第34話 報告激怒
「制圧軍が蛮族の強襲を受けただと!? ウィンプは何をやっている!!」
ブル・ハウンド将軍が、たるんだ頬肉を揺らしながら喚き散らし、将兵達は皆身を竦ませ、顎を引く。
彼はアムルゼス王国を代表する勇猛果敢な将であり、数々の武勇をその手で掴んできた。副官を始め、大軍を率いる彼に憧れ、軍を目指したものも多い。
しかし、近年、攻め入った他国の民、特に女・子供まで含め皆殺しにする、部下を平然と使い捨てにするなど、冷酷極まりない性格のみが目立つようになる。今のブル将軍に対する部下達からの信頼はさほどなく、恐怖のみがあった。
「ウィンプ殿は現在、山頂付近で蛮族と交戦中……らしいです」
ブルの副官ザップはためらいがちに口を開く。
「らしい? なぜ、はっきりせん!?」
「それは……輸送隊からもたらされた情報に基づきまして……」
さらに口ごもる副官に、ブルの額に太い青筋が張った。
「はっきり答えよ!!」
「は! 輸送隊の隊長が、ウィンプ殿の部下――カイからの伝令を預かっております」
カイという名を聞き、将官達は色めき立つ。カイは平民の出であるが極めて有能であり、ウィンプの知恵袋ともいわれる男。少なくとも、無意味な伝令など絶対にしない。何か現場で重大なアクシデントが生じたのは疑いようがない。
「伝令――密書か何かか? そんなものがあるなら、直ぐに読み上げよ!」
「は!」
イライラと人差し指で規則正しくテーブルを叩くブル将軍を視界に入れ、副官は慌てて脇に抱えるスクロールを開く。
「『只今、蛮族共と交戦中。我が軍が優勢なれど、敵兵は多数のマテリアルを保有し、大攻勢を仕掛けてきている。此度、敵の拠点の一部を抑え、マテリアルを複数確保したため、補給隊へ持たせて送る。砦にて、詳細な分析を求む。
なお、蛮族共の強襲により、食糧を保管していたテントの八割が燃やされ、全軍への補給を絶たれつつある。蛮族追討も長期に及ぶと予想されるため、補給隊の半数を一度帰還させるので、食料と水を持たせ、可能な限り迅速に送っていただきたい』、以上が全文です」
「……」
しばしの静寂が室内を支配し、直ぐに喧噪が渦巻く。
「蛮族ごときが、多数のマテリアルを保有するなどありえるのか? どうも話が上手すぎる。蛮族共の罠では?」
年配の将官の一人が、額に流れた汗を拭いつつも、当然の疑問を口にする。
マテリアル――古代の遺物であり、人であらざる者が残した兵器の総称。一つ発掘されただけで、世界のパワーバランスをも崩すといわれている。それを無数に保有するなど、冗談としては笑えない。
「いや、現にキャメロットが奴らの手に落ちているのです。一定の信頼性はあるのでは?」
若手の将官の言葉に、部屋中に動揺が走る。
「多数のマテリアルか……もしそれが真実ならば、いかなる犠牲を出しても確保すべきであろうな」
帝国人とラドル人との間には敵愾心しかあるまい。敵同然のラドル人に、帝国がマテリアルのような危険な兵器を渡すとはとても思えない。十中八九、まだ帝国はその事実を知らぬのだろう。仮に多数のマテリアルが帝国の手に渡れば、近いうち、アムルゼス王国は最大の危機を迎えることになる。
「で? マテリアルは本物なのか?」
ブル将軍の疑問に、皆が席から身を乗り出す。それが最も重要なのだ。マテリアルの貴重性を鑑みれば、作戦の供物に使うなどありえまい。それが本物のマテリアルなら、罠等の可能性はぐっと低くなる。
「第二門駐在の兵からの報告では、弓の十数倍にも及ぶ射程距離と、鎧すらも打ち抜く威力。少なくとも我らが知らぬ技術で作られているのは間違いがないようです」
「見分にどれくらいかかる?」
「第二門の兵士は戦で出払っており、人手が足りませぬ。最低でも見分に半日はかかるかと。それに……」
言いよどむ副官の心の内を一同は以心伝心で想起し、再度室内は静まり返る。
見分には時間がかかる。それ自体は構わない。問題は第二門の兵士達の内訳にある。
第二門の兵士のほとんどが、アムルゼス王国が近年、占領し支配してきた地方民族からの徴収兵。つまり、信用性に著しい難があるのだ。
一門の兵士が二門で見分すれば、無用な反発をまねく。何より、反乱の動機となりかねぬマテリアルを一時とはいえ人目に晒したくはない。
これは決断が極めて難しい問題なのだ。
しばし、ブルは無言で顎を上げ虚空を見つめていたが、テーブルを叩くと、
「見分は我らが直々に行う。速やかに補給隊を第一門内へ入れろ。検証しマテリアルの名にふさわしいものならば、食料と水を送ってやらぬでもない」
ブルは顔を欲望一杯に歪めながらも、そう尊大に宣言した。
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