去ったニセモノを追いかける気力すらなかった。

 インプの姿は視界にはなく、忍に確認し、当面の脅威がほぼ去ったことを認識する。

 白いガーディアンはいまだ基地上空に待機中ではあるものの、すぐに攻撃してくる様子はなさそうだった。

 同時に、竜王を持たない他国の支部が、同様の攻撃を受けて都市ごと壊滅したことを知らされる。

 自分達だけが生き残ったことに罪悪を感じるより先に、この状況がさらなる悪意を持ち込むことを畏れた。

 陸竜王のコクピットの中で、ふう、と深く息を吐き出す礼也。

 あれから楓からの連絡はない。

 心配ではあったが、まだしなければならないことが山ほどあった。

「おい、光輔。いくぞ」

 光輔からの返答がないことに疑問を抱く。

「おい、光輔」

 二度目の問いかけから返ってきたのは、うめきのようなか細い声だった。

『なんでだよ、なんで……』

 その心情を何となく礼也が察し、辟易した表情で横を向く。

 そこへ桔平からの報せが重なった。

『おい、夕季を見なかったか』

「はん? あいつはケガで動けねえはずだろ」

『ああ……』

 そう言って難しい顔で腕組みをする桔平に、礼也が違和感を持つ。

「なんかあったのか」

 すると桔平は言い難そうに口を開いた。

『空竜王で飛び出していったらしい』

「はあ! 無理だろ。あんなん、目、開けてるだけでもカツカツの状態だって」

『だが、友達を助けにいくって言って、出ていったらしい。沼やんが俺に謝ってきた。ほんの今も、ここでニセモノの空竜王を瞬殺していったところだ』

「マジか。信じらんねえぞ、あのバカ野郎は。ぜってー人間じゃねえだろ、ったく」

『知り合いを助けたらすぐに戻ってくると沼やんに約束していったらしいが、まだ帰っていない。ずっと呼びかけてるのに、全然応答がないんだ。しの坊が心配しちまって』

『桔平さん!』

『ああ、悪い』

 ふん、と礼也が憤る。

「わかった。こっちでも探してみるわ。見つけたら連絡する」

『ああ、そうしてくれ、礼也』

『お願いね、礼也』

「心配すんなって」心配でしようがない忍に笑い飛ばす。「あんなモン、殺したって死なねえだろ」

『……』

 冗談ですまされないやらかしに、さすがの礼也も閉口する。

 とばっちりは光輔へと向かった。

「いくぞ、へたれ野郎」

 背中を蹴られ、海竜王が前のめりに崩れ落ちる。

『何を……』

「とっとと、バカ探すぞ。しの坊がわんわん泣いちまって、今よりもっとフケ顔になっちまってもいいのか、てめえ」

『……』

『……』

「あーもう!」

『あ……』

「どうした、光輔」

 光輔は他の誰かと電話でやりとりをしている様子だった。

 どうやら友人の一人のようだった。


 朦朧とした意識の中から、夕季は目覚めた。

 焦点の定まらないまなざしが、ぼんやりとした影を捉える。

 次第にはっきりとするその形が、みずきであることに気づいた。

 どうやら頭の包帯を取り替えているらしかった。

「……」

 何も言うことができず、眉を寄せて口を結ぶ夕季。

 すると、夕季の意識が戻ったことに気づいたみずきが、安心したように笑ってみせた。

「ごめんね。起こさないでやろうと思ってたのに」

「……」

 むぐ、と口もとをゆがめ、夕季が下を向く。

「……。どうして」

「どうしてって、友達がケガしてたら、普通こうするでしょ。でも、他のところはこわくて手が出せないから、包帯かえるだけだよ」

「でもあたしは……」

「ゆうちゃんだってそうするくせに。あ、動かないで」

「……ごめん」

「ごめんはこっちだよ。うまくできなくてごめんね。向かい合ってると、けっこー難しいんだ、これが」

「……。いくなってさんざん言われてたのに、わがままを押し通して飛び出した結果がこのざまだ。わかってたのに。自分が足手まといになることだって。それなのに、ひどいことを言った。みんなを傷つけるような嫌なことを言った。最低だ。……ごめんなさい」

「穂村君に聞いてたとおりだった」

「……」

「ゆうちゃんって本当、ぶきっちょだよね。ああいうこと、言いなれてないのバレバレ。穂村君、言ってたよ。みえみえの嘘つく時、口が超への字口になるって」

「……」

 言葉もない夕季に、みずきが嬉しそうに笑いかける。

「たぶん自分じゃよくわかってないだろうから言っとくね。ゆうちゃんてさ、まあまあぶっきらぼうなところもあるけど、優しくて、あったかくて、すっごくいい人なんだよ。あ、プレッシャーじゃないからね、別に。でもね、もっと自分のことも大事にしないと駄目だよ。あたし達はわかってるから別にいいけどね」

 顔を伏せる夕季。

 そこに茂樹の声が重なった。

「お、古閑さん、起きちまったのか」

「曽我君が包帯とか探してきてくれたんだよ。普段は全然がっかりだけど、ギリギリ最低くらいは使える奴だったかも。でもやっとこゼロって感じだけど」

「篠原さん、なんでそんな辛口評価なんすかねえ……」

 悲しげにそう言ってから、ばつが悪そうな顔になる。

「古閑さん。後で桐嶋先輩に謝っといてくれない」

 その意味をみずきから知る。

「鍵が開いてたから、勝手に入っちゃったんだって」

「救急箱探すためだから仕方ないだろ。ちゃんと靴は脱いだよ」

「でも先輩の部屋とかも入ったくせに」

「それは……」

「入ったんだあ! 最低だよ!」

「そうかもしんないけど!」

「あ……」

「ごめん、痛かった?」

 心配するみずきに、夕季がかぶりを振る。

「違う。すぐに帰るって約束して出てきたのに、連絡もしてない。大沼さんに怒られる……」

「おい。光輔と連絡がとれたぞ」

 夕季の呟きが別の声にかき消される。

 祐作の声だった。

「すぐ来るってよ」

「本当」

「マジか!」

 笑い合う三人。

「ああ。ずっと古閑さんのことあっちでも探してたみたいでよ。すげえ感謝された。古閑さんのお姉さんが、すげえ心配してたって言ってたから、光輔から言っといてくれるってよ」

「よかったね、ゆうちゃん……」

 その顔を見てみずきが何も言えなくなる。

 そこにいる誰も見たことがない、今にも泣き崩れそうな夕季の表情に。

「……ありがとう、みんな」

「なんで、ゆうちゃんがそんなこと言うの。全部こっちが言わなくちゃいけないのに」

「ほんとだよな」茂樹も嬉しそうに笑った。「やっぱすごいよ、古閑さんは。普通、見捨てるだろ、俺らのこと。それなのにさ、今にも死にそうなの我慢して、助けに来てくれるんだぜ。信じられねえよ」

「今にも死にそうとか言わない!」

「ああ、悪い……」

「あたしはずっと信じてたけど」

「……信じてもらっても、もう何もしてあげられないかもしれない」

「そんなの関係ないじゃん」

「!」

「こっちが勝手に信じてるだけなんだから。プレッシャーとか勝手に感じなくていいってば。忙しくてこれなかったら仕方ないって思ってたし」

「嘘つけ。ずっと助けてって祈ってたくせに」

「そうじゃないから!」茂樹の暴言に、焦ってみずきが否定する。「どうせ駄目だって諦めてたら、助けてもらった時、気まずいじゃんか。顔とか見れないよ。だからあたしは勝手に信じるの。ゆうちゃんの気持ちは関係ないの。曽我君なんかに言ったあたしがすごくおろか者だったよ」

「何言ってんすか……」

 苦笑いの茂樹の横で、祐作が申しわけなさそうな顔になった。

「ごめん、古閑ちゃん。そっちだってやりたくてやってるわけでもねえのにさ、好き勝手言っちまって、本当に悪かったと思ってる。助けに来てくれて、マジサンキュな。俺、全然駄目だった。情けなくてヤんなってくる、マジで……」

「羽柴君は悪くない。誰かがやらなければいけないことをやっただけだから。羽柴君が決断してくれなかったら、もっとひどいことになっていたと思う」

「いや、またそういうことを言う……」

「?」

 不思議顔を向ける夕季に、今度は祐作が泣き出しそうになる。

 その背中を茂樹が笑いながらバンバンと叩いた。

「ま、こいつも改心したみたいだから、許してやってよ」

「う!」

 そこにジョトが飛び込み、夕季の顔を舐め始めた。

「……うん……。許すも何も、……ジョト、駄目だよ」

「でも曽我君は最低だよね」

「いやいやいや」

「桐嶋先輩の部屋に勝手に忍び込んだんだから。最低の中の最低」

「なんかすごく悪意がある言い方!」

「最低だな、おまえ」

「あのな!」

「ジョト、駄目だったら。わかったから」嬉しそうに笑った。「みんなを連れてきてくれて、ありがとね、ジョト」

「ゆうちゃんもそう思うよね」

「もういいよ、ジョト……。……うん」

「古閑さんまで!」

「?」


 その報せを聞いたのは、光輔と礼也がみずきらと合流する直前だった。

 世界各地のメガル跡地では、さらなる異変が起きていた。

 目的を達成したのか、基地ごとその近隣都市を破壊しつくした白いガーディアン達が、一斉に姿を消したのである。

 同じ頃、日本のメガル基地上空で、信じられない事態が発生する。

 世界中から集まったと思しき白いガーディアン達が、そこに集結したのだ。

 やがてその姿を白日のもとに露呈する。

 すべてのかけらを集めた琥珀色のガーディアン、ベリアルとなって。


「光輔、いくぞ」

 ハッチを展開したまま桔平との連絡を終えた礼也が、地上の光輔に呼びかける。

 光輔はみずき達と合流し、夕季の介抱を手伝っていた。

 祐作らとのわだかまりもなくなり、決意の表情で振り返る。

「篠原、夕季のこと……」

「あたしもいく」

 言い終わらぬうちに夕季が決意表明する。

 先より落ち着きを取り戻したとはいえ、動き回るにはまだまだ回復が不十分だった。

 それでも夕季の決心がゆるぎないものであることに、光輔は気づいていた。

「それが本当にベリアルなら、何があっても今倒さなければならない。でないと、みんなの帰るところがなくなる。私達の帰る場所が」

 その言葉に祐作らが下を向く。

 メガルが世界中を敵にまわした時点で、祐作ら山凌市の人々は同類と見なされていた。

 たとえベリアルに勝ったとしても、その誤解が解けるかどうかは定かではない。しかし当面の敵、ベリアルさえいなくなれば、山凌市に戻ることができる。

 メガルが彼らを守ることができるからだ。

「この国に死人となった私達が住める場所はどこにもない。おそらく世界中のどこにも。でもこの場所なら、山凌市の中なら生きていける。たとえ世界中を敵にまわしても、メガルが、私達がみんなを守る。本当に大切なものだけは、何があっても守ってみせる。このまま全部消えてなくなってしまうくらいならば、最後の最後まで戦う。この場所だけは絶対に渡さない」

「夕季……」

「おい、さっさとしろ」

 無慈悲な礼也の声に、光輔がキッとなって振り返る。

 礼也は辟易したような顔をして、くいと顎をしゃくってみせた。

「そのバカもだ。早く乗れ」

「礼也!」

「そいつが言ったとおりだ。今あいつを倒さなかったら、俺達がここから出てかなきゃならなくなる。そうなったら、ここにいる人間達は全殺しだ。こっから外に出りゃ、国や世界中が全部敵になって、ベリアルどころじゃなくなるからな。人間同士でドンパチ削りあいが始まる。そんなバカげた戦争するくらいなら、てめえなんかは死んだ方がマシだろ、光輔。俺はヤル気マンマンだから、どっちでもかまわねえがよ」

「だからって、夕季はまだ動けるような状態じゃないだろ。おまえだってそれくらいわかってるはずだ」

「五分だ」手を開いて差し出し、憮然と言い放つ。「おっさんに了解をとった。しの坊からもしぶしぶオッケーもらってある。こいつのハラがすでに決まってる以上、てめえの言い分はとおらねえ」

 言葉もない光輔。

 それに頷いたのは夕季の方だった。

「ありがとう、礼也」

「うるせえ。ガラにもねえこと言うな。てめえがそんなこと言いやがると、バカにしてるとしか思えねえ」

「……」

「ただし、それより早くても、俺がヤバいって思ったらやめさせるからな。リーダー権限の発動には誰もわがまま言わせねえ。普段の倍返しだ。いつも俺をバカにしやがるバツだ」

「ありがとう。いつもバカにしてごめん」

「いや待て! ちょっと待て! そういうことじゃねえ! ……。いや、やっぱバカにしてやがる!」

「本当はそんなこと少しも思って……」

「てめー、わざとだな! 俺を言葉攻めで翻弄して、戦いの前にガリガリ削る気だろ! その手にのるか!」光輔をギロリと睨みつける。「おまえも早くハラ決めろ。もたもたしてるうちに、このバカのロスタイムがどんどん減ってること、忘れんな」

「……」

 光輔が唇を噛みしめる。

 その背中を夕季が押した。

「光輔、やろう。あたしは死なない。絶対に死なないから。お願い」

 すうううっと光輔が息を吸い込む。

「絶対だな。絶対死なないんだな」

「約束する」

 頷く夕季をまじまじと見つめ、光輔がようやくハラを決めた。

「わかった五分でベリアルを倒そう」燃え上がるまなざしで天を見上げた。「俺達の全力を、ぶつけよう」




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