第四十一話 『今、ここで伝えなければ消えてしまう、大切なもの』 5. 今、できること
二体の陸竜王の激突は熾烈を極めた。
互いを命を削り合う背水の攻撃が、際限なく続く。
化かし合いの通用する相手でないことは、礼也も重々承知していた。ましてや力をセーブしていては倒せるはずもない。
ならば懐に飛び込んで、肉と肉、骨と骨を奪い合うしかないと考えた。
刺し違える覚悟なくしては相手を上回ることは不可能だった。それで諦めて逃げればよし、相手が最後までつき合えば、それが自分の運のつきだと割り切る。
ただ負けないため、勝つために、礼也は覚悟を決めた。
敵の撃ち放つバーン・クラッカーに、あえて礼也が向かっていく。
頭部の一部をチリチリと焼かれながらも、極細ワイヤーに沿って体躯を滑らせるように、礼也の陸竜王は突進していった。
間合いを詰めつつ、後方から引き戻る敵クラッカーの気配に集中する礼也。
それが後頭部に襲いかかる寸前のタイミングで相手の頭上高く跳び上がり、頭上から渾身のダブル・クラッカーを放つ。
引き戻した自身のクラッカーを避けるのに精一杯のニセ陸竜王には、それを回避する余裕は残されていなかった。
初撃をスウェイでかわすも、かわし切れず、胸元に焦げ跡を刻む。
衝撃に身悶える巨駆には、時間差でやってくる次弾をかわすことは不可能だった。
ブスブスと燃え続ける被弾箇所を炎の塊が撃ちつける。
その衝撃は巨体を大きく仰け反らせ、膝をたたむように折り曲げた。
かろうじて踏みとどまる相手目がけて、礼也が同じ箇所にダメージを集中させるがごとくに両足から降り立つ。
背中から打ちつけられ昏倒する敵にマウントポジションを決め、とどめの一撃を見舞うべく礼也が右の拳を後方に振りかぶった。
その時だった。
何事かに気をとられ、礼也が集中をそらしたのである。
何のためらいもなくとどめの攻撃を中断し、礼也は別の方角へとローラーダッシュを開始した。
埠頭倉庫には終焉の時が訪れようとしていた。
後方を含む三方から白い陸竜王型のインプが包囲し、前面の海からは白波と見まごうばかりの海竜王型の軍勢が押し寄せてきていた。
極めて緩慢な速度で進むそれらであったものの、隙間もなく密集した包囲網を突破することは不可能であると思われた。
数千人の避難住民に対し、その数、数万。
打ち寄せる絶望感は静かにやり過ごすことすら意味をなさず、ただ阿鼻叫喚のパニックだけが加速していった。
どこにも逃げ場所がないことを知りながら、なおも隠れ場所を求めて取り乱す往生際の悪い者。自ら望んで逃げ込んできたにもかかわらず、何故こんなところに連れてきたのだと怒りだす輩。全部ここにいる連中のせいだと、他人に責任を押しつける身勝手な振る舞い。そのすべてが、人と人とのつながりを放棄する行為に他ならなかった。
しびれを切らし倉庫から飛び出した集団が、どこにも逃げ場所がないことを知り、蒼白になって舞い戻る。
彼らの口から出た言葉は、さらなる不安を煽るものばかりだった。
ざしざしと近づいてくる行軍の足音は、やがて地鳴りとなって倉庫を揺らした。
そこに希望はなく、もはや抵抗する気持ちすら消え失せていた。
洋一とほのかが震えながら楓にしがみつく。
それを楓もそれ以上の力で抱きしめた。
「大丈夫だよ……」
「気休めはやめろ! 何が大丈夫だ!」
はっとなって顔を向けるが、それは楓に対して向けられたものではなかった。
距離を隔てた叫び声の主を確認すると、それが別の家族連れに向けられたものだと気づく。
怖がる子供を落ち着かせようと両親がなだめた言葉を、近くにいた青年がヒステリックに否定したのだ。
「いい加減にしないか」
身勝手な混乱をたしなめる声。
扉を開けて外部者を迎え入れようとした中年男性だった。
「自分が怖いからといって、他人に当たるのはよせ」
彼の腰の辺りにも、小学生くらいの子供が怯えた表情でしがみついていた。
しかし、進退窮まった悪意には、その気高い真意が伝わることはなかった。
「偉そうなことを言うな! もとはといえば、おまえのせいでこんなことになったんだろうが」
「何を言うんだ」
「そうだろうが。おまえがこいつらを入れなければ、こんなことにはならなかった」
外の様子が打撃音と破砕音を従えるにつれ、その熱が際限なくヒートしていく。
「そうだ、こいつのせいだ」
「こいつが余計なことをしなければこんなことにはならなかった」
「こいつのせいだ」
「こいつの……」
突然の大音響に、渦巻いていた怨嗟が息をのむ。
その驚愕と戦慄の視線は、防犯ブザーを差し向ける少女に集中した。
勢いがいくらか緩和されたことを確認し、楓がピンをブザーに収める。
「……なにをしているんだ」
「奴らに見つかったらどうする!」
再びとぐろを巻き始めた怨嗟の集中砲火すらものともせず、楓は顔色を失いたじろぐだけの男性の前に進み出た。
「私が囮になって、やつらを引きつけてみます」
言葉を失う集団。
その表情は一様に信じられないものを見るようだった。
「どうやって……」
ごく自然と誰もの口をそれがつく。
「ものすごい数なんだぞ。そんなこと不可能だ」
そう言った人間の目の前に、先の防犯ブザーを楓が差し出す。
ほのかや洋一に持たせていたものだった。
「こいつの音で引きつけて、やつらの視線を私に集中させます。それまでは物音一つたてず、ここでじっとしていてください。それでやつらがここから離れて、もし隙ができるようならば、順番に目立たないように逃げてください」
「そんなことがうまくいくはずがない」
「やるだけ無駄だ」
「やつらを怒らせるだけだ」
「よけいなことはするな」
「何もしないで死んでいくよりはいい」
楓のまなざしに迷いはなかった。
「このままでは確実にここは潰される。駄目かもしれないけれど、何もしなくても同じならば、何かをした方がいいはずです」
「私もいこう」
楓の表情に戸惑いが生じる。
先から矢面に立ち続ける、中年男性だった。
「私もこの子の防犯ブザーを持っている。撹乱が目的ならば、一人でも多い方がいい」
「駄目です。私一人でいきます」
「何故だ」
「成功する見込みは極めて薄い。わかっていることは、囮になった人間は確実に危険にさらされるということだけです」
「ならば私一人でやる。君は残れ」
「!」
「こうなったのは私の責任だ。君が自ら進んで危険な目にあう必要はない」
「どうしてですか」
心からの疑問だった。
礼也やメガルの人間ならばともかく、何故一般人の彼がそこまでしようとするのか。
その答えを彼は当然のように口にした。
「生きのびるために他の誰かを踏みつけて、弱い者を見捨てて、それで助かったからといって何の意味がある。そんなことで喜ぶような人間にはなりたくない。そんな背中を自分の子供には見せられない」
「……」
「私が出たらすぐに扉を閉めてくれ」
が、確認を求める男性に好意的な言葉が返ることはなかった。
「卑怯者め」
先の議員だった。
「調子のいいことを言って、自分だけ助かろうというハラだろう。こんな奴の言うことを信用するな」
「何を……」
その顔が驚きに変わったのは、楓が前に出たからだった。
「そう思うのなら、あなたがこの人のかわりにいったらどうですか」
楓の一言に議員の身体が硬直する。
それを見過ごさず、楓は彼に追い討ちの言葉を重ねた。
「あなたが本当に重要な存在ならば、そうすべきです。この世界の中で私達の誰より必要な人間だというのなら、あなたは優先的に助からなければならない。この人のかわりにあなたがいくべきです」
「……」
「私もいきます。一人では不安ですから、一緒についてきてください」
「……私、は、ここにいる人達の無事を見守る義務がある。残念だが、そんな身勝手な理由で責任を放棄することはできない。そんな無責任なことはできないだろう……」
歯切れの悪い彼の心の内を見透かしたように楓が笑う。
「本当にそれでいいのですか。あなた達を置いて逃げるかもしれませんよ」
「早くいけ、さっさとやれ。逃げたければ勝手に逃げろ」
「わかりました。もし私が失敗したら、あなたが命をかけて、ここの人達を守ってください」
「うるさい。もたもたするな、早く出ていって、やつらをどうにかしろ」
諦めたような笑みを浮かべる楓の前に、先の彼が立ちふさがった。
「私がいくと言ったはずだ」
「あなたには無理です」
「何故だ」
「あなたはあれのことを何も知らない」
「君は何を知っているというのだ」
「ここにいる誰より、彼らに対する知識を持っています。彼らの行動パターンには規則性があります」
嘘だった。
ただ彼を一人でいかせないために、偽りを演じたのである。
「なら、それを私に教えてくれ。そのとおりにする」
「駄目です。ここですぐ説明できるような単純な話ではありません。私ならそれが読める。もしあなたがどうしてもいくというのであれば、私の指示に従ってください」
肝の据わった楓の物言いに彼が感服する。
深呼吸をしながら彼が天井を見上げた。
「わかった。君の指示に従おう。ただし、危険なことは私が引き受ける。何でも言ってくれ」
「ありがとうございます」
それから彼は、穏やかに息子の顔を見つめて言った。
「父さんはこれからおまえ達を助けるために外に出ていく。母さんのことを頼んだぞ」
目に涙をため、口をギュッと結びながら、少年が頷く。
それを見て男性は嬉しそうに笑って頭を撫でた。
後ろを振り返り、先の少女達と一緒にいる洋一とほのかを楓が確認した。
「洋一、ほのか。この人達の言うことをよく聞いて、おとなしくしていてね。お姉ちゃん、必ず帰ってくるから」
「うん」
「う~ん!」
それから先の少女の両親と顔を見合わせた。
「弟達をお願いします」
重々しく頷く二人。
「ご無事で」
「絶対に帰ってきてね」
少女と目が合うと、楓は嬉しそうに笑ってみせた。
すべてを吹っ切った笑顔だった。
「いきましょう」
「ああ」
二人が同時に絶望の扉へと手をかけた。




