第6話 使用人達との団欒
三週間経過した。
最近では、厨房の賄いを使用人達と食べている。その理由は、あの義母にそう指示されたから。義母は使用人達と同じ食卓を囲むことで、私を使用人と同列に扱いたかったのだろう。当然のごとく、私にはむしろご褒美であり、ダムに材料を提供し、調理してもらい皆で食べている。
ジレスの言では、私の持つものにはかなり高級食材も含まれている。それを塩や胡椒をふんだんに使って調理するのだ。正直、この世界に転生して初めて料理が美味いと思った。
「グレイ様、美味しいですぅ」
幸せそうに小さな口で焼き肉に齧り付くサテラに、他の使用人達も相槌を打つ。
「そうだな、肉の質がよければ、焼いて塩と胡椒を振りかけただけでも結構、美味いもんだ」
「坊ちゃん、毎日この獣肉の量と質、狩人並み、いやそれ以上だぜ!」
スープを食べながらも、いつになく興奮気味のダムが、そんな感想を述べる。最近、ダムとは暇があれば、食材から美味い料理がないかを検討している。
「ま、まあ、最近、弓の腕が上がったからね」
「こんな食事、お母さん達にも食べさせてあげたい」
使用人の一人の言葉に、皆の顔に影がかかる。
ミラード領は貧しい。その理由は、畜産がなく、このミラード領でとれる農産物が限られているからだろう。まず、ライムギがメイン。そして、そこに山菜や、山で取れた肉を入れて出来上がりだ。
より端的に言えば、半狩猟民族的な生活を行っているから。
「この領の生活は、完全農耕牧畜制を実現しない限り、改善はないだろうね」
「完全農耕牧畜制?」
「ああ、山菜も獣もその収穫を偶然に頼っていたのでは駄目だ。第一それでは、獣の肉は、狩人の腕に、山菜は採取者の見分に左右されてしまう。それでは常に一定の収穫は見込めない」
「ならば、坊ちゃんはどうすべきとお考えなのですかな?」
珍しく、寡黙なセバスチャンがそんな質問をしてくる。
「逆に聞くけどさ、この領が貧しい理由って何かな?」
「土地が痩せており、三年に一度は著しく収穫量が低下することでしょうか?」
「その通り、この地は気候的に雨が少ない。従って、土地の含水率も著しく少ない。それでは、作物は育たない。そして、作物が育たないから家畜に食べさせる餌もない。まさに負のスパイラルってやつだね」
「でも、それではどうしようもないんじゃ……」
使用人の一人が、ボソリと呟く。
「そうでもないさ。土地が痩せているなら肥やせばいい。まず、家畜を購入する。そして、クローバー等の牧草を痩せた土地に植える」
「クローバーとは?」
「大豆、いや、ソイの仲間さ。別にソイでも構わない。この種類の植物には、根っこにある根粒菌により、大気中の窒素を取り込み、蛋白質を合成するから、痩せた土地でも良く育つ。しかも蛋白質を多く含有するから、家畜を太らせることができる」
今話しているのは、ノーフォーク農法という痩せた土地を肥えさせるための方法だ。
本来、やせた土地は、三圃式農業のように、農地を三つに分け、一つで夏の穀物を、次の年は冬の穀物、その次は家畜の放牧地にする等のローテーションを組み、土地を休ませる必要があった。
このノーフォーク農法は、このローテーションを不要とするある意味画期的な方法だ。現に、この農法によりヨーロッパでは爆発的な人口の増大が起こっている。
皆、ポケーとしているし、サテラに関しては若干退屈そうだ。
少し、難解すぎたか。これは本来、莫大な飢餓による屍を経て人類が獲得した叡智の結晶。今の彼らに理解できるはずもない。話題を変えるか。
「グレイ様、お話を続けてください」
「あ、ああ」
有無を言わさぬセバスチャンの言葉に頷くと、話を続けることにした。
「家畜の糞尿はそれだけで、土地を肥えさせる肥料となる。単位面積当たりの収穫量は増すし、クローバーもより実り、育てられる家畜の量も増える。
そこまでくれば、後は簡単さ。米か小麦、その他の様々な作物を栽培する。そして、冬に備えて、貯蔵する。特に長持ちし、単位面積当たりの収穫量が多いイモ類は最適だろうね」
「グレイ様は、どこで、その知識を得たのですか?」
セバスチャンは、半口を開けていたが、そう尋ねてくる。
「い、いや、稀にくる行商人から購入した本を読んだだけだよ。ほら、僕、狩りとかで儲けてるし」
これはマメ科植物の利便さに気づく。ただそれだけの単純なことに過ぎない。よほどの頭の固い破滅主義でもなければ、知っていれば実行するだろう。つまり、ノーフォーク農法は、この世界にはまだ広まっていないということ。少し話しすぎたな。
「そうですか……」
セバスチャンは、それ以来考え込んでしまい口を噤んでしまう。
「食べよう」
今度こそ、話題を料理の内容へとシフトさせていく。
お読みいただきありがとうございます。
本日は、あと一話、校正が済み次第、投稿いたします。
※異世界転生の方がより適切なので、そちらのジャンルに変更いたします。m(__)m