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第四十一話 『今、ここで伝えなければ消えてしまう、大切なもの』 1. 殺される理由

 

 

 自分の姿を見て放心状態となった光輔を、礼也がたしなめた。

「何やってんだ、もっと力入れろ!」

 はっと我に返り、光輔が全力で角パイプを押し上げる。

 並外れた礼也の膂力もあって、それは今までからは考えられないほど大きく持ち上がった。

「俺がここで支えてるから、二人で引っ張り出せ。早くしろ」

「よし、篠原」

「うん」

 二人がかりで夕季を引きずり出し、光輔が尻もちをついて仰向けにあえぐ。

 それを見届け、礼也がパイプから手を離した。

 鈍い音が地鳴りとなって響き、その重さが尋常でないことを改めて思い知った。

 息を切らせへたり込むみずきと光輔を横目に、夕季の様子をうかがう礼也。

 ケガの度合いははかれなかったが、深刻な状態であることはすぐにわかった。

「いくぞ、おまえら」

 瀕死状態の夕季を背負い、礼也が前を向く。

 夕季は完全に気を失っており、ぐったりと礼也にもたれかかっていた。

「あんま動かしたかねえが、こんなとこにいつまでもいられねえ」

「礼也……」そこで初めて礼也が傷だらけなことに気づく。「おまえ、ケガを……」

「今は、んなことどうでもいいって」


 泣きわめく弟達を抱えるように、楓は戦場となったかつての街を走り抜けていた。

 竜王をかたどったインプの集団がそこいら中に発生し続けるこの状況下で、地下避難所に逃げ遅れた自分達にはどこにも行くあてがない。

 腕時計で時間を確認し、周囲を見回す。

 ほんの一時間前までは平穏だったこの街も、すっかり瓦礫の廃墟と化していた。

「お姉ちゃん」

 洋一の声に顔を向ける。

「ジョトは」

 自宅へ引き返し、ジョトを助けている余裕などなかった。

 いつの間にか武装兵士が間近まで迫っていたからだ。

 あの時礼也が通りかからなかったら、今頃どうなっていたかさえわからなかった。


           *


 楓の自宅周辺は人ごみでごった返していた。

 家の近くに国道があり、主要駅への通り道であるせいもあった。

 市街から出られない先頭集団が足かせとなっていたため、国道はすでに隙間もないほどの渋滞だった。

 次に荷物を抱えた人間達が向かう先は駅であったが、そこはすでに平和保持部隊の兵士達による閉鎖ポイントとなっていた。詰めかけた大勢が理不尽な暴力によって追い返され、道はさらに大きな渦を巻く。

 幼い兄弟を二人も連れ、高校生の楓にはなす術がなかった。

 暴動が暴動を呼び、人波が凶器となって動けぬ人間達に襲いかかる。

 乱暴な波に飲み込まれた楓は洋一達とはぐれ、流れとは反対に向かって進まねばならなくなった。

 気づいたときには周辺に人影はまばらで、目の前には数名の武装兵士が立っていた。

「あ……」恐怖心を押し殺し、それでも食い下がる。「弟達とはぐれたんです」

「……」

「そっちにいるかもしれない」

「駄目だ。ここから先へは行かせられない」

「でも」

「駄目だ」

 有無を言わせぬ圧力に屈しながら、楓がその場に佇む。

 その時連絡を受けた兵士からの耳打ちで、状況が一変したことを悟った。

「わかった」

 リーダー格の人間が後ろを振り返り、手を大きく掲げる。

 それが合図だった。

 一斉に銃口が住民達に向けられたのである。

 逃げ惑う人々に容赦なく差し向けられる凶弾。

 耳をつんざく銃声と悲鳴が入り混じった地獄絵図を、楓はまばたきもできずに見続けていた。

「ここにいるのはすべてメガルの関係者達だ。テロリストの擁護者達だ。焦らず、慌てず、躊躇せず、一人残らず確実に殺せ」

 怒りにも通ずる信じられない命令を聞くに至り、そこが人権はおろか、生きることすら許されないキリング・フィールドだと思い知る。

 チャッ!

 物音の方向にゆるやかに目線を向けると、自分の額が銃口のポイント先になっていることを知った。

 ほんの一瞬の出来事を、楓はスローモーションのように眺めていた。

 トリガーにかかる指に力が込められていくのが、ゆっくりと、そしてはっきりと見える。

 しかし、それを反射行動によって回避することが不可能であることはわかっていた。

「うが!」

 一瞬の隙間に飛び込んだ何かが、目の前の兵士を吹き飛ばした。

 その場所に現れたのは、鉄パイプを手にした礼也の姿だった。

「何やってんだ、バカ! 早く逃げろ!」

 礼也の絶叫に楓の手足がようやく起動し始める。

 その華奢な見た目からは想像もつかない体さばきで二人の兵士を倒し、礼也が振り返った。

 散らばっていたが、総勢で一個小隊はいそうだった。まともにやりあってどうこうできる数ではない。

 懐に手を入れ、携帯電話を取り出す礼也。

 せわしげに周囲を確認し、ノールックで機械を操作しながら、楓の手を引いた。

「おい、前向いてろ」

「礼也君」

「ぜってー後ろ見んな!」

「!」

 銃口の集中先を見定めるように、礼也が後ろ手で携帯電話を放る。

 それはすさまじい爆発音と煙で、辺り一面を不透明な空間に変えた。

 パニック状態の兵士達が無闇やたらと発砲しまくる。

 その銃弾の間隙を縫って、礼也と楓は懸命に走り続けた。

 やがて煙が立ち消え、それが大音響をともなっただけのただの煙幕であったことが露呈する頃には、礼也達の姿はどこにもなかった。


 楓は悲痛な面持ちでケガをした礼也の手当てをしていた。

 流れ弾が左の肩をかすめていた。

 そのかたわらには、今にも泣き出しそうな洋一とほのかの姿があった。

 二人とも見知らぬ少女に保護され途方に暮れていたところを、礼也に見つけられたというのだ。

「いけよ。こんなところ、奴らに見られたら、おまえまでただじゃすまないぞ。今の俺は、おまえらの敵みたいだからな」

 ぶすっと告げる礼也の声に反応も見せず、楓は何も言わずに手当を続けた。

 その様子に礼也がイライラを募らせる。

「いつもへこへこしてた奴らが、日ごろの恨みとばかり、ハンパな覚悟で殺しにきやがった。全部返り討ちにしてやったがよ。おかげでえれえ手間くっちまった」

「……」

 楓が言い難そうに口を開く。

「いったい何が起こっているの。さっきの人達、メガルのことをテロリストの温床みたいに言っていた。私達も全員その仲間だって。だから殺すって。どうしてそんなふうになっちゃったの」

 楓がすべてを知っていることを知り、礼也が憤りをあらわにする。

「世界の平和を守るため、だろ」

「どういう、こと」

「俺達のことを、平和を乱す存在だと断定しやがったんだ。一緒に住んでるおまえらごと、まとめてな」

「そんな……。どうして。何もしていないのに」

「シロアリみてえなモンだろ。ほっときゃ、家が傾くからな。シロアリは本能でそうしてるだけで、別に自分達が悪いことをしているなんてこれっぽちも思ってねえ」

「……」

「奴らにとっちゃ、俺達は自分ちに住み着いた害虫と一緒だ。シロアリならまだマシかもな。ゴキブリや蚊を殺すのに理由はいらない。いりゃ不快ってだけで殺される。笑っちまうだろ。地球の平和を乱す害虫は、てめえらも一緒なのによ。それを全部こっちのせいにして、責任押しつけてきやがって。結局、俺達が今までしてきたことは全部無駄だったんだよ」

 その言葉にようやく楓が顔を上げる。

「無駄なんかじゃない。感謝している人間だって必ずいる。必ず、いるはず」

「そいつらのために戦えばいいのか。さっきみたいな奴らが、まだ腐るほどいるってのに」

「そうは言ってない」

「じゃあ、現状がヤバいってわかってるのに、自分達だけ人ごとみたいに安全な場所で見ている奴らのことか。感謝してるふりだけ見せて、自分は何もしようとしない奴らのために死ねってのかよ」

「!」

「この世界に命を削り取ってまで守らなきゃならない人間がどれだけいる。てめえのことしか頭にねえクズばっかだ。いざ自分に実害が及ぶとなりゃ、助かるために他人を平気で崖から突き落とす。世の中が悪いなんてあまっちょろいこと言う気はさらさらない。だが、世の中を悪くする人間はいる。そんな奴らに、何を求められる。状況がかわるたび、あっちこっちころころ転がる奴らも同じだ。そん時しだいで敵になったり味方になったり。信じらんねえ分、悪いだけの輩よりたちが悪い。いっそのこと全部なくなっちまった方がせいせいする」

「だったら、どうして今まで死ぬ思いをしてまで戦ってきたの。なんのためにつらい思いをしてきたの」

「勘違いすんな。誰かに感謝されたくて、やってきたわけじゃない。ただ自分のまわりにいるほんの一握りの人間を守りたかっただけだ。それだけ守れればあとはどうでもいい。俺は正義の味方なんかじゃない。俺は、光輔や夕季とは違う」

「だったら、その中に私達は含まれないね」

「!」

「礼也君が守りたいって思えるような人達の中に、私は入れない。私には礼也君に認めてもらう自信がないから」

「桐嶋……」

「今何が起こっているのか、私にはよくわからない。ひょっとしたら本当に礼也君達が間違ったことをしているのかもしれない。でも私は信じているから。あなたが大切にしている人達以外にも、感謝したり、信じている人間は必ずいる。心配している人はいる。だからあなたは、自分が信じたもののために戦えばいい。私達もそうする」

「!」

 礼也を見て、疲れたように楓が笑う。

「頑張ってね」

「……」

 立ち去ろうとしたところを、礼也が引き止めた。

「おい、待て……」


           *


 楓が人だかりを見つける。

 避難所からあぶれた市民達だったが、自分達だけでいるよりはましだと思い、合流することにした。

 それを後方から眺める人間がいた。

 山凌高校の制服を着用し、足を肩幅程度に開いて立つ。

 水杜茜だった。

 かん高い風切り音に目を向ければ、ニセ陸竜王を運んできた空竜王が、メガルの上空に滞空する白きガーディアン目がけて攻撃をしかける光景が映し出されていた。

「もう誰にも止められない」

 目を細め、静かにそう呟いた。





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