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第四十話 『カタストロフィ』 10. 逃げて

 


 凄惨な光景だった。

 何度も決戦場となり、何度も破壊、再生を重ねたこの山凌市であったが、これほどまで異様な状況は誰の目にも理解不能だった。

 航空機落下炎上による被害こそあれ、街はいまだ都市としての形を残していた。

 その基幹道路と空間を塞いで陸竜王の姿をかたどった白いインプの群があふれかえり、それらをまるで統制するようにオリジナルカラーの陸竜王が睨みつける。

 のろのろと包囲網を狭め取り囲む集団を前に、陸竜王の両眼が光り輝く。

 星の超爆発を思わせるような激しく妖しげな光だった。

 全身を真っ赤に燃え上がらせ、正拳突きのかまえから灼熱の鋼板を撃ち放つ陸竜王。

 一直線に走ったそれは、立ちはだかるものすべてをなぎ倒すこともなく消滅させた。

 おおよそ五百メートルの延長上にあった白い陸竜王達が一瞬で蒸発し、その部分の空間がごっそりくりぬかれたが、すぐさま別の群体が隙間を埋めるべく動き出す。

 近づく隙すら与えぬ陸竜王のラッシュは、押し寄せる白い群体を次々と撃破していった。

 周囲の建物もろとも。


「早くここから離れないと」

 衝撃に身震いすら忘れて立ちつくす光輔の肩を、夕季が揺さぶった。

「ああ……」

 味方でないことは光輔にもわかっていた。

 おそらくは幾度か向かい合ったあのニセモノであろうことも。

 この状況が自分達にとってどう転がるのかを見極める必要があった。

 これからここが死地となることを承知の上で。

「お母さん、おかあさん!」

 みつばの声に二人が振り返る。

 祐作と茂樹が運ぶタンカの上で、みつばの母親が苦しそうにうめいているのが見えた。

 全身に負った傷により出血もかなりひどい。

「ゆうちゃん、無理だよ」みずきが悲しそうな顔を向けてきた。「今動かすと危険かも」

 夕季と光輔が同時にみつばの母親を気にかけ、また陸竜王達の戦いに目を向ける。

 ニセ陸竜王の薙ぎ払ったクラッカーが数百の白インプ達を真っ二つに分断し、同時に周辺の建物まで軒並み粉砕していった。

 その瓦礫の放射が破砕弾となって、夕季達目がけて襲いかかる。

「危ない!」

 とばっちりから助けようと茂樹を押しのける夕季。

 茂樹がいた場所に頭部大のコンクリートの塊が到達し、足もとすれすれをかすめたそれは、奥のドアをやすやすと破壊した。

 しかしそれによってよろめいた茂樹はタンカから手を離し、みつばの母親を路上に投げ出してしまった。

「ううっ!」

 苦しげにうめく母親の姿に、みつばが目を血走らせる。

「何するんだ、このバカ!」

 夕季を思い切り突き飛ばすみつば。

 ふいをつかれたかっこうとなった夕季は、散らばった瓦礫によって足場を失い、原型をとどめない壁へと叩きつけられることとなった。

 後頭部を強打し、意識が揺れる。

 奥歯をギリッと噛みしめ、力任せにみつばを突き倒す夕季。

 ぼんやりとした視界に映ったのは、みつばの頭上の看板だった。

 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたみつばが、夕季に憎悪のまなざしを叩きつけた。

「この野郎!」

 そこでみつばの声が途切れる。

 頭上から落下した看板が、夕季を地面に叩き伏せたからだった。

「ゆうちゃん!」

「夕季!」

 心配そうに駆け寄るみずきと光輔。

 みつばは恐れおののく表情で、後ずさることしかできなかった。

「夕季、夕季!」

 看板は成人男性が何人も隠れられるほど巨大なもので、支柱の鉄骨も含めて、とても一人や二人の力で持ち上げられるようなしろものではなかった。

「待ってろ、今助けるから!」

 下敷きから顔だけをのぞかせ、夕季がなんとか片目だけを開ける。

「逃げて、光輔……」

「何バカなこと言ってんだよ、おまえを置いていけるわけないだろ!」

 光輔の背中越しに、脅威がすぐそばまで迫りつつあることを夕季は悟った。

「みつば達と早くここから離れて。あたしは駒田さん達に……」

「しぇんぱい」

 動揺して大粒の涙を流し始めたみつばに、夕季が力なく笑いかける。

「ごめんね、みつば」

「しぇんぱい……」

「お母さんのことは伝えておいた。何もできなくて、ごめん……」

 伝えたいことを言い終えることもかなわず、眠るようにすうっと目を閉じる夕季。

「しぇんぱい! しぇんぱい!」

「古閑さん!」

「よせ、茂樹」

 近寄ろうとした茂樹を祐作が制した。

「今はこっちだ」

「でも、古閑さんが!」

「バカ! すぐそこまで奴らが来てるんだぞ!」

 のろのろと迫りつつある軍勢に目を向ける。

 陸竜王の攻撃は緊急事態にさらなる拍車をかけていた。

「今の俺達じゃ、一人助けるだけで精一杯だ。他のことをしている余裕はない」

「何言ってんだよ、祐作! 夕季を助けようよ! みんなでやればなんとかなるよ!」

 光輔の手もとに目をやる祐作。

 アスファルトの地面を深く抉るように突き刺さったエッジはその重さを物語っており、たとえ持ち上がったとしても、破損部分の干渉によって人間をそこから綺麗に引き抜くことは無理に思えた。

 その状況で息があるということは、なんらかの異物が空間を確保して、夕季の身体を完全には押し潰してないということでもあった。

 しかし、重大な損傷を受けていることは、はた目にも明らかだった。

「無理だ。機械でもなきゃ持ち上がらない」

「羽柴君、お願い、手伝って」

 みずきの懇願にも、祐作は苦しげに顔をゆがめるだけだった。

「すぐにどうこうできる状況じゃない。こうしているうちにも、あいつらはこっちに来ようとしている。古閑さんは隠れたままだから助かるかもしれない。だがここにいる俺達は、みんな殺される」

「祐作!」

「古閑さんはこの人や俺達を助けようとして、こんなことになったんだろ。俺達がもたもたしてて全員死んじまったら全部無駄になる。古閑さんのことは後の人達に任せて、俺達だけでもここから離れよう」

「いい加減にしろ、祐作!」

 それまで黙っていた茂樹が、ふいに爆発する。その顔は怒りで満ちていた。

「なんでだよ。俺達仲間じゃなかったのかよ! 光輔のこと信じてたんだろ! だったら最後まで信じろよ!」

「もう最後なんだよ!」

「ああ!」

「やめてよ、二人とも」

 胸ぐらをつかみ合う二人が、みずきの叫びに振り返る。

 みずきは涙を飛び散らせながら、悲しそうに二人を見続けていた。

「どうしてこんなことになっちゃったの。こんなふうにはならないって決めたじゃない。あたし達、穂村君につらい思いとか、嫌な思いとかさせないようにしようって、そう決めたじゃない」

「だからだろうが」

「……」

「俺達は簡単にあいつらの中に入っちゃいけない。勘違いして、当たり前のようにここにいちゃいけないんだ」

「おまえ……」

「羽柴君……」

「……曽我君」

 蚊の鳴くようなかすかな声に、茂樹が反応する。

 目を開けることもかなわず苦痛に顔をゆがめる夕季が、声だけを頼りに懸命に茂樹達の方に顔を向けようとしていた。

「羽柴君が正しい。こうなったのは、あたし達のせいだから」

「何言ってんだよ、古閑さん」

「どんなに思っていても、気持ちだけでは何もできない。巻き込んでごめん……」

 夕季が苦しむのを見て、みずきの胸が締めつけられるように痛んだ。

「いこう、篠原。こうするしかないんだ。俺達がいればまた今日みたいに光輔達に迷惑がかかる。俺達にできることは、これしかないんだ」

「羽柴君……」

「ありがとう、羽柴君」目を閉じたままで、夕季がにっこりと微笑んだ。「みずき、気をつけてね」

「あたし、いかない」

「篠原……」

「あたし、ゆうちゃんといる」

「勝手にしろよ」

「俺もだ」茂樹も続いた。「俺も残る」

「曽我君。みつばをお願い」

 すすり泣くように発せられた夕季の声に、全員が注目した。

「お願い……」

「……」

「しぇんぱい……」

「く!」歯噛みし、光輔が微動だにしない看板に手をかける。「夕季! 今助けるから。何やってんだよ、みんな手伝えよ!」

「……いくぞ、茂樹」

「……」

 茫然と立ちつくす茂樹を置いて、祐作がみつばの肩に手をかけた。

「いこう。古閑さんの気持ちを無駄にするな」

「……しぇんぱい……」

 夕季から目を離せず、それでも号泣するみつばが立ち上がる。それから苦しそうな母親のもとについた。

 タンカに手をかけた祐作が、もう一度みずきの方へと目をやった。

「篠原」

「私もここに残る。羽柴君と曽我君がいれば大丈夫だよね。私、ここに残る。ゆうちゃん、置いてけないから」

「篠原……」

「ごめんね、羽柴君達にだけ嫌な役押しつけちゃって。わかってるから、私。ちゃんとわかってるから」

「……」

「曽我君」

 うつむいていた茂樹が顔を上げる。

 それをみずきが笑顔で迎えた。

「ちゃんとゆうちゃんに伝えておくから。曽我君、かっこよかったよって」

「あ……」祐作に血走った目を向けた。「いくぞ、祐作」

 それから、またみずきと光輔の方をキッと振り返った。

「絶対戻ってくるからな。この人助けたら、絶対戻ってくる。それまで待ってろ、光輔」

「……」

「絶対助けにくるからな!」

 みずきの背中越しに、茂樹の絶叫が遠ざかっていく。

 みずきは目に涙を浮かべつつ、放心状態となった光輔に目を向けた。

「なんでだよ……」

 悔しそうに唇を噛みしめる光輔の目から、涙が流れ落ちた。

「なんでなんだよ。ちくしょう、なんでだよ。なんで、みんな……」

「……」みずきが口をへの字に結ぶ。「ゆうちゃん、起きてる」

 夕季からの返答はない。

 それでもみずきは取り乱さないように努めながら、穏やかに夕季に呼びかけ続けた。

「ゆうちゃん、しっかりして。すぐに助けを呼ぶからね。大丈夫だから。穂村君もここにいるから」

「……」

「ゆうちゃん、返事して。ねえ、返事して……」ぐすっと心ごと涙腺が崩壊しかかる。「何か言ってよ。駄目だよ、黙ってちゃ。あたし達、守ってくれるって言ったじゃんか。約束したじゃない。ずるいよ、ずるいよこんなの。こんなのじゃ、助けてもらったことにならないよ。助かったって、嬉しくもなんともないよ。あたし達に笑ってろって言うなら、笑えるようなことしてよ。おもしろいこと言ってよ。恥ずかしいこと言ってよ。またカラオケとかいこうよ。前みたいに、どうでもいいことずっとしゃべってようよ。あのことみんなに言っちゃうよ。いいの。ねえ……」

「篠原……」

 みずきの懸命の呼びかけに光輔の心が動く。

 その時だった。

「みずき……」

「ゆうちゃん!」

「……」

 一言だけだったが、それが活力のもととなる。

 光輔が口を真っ直ぐに結んで立ち上がった。

「篠原、もう一度やってみる。手伝ってくれ」

「穂村君……」涙を拭って、みずきが嬉しそうに笑った。「わかった」

「夕季、今助けるから、待ってろ」

「絶対に助けるからね」

 インプの群はすぐそこまで迫りつつあった。




                                     続く


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