第14話 実地試験その3
武術の試験場では、人集りができていた。
理由は簡単だ。
(アリアとあの金髪の少女か)
アリアと金髪の少女が高レベルな格闘技術を駆使し、鬩ぎ合っていった。
というか、あの金髪少女、すごい身体能力だな。筋力がEもあるし、むしろ良く持ちこたえているアリアを褒めるべきか。
「グレイ様!」
私を視界に収めるとサテラはパッと顔を輝かせ、小走りに私の元までくると、強く抱き締めてくる。
サテラは人前でも憚らず、この手のスキンシップを敢行してくる。今は、幸いにも皆、アリアと金髪幼女の戦闘に夢中であり注目はされていないが、入学後もこれをされてはたまらない。あとで言い聞かせてみよう。まあ、無理かもしれんが。
「サテラ、お疲れ様。君はもう終わったの?」
「はい。アリアちゃん達で最後です」
受験生同士の戦闘を評価の対象とするなら、それは時間もかかるだろうさ。
「そろそろ、終わるな」
足を払われ、アリアが地面に転がり、金髪少女がマウントを取ったところで試験官から試験終了の指示が飛ぶ。
地面に仰向けになったままで、アリアは、右腕で両眼を押さえながらも、全身を小刻みに震わせていた。おそらく、悔し涙でも流しているんだろう。
「サテラ、頼む」
試験で敗北したことで泣けるピュアさは私には存在しないし、その気持ちを推し量れている自信もない。サテラの方がよほど適切にアリアを慰められることだろう。
「……」
無言で頷き、アリアの元まで駆けていきサテラが助け起こすと、見物人たる同じ受験生から、拍手が巻き起こった。これだけのライバル達から、拍手をさせる。そんな戦いをしたのだ。仮に結果がどうあれ、誇ってよいのだと思う。
案の定、さめざめと泣いていたアリアを宥めながらも、サテラは魔法の試験場へと促し、連れて行く。
「おい」
背後から声を掛けられ振り返ると、先刻サテラと口論を繰り広げていた坊ちゃん刈りの少年が、睨みつけるほど真剣な目つきで佇んでいた。
彼は私達のA班にはいなかった。サテラ達と同じB班だったのだろう。
「何かようかい?」
「僕は、オドー・ウサンだ!」
ほう、自己紹介をしてくれるのか。中々殊勝な奴ではないか。
「私は――」
「お前には絶対に負けないからな!!」
私の言葉を遮るその捨て台詞を最後に、走っていくオドーに、
「何だったんだ、今の?」
私は首を傾げ、自問したのだった。
B班の連中が魔法の試験場へと去り、私達A班の面々が続々と魔法の試験を終えグラウンドに集合してくる。
「静まれ!」
試験官の喚声が、グラウンドに響き渡り一斉に視線がグラウンドの中央に集まる。
はあ? なぜ、あの爺さんがいるのだろう? しかも、隣にいるのは、ごく潰しドラゴン二号か。まったくもって、意味が分からん。
「皆、聞け! 大賢者ジークフリード・グランブル様の御言葉である!」
恭しい試験官の紹介に、白髪の仙人のような外観の老人――ジークが、一歩前に出ると、受験生達を眺め見る。
受験生達から、ゴクッと生唾を飲み込む音が聞こえる。無理もない。彼らからすれば、あのご老体は、仮にも大賢者、生きる伝説なのだから。
ジークの奴は、私と視線が合うも、ニィとこの上なく悪質な笑みを浮かべる。この鳥肌がプツプツと立つ感覚、目下、あいつらの悪巧みのレールの上を驀進中らしいな。
「A組は、本来受験生同士の模擬戦だったが若干、試験の趣向を変える」
「待っていただきたい。A組とB組の試験の評価はどうなるんです?」
「そうだ! 横暴だぞっ!」
銀髪の少年の提起した疑問の言葉を契機に、受験生達から一斉に不安と不満を多量に含有した非難やヤジが飛ぶ。
「煩いのぉ、お前達も仮にも国を代表する騎士や魔法師を目指すなら、この程度のことで狼狽えるんじゃないわい」
ジークは小指で右耳をほじると、フーとその指先に息を吹き付ける。
「ざけんなよ、クソジジイ! 俺達はあんたがいうそんな騎士様や魔法師様になるために、これまで血反吐を吐くような想いをして、この試験に臨んでんだ。それをあっさり、踏みにじりやがって」
燃えるような赤髪の野性味溢れた少年が、怒髪天を衝くがごとく吠える。
「アラン君、これは既に試験対策本部の決定事項ですぅ。君が、何を言おうと変わりはしませんよぉ。それともここで棄権して失格にでもなりますかぁ?」
レベッカの突き放すような言葉に、悪鬼のごとく顔を歪めるが顔を左右に振ると、そっぽを向く。
どうにも、いたたまれない。ジークとあのアホドラゴンがここにいての突然の試験内容の変更。十中八九、私が原因だろう。
聞くところによれば、あの少年達は、この試験を受けるのに相当の錬磨を積んできたのは想像するに容易い。それを何の脈絡もなく覆されれば、怒りもわこう。
それにしても、ジークの奴どういうつもりだ? 私にとってこの試験は、『合格できれば、より良い』、その程度の価値しかないのだ。そんなことは、私の目的を知る奴なら理解しているはず。その上での少年少女達を巻き込むこの度の愚行。どうにも解せない。
「さっそくだけど、始めてもらいますぅ。では、シルフィ殿、お願ぃ」
「おう、任せて置け、とっておきのを呼び出してやる」
右手の掌を地面に付け、
「【石竜傀儡】――最下級ロックワイバーン」
そう、得意げに高々と台詞を吐き出す。
大地に出現する半径三メートルはある三つの魔法陣、その中から出現するのは、小型の翼竜のような姿の巨大蜥蜴の石像
「へ?」
「え?」
三匹のワイバーンの石像達に見つめられ、至る所から上がる間の抜けた声。
「おい、ジジイ! 説明しろ! あれはなんだ!?」
赤髪の少年が真っ赤な目で今も睥睨してくるワイバーンの石像を指さし、絶叫する。
「三〇分間、その魔物と戦え。武器はこの試験場の端に設置してあるし、魔法も自由だ。諸君の健闘を祈る」
ジークのその宣言により、シルフィが右手を上げパチンと鳴らすと、蜥蜴の石像の一匹が宙に口を向け、
「グオオオオオオォッ!!」
大気をも震わす咆哮が、グラウンドを吹き抜ける。
「ひいいいぃぃ!!」
「うわああぁぁっ!!」
あっという間に、試験場は阿鼻叫喚の場と化したのだった。
約六割の受験生が、武器の設置されている場所に向かおうともせず、縮こまり震えだす。創造者たるシルフィによる指示のせいだろう。そんな無防備極まりない受験生をどのロックワイバーンも襲わない。
対して、残り三割が武器を取り勇ましく立ち向かうもロックワイバーンの丸太のように太い尻尾で薙ぎ払われ、ダンプカーのごとき突進により弾き飛ばされ空を舞い、戦線を離脱する。
一応、死なない程度に手加減をされているようで負傷した受験生は、ジークにより即座に癒されている。
ともあれ、たちまち残りは私と、あの銀髪の少年、赤髪の少年を含めた数人だけとなる。
この石のドラゴン達は、シルフィの【石竜傀儡】により生み出された己の意思のない人形。ならば壊してもまったく構わない。
もっとも、あの石竜共の平均ステータスはE。あれを壊せるだけの力を持つ受験生はごく一部に限られてくる。それも一定の条件をクリアしての話だ。現時点での少年、少女達にあれを壊す力はないと理解してよい。
だが、これは試験なのだ。おそらく絶対的強者と相対した時の対応を見ているにすぎまい。破壊する必要まではないのなら、試験としては実に真っ当といえよう。
ともあれ、ここでボーと突っ立っていても時間の無駄だ。
「八番は、校舎の側へ、七四番は武器の置いてあった場所に移動、他の者も、その二人を中心に分散せよ」
「あぁ!? 貧弱野郎が、何、しきってやがんだ!?」
赤髪の少年――アランが、すかさず、予想通りの怒号を浴びせてくる。
「こんな場所に、追い詰められた鼠のように縮こまっていても、何にも進展はせぬ。死にたくなくば、やれ」
そうはいったが、死ぬことは絶対にないがね。人としての不文律を冒さぬ限り、私は子供を殺さんし、殺させん。それが、この悪辣な我が身に宿した最後の矜持。
「一先ずは彼に従おう」
銀髪の少年が武器である長剣を構えながら、アランに提案する。
「はあ? ロナルド、お前までどうしちまったんだ? こんな馬の骨ともわからねぇ――」
「彼は僕よりも強力な魔法師だ。ついさっき、それを僕は確信したんだ」
あの【火球】の改良の件だろうな。
「間違いないんだな? この状況で謀ったら許さんぜ!」
「アラン、僕がそんなことをするとでも?」
アランは、銀髪の少年――ロナルドを横目で見ていたが、首を大きく左右に振る。
「いいだろう。今回だけは、共闘してやる。おい、お前、名は?」
「あ? ああ、確かに識別は必要だろうな、なら、三四四番で十分だ。私もお前達を八番と、七四番と呼ぶ」
「慣れ合いはしないってか。いいじゃねぇか。お前のその心意気、ほんの少しだが気にいったぜ」
「そうかい。感謝でも述べておこうか?」
「はっ! 全ては終わってからだ。おいお前ら!」
アランは激を飛ばし、数人を引き連れ、武器の設置場所まで駆けていく。
「君らもいくよ」
ロナルドも、残りの生徒を引き連れ、校舎付近までいく。
さて、どうするか。ジーク達の目論見通り、試験の趣旨に沿って防御に徹するか。それが最も効率的で、無難な方法だが……つまらんよな。そうだ、つまらん。やるからには、徹底的にやってやる。あのごく潰しドラゴン二号に吠え面をかかせてやるほどになぁ。
内心で高笑いをしつつも、最適な作戦を構築していく。
お読みいただきありがとうございます。




