第12話 実技試験その1
学校側からは一応、動きやすい服装に着替えるよう指示されているが、個人的にその必要性を感じない。普段着で構うまい。だから、直接学校が指定する実技会場の指定地へ移動する。
そこは楕円形の赤茶けた土壌。よく手入れされているところなど、一言で表せば、学校のグラウンドといえばよいか。
試験場には既に、二百を優に超える受験生が集合していた。
さてサテラとアリアはどこだろうか。試験場をグルリと眺め回すと人集りが目に留まる。
「丁重にお断りいたします」
サテラが上品にメイド服の裾を摘まんでお辞儀をする。
「ぼ、僕はウサン伯爵家の次期当主だぞ!?」
金色の髪を坊ちゃん刈りにした端正な顔の少年が、血相を変えて疑問を口にする。
「はい。それはさっき聞きました」
サテラがきょとんと小首を傾げる。
「だったら、受験後の食事くらいいいじゃないか!?」
「貴方が伯爵様の次期当主であることが、どうして私が食事を同席することに繋がるのです?」
「だって、お前、平民だろう?」
「ええ、そうですけど」
「だったら、僕ら貴族の言うことに黙って従っていればいいんだよ!!」
ようやく事情を呑み込めたのか、サテラがスーと目を細める。
だから、受験の時くらいメイド服を着るのはやめろと言ったんだ。ここは高位貴族や資産家の子息子女が通う学び舎。その受験生も当然、親の権威や資産を己の力と勘違いしたイタイ子供達で溢れているのは想像するに容易い。
「この帝国で平民ならば貴族様に食事をご一緒しなければならない法など存在しないと思いますが?」
「平民は貴族の命に従う。これは我が帝国にある最も尊ぶべき慣習だ!!」
「そんな慣習初耳ですが?」
「あるんだよ! 貴族の僕が言うんだ。間違いない!!」
サテラは大きく息を吐くと、
「でははっきりと、お断りする理由と根拠を申し上げましょう。私は既に爵位を有するさる御方にお仕えし、その御方からくれぐれも不審者にはついていかないようにと厳命されております。それが貴方のお誘いを辞退した理由です」
「この僕が不審者だとでも言いたいのか!?」
「それ以外に聞こえたならば、私の言い方が誤っておりました。心から謝罪したします」
袖で口元を抑え微笑を浮かべるサテラに、坊ちゃん刈りの少年は屈辱で顔を真っ赤に染め上げた。
最近、サテラはかなり容赦がなくなってしまった。これも私の教育の負の成果だろうか。少し自信がなくなってくるな。
「貴様、平民の分際で!!」
「身分以前の問題ですね。断られる覚悟もなく、異性を食事に誘うなんて正気を疑います。上から目線の発言といい、一般常識を一から学ばれてはいかがでしょうか?」
「貴様ぁ!!」
ヒートアップするサテラと坊ちゃん刈りの少年に、面白そうに傍観している受験生達。
対して、うんざりした顔で二人のやり取りを眺めていたアリアが私に気づくと、
「あっ! グレイ!」
両手を大きく振る。アリアの奴、面倒ごとを全て私に押し付けるつもりか。
一応、私がサテラの保護者役だ。早急に事態の収拾を図るとする。
「サテラ、止めなさい。相手に失礼だろう」
「でも、グレイ様!」
小さな口を尖らせて反論をするサテラ。サテラからすれば、己に非がないのに咎められるのは納得がいくまい。彼女は殊の外頑固だし、適切な説明が必要だな。
「思春期の男子ってのはな、そんな下らない建前がなければ、女子に声もかけられぬものなのだ」
そうだ。私も昔は……はて? これっぽっちも心当たりがないぞ。普段は断片的な地球の記憶くらい想起し得るものなのだが。
「思春期……ですか?」
「ああ、12歳の頃に始まる肉体の急激な変化や、それに続発する異性への性欲的関心など、児童期から成人期へと移行する間の時期だ」
「性欲的関心ですか……」
サテラは坊ちゃん刈りの少年に、汚物を見るような目を向ける。
「なっ、く、き、貴様……」
よく熟した林檎のように顔を発火させて、口をパクパクさせるぼっちゃん刈りの少年。
うーむ、少し説明足らずだったか。どうにも子供達へのこの手の説明は難解極まりない。
「だから、それは人としての本能だと言っておろうが。異性への興味は、人間という種の燃料に等しい。それがなくなれば、人間という種はいとも簡単に滅び去る」
「なら、グレイ様にもあるんですか?」
「あるに決まっているだろ。私も人間だからな」
最近人間扱いすらされていないので、説得力がないのが悲しいけどな。
「私にはまったく興味を持っていただけていないようですが?」
うん? 少し論点がずれてきてやいないか。というより、話が不穏な方向へ進んでいるような……。
「そりゃ、サテラは姉弟のようなものだし逆に興味があったら変じゃないのか?」
「……」
プーと口を膨らませてしまうサテラ。やばい、感覚で分かる。あれ、かなり怒っているぞ。
「完璧に墓穴掘ったね」
半眼で隣のアリアが両腕を組みながらも、そんな元も子もない感想を述べてくる。
致し方ない。強引に、元の既定路線へ戻すしかあるまい。
「話題を戻すぞ。思春期という時期は己の肉体の急激な変化に精神の発達が追い付かず、様々な小っ恥ずかしい行動をしてしまう時期だ。特に女子と比較し、発達が遅い男子はそれが顕著に表れやすい。彼を責めるのはいささか酷というものだぞ」
むろん、人には踏み越えてはならぬ絶対の理がある。それを厳守する限り、この時期の子供には寛容な心で接するべきなのだ。
「わかりました。いくつか納得がいかない部分が生じましたがそれはそれ。私も言い過ぎました。どうかお許しください」
サテラは坊ちゃん刈りの少年に向き直ると、両手を己のお腹に添えて頭を深く下げる。
「い、いや、別にいい……」
なぜかしどろもどろになり、坊ちゃん刈りの少年は逃げるように駆けだしていってしまった。
もっとも、すれ違いざまにすごい目で睨まれたがな。
「なぜ、彼は私に怒っていたのだ?」
アリアはマジマジと私の顔を見た後、深い深いため息を吐き、
「グレイって滅茶苦茶頭いいけど、バカだよね」
失礼な発言をしやがったのだ。
二人と合流した当初、サテラの機嫌は地に落ちていたが試験後に第四区――ライゼへの観光を確約し、ようやく元に回帰した。
「ところでお前達、首尾は上々か?」
「できましたよ」
「うん、私もなんとか全部埋めたかな。最後の設問以外あまり難しい問題はなかったし」
アリアの言葉に、ぎょっとしたように周囲の顔が一斉に私達を向く。
「えっ? え? な、何?」
アリアがキョロキョロと見回し、そんな私にも到底推し量れぬことを聞いてくる。
「さあな。それより、魔法は使えそうか?」
「うん! 何とか覚えたよ!」
アリアは、魔導書により、【火球】と【風刃】を覚えさせている。付け焼刃だが、詠唱さえ上手くできれば合格点は確保できる。
何より、武術に関して、アリアはクラマの指導を幼い頃から受けていると聞く。ならば、温室育ちの坊ちゃん嬢ちゃんよりは、ずっと有利だろう。鬼門の学科試験があの程度の設問だったのだ。アリアは、よほどのアクシデントがない限り大丈夫だ。
最終ミーティングをしていると、試験官らしきローブにとんがり帽子を被った青髪の美しい女性が姿を現す。
「私は試験官長を務めるレベッカ、今から、試験の概要を説明しますぅ」
外見同様、おっとりしたリズミカルな口調で、女性は説明を開始した。
説明といっても、受験生をA班とB班の二つに分けて、A班が魔法に、B班が武術に分かれて試験を受け、一方の試験が終わり次第、試験内容を交換し、受験する。そんなところか。
どうやら、私はA班、サテラとアリアはB班、異なる班のようだ。
「じゃあな。お前達も頑張れよ」
「はい!」
「うん!」
無邪気な笑顔を浮かべる二人に軽く数回頷き、私も指定された魔法の試験場へと移動する。
「この水晶に、魔力を込めなさい」
「はい!」
前の短い茶髪の少年が、まるで運命に取り組むかのような神妙な顔で水晶に掌を触れると赤く発光する。それを羊皮紙に記載する試験官と、ガッツポーズをとる茶髪の少年。
どうやら、赤色はかなり高い魔力の判定のようだ。
「次、344番」
ちなみに、私の名は当面、グレイ・ミラードで押し通すことにした。だって、仮に合格したら、異母姉のアクアや異母兄のクリフがいるのだ。名前が変わっては不審がられるであろうから。
「水晶に魔力を込めなさい」
その玩具に本気で魔力を込めればどうなるか、少々興味はある。だが、試験前にサテラから思慮深い行動を求められている。興味は抑えるべきかもな。
椅子に座ると、右手の掌を水晶に当てて試しに手加減気味に魔力を放出してみた。
「うおっ!」
バチッという音と飛び散る青色の火花に、試験官の黒髪の青年が咄嗟に後退る。水晶は、それを最後に真っ黒く染まってしまった。
もしかして、壊してしまったのだろうか。いやいや、私はほんの僅かしか魔力を放出していないぞ。
気まずい雰囲気の元、部屋の隅に退避していた試験官の青年は、大きな咳払いをすると、私の前までくると、水晶を精査し始める。
試験官の青年は、水晶を叩いたり、魔力を込めてみたりと色々試してみるが、やはり、うんともすんともいわない。大きな溜息を吐き出すと、試験の一時中止を宣言し部屋を退出してしまった。その一〇分後、試験官の青年は新たな水晶を持ってきた。
「では、水晶に魔力を込めなさい」
十中八九、込めた魔力があの水晶のキャパを超えたのであろう。面倒だが、可能な限り少ない魔力の放出を心掛けなければならない。魔法の発動には、一定量以上の魔力を込めねばならないが、多少多くても問題なく発動する。おまけに、魔法の威力の調節は魔力消費によってのみ行うわけではない。その事実が、魔力消費の精密なコントロールを阻害していたのかもしれん。確かにこの試験、中々難解だ。
右手の掌を当てて神経を集中し、可能な限り僅かな魔力を放出するが……
茫然自失でやはり黒く発色した水晶を眺める試験官。
これでも多いか。もしかすると、これは魔力の総量を計る試験ではなく、魔力放出の精密なコントロールをする試験なのだろうか。だとすると、これは、中々難解な試験だぞ。
「す、少し、待機しているように」
背後からの幾多もの刺すような非難の視線に、気まずさはMaxだ。
先ほどの青年は三つほどの水晶を抱えて、再度戻ってくる。だが同伴する青髪の女性の試験官を視界に入れ、背後の受験生達に動揺が走った。
「君、グレイ君といいましたねぇー。もう一度、魔力を込めてくれませんかぁ?」
丁寧だが有無を言わせぬ口調で試験官長であるレベッカは、私に指示を出す。
「はぁ」
魔力消費の強弱のコントロールが効かない。それは、ある意味致命的なのかもしれん。まさに針の筵の心境だが、チャンスをもらえるのだ。私としても、自分にこのような弱点があったと初めて自覚した。克服できるものならするべきだろうな。
右手を水晶に充てる。
細心の注意を払い、魔力を引き出していく。
ボシュッ!
水晶は、振動し真っ黒に染まる。
クソ! また失敗か。
「次、行ってみましょぅ」
弾むようにレベッカは、私を促してくる。
「ええ、望むところです」
水晶に触れ、瞼を閉じる。
イメージするは大海。その広がる大海から、コップ一杯の水を掬う。そんな繊細な操作。
確認するも、やはり水晶は黒色に染まっていた。
これでも多いのか。なら次は、もっと少ないものをイメージすればいいだけだ。
レベッカが、無言で私の前に水晶を置く。私は、その水晶を無造作につかむと、今度は、蛇口をイメージする。私の内部が貯水所。そして、その中から蛇口をひねり、一滴だけ出す。
不自然に静まり返る室内の中、ゆっくりと瞼を開けると水晶は白銀色に光っていた。
「白銀色……」
震えた声で、そう呟く黒髪の試験官と弾かれたように笑いだすレベッカ。
興奮気味に顔を赤らめながらも、哄笑するレベッカに眉を顰める受験生達の話し声が聞こえてくる。
「おい、白銀色なんて聞いたことあるか?」
「いんや、最低が白で、最高が金。一応白に近いし、最低ってことじゃないの」
「ご愁傷様、きっとあいつ落ちたな」
「まったく、落ちこぼれの相手をいつまでしてんだよ」
うむ、魔力の調整に失敗したのは私のミス。確かにこれ以上他者の試験を妨げるのは違う気がするな。
「もういいでしょうか?」
「うん、うん、いいです、いいですよぉ。もちろんですぅ。グレイ君は次の試験に行ってください。もっとも、これ以上試験する意義などないかもですがぁ」
レベッカの言葉に、背後から嘲笑が飛ぶ。
合否など心底どうでもいい私としては、己の弱いところが明らかになったことで、むしろホクホク気味だ。この試験色々実りが多いな。
「ありがとうございました」
笑顔で頭を下げると、指示されたグラウンドへ向けて歩き出す。
お読みいただきありがとうございます。




