第5話 依頼と相談 ジレス・カレラス
ジレス・カレラスは、鍛冶の腕なら、ストラヘイム一ともいわれる鍛冶師の元を訪れている。
「おい、ジレス。貴様、これをどこで手に入れた!!」
唾を飛ばし、顔を紅潮させながらも、髭面の小人は、椅子に腰を下ろすジレス・カレラスの胸倉を掴む。
この小人はルロイ。このストラヘイム一とも言われる鍛冶師の一人。
「取引先の八歳の児童が書きました」
この御仁は、下手に偽りを述べると後が怖い。それに、この人の嗅覚は本物だ。仮にも、この人をここまで動揺させるのだ。どうやら、この設計図、当たりのようだ。
「嘘をつけっ! これは、遺跡から発掘される古文書に記されているのと同様の理論だぞっ!!」
遺跡クラスか……何となくそんな気はしていた。グレイ・ミラードから十分な説明を受けたが、一つ以外、全く理解できなかった。唯一わかった事は、ただ、その理論が、魔法による力とは全く別物であることのみ。
「そういわれても、事実ですし」
目を皿のように開き、設計図を凝視しつつも、獣のごとき唸り声を上げるルロイ。
「連れてこい……」
「は?」
「今すぐ、その餓鬼を連れてこいっ!! 報酬はその餓鬼を俺に会わせること。それ以外、一Gもまけんぞ!」
(まいったな……)
こうなっては、ルロイは梃でも曲げない。動かない。
「わかりました。ですが、先方もそれを早急に仕上げる必要があるようなのです。ですので、成功報酬でどうでしょう?」
どの道、この『手押しポンプ』の販売には手続きが必要だ。出来次第、完成品を彼に届け、このストラヘイムに来てもらう。あの業突く張りの奥方のことだ。金を渡し、ジレスの旅に同行させたいとのみ告げれば喜んで、賛同してもらえることだろう。
「いいだろう。完成したら使いをやる」
「この件はくれぐれも内密にお願いいたします」
問題は、この『手押しポンプ』の特許権についてなのだ。この発明が、グレイの説明通りなら、この世界の生活に大変革をもたらす。帝国中、いや、世界中から注文が殺到することは目に見えている。そうなれば、天文学的な金銭が転がり込んでくる。
同じ商業ギルドに所属する商人共の目利きは確かだ。この設計図を一目でも見られれば、大惨事となる。下手をすれば、命を狙われる危険性すらあるのだ。ここからは上手く動かねばならない。
「見くびるなよっ! このルロイ、信頼を裏切るほど愚かではないわい!」
怒気を含ませながら、ギヌロと睥睨してくるルロイに、慌てて両手を振る。
「わかってますとも、信頼しているからこそ、貴方に頼んでいるのです」
「それならいいわい」
ぶっきらぼうに言うと、設計図を持ち、工房へ入っていく。
「この設計図を八歳の子供が作ったと?」
金髪の美青年が、ジレスが書き写した羊皮紙を眺めながら、そう尋ねてくる。鉄仮面とも称されるいつも冷静な顔は、狂喜に歪んでいた。
この青年こそが、このストラヘイム商業ギルドの支部長――ライナ・オーエンハイム。世界の経済を動かす怪物の一人だ。
「はい。今、私の知り合いの鍛冶師に発注をかけています。出来上がり次第、連絡が来ます」
「ギルドの取り分は?」
「30%。ただ、いくつかの条件を飲んでいただければ、45%でも構わないと考えております」
たった、一五%。それで、莫大な金額の差がでてしまう。ジレスにとって、それほど次の条件はライナに飲ませなければならないものなのだ。
「何だい?」
「考案者のグレイ・ミラードの名前の非公表」
「通常特許料の受給者の名前の特許帳への記載は必須だよ?」
「ええ、彼が一三歳になるまでで構いません。それまでギルドの預かりとして欲しいのです。金額が多額となることからの緊急特例なら、不思議ではないでしょう」
あまりに金額が莫大である場合、その取引につき、盗賊や詐欺など様々な危険性が伴う。そこで、ギルドの緊急避難的判断で一定期間非公開となることがあるのだ。
「緊急特例は、特許署の説得も必要となる。それを私にしろと?」
「はい」
「私のメリットは?」
「『手押しポンプ』の作成を、私を介してグレイ・ミラードに依頼したのは、支部長であることにします」
ライナ支部長は、次期ギルド総長選挙に立候補している。この契約が締結されれば、莫大な金銭がギルドに転がり込む。その功績ならば、ライナ支部長の勝利はゆるぎないものとなることだろう。
「具体的な話に入ろうか」
「考案者のグレイ・ミラードが特許料の50%、仲介者の私が5%、商業ギルドが45%。これでどうでしょう?」
「僕は栄誉を、君は利益を、そういうことかい。君も存外食えないね。いいだろう。乗った」
「ありがとうございます」
「それじゃ、具体的な話といこうか」
テーブルに設計図を広げると、ライナ支部長は口を開き始める。
その二日後、商業ギルドの幹部の立ち合いのもと、ルロイの工房の井戸に、『手押しポンプ』を設置する。
今は実証実験中だ。
「では、行くぞ」
ルロイがハンドルを動かすと、細い管から勢いよく水が吹き出る。
商業ギルドの幹部達から、一斉に歓声と拍手が巻き起こる。
「素晴らしいよ、ジレス君、今、この世界の水汲みの事情に大変革が起きた」
ライナ支部長が、爽やかな笑顔を浮かべながら、賞賛の言葉を囁く。
「ありがとうございます」
「これで、我ら商業ギルドは莫大な利益を得る」
「おめでとうございます。それで、彼の名前を伏せる件は?」
「心配いらない。全て黙らせた」
商業ギルドの中での特許署は特に頑固で融通が利かない部署。利益をちらつかせただけで、おいそれと動かすことなどできない。かなり、強引な手を使ったのだろう。
だが、これで全て順調にことは進んだ。後は――。
「約束は守れよ」
ルロイが今も興奮が覚めない様子で、そう念を押してくる。
「もちろんです。直ちに、もう二セット、完成品を作ってください。必ず彼をこのストラヘイムに連れてきます」
「おうよ!」
工房に駆け込んでいくルロイ。ジレスも、グレイに頼まれていた食材を揃えるため、市場へ駆けだした。
お読みいただきありがとうございます。
年について、書き間違いがあったので修正します。