第30話 出撃命令
――アークロイの砦。
王国軍はアンデッド襲撃で壊滅したキャメロットを占拠した。そこを中心に、今後は大規模な帝国侵攻が為されることになっている。
しかし、エーテ将軍が少数精鋭による進軍に拘ったため、キャメロットへ駐在している兵士の総数は大した数ではない。
対してこのアークロイは、キャメロットの軽く十倍以上の人員がおり、依然としてアムルゼス王国による対帝国戦略の要となっている。
そのアークロイの砦の円柱状の会議室に、アークロイの砦の防衛の任を担う王国将校達が揃い踏みをしていた。
「……」
誰も一言も口を開かず、屈辱に身を震わせている。
テーブルに置かれるのは、綺麗に整えられた数人の将校の首級。
その中には、キャメロットでまもなく始まる対帝国戦での作戦指揮を執るはずだったエーテ将軍のものもあった。
「エーテ、さぞ、無念であったろう」
潰れた鼻に、まん丸の目、垂れ下がった頬肉の男が、猿顔の男――エーテの生首を抱え、俯くと、そのずんぐりとした身を震わせる。
「ブル将軍……御心中お察しします」
将校の一人が、顔を悔しさで一杯にしながらも、慰めの言葉をかける。
(ふん、そんなわけがあるまいに)
王国軍最上級将校の一人、魔法師ウィンプは滑稽で無知な若い将校に冷ややかな視線を送る。
ブルとエーテは政敵であり、犬猿の仲。一方がいなくなって喜ぶことすらあれ、心を痛めることなどありえない。
確かに、過去のブルは単身で敵地に切り込んだり、自軍の兵を逃がす殿を務めるような根っからの軍人であったが、人は変わるものだ。過去の将軍ならともかく、今のブルが政敵の死などを一々、惜しむはずもない。
案の定、そのたるんだ頬を緩ませると、
「しかしぃ! 貴様のせいで、キャメロットを奪われたのもぉ事実ぅ! しかもぉー、たかが蛮族にだぁ! 貴様のような無能は死んで当然、生きる価値なしぃ!!」
狂ったように笑いだし、エーテ将軍の頭部を右拳で殴りつけ始める。ウィンプ以外、ブルの奇行に誰もが唖然とする中、突然、ぴたりと笑みを消失させる。
(この変わり身、いつ目にしても気味が悪い)
まるで、獣か何かが、人の皮を無理矢理被って操っているかのごとき、独特な不快感がある。
先ほどとは一転、エーテ将軍の頭部を塵でも投げ捨てるがごとく、テーブルに放り投げると、椅子にドカッと腰を下ろし、
「読み上げよ」
頬杖を突きながらも、指示を出す。
戸惑いながら、一人がスクロールを開き朗読を始める。
『アムルゼス王国各位に宣告する。
貴殿らは我がラドルの領地を踏み荒らし、野盗のごとき収奪を働いた。その首級は、我らラドルの怒りの表出である。直ぐにでも貴殿らに正当な報復をするのが道理だが、いくばくかの慈悲を与えることにした。
アークロイの砦の無血開城とこのドルアの地からの撤退。その二つを以って、貴殿らを見逃そうと思っている。
期限は、今から二週間後の午前八時まで。賢明な判断を望む。
ラドル軍総大将テオ・グリューネ』
「たかが、蛮族の分際でつけあがりおって!」
「劣等民族が、我らに慈悲を与えるだと!? 傲岸不遜にもほどがある!」
「ブル将軍、これでは示しがつきませぬ。直ちに、キャメロットに兵を送るべきです」
ブルは、しばし、両目の瞼を閉じてブツブツ呻いていたが、勢いよく席を立ち上がり、右手を掲げる。
「ウィンプ、兵七千を率いて、キャメロットを落とせ」
「七千ですか?」
死にかけの蛮族平定に、兵七千とはいくらなんでも慎重すぎやしないか。それに全軍で進軍すれば、この砦が手薄になるのも事実。
「ん? 不服か?」
この狂った男を不快にさせるのはまずい。些細なことで、この男の逆鱗に触れ、激戦地送りとなったものなど、腐るほどいる。
「とんでもございません。必ずや、平定してご覧にいれましょう」
立ち上がり、姿勢を正し、敬礼をする。
「うむ、ならばよい」
満足そうに何度か頷くと、ブルは部屋を出て行ってしまった。
いいさ。この砦の堅牢さなら、攻められても当分は持ちこたえられるだろうし、予想以上に大軍を率いることができるのだ。精々、楽しませてもらおう。なにせ、蛮族狩りはいいものだからなぁ。
さて、此度はどのような趣向で蛮族共を縊り殺してやろうか。興奮に身震いしながら、ウィンプは間もなく訪れるであろう快楽を夢想した。
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