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第四十一話 『今、ここで伝えなければ消えてしまう、大切なもの』 8. 悲しい嘘

 

 

 周囲の騒がしさに夕季は目を覚ました。

 見知った隊員達の顔を認め、そこがメック・トルーパーの救護車両であることに気がつく。

 聞くともなく聞こえる彼らの話し声の中で、今がどういう状況であるかを確認した。

「まずいな、このままじゃ、ニセモノにメガルが破壊される」

「光輔と礼也は」

「インプの対応で精一杯だ。海竜王はニセモノにかかりきりらしい」

 はっとなり、夕季が苦痛に顔をゆがめながら起き上がる。

「みんなは」

 それを救護班のメンバーが押しとどめた。

「起きたら駄目だ」

「動ける状態じゃないんだぞ」

「みんなは。みつばのお母さんや、みずき達は」

「ケガ人は保護した。おまえと同じ場所にいた人間で死んだ者はいない」

「みんなは。あたしの同級生の」

「わからん。動ける人間は自分の足で逃げていったみたいだからな」

「……」一瞬の思考停止。それから夕季は唇を噛みしめて、また起き上がろうとした。「こんなことしていられない」

「駄目だと言っただろう。おまえはひどいケガ人なんだぞ。そうやって起き上がることすら危険なんだ」

「お願い、いかせて」

 すがるように懇願する夕季。

「このままだと何もかもなくなるかもしれない。お願いだから」

「駄目だ。死ぬためにいかせる手伝いなんて、ごめんだ」

「死なない。絶対に死なないから、いかせて」

「駄目だ。絶対に駄目だ」

「このままじゃ、全部なくなる。消えてしまう。戦う理由がなくなる。それじゃ、生きていたって意味がない。お願い、いかせて」

「駄目だと言ったら駄目だ!」

「いかせてやれ」

 その声にそこにいた全員が振り返る。

 車両の出入り口に大沼が立っていた。

「いかせてやれ。俺が責任を持つ」

「しかし……」

 渋る隊員達を前にしても、大沼のまなざしは微塵も揺るがない。

「そのかわり、その友達を見つけたらすぐに連絡しろ。こちらから救援に向かう。無理はするな。おまえは自分が重傷患者であることを自覚しろ。いいな」

「大沼さん……」

「もう一つ。おまえのことを心配してくれている、忍や他の人間のこともよく考えて決めろ」

「……わかった」

 夕季を抱きかかえ、大沼が車両の外へと向かう。

「約束を破ったら、承知しないぞ」

 口もとを固く結び、小さく夕季が頷いた。


           *


 広範囲に渡る半円のスペースを前面に作り出し、空竜王が膝をつく。

 インプの群はまだ数多く残っており、どこにも逃げ場のないみずき達にとっては、接近までの時間稼ぎにすぎなかった。

「どうしたんだ」

 放心したように呟く茂樹に、空竜王に注目するみずきがまばたきもせずに顔を曇らせる。

 空竜王には以前見た銀色の輝きはなく、色あせたような灰色がかった白い色のままだった。

「ゆうちゃん、ケガで身体が思うように動かないんだ。苦しくてつらいのに、無理してる」

「俺達を助けるためにか」

 茂樹の問いに、みずきは無言で頷いた。

 動きを止め沈黙していた空竜王の頭部が、ふいにぬうっと持ち上がる。

 太陽の光を受け、スカイブルーの両眼を輝かせて、両腕を袈裟切りのポジションに置いたままダッシュした。

 周辺の障害を根こそぎ駆逐していく空竜王。

 瞬く間に広く長い道が現れ、そこに避難者達の退路ができ上がった。

 しかし、敵の数はまだかなり見てとれる。

 残りの敵を背負いながらみずき達の目の前で停止すると、空竜王がゆっくりと前面ハッチを開いた。

 表情のない夕季の顔がのぞく。

 青白い顔には生気がなく、ひどくつらそうに見えた。

「早く逃げて、みんな……」

 かすれた声をなんとかしぼりだす夕季。

 それを見つめるみずきの表情もつらそうだった。

「ゆうちゃん……」

「……早く」

 そこにあるものは、決死の覚悟だった。

「ゆう、ちゃん……」

 それ以上言葉も発せず、茂樹と祐作にも同様に目を向ける夕季。

 二人はそれに応えるように頷き、みずきの手を引いた。

「いこう、篠原」

「でも」

「ここにいたら古閑さんの邪魔になる」

 茂樹に言われ、渋々従うみずき。

 後方では空竜王とインプとの二回戦が始まっていた。

 後ろ髪を引かれるように何度もみずきが振り返る。

 安全地帯に逃げ込んだ頃合いで立ち止まり、みずきは茂樹達に告げた。

「あたし、戻る」

「篠原……」

「ゆうちゃん、ケガしてる。ふらふらで今にも倒れそうなのに、それでもあたし達を助けに来てくれた。あたし、ほっとけない」

「おい、待て、篠原」

 走り出すみずきを、茂樹が止めようとした。

 それを制する祐作。

「ほっとけよ、茂樹。あいつらにつき合ってたら、命がいくつあっても足りないぞ」

 心無い祐作の声に、キッとなって茂樹が振り返った。

「その命を助けてくれたのは誰だ。俺もいくぞ」

「勝手にしろ!」

 みずきを追って駆け出した茂樹を、祐作は憤慨するように怒鳴りつけた。


 敵を殲滅し、空からみずき達の行方を探る夕季。

 無事逃げられたのかどうか気がかりだった。

 あらかた片づいたようだが、気配が完全に消え去ったわけではない。一刻も早く、エリアを平定しなければならなかった。

 めまいがし、大沼との約束を思い出す。

 しかし、まだ戻るわけにはいかなかった。

「!」

 かすかな気配に気づき、夕季が集中する。

 見過ごせない姿が眼下にあった。

「ジョト」

 楓の家は無事だったが、犬小屋につながれたままのジョトが、空竜王の飛ぶ空に向かって吼え続けていたのだった。

 地上に降り立ち、空竜王がハッチを開く。

 その間、ジョトは一層警戒を強めて威嚇し続けた。

 夕季が姿を見せても咆哮は止まない。

「ジョト、あたしだよ」

 手を差しのべながら近づく夕季に対し、眉間に皺を寄せ、唸りながら睨みつけるジョト。

 それにも動じることなく、夕季は穏やかな表情のままジョトに近づいていった。

「待ってて、今ほどいてあげる」

 小屋の後ろから身構え、ジョトが威嚇を続ける。やがて夕季が首輪に手をかけると嘘のようにおとなしくなり、その顔を舐め始めた。

「やめて、ジョト。わかったから」

 嬉しそうに笑う夕季。が、その目はジョトの姿すらよく見えていないようだった。

 まるでそれを気遣うように、ジョトが、くうんと鳴きながら顔を舐め続ける。

 突然夕季の顔から笑みが消え、ジョトを強く抱きしめた。

「ごめんね、一緒にいけない。一人で逃げて。桐嶋さん達のところにいって。元気でね」

 夕季の伝えたいことがわかったのか、ジョトが悲しそうな顔で夕季の顔を見つめる。

 それに夕季が同じ顔で見つめ返すと、ジョトは淋しそうな素振りを見せながら早足で夕季から遠ざかっていった。

 ジョトの姿が見えなくなるのを見届け、夕季は犬小屋にもたれかかるように目を閉じた。

 額の包帯がほどけ血が流れ落ちていたが、気にもならないほど眠くてたまらない様子だった。


 メガルは崩壊の瀬戸際に立たされていた。

 ニセ空竜王の攻撃によるダメージの蓄積が、核ミサイルの直撃すら中和するニュートラリゼーションバリアの効力をも無効化しようとしていたのである。

 それはワンクッションすら置くことなく、メガルに対して直接攻撃を仕向けているようにも見えた。

 バリアが消滅し丸裸となったメガル本棟に、ニセ空竜王が間合いをそれまでの半分も詰める。

 滞空中に両腕をクロスし、拡散空刃の倍増攻撃をくらわせる気だった。

 背面に攻撃を受け、ニセ空竜王が振り返る。

 背後からもう一体の空竜王が猛スピードで迫りつつあった。

「夕季か」

 安堵の表情を桔平が向ける。

 忍とあさみは畏怖のまなざしのまま、それに注目していた。

 後手にまわったかっこうとなったニセ空竜王が、けん制の拡散空刃で間合いをとろうとする。

 それをもう一体の空竜王が高速を維持したままくぐる姿勢でかわし、相手のブレードの届かないギリギリの間合いでブレーキをかけた。

 急制動のエネルギーを回転運動へと転換し、バックブロー気味の空刃を束ねて撃ち放つ空竜王。

 その先端から放たれた収束エネルギーは、ニセ空竜王の腹部をくの字に折り曲げた。

 後ろ向きに吹き飛ばされ身動きの取れないニセ空竜王に、逃げる間も与えず空竜王が追従する。

 互いの頭部が触れるほどの距離まで接近し、さらなる加速を重ねながら、空竜王が相手の顔面に白銀のブレードを突き立てた。

 額を貫くかっこうで、メガルから数キロメートルも離れた山腹に敵を叩きつける空竜王。

 木々をなぎ倒し、大量の噴煙を巻き上げ、斜面にめり込むほどの衝撃にニセ空竜王の全身が沈む。

 ふらつく頭を持ち上げたところに、空竜王のさらなる追い討ちが襲いかかった。

 反撃する隙さえ与えることなく、馬乗りとなった空竜王が、相手の頭部をめった刺しにし続けた。

 その凄惨な光景に、司令部の面々が戦慄する。

「いつもの夕季とは違う……」

 忍の呟きに、画面から目をそらさずにあさみが頷いた。

「荒々しい。でもどこか危うい。何かを焦っているかのよう」

「……」

 忍が心配げに目を細めた。


 夕季はまどろみの中にあった。

 融合する記憶の中、次第に意識が遠のこうとしていた。

「ゆうちゃん」

 みずきの声と笑顔を思い返し、幸福感にひたりながら眠りにつこうとする。

 その至福の時を騒がしさが引き止めた。

 耳を刺激する咆哮。

 その鳴き声に聞き覚えがあり、夕季がうっすらとまぶたを持ち上げる。

 続けて飛び込んできた叫び声が、意識を完全に覚醒させた。

「ゆうちゃん!」

 みずきが駆け寄ってくるのが見えた。顔を上げると、ジョトが走り回っているのも確認できた。

 吠え続けながらジョトがみずきを誘導してきたのである。

「ゆうちゃん、大丈夫。ゆうちゃん」

「みずき……」

「このワンちゃんがね、連れてきてくれたんだよ。ずっと吠えてるから、絶対何かあると思って。まさか、こんなことになってるとは思わなかったけど。ほんと、すごくお利口な犬だよ」

 まとわりつくジョトの前に出て、夕季の肩に手をかけるみずき。背後には茂樹の姿も見えた。

 ジョトは邪魔にならない場所から二人を守るように、周囲を警戒し始めた。

「ゆうちゃん、痛い? 大丈夫」

 一瞬気を緩ませた夕季が、すぐに厳しい顔つきへと変わる。

「おい、だいじょうぶ……」

「いい加減にしてよ」

 鉄パイプを手に遅れて駆けつけた茂樹が言い切らぬうちに、夕季が冷たく突き放す。

「どうしてこんなところにまだいるの。早く逃げろって言ったじゃない。せっかく助けたのに、これじゃ何のために助けたのかわからない。だいなしじゃない。またやつらが来る前に、早くどこかにいって」

「ゆうちゃん」

「こんなはずじゃなかった。私達だけなら逃げられたのに、みんながいたから思うように動けなかった。みんながもたもたして足を引っ張るから、逃げることができなかった。足手まといだってことくらい、自分達だってわかってるでしょ。少しでもこっちのことを考えてくれてるのなら、もうこれ以上邪魔をしないで」

「ゆうちゃん……」

「わからないの。迷惑しているのが。私達はあなた達とは違う。光輔だってきっとそう思ってる。ずっとそう思ってた。ずっと文句を言いたかった。もう、二度と私達にかかわらないで……」

 目を閉じて悪態を続けるうちに、目の前から人の気配が消えていることを知る。

 胸が痛かった。

 どうしようもないくらいに、心が苦しかった。

 むせぶように、くっ、と声をあげ、夕季は重い頭を二度と上げようとはしなかった。





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