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第四十話 『カタストロフィ』 1. 予定外の出来事



「しの坊、今日あの番組録っといてくれ」

 メック・トルーパーの待機所で桔平に言われ、忍が振り返る。

「はじめてのお疲れ、ですか」

「おお、頼む。今夜、当番日でよ」

「いいですよ」

「広島県警二十四ジカンジャケンも観たいんだけどよ、まあ……」

「そっちも録っときます」

「え? どうやって? 魔法でも使えるようになったのか。魔法少女ってトシでもねえよな?」

 理解不能顔を向ける桔平に、忍が意味ありげに笑ってみせた。

「もうすぐ年末ですからね。思い切ってダブル録画のを買ったんです。いえ、別に魔法少女でもいけると思いますよ。充分」

「ダブル録画だと! そいつはすごいな。正月番組も容赦ねえからな。今から心配になってくる。いやいや、ムリすんなって。そういうトシでもないんだから」

「大丈夫です。ダブル録画ですから。いえ、別にムリはしていませんから。まだ若いですし」

「それは頼もしいな」

「おまかせあれ!」

「ぶっちゃけ、俺はおまえのことをあなどっていたが、それも考え直さなきゃならん時がきたようだな」

「そんなにたいしたことじゃないですよ。そうですか、やっぱりあなどられていましたか。うすうすわかっていましたが、なんかハラ立ちますね」

「いやいや、謙遜も度をすぎると嫌味だぜ。実際、すげえ進化だ。また背が伸びたんじゃねえか」

「……背はちょっとだけ」

「また伸びちゃったか。進化が止まんねえな!」

「本当はトリプルチューナーのやつが欲しかったんですが、予算の都合で断念したんです。夕季の部屋にテレビを買ったから。伸びたっていっても、ほんの二センチくらいのことですよ」

「トリプルチューナー! ……って、三つチューナーがあるってこと? 三つも? テレビも二つ? 二センチも伸びたのか? いいトシこいて」

「十番組同時に録画できる機種だってあるんですよ。高いやつですけど。いいトシはこいてないですよ! まだ二十二ですし」

「そんなん、明日の分まで録れちゃうじゃねえか! え! 二十二!」

「でも古いのも残してあるから、一度に三つまでは録画できますよ。……今さら何驚いてんスか……」

「一度に三つも録れるのか! おまえが! なんか忍者の分身の術みたいだな。あ! おまえって忍者の忍だったな、そういや! ニンニンだな。あ、ユーニンニンか」

「古いのは夕季にあげましたけれど。ユーニン、ディスってんスか!」

「さてはその調子で若返りの術とかも使いやがったな。んじゃあさ、となり能登・土呂も……」

「そろそろご自分でも予約できるようになった方がいいですよ。若返りってどういうこと!」

「そんなこと言われても、む~ん……。あれ、本気なのか」

 ふいに真顔となった桔平に忍がピンとくる。

「メックに戻りたいって話ですか」

「ああ。そんな嫌か」

「嫌ってわけじゃないんですけど、やっぱり私は現場の人間ですから。局長からの了承はなかなかいただけませんが」

「そりゃそうだろ。まだまだションじゃ頼りないからな」

「小田切さん、かなり仕事覚えられていますよ」

「なんでまた、唐突に」

「引継ぎもありますし、新年度のことを考えたら今のうちに言っておいた方がいいと思って。ここの方達なら私なんかよりはるかに優秀だから、心配いらないとは思いますけど。小田切さんにとっても、その方が好ましいんじゃないでしょうか。なんだか、私がいるとやりづらそうですし」

「優秀だからいいってわけでもないだろ」

「はい?」

「こんなこと言うのは間違ってるんだろうが、俺達はけっこうおまえがいなくなるとヤバいって本気で思ってる。仕事面もそうだが、何よりあいつらにとって、おまえの存在は特別だからな。実際、おまえがいなけりゃ、ぎくしゃくする場面も何度かあった。あさみがオッケーしない理由もそこだろう。オペレーター以上に、奴らの精神的な支柱としての役割を強く求められているからだ。こればかりはどんな優秀な人材でも、どうこうできることじゃない。ましてやションなんぞに」

「だからですよね」

「は?」

「小田切さん、やりにくそうですよね。意識はしていないのに、あの子達まで知らないうちにあの人のことを軽く見るようになっています。小田切さんだけじゃない。他の方達のことも。ここは特別なところです。優秀な人材が集まって、特別なことを当たり前のようにこなしている。そこにいる誰一人とっても、普通の高校生が気軽に話しかけられるような人間ではないはずです。その中で、あの子達がもっと特別な存在になりつつあるんです」

「そんなこと、あいつらはこれっぽちも思ってないだろ」

「思ってないですね。でもまわりはそうは思わない。現に私がここにいるのも、桔平さんや局長と知り合いだからと思われています。そのとおりですけれど」

「真面目だな、おまえは……」

「あの子達だってきっとそう思っています。その事実がいつか甘えになって、あの子達に悪い影響を及ぼすんじゃないかって、私は……」

「おい、しの坊」

「はい」

「なんか勘違いしているみたいだが、おまえ自身がすでに特別な人間なんだけどな」

「……え」

「ションの野郎もおまえにはかなわないことを自覚してやがって、突然新人のセレクションに参加させてほしいって俺達に申し出てきやがった。自らの目で、自分の欠点を補えるような人材を見つけるためみたいだな。あいつの基準はおまえだから、経験のない人間にとっては当然厳しい審査になる。理不尽な駄目出しして、毎度毎度紛糾させてやがる。おかげでリザーブの人間も一向に見つからん。おまえが辞めたいって言ったせいじゃない。もしおまえに何かあった時、自分におまえのかわりができるのか不安になったからだろうな。実が伴ってないからイタイんだが、あれはあれで、奴なりに必死なんだろ。僕なんかは彼女の足もとにも及ばない、君達はそんな僕すらも超えられない、文句があるなら僕のかわりになれることを証明してみせろ、だってよ。おまえが辞めたいっつって、一番危機感を持ってんのは、案外あいつかもな」

 わなわなと忍が口をへの字に曲げていく。

「三田さんもよ、なんでおまえが辞めなければならない、ってすげえ憤慨しててよ。ションの奴に、おまえがパワハラをしたせいか、ってぐいぐい責めまくってたな。ションはションで、こっちが聞きたいです、って泣きそうなツラしてやがったし。ずっと前から、おまえのことをコネだなんだって陰で言ってる奴らを、かたっぱしから三田さんが黙らせてたからな。貴様なんぞは彼女の足もとにも及ばん、とかなんとか言ってたのを聞いたことがある。おまえ、いつの間にあの人とそんなに仲良くなったんだ。あんなかわりモンのオッサンと。考えられんぞ、普通の人間には。俺のこともセクハラだなんだと疑ってやがったが、俺がそういうことをする人間に見えるのか、ってきっぱり言い切ってやった。すげえ疑われた顔で見られて、さすがの俺も不愉快だった。こう見えても俺は、セクハラだけは波野ちゃんにしかしたことがない男だからな。なんでおまえなんかに!」

「今に地獄に落ちますよ。絶対」

「おまえもいろいろあるんだろうが、困る奴の方が多いんだからよ、もうちっとだな、重要人物である自覚を持ってだな……」

 ふと忍に目をやり、その顔がぽっと赤く染まったのに気づき、桔平が目を見開いた。

「照れてやがんな、おまえ!」

「テッ! テレ~!」

「てってれ~?……」

「照れるに決まってるじゃないですか……」素直に負けを認める。「……なんかすごく、やりにくいです……」

「そういうとは思ったけどな」苦笑い。「まあ、もともとみんな、おまえのことは大学院か……、見た目からいっても、大学院かなんか出たバリバリのエリートだと思ってるみたいだがな。性格はおっちょこだが」

「なんで見た目で言い直したんスか……」

「本当に嫌だったら、こっちもなんとかしなきゃならんが、そうでもないってんならもうちっと考え直せよ。ションはともかく、三田さんにヘソ曲げられると俺が困るんだわ、実に。おまえのおっちょこのとこ、あの人らは見てねえからな」

「……」潰れたような変な顔で忍がうつむく。「……」

「まだしぶってやがんのか、ったく」

「……。私ってそんなにおっちょこちょいですかね」

「ガッツリだろ。おまけに、超がつくほどポンコツだ」

「一応、重要人物なんですよね」

「つまんねえ心配ばっかしてやがるから、また背が伸びやがったんだな。もともとフケ顔のくせにあんま考えすぎると、すぐに二メートル超えちまうぞ。がっはははは!」

「……。やっぱり辞めさせてください」

「え! なんで! 今、セクハラになってた? どこが?」

「あ、それマジなやつすね……」

「すまん! わからん!」


「お姉ちゃん、何かいいことあったの」

 夕飯の支度中に夕季から指摘され、忍が笑顔で振り返った。

「なんで」

 その鼻歌まじりの様子に夕季が一歩引く。

「なんだか、嬉しそうだから」

「そう?」

「……うん」

「気~のせ~だよ~、ふんふんふ~ん」

 目がなくなるほどの笑顔で鍋のフタを取る。ふんふんふんと、ご機嫌にかき回すのは、急遽決定した牛肉たっぷりカレーだった。

「みやちゃん、これるって言ってた?」

「うん」キッチンのゴミをかたづけながら、夕季が頷く。「車で来るって」

「あ~、もう出ちゃったかな」

「まだだと思うけど。どうして」

「うん。ついでに礼也も連れてきてもらおうかなって思って。一穂ちゃんと一緒に」

「……」

「いいじゃんか、別に。たくさん作ったんだから」

「いいけど」やや不本意そうな理由を口にする。「礼也、二度とみやちゃんの車には乗りたくないって言ってたから」

「あっははは」豪快に忍が笑い飛ばした。「前よりだいぶうまくなったけれどね。じゃあさ、あたしが後で迎えに行くって言っておいて」

「うん」

「光ちゃんは」

「光輔は追試の勉強があるから」

「めずらしいね、食いしん坊の光ちゃんが。まあ、追試じゃしかたないか。夜食用に後で届けてあげようかな。ふんふんふ~ん」

「って言ってたけど、牛肉カレーだって言ったらすぐくるって」

「カレー、強いなあ。ふんふんふ~ん」

「……」夕季が口をへの字に結ぶ。「ヘビメタ?」

「何が」

「……なんでもない」

「ふんふんふん、やさシーサーに~」

「ユーニンか……」

「?」

「このケチャップ、捨ててもいい。期限、だいぶすぎてる」

 冷蔵庫を覗き込みながら、夕季が口にする。

「あ、そうだね。中、洗っておいて。礼也は免許取らないのかな」

「卒業してから取るつもりだって、光輔から聞いた。メガルなら只だから」

「ふ~ん」

「新しいの、いつものとこだよね」

「そう。関係ないけど、ケチャップと血って間違えないよね。ドラマとかでよくあるけど、全然違うよね」

「綾さんは間違えてた」

「あ、やっぱり。安いやつと高いのじゃ、色もけっこう違うかもね」

「安いので間違えてた」

 残りわずかとなったケチャップの容器を洗うために、夕季がキャップに手をかける。が、古くなったケチャップが固着していたせいか、容易にははずれなかった。男子顔負けの握力で力任せに回そうとしたが、中身のない透明容器がぐにゃぐにゃとねじれるだけで、キャップはびくともしなかった。

「ん!」

「どうしたの」

「うん。ケチャップの乾いたのでカチカチになってて。もう捨てるんだから、容器の方を切っちゃってもいいよね」

「貸してみ」

 ハサミを手にする夕季から、忍が容器を受け取る。フタを開けて確かめると、水気のなくなったケチャップがこびりついているのが見えた。

「中に水を入れて溶かすの?」

「あいた」

「え!」素で驚く夕季。「すごい。どうやったの。あたしの方が握力あるのに」

「へっへっへ~」

 ドヤ顔で振り向いた忍に夕季が敗北感を抱く。それでも好奇心には勝てなかった。

「どうやって開けたの」

「魔法を使ったの。実は魔法少女だったのよ」

「え!」

 真顔の夕季に、やや照れ顔を向ける忍

「実はね……」

 その時着信があり、ネタあかしは中断されることとなった。

「あ、みやちゃん。何? え? 礼也が逃げた? なんで……。車に乗ってくれない!」


「ねえ、大丈夫」

 篠原みずきに覗き込まれ、ようやく光輔は我へと返った。

「その様子だと、あんまりって感じだよね」

 みずきが気の毒そうに、にへへへ、と笑う。

 追試験を終え、校庭に出たところを、みずきが夕季とともに待ちかまえていたのだった。

「あ、うん……。……ぎりかな」

「ぎり?」

「ぎり。……たぶん」

「ふうん……」

 今いち調子の出ない様子の光輔を眺め、みずきがスパッとひらめく。

「ねえ、せっかくだから三人でカラオケでも行こうよ。穂村君ぎり追試突破記念で」

「あのね……」

 夕季がピクリと反応し、ようやく光輔がいつもの調子に戻った。

「ああ、篠原。たぶん夕季、そういうの……」

「嫌いなの」

 捨て犬のようなまなざしでみずきからせまられ、夕季が一歩後退する。

「嫌いってわけでもないけど……」

 その微妙なニュアンスを感じ取り間に入る光輔。

「いいよ、無理に誘ったりしないから……」気遣い振り向く光輔の顔を、夕季が睨みつけていた。「……いきたいんだ」

「……別に」

 ぐっと睨みつける。

「なんで睨むの……」

「睨んでない……」

「……。照れてんの」

「てっ、照れ、ってない!」

「テッテレ~?」

 それを眺めていたみずきが、おもしろそうに笑った。

「いこ、いこ。一時間だけならいいでしょ」

「……。……うん」

 みずきに押される形で強引に連れて行かれる夕季。

 それは光輔の目にはほぼ無抵抗に映った。

 気配を察知して振り返りながら、ずっと光輔を睨む夕季。

「だから、なんで睨んでんの」

「睨んで……」

「ゆうちゃん、何歌う? やっぱ基本はアニソンだよね~! 歌っちゃう? 大好きなエルバラ歌っちゃう?」

「あ、う……」

「テッテレ~……」




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