第15話 実技試験その4
程よく分散したせいでロックワイバーンは、目標を定めることができず、今のところ、どうにか逃げきれている。
「もったいないな」
彼らの戦闘をみて、まず私が感じた感想がそれだ。
魔法式に魔力をのせる。皆のその行為は精錬されており、乱れなど一切ない。おそらくこれは才能ではあるまい。幼い頃からの気の遠くなる程の錬磨の末、身に付けたものだ。
『反復』――それは、我々科学者にとって最も重要であり、価値のある行為。
若い科学者は、反復に基づく知識を低位に、才能や知能指数等のシックスセンスにより得た知識を高位に置きたがる。頭がいいから、知能指数が高いから、私はより高度な研究をできるのだと声高々に叫ぶ。
しかし、科学という名の神は無情だ。己が至上だと思っていた頭脳やセンスは、大概役になどたたず、結果も辻褄が合わず、研究も直ぐに暗礁に乗り上げる。真剣に研究に没頭すればするほど、己が他とは大して変わらぬ凡人であると否応なく気づかされる。
対してロナルド達は反復の大切さを知ってはいるが、その知識の価値を理解していない者達。このような者達は我ら科学サイドにはいなかったな。
なぜなら、再現性を求める科学者にとって知識は全て。行程はあくまで知識の得られるプロセスにすぎない。それを否定する行為自体が自己矛盾に繋がる。
彼らにとっては、魔法とは学問ではなく、類まれなる才能と血のにじむような錬磨から成るスポーツないしは、筋トレのような認識なのかもしれない。
「気が変わった。もう一度集まりたまえ」
私は《風繰術》により、ロックワイバーンを束縛する。
突如、全身を硬直化させるロックワイバーンに、目を見開き茫然としている受験生達。
「私も暇ではない。もう一度集まりたまえ」
再度力を込めて、そう指示する。
「お、お前、あれは――」
アランは弾かれたように私の元までくると、今も身動き一つしない大蜥蜴の石像の一つに指先を固定して疑問を口にする。
「君らは、まったくなっちゃいない」
「な、なんだと!」
激怒するアランを無視し、私は話を続ける。
「魔法とは才能ではなく学問だ。まず君らの致命的に誤った認識を改めなさい」
私はロックワイバーンの一体に、右手の掌を向けると、
「『数多の風の七刃よ、我が力に従い、戦輪となさん』」
大気に忽然と生じた七つの風の巨大なチャクラムは、回転しつつもロックワイバーンの四肢と頭部を切断。ワイバーンは、たちまち粉々の砂となり地面に落下してしまう。
あー、壊してしまったか。どの道、受験生達には、ロックワイバーン三匹は少々荷が重い。仮に私が教授したとしても、一体を単独撃破するのが精々だろう。少し、ハンデとヒントをやっても、構うまい。
「……」
無言で口をパクパクさせるアランと、運命と取り組むような真剣な顔つきで私を凝視してくるロナルド。
「断っておくが、これは新種の魔法などではなく、お前達が先ほど使用していた【風刃】だ」
「嘘を言うなっ! 威力も形状も何もかも違うじゃねぇか!」
「違わないさ。【風刃】を自在に操るお前達なら、今の改良型も扱えてしかるべきだ」
「俺達が……あれを?」
「ああ、これは君らの始まりにして分岐点。そして選ぶのだ。魔導という知識を追求するのか、才能という言葉に溺れ、考えることを放棄するのかを」
今回、私は魔法の知識の種を与える。それを芽吹かせるのかは彼ら次第だ。
私は、彼らにそのもっとも基礎となる知識の教授を開始する。
◇◆◇◆◇◆
「今だ! 風の障壁!」
自ら囮となったロナルドに突進するロックワイバーンに、詠唱を開始していた後方の二人が、改良型風の障壁を、奴らの前足に向けて発動させる。
本来ならば、ロックワイバーンの巨体を止めることは叶わない貧弱な風の防壁。だが、この改良型の風の障壁なら、タイミングさえ間違えなければ、十分な効果が見込める。
ロックワイバーンが片足を上げた瞬間、幾つものブロック状の風のキューブがまるで、巨大な金槌のように、衝突していく。
バランスを崩してつんのめり、地響きを上げつつも転がるロックワイバーンに、他の四人から同時に放たれた【火球】と【風刃】が絡み合い炎を纏った風の刃となって、その頸部付近を深く抉る。
ロックワイバーンの弱点属性は、風。そこに、火を絶妙なタイミングで纏わせてやり、威力を大幅に増強させているのだ。
これこそが、疑似的な融合魔法という奴だ。簡単に融合魔法とは言うが、融合させるには、いくつかの魔法式の改変が必要であった。ぶっつけ本番で完璧に私の指示通り、やってのけたか。やはりこの者達は面白いな。
『数多の風の九刃よ、我が力に従い、戦輪となさん』
間髪入れずにロナルドから放たれた九つの風のチャクラムが、ロックワイバーンの頸部に次々と深く突き刺さり、そして易々と切断する。
ロックワイバーンは砂となり、重力に従い地面に叩き落ちる。
うおおおぉー!
割れんばかりの歓声がグラウンドに沸き上がる。
何のことはない。ロックワイバーンの弱点は頸部であり、その他では、いくら破壊しても、ものの数十秒で修復してしまう。その事実を私は、さっきヒントとして与えた。彼らは話し合い、それを見つけだしたのだ。
決め手となったのは、ロックワイバーンの頸部が必要以上に、太く頑丈であること。生物構造の基本からして、固いということは、そこが一番、触れられたくないことを意味する可能性が高い。
そこで、【火球】と【風刃】により、疑似的な複合魔法を作り出し、頸部にヒビを入れる。そこに、ロナルドの改良型【風刃】により、止めを刺す。こんな策。
向こうでも歓声が上がったので、視線を向けると、丁度、アランが風の刃を纏った剣を、ロックワイバーンの弱点たる頸部に突き立てているところだった。
やはり、砂となり崩れ落ちるロックワイバーン。
さて、これで試験は私達の圧勝で終わり。人間の、しかも子供に術を破られたのだ。奴のプライドはズタズタのはず。さぞかし、シルフィの奴、悔しがって…………まったくいないな。逆に、悪戯に成功した子供のように、ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべている。
アランは興奮で、顔を真っ赤に発火しながら、私に駆け寄ると、私の背中を叩いてきた。
「あんた、マジで、すげぇな。まさか魔法式を少し変えただけであんな強力な新魔法ができるたぁ、驚きだ」
「いや、それは【風刃】の修練を十分にしてきたお前の力だよ」
事実だ。詠唱魔法の発動には、正確な魔法式の理解に基づいた詠唱と、それに一定の力で魔力を込めねばならない。つまり、極めて繊細なコントロールが必要なのだ。故に、【風刃】の魔法を血肉とするほどの修練を得たものにしか、魔法の改良などできやしない。
「そ、そうか……」
照れているのか、頬を緩ませながらも、ポリポリと掻くアラン。
ロナルドが生真面目な一点の曇りもなさそうな顔を向けてくると、
「貴方は一体、何者だ?」
最近、頻繁に耳にする疑問を口にする。
「お互い、入学すれば否応でもわかるさ。それに、君は私が、己について逐一全て説明しなければならない。そう考えているのかね?」
「いや……それは聊か傲慢だな。すまない」
「ふむ、誇りたまえ、さきほどの君の魔法は実に見事だった。そして、それは才能などではなく、まぎれもない君の今までの努力故だよ」
もういいだろう。試験が終わったなら、ここに用はない。私も暇ではないのである。
私が彼らに背中を向けると、
「A組の試験終了ぉー、ご苦労様でしたぁ。合格者の番号は、一週間後、学園の本校舎前に張り出しますぅ。でわぁ、解散」
レベッカのおっとりした試験終了宣言がなされたのだった。
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