第33話 火葬
クラマにより王国軍の壊滅の報告が、要塞都市――シルケに伝えられた。
ラドル人の被害は、重傷者64名、軽傷者256名、死者に至っては零。
対して、王国軍の死者は、6321名。
相手の戦意が消失したとはいえ、掃討戦では敵も必死だ。敵の指揮官が健在ならば、態勢を整えられ、予想以上の反撃を受ける危険性があった。だから、私はまず優先的に敵の坊ちゃん刈り指揮官の殺害を命じていたのだ。
頭を潰された王国軍は、しばし無統制状態となりただの的と化していたが、直ぐに総指揮官ウィンプの権限を承継したカイ・ローダスが、無条件降伏し、この戦いはラドル軍の圧勝で終結する。こうして重軽傷合わせて628名の王国軍を捕虜としたのである。
ラドル人の被害がこの程度で済んだのは、王国軍が早期に無条件降伏したおかげといってよい。
私は事前にこの掃討作戦の現場指揮権をテオに委ね、異常事態があったときのみ伝えるよう指示していた。だから、この捕虜を受け入るという選択をしたのはテオ達ラドル民であり私ではない。
降伏したものへの攻撃は、一見簡単に思えるが実のところそうでもない。窮鼠猫を噛むともいうだろう? 特に岩という障害物の多い戦場では、想定外の被害を受ける危険性も高かった。自軍の被害軽減の観点からは降伏を受け入れることが得策なのだ。
もっとも、人が必ず利のある選択をするとは限らない。憎悪や恐怖等様々な感情により、真逆の選択をすることも多い。何より、王国軍がラドルにしてきたことを鑑みれば、そのまま皆殺しにしてもおかしくはなかった。
だからこそ、テオ達が冷静に王国軍の降伏を受け入れたことは英断といえるのだ。
まだ、捕虜の食料の問題など考慮すべき点も多いが、それは私が影で支えてやればよい。アークロイの砦から多量に押収したと事後報告すれば辻褄も合うしな。
ともあれ、今、この王国軍の死者の追悼式が現在開かれているところだ。
私達の前に、並べられた王国軍6321人の死体。
「一同、黙祷!」
テオの言葉により、皆、左の掌を胸に当てて瞼を閉じる。おそらく、あれがラドル人の死者の悼み方なのだろう。
この世界では土葬が基本だが、死体を地面に埋めるにも労働力と土地がいる。とても今のラドルにそんな余裕はない。
故に此度は火葬とすることにした。
(さて、始めるか……)
小さくそう呟くと、並べられた死体を円環領域で全てマークする。そして、その無数の死体に私の魔力を注ぎ込んでいく。
私の予測が正しければ、これであるものが生じるはず。
案の定、ピキピキと亀裂音が至る所から鳴り響く。
(成功か)
総指揮官らしき金色の髪を坊ちゃん刈りにした男の胸に落ちている真っ赤な結晶を手に取る。
これは魔石。生物の死体に一定以上の魔力を加えると魔石となる。この現象はこの旅路に出る前、シルフィから渡された一〇個の魔石により閃いたことだ。
なんでも、古竜は、幾度となく肉体が滅び、転生を繰り返す。渡された七個の青色の魔石はその際にできた魂の欠片。もし、シルフィだけではなく、この世界の他の知的生物も少なからず同様のメカニズムで動いているとしたら?
その疑問にぶち当たり、キャメロットを占拠していた数人の王国軍の死体で試した結果、見事に魔石を得られたのである。
シルフィがそうであるように、肉体が滅びると魂の大部分は再構成すべく動き出す。シルフィはこの再構成が自己で行えて、私達人間は輪廻という非科学的な存在を経なければ再構成できない。魂が輪廻に旅立った後の肉体に残存する魂の残り粕に一定以上の魔力が加わると魔石となるのだろう。
魔物がなぜ生まれながらに、魔石を保有しているのかは不明だが、これもこの輪廻とやらに一定の関係があるのは間違いない。
円環領域で全ての王国兵の魔石をアイテムボックスへ収納する。
「本当に反吐がでる」
我ながらなんとも許しがたい外道っぷりだ。この所業だけで、地獄行なのは間違いあるまい。
しかし、今更、そう今更なのだ。とうの昔に一方通行の運命という名の賽は投げられてしまっている。後悔をすることは許されてはいないし、するつもりもない。
私は右手を上げると、静かに、そしてゆっくりと魔法式の詠唱を始める。
「――眠れ――【炎舞】――火葬」
【炎舞】の範囲と火力を極限にまで上げた即興の改良魔法だ。燃やすことしか効果のない。まさに、火葬のためだけに作られた魔法。
炎により、王国兵達は塵になるまで燃やされていく。
私は既に灰となった死者に背を向け、歩きだす。
◇◆◇◆◇◆
「我らの大勝利だ!!」
城壁の上で、髪をツーブロックにした男――カロジェロが高らかに宣言し、要塞シルケが歓喜に包まれる。
「領主殿、いよいよアークロイの砦攻めだな」
人数分の声が合わさり、地鳴りとなって要塞中を震わせる中、テオが語り掛けてきた。
その眉間の皺が深くなる様子からも、テオだけはこれから行われる砦攻めの厳しさを承知しているのかもしれない。
「わかっていると思うが、ここからが本番だぞ?」
ここまでは、相手がラドル軍の戦力を見誤っていたから生じた隙のようなものだ。
アークロイの砦には、まだ千にも及ぶ兵がいる。対して私達といえば、この度の戦いで、かなりの負傷者が出た。疲労も鑑みれば、実際に動員できるのは、400が限度だろう。砦の責任者が援軍を呼ぶ決定をするより先に、砦を落とさねばならない。
一度援軍を呼ばれれば、大軍をもってこの地へ攻め入ってくるのは目に見えている。そして、アムルゼス王国の威信にかけての制圧だ。兵の練度もアークレイとは比較になるまい。ラドルが、王国軍と正面切ってドンパチやるには、まだ戦力が圧倒的に不足しているのだ。
最悪、私が直々に手を下さねばならなくなるが、あのサザーランドで相まみえた片眼鏡の怪物のように、まだこの世界には未知の強者がいる。あまり自身の力を過信し過ぎるのは百害あって一利なしだろう。
そうだ。これは、いわば手札を先に切った方が不利になるカードゲームのようなもの。相手の手を見てから動いた方が、得策なのだから。
「ああ、もちろんだ。予めの指示された通り、最後尾の敵の補給馬車と武具は全て押さえた。これで作戦は滞りなく実行できる」
「そうか。ならば、予定通り今晩実行に移す」
まあ、作戦というのも恥ずかしくなるくらい古典的で、かつ単純な方法なわけなのだけど。
頷くと、テオはシルケ内で今も興奮に顔を赤らめているラドル兵へと向き直ると、大きく肺に息を吸い込み、
「一同、静まれ!!」
雄叫びのごとき大音量を口から吐き出す。
ものの数秒で静まり返り、私達のいる城壁の上を見上げると、一斉に両踵を揃えて、背筋を伸ばす。
「今晩、計画を実行に移す。これは、我らの誇りを取り戻す戦。敗北はラドル民の消滅、すなわち、同胞全ての死を意味する。わかるな? 負けられぬのだ!」
いいじゃないか。一気に兵士達の顔つきが変わった。
「アークロイに残された兵は、精鋭ぞろい。その中には魔法師もいる。先刻の戦いのような必勝というわけにはいくまい。この中からも黄泉へと旅立つ者もでよう」
言葉を切るとテオは両目を閉じる。
気持ちはわかる。作戦の成功は、総力戦になることに等しい。しかも相手は、二倍以上の兵力。銃火器の分だけこちらに利があるとしても、相当数の死者がでるのはほぼ確実。テオからすれば、同胞に死を命じなければならない立場なのだから。
テオは瞼を開けると、再度息を吸い込み。
「だが、心配はいらん。仮に死しても我らラドルは息を吹き返す。それだけはこの俺が保証しよう。なぜなら、俺達は此度【山賢王】を得たのだから!!」
テオは、私に向き直ると、姿勢を正す。
「我らが領主殿に敬礼!!」
無傷なものはもちろん、傷ついて治療を要するものまで、一斉に立ち上がり、踵をそろえ、両腕を平行にする。
その瞳に宿る強烈な意思が私を射抜く。本当に面白い奴らだ。
「諸君の奮戦に期待する」
鼓膜を破るほどの咆哮が響き、アークロイの砦陥落作戦は動き出す。
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