第18話 地上げ屋襲来
合格発表までの一週間、手持ち無沙汰となった。当初、サテラと約束した帝都の第四区――ライゼの観光に洒落込もうとしたのだが、父に拒絶されたと思い込んだアリアがふさぎ込んでしまい、それどころではなくなる。
(グレイ様、アリアちゃん、どうしましょう?)
今も頬杖をつき、大きな溜息をつくアリアを眺めながらも、サテラは、私に耳打ちをしてくる。
「気を逸らすしか、ないんじゃねぇか?」
真昼間から酒をグラスにつぎながらも、シルフィがそんなわかりきったことを口にする。
「具体的には?」
「酒を飲むとか?」
「阿呆! アリアは未成年だ!」
「あんたの口からそんな人間らしい言葉を聞くと、新鮮を通り越して気持ち悪いのな」
失礼な奴だ。シルフィの奴、一体私を何だと思っているんだろうか。
「食べ歩きなど、どうじゃ? きっと幸せになれるぞ!」
もしゃもしゃと、パンを齧りながら、ドラハチが、予想を裏切らぬ提案をしてくる。
「それで、幸せになれるのは、アリアではなくお前だろう?」
「そうともいう」
ダメだ。このごく潰しドラゴン一号、二号、まったく役に立ちそうもない。
「シーナが、お姉ちゃんの肩叩く?」
隣のシーナが私の袖を引っ張り、私を見上げると、そう進言してきた。
「うむ、それも捨てがたいな」
確かに、溺愛しているシーナに肩を叩いてもらえば、アリアのテンションも僅かながら戻るかもしれない。
「では、シーナ――」
肩叩き職員シーナに仕事を任せようとするが――。
「帰っとくれっ!!」
女将さんの怒声により、遮られる。
(ん?)
声のする方に眼球だけを動かすと腰に手を当てて、悪鬼のごとく、仁王立ちしている女将と、目つきの悪い小男、その周囲の人相の悪い四人のごろつきが視界に入る。
「こんな息をすれば吹き飛びそうな店なんぞ、早く畳んで隠居した方がよほど利口。そうは思いませんかぁ?」
目つきの悪い小男が、宿泊客に同意を求めて見回すと皆、顔を背ける。
「ほらぁー、皆様も同意してらっしゃいますよぉ」
大げさに、両手を広げて天を仰ぎ、もう一度食堂を眺めつつも顔を醜悪に歪ませる。
「見たところ、誰も同意などしてはおらんようだが?」
「ええ、してませんね」
私の素朴な感想に同意するサテラと、
「理解力の差ってやつじゃね? ほら、あいつら見るからに残念そうだろ?」
シルフィがそんな身もふたもないことを言いやがる。
「残念なのじゃ! 固くて不味そうじゃし」
ドラハチ、お前の目は全てが食い物にみえる都合の良い目をしているらしいな。
「お客さんに少し、この街の流儀を教えてあげなさい」
私達の極めて真っ当な感想に、小男は笑顔を絶やさず、取り巻き達に指示を出す。
「お兄ちゃん……」
震えながら私に抱き付くシーナの姿を目にし、過保護なサテラの眉がピクンと跳ね、
「グレイ様、ここは私が処理いたしましょう」
そんな有難迷惑な提案してくる。周囲が年上ばかりのせいか、サテラにとってシーナは数少ない人間の保護対象者。この数日、シーナを猫かわいがりして、その役を取られたドラハチが、若干いじけ気味だったくらいだ。シーナの怯える姿に、サテラの奴、相当キテいらっしゃるのは間違いあるまい。
しかし、サテラには、この街での学園生活がある。アリア、サテラ、私の三者は、当面目立つ行動は控えるべきかもしれない。こういう時こそのシルフィだろう。こいつ、何もせずに酒を飲んでばかりだしな。
「いや、シルフィ、お前がいけ」
「えー、我、今まったりしている最中なんだが」
「四の五の言わんで――やれ!」
「はいはい、まったく竜使いの荒い、ご主人様だ」
シルフィが首を振ると、重い腰を上げようとするが、
「止めなさい!」
アリアが、激高して席から立ち上がっていた。
「無関係の者は口を出さないでおくれっ!」
初めて耳にする女将の焦燥溢れた必死な声。
アリアの奴、相変わらず後先考えない奴。とはいえ、アリアにとって、女将は死んだ母と接点のある数少ない人物。いわば、かつての思い出の日記のなかにある幸せの物語の登場人物の一人。その彼女の窮地は、その物語のページに泥を塗りつけるようなもの。到底、容認できるものではないのだろう。
それに女将には受験の際に、世話になった。女将へのシーナとドラハチのなつき具合からいって、よほど可愛がられたのは確実。助けぬ道理はない。
「サテラ、シーナとドラハチを連れていけ」
サテラが大きな溜息を吐き出す。
「構いませんけど、また、無茶するつもりですね?」
「人聞き悪いな。無茶ではなく話し合いだよ」
奴らが、それを望むまではな。心底疲れたように、首を左右にふると、
「ほら、シーナ、ドラちゃん、二階にいこうね」
サテラはシーナとドラハチの手を引き、二階へ上がっていく。
「では、我が主よ。我も健闘を心から祈っておるぞ」
どさくさに紛れて、逃亡を図ろうとするごく潰しドラゴン二号の全身を、《風繰術》により捕縛する。
「お前は、アリア達の保護だ」
このドラゴンなんのためにこの面倒な処理を私が代わったと思っているのだろうか。
「はいはい、これも雇われの身の辛いところだ。せいぜい、骨身を惜しまず働くとしましょうか」
大げさに、肩を竦めると、シルフィは、アリアの傍へ移動する。
「グレイ、アリア、お前達も二階へお行き」
顔をいつもの優しいものに変え、女将は静かに語り掛けてくる。
「必要ありませんよ。私もそこの小人には、少々、興味がありますのでね」
目つきの悪い小男は、私の言葉に、一瞬、ピクンと眉を顰めるが、相変わらず微笑を崩さず、
「おい」
周囲の取り巻きの男に指示を出す。
「アリア、ここは私に任せろ」
一歩踏み出そうとするアリアを横目で制すると、渋々ながらも大人しく従った。
二メートルを優に超える巨漢スキンヘッドの男が、私の前に立つと威圧的に見下ろしてくると、
「私達は、ウエィスト商会の商会員ですよ」
勝ち誇ったように、小人が宣伝をする。
ウエィスト商会? そんなの知らんがな。
「この街では有名な商会なのか?」
「この街を拠点とする帝都でも有数の商会よ!」
アリアの呆れたような声色からも、ウエィスト商会とやらは、かなりの規模の商会のようだ。さてどうするか、同じギルド登録商会との衝突は本来、好ましくはないが。
「我らを知らぬとは、田舎者はこれだから」
男達から嘲笑が湧き上がる。
「その通り、我らもこの度上京してきたばかりなものでね。今後はこの街への商業進出を検討中の身。まあ、よろしく頼むよ」
相手が如何に無礼でも、品格と節度を忘れない。それが大人の対応というものだ。
私はスキンヘッドに対し右手を差し出す。スキンヘッドは、代わりに私の顔目掛けてぺっと唾を飛ばす。
むろん、避けようかと思っていると、シルフィが剣の鞘でそれを防いだ。
「気が変わった。我が相手をしよう」
シルフィからは、いつものあけっぴろげな性格を象徴する陽気な表情は成りを潜め、薄気味の悪い笑みを浮かべていた。
普段の奴ならともかく、今のシルフィに任せるのは少々まずいかもしれん。十中八九、大ごとになる。
「変わるなよ。お前は、アリアのお守だ」
口をへの字に曲げると、シルフィは腕を組んでそっぽを向く。
「さて、ウエィスト商会とやらの意思は受け取った。同じ商人同士、正々堂々と潰し合おう」
私は敵となる者に一切の容赦はしない。社会通念のルールを守らない者ならば猶更だ。血も出ないくらい徹底的に毟り取ってやることにするさ。
私は、女将に向き直り、
「女将、我が商会と業務提携するつもりはありますか?」
勧誘をしてみた。どの道このライゼでの商業活動は今後必須となるし、私にとっても悪い話ではない。
「業務……提携?」
話についていけないのか、女将はオウム返しに繰り返してくる。
「ええ、私達はこのライゼでの商業展開をする予定でしてね。提携に応じるなら、この雫亭を我らが、全力で支援しましょう」
「勝手に話を進めないでもらいたいですねぇ。その坊ちゃんに世の厳しさを教えて差し上げろ」
「へい」
スキンヘッドの大男が頬に嘲りの皺をよせると、指をパキパキと鳴らし、右腕を振り被る。
問答無用ってやつか。私が誰かも調べもせずに、ここまで強硬手段をとるとは、ウエィスト商会とやらの財力によほど自信でもあるのか、それともバックとなっている者が大物なのか。いずれにしても、となるなら排除するだけ。
スキンヘッドの男から放たれた右拳がゆっくり迫るのを待っていると、男は突き飛ばされ、床に転がる。
「子供に、手を上げる奴があるか!」
「あんた!」
真っ白な服を着た白髪交じりの男性が、息を荒げながら、スキンヘッドの男を悪鬼の形相で睥睨していた。
厨房で料理を作っているのを何度か目にしている。初日に、女将さんから雫亭の料理長兼旦那さんだと紹介を受けた。私達に対する常に不機嫌そうな応対から、子供が嫌いなものかと思っていたのだが、違ったようだ。
「てめえ!!」
もんどり打って倒れたスキンヘッドの男は、しばし頭を振っていたが、状況を認識し、茹蛸のようにその綺麗に剃った頭を赤く染め、いきり立つ。
「ズー!」
目つきの悪い小柄の男の声が飛び、ハッと無言で考え込んでいたが直ぐに悲鳴を上げて地面をのた打ち回る。
「痛ぇ、痛ぇよぉぉ!! う、腕が折れてるぅ!!」
ここまでひどい三文芝居は初めて見たな。
「雫亭さん、まさか、このウエィスト商会の職員に暴力を振るうとは!
これは許されませんよぉ!! 直ちに上司に報告させてもらいます」
大方、法外な賠償金でも請求してくるつもりだろう。素人当たり屋でももっとうまい芝居をするぞ。とことんまで、不愉快にさせる奴らだ。
「どこが痛いんだい? 見せてくれないかい?」
私は今ものた打ち回っているスキンヘッドの男――ズーを見下ろしながらも、尋ねてみた。
「ほら、この右腕だぁ! 折れて――」
ご丁寧に脱力した右腕を差し出してきたので、それを握ると力を加える。
ゴキュッ!
骨が折れ、肉が拉げる音とともにズーの右腕は根元からあらぬ方向へ折れ曲がっていた。
「ぐぎゃああっ!!」
正真正銘の劈くような絶叫を上げて、ズーはのた打ち回る。
「ふむ確かに折れてるね。どうやら、左腕も折れてそうだな」
笑顔で左腕もへし折る。
「ぎぃやあぁぁっ!!」
悲鳴を上げての再度のローリング。
「君さぁ、人ってどのくらいの数の骨があるか知っているかい?」
痛みに悶えながらも、私を見上げて悲鳴を上げた。
「大人で二〇六個さ。今の君、果してどのくらい折れてるんだろうねぇ。確かめてみたく、ないかい?」
ズーはガタガタと身を震わせて私の顔を凝視していたが、ついにグルンと白目を剥いて床に崩れ落ちた。
難癖付けられては後々面倒なので、回復魔法で修復させておく。それに人間は、元来、原因不明のものを畏怖する傾向が強い。折られていたのが治っていた。その方が奴らにとってより強い威圧になろう。
「さて、彼は確かに重傷だ。躓いて骨を折るなんて、ほんと不運だよねぇ? カルシウム不足で骨が脆くなっているのかもしれないよ。なんなら、君やその上司さんも見てあげようか?」
目つきの悪い小柄な男に、ニコリと笑うと滝の様な汗を流しながらも、盛大に頬をヒクヒクさせ、首を勢いよく左右に振る。
「い、いえ、遠慮しておきましょう。お前達、行きますよ」
ズーを抱えると、逃げるように宿を飛び出していくウエィスト商会を自称する男達。
「あ、あんたは?」
白衣の旦那さんが、恐る恐る口を開き、
「奥で話しましょう」
親指を奥の部屋に向けつつも、商談を求めた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価、誤字報告など日々の執筆の原動力とさせていただいています。心から感謝いたします。
※修正したはずが、会話が()のままになっていたので、修正しました。




