第32話 無慈悲な鉄槌 ウィンプ
「山頂付近に、砦だと?」
ブル将軍から命を受け、ウィンプ達はキャメロットに向けて出兵していた。
山頂付近までは、順調に進軍を続けたが、山道の中心に砦があるとの報告を受ける。生意気にも、奴ら、山道の真ん中に砦を築いたらしい。
所詮、蛮族共の砦だ。こちらには7000人にも及ぶ兵と、魔法師が20名もいるのだ。魔法を使えぬ奴らの砦など攻め落とすのに、大した労力もかかるまい。
「その砦とやらを占領し、キャメロット制圧の拠点とする」
「お待ちください!」
茶色の長い髪を頭の上で結んだ無精髭の男が、即座にウィンプの決定に異を唱えてくる。
奴はカイ・ローダス、ウィンプの部下であり、作戦参謀的立ち位置にいる男だ。
ウィンプは貴族。本来、平民のような愚かで汚らわしい者は傍に置きたくはない。
しかし、不愉快なことに、カイの作戦立案能力は他の貴族出身の将校を圧倒していた。故に、あえて主義を曲げ、ウィンプの参謀として採用しているのだ。
「何だ?」
「ほんの数週間前までは、砦など存在しませんでした。斥候による偵察を十分行ってから進軍すべきです」
確かに通常ならば偵察がセオリー。だが、相手はあの蛮族だぞ? 果たしてそこまでする必要はあるのか?
「冗談ではない! 我らは7000もの大軍だぞ?」
「そうだ! たかが蛮族ごときに進軍を止めてみろ! 王国中の笑いものだ。貴様は我らが将に、臆病者の誹りを受けさせるつもりか!?」
若い将校達から飛び出す実にもっともな意見。
「お前の意見は原則だ。否定するつもりはない。だが今回は、7000もの兵を抱えての出兵だぞ。いささか慎重すぎやしないか?」
「たった数週間で砦など通常作れません。しかも相手はあの貧困に喘ぐラドルです。説明がつかないことには必ず理由があります。その理由を甘く見積もれば甚大な損害を被るかもしれませんよ」
予想以上の損害が出るのはまずい。それこそ、笑いものになる程度ではすまない。本国の上層部は冷徹だ。下手をすれば、その人損を理由に今の地位から更迭される危険性はある。
「斥候を送れ」
「ウィンプ司令官殿!」
「遅くても数日の辛抱だ。わかってくれ。戦争というものは、たとえ蟻相手でも全力で踏みつぶすべきものなのだ」
「はあ……」
渋々同意する将校に、一先ず胸を撫でおろす。彼らは王国貴族の青年将校達。中には高位貴族の御子息もいる。下手に暴発されては、後々厄介だ。
どうせ、彼らは手柄を焦っているだけだ。見せしめに蛮族の村一つ襲えば、彼らの不満も解消されよう。
「聞き届けていただき、ありがとうございます。では私はこれで」
一礼すると、カイはテントを出ていく。
「たかが、平民の分際で生意気な!」
「まったくです。なぜ、司令官殿はあんな平民を御傍に?」
決まっている。お前達より、よほど優秀だからだよ。まあ、そんなことは口が裂けても言えないが。
◇◆◇◆◇◆
「巨大な鉄の城門だと? それを蛮族が作ったというのか……」
確かにたった数週間で、そんな堅牢な要塞、蛮族共が作れるはずがない。だとすると、帝国か? いや、帝国の大群がこのラドア地域に入ったなら、何らかの情報くらい耳にしてしかるべきだ。だとすると、第三者か……。
「これはどう考えても異常だ。一時撤退すべきです!」
案の定、カイは撤退を進言してくる。
「何をいう! 貴様、わかって言っているのか!? 戦端すら開かずに撤退をすれば、我らとてただでは済まぬぞ」
「そうだ! 臆病風に吹かれるのは結構だが、我らまで巻き込むなっ!」
堅牢な要塞を落とすには、軍にそれなりの負担がかかる。本心を言えばカイの進言通り、一端は引いて城攻めの方法を改めて練り直したいのが本心だ。
問題は――。
「ウィンプ司令官殿! いい気になった蛮族共に目にもの見せるときです!」
「そうです。たかが蛮族が築いた卑しい砦など、我らの王国魔法師団なら、いとも簡単に落せましょうぞ!」
この戦は勝ち戦。考慮すべきは預かった兵の損耗率とこの戦争を知らぬ貴族のお坊ちゃん共の心証だ。
彼らがこの地に派兵されたのは、出世のための足掛かりに過ぎない。貴族といっても中流止まりに過ぎないウィンプと異なり、高位貴族出身の彼らの出世のスピードは速い。この派兵後中央に帰還すれば、そう遠くない将来ウィンプの上司となるのは疑いのない事実。
ここで心証を悪くするのは得策ではない。しかし、仮に損害がかなりの数に及べばそれこそウィンプは破滅だ。
(蛮族共め、厄介なものを作ってくれたものだ)
「し、失礼しますっ!」
護衛兵の一人が、テントに転がり込んでくると、サルマン大公の子息――マーサに耳打ちし、一通の書簡を渡す。あの護衛兵は確か、大公の子息の家臣だったはず。
「この裏切り者め!!」
マーサは書簡を開き一瞥すると、勝ち誇ったように立ち上がり、剣先をカイに向ける。
「裏切り者とは?」
「先刻我らサルマン兵団が、ラドル兵の補給地を襲撃した。その際、奴らのテントからこの文ができてきたのだ!」
勝ち誇ったように、マーサはスクロールを皆に見えるように付き出す。
そこには――。
『王国遠征軍将兵の協力者、王国軍進軍停止、撤退の進言を約束。撤退の隙を見て、全軍攻勢に出られたし』
の一文が記されていた。
各々の武器を抜くとカイを取り囲む将兵達。
「裏切りものだ! 殺せ!」
マーサの命にカイは大きく息を吐き、目を閉じる。
そして、将兵達は、武器を振り上げる。
「待て待て待て! まだカイが裏切ったと決まったわけではない! 第一、どこにもカイの名など記されておらんではないか!」
「何を言います! 撤退を支持している将校などその平民ただ一人! 疑いはありますまい!」
「その文が奴らの奸計の可能性があるといっているのだ。マーサ殿、ここは私が司令官。従ってもらいたい」
というか、このタイミングでカイが裏切る理由が思いつかない。どう考えても、敵の小賢しい罠だ。むざむざ敵の意図に乗ってやる謂れはない。
「その平民は我らが拘束させてもらいますぞ!」
「わかった。卿に一任する。ただし、カイはこの遠征後、軍規に則り、処断する。勝手に処罰をすることは固く禁じますぞ。いいですな?」
「わかり……ました」
マーサはギリッと奥歯を噛みしめ、カイを引きずるように護衛兵とともに、退出していく。
やれやれだ。どの道、あの世間知らずの坊ちゃん共には怪我でもされてはかなわないから、最後尾で補給部隊の警護でもさせるつもりだったのだ。カイという恰好の餌がいれば、多少は大人しくしているだろうしな。
だが、これで逆に引くに引けなくなった。仮に退却を決断すれば、ウィンプにまで疑義が及びかねん。
(狙ってやったのだとしたら、本当に姑息な奴らだ!)
怒りをどうにか堪えながら、各将兵に指示を出す。
◇◆◇◆◇◆
谷間の山道を進軍していくと、大型建造物が視界一杯に広がっていた。
山道の中心に聳え立つ鉄の門を有する大型な砦。
カイの進言通り、あの砦を落とすのはかなり骨が折れる。
もっとも厄介なのはあの鉄の門だ。かなり大きいから、破城槌や投石機で破壊するしかない。
蛮族がいくら愚かでも、易々と設置を許すまい。まず、兵を投入し阻止しようとしてくるはず。
その兵をことごとく殲滅。そのうえで、弓や魔法で援護しつつ投石機を設置、鉄の門に打撃を与える。その上で、破城槌でこじ開ける。
仮に、あの鉄の門が想像以上に頑丈ならば、雲梯により城壁を乗り越えるのみ。
いずれにせよ、敵の主力を一時的に削がねば話は進まない。
所詮、蛮族だ。奴らができる抵抗などたかが知れている。どうせ、王国による一方的な蹂躙で終わるだろうさ。
(さて、まずは奴らがどう動くかだが……)
鉄の門が開き、100騎ほどの騎馬がでてくる。
誓ってもいいが、奴らには戦える戦力はほとんどない。100も叩けばかなりの打撃となろう。
(馬鹿が。籠城していれば、少しは長く生きられたものを)
そして、奴らは笑ってしまうことに、ウィンプ達に宣戦布告をしてきたのだ。
そんな愚かなピエロに向けて、ウィンプは総攻撃の命を発する。
……
…………
………………
(なぜだ?)
苛立ち気に、ウィンプはもう何度目かの疑問を反芻する。通常の馬とは思えぬ非常識な動きをする騎馬隊を前に、王国騎馬は完璧に圧倒されていた。王国の騎馬隊は、世界でも屈指の実力を有する。それが、全くなすすべもなく屠られていく。
しかも、弓兵500、魔法師団20名の援護射撃もあるのだ。通常ならとっくの昔に勝敗は決しているはず。
(なぜ、あんな動きができる? 魔法か? いや奴らは蛮族、魔法を使えるはずが……)
ラドル人が著しく魔法が苦手なことは周知の事実。一人ならともかく、あの人数全てが魔法を使用していると考えるのはあまりに非現実的だ。
だとすると――
「全軍退却せよ!!」
ウィンプの思考は、敵の総大将と思しき男の大声により、現実に引き戻される。
ラドルの騎馬隊は一目散に、城門内に逃走を図っていた。予想以上に、奴らに疲労を与えていたようだ。あの城門内に入り休まれては厄介だ。その前に殲滅するとしよう。
奴らの主力をここで叩けば、城攻めはもはや成したも同然。
「逃がすな! 砦内に入られる前に殺せ!」
喉が枯れんばかりに大声で、命令を発すると、王国軍の騎馬隊が奴らの追撃を開始する。
奴らの最後尾のラドル兵の背後に、王国騎馬兵が剣を振り下ろそうとしたその時――。
パキィーン!
空中に舞い上がる血飛沫とともに、騎馬兵は地面に落下を始める。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
鳴り響く四つの轟音。その音に食われたかのように次々に落馬し、無残にも地面に転がる四騎の騎馬兵。
弓や魔法のような飛び道具なのは間違いない。
放たれたと思われる城壁までは、かなりの距離がある。弓では到底届かない。ならば、きっと魔法だろう。
確かに奇怪な音がしたが、弓も届かぬ遠方にある的を的確に撃ち抜く魔法など、聞いたこともない。新種の魔法なら、そんな高等魔法、蛮族などに保有させておくことはできぬ。
思考がまとまりかけたとき、いくつもの破裂音が空を裂き、王国軍の騎馬隊ごと前方の地面が爆ぜた。
「へ?」
口から間の抜けた言葉が漏れる。そして、その爆発は断続的に鉄の城門前の地面に突き刺さり、破壊の限りを尽くす。
一分にも満たない間に、騎馬隊は全滅していた。
頭が上手く働かない。だってそうだろう。ほんの僅かな間で、あれほどいた騎馬隊が壊滅し、ただの肉片となり大地に転がっているのだから。
あれも魔法か? これほどまでの破壊を巻き起こす術式ならば、大規模な魔法陣の展開が必須だが、そんな様子は欠片もない。城壁の上にある鉄の筒のようなものが光り、騎馬隊が次々と死んでいったのだ。とすると、あの鉄の筒は、マテリアル!
だとするとまずい。戦況を立て直さなくては、全滅する!
「貴様ら、何をしている! 戦わんか!」
このままでは間違いなく死ぬ。だから、必死に周囲に控える直属の部下たる魔法師団に命令を与えるが、皆、滝のような汗を流し震えるだけで微動だにしない。
(私だけでも退避するべきだ)
馬の脇腹を蹴り、兵士の合間を縫うように、走り抜ける。
しかし、そんなウィンプの努力空しく頭上で爆発音が巻き起こり、岩が天から降ってきた。 妙にゆっくりと流れる視界の中、岩の天井が頭上に落ちてきていた。
……
…………
………………
狂わんばかりの激痛に、瞼を開けると、ウィンプは岩の隙間にいた。左腕は根元から折れ曲がり、左足もおそらく折れているのだろう、既に感触がない。
(逃げなくては)
――恐ろしい。
あの無情なマテリアルにより、一切の抵抗すら許されず、王国軍が次々に殺されてしまったことが!
――恐ろしい。
七千もいた兵が、僅かな時間で死んでしまったことが!
――恐ろしい。
何よりも、他者を虫けらのように容易に踏みつぶすその思考が、ひたすら恐ろしかった。
(逃げなくては)
全身が主張する痛みを無視し、ウィンプは腰の剣を松葉杖替わりに、この地獄から離脱しようと、足を動かす。
しかし――。
「いたぞ!」
男の声。黒色のマテリアルをこちらに向ける特徴的な髪型のラドルの民の姿を網膜が映し出し、体中の血液が逆流するほどの恐怖が押し寄せる。
「この遠征軍の総指揮官だよな?」
「――」
ウィンプが口を開こうとしたとき、
「お前は確実に殺せとの【山賢王】の命だ。悪く思うなよ」
再度の破裂音。そして、ウィンプの意識は一切の抵抗すら許されず、プツリと切れた。
お読みいただきありがとうございます。




