第53話 不吉な言葉
サザーランド北門荒野の戦場に歓喜が嵐のごとく吹き荒れる中、気怠い身体に鞭を打ち、仲間達の元へ戻ろうとすると、
『よお、理の外にいる人の子よ』
「ふむ?」
突如、頭に響く声。周囲を見渡すが、先刻の紅炎により焼けただれた大地以外、何も視認し得ない。
『魂を開放してもらって、感謝する』
目を凝らすと、私の眼前に豆粒ほどの小さな青色の球体が浮遊していた。
解放ね。とすると――。
「お前、あの青色の竜のアンデッド?」
『ああ、その通りだ。情けないがな、あの炎のバケモノに屠られ不死者となっていた』
「ああ、それはご愁傷様」
あれに襲われれば、それこそ大抵のものが一切の抵抗なく焼死体となるだろう。まさに、運がなかったとしか言いようがない。
『いんや、あの肉体にも限界が来ていたところだ。滅びるには丁度良い頃合いだろうさ』
「ほう、随分と達観しているのだな?」
古竜の生態か。実に興味深い。
『それも違う。我らは生や死にそこまでの執着はない。というより、魂さえあれば、どうせ肉体を失っても数十年あれば、再構築できるしな』
「永遠に不死ってやつか。どうにも便利すぎる生き物のようだ」
『そうでもないさ。不死者となり魂を束縛されれば、魂が強固な分、より質が悪い。この度の件でそれは心底思い知った』
「そうか。で、用がないなら私は戻るぞ。少々、疲れているのでね」
冗談じゃなく、もうフラフラだ。【紅の流星群】に【鳥籠】という大魔法を二発もぶちかましたのだ。所謂、魔力切れってやつだろう。無駄なやり取りは終わらせたい。成仏するなら勝手にするがいいさ。
『なら、一つだけ答えろよ』
「何だ?」
『あんたの進む先。それほどの力を持ってあんたは何を成そうとしている?』
「真理という名の知識の扉を開くこと」
『……』
私の即答に、しばし、無言になる青色竜。
『……その言葉の重み、理解しての発言か?』
「おそらくお前よりはずっと」
魔法という未知の概念により、新たな窓は示された。その窓は朧気で、まだ輪郭しかない。そんな、近いようで遠い窓の向こうは、もしかしたら、破滅である可能性すらある。それでも、停滞よりはずっといい。そこには、私の知らぬ魂を痺れさせる知識が存在しているはずだから。
そして私は――。
『……そうか、面白いかもしれねぇな』
それ以来、ぱったりと、声は途絶える。多分、成仏でもしたのだろう。正直言って、古竜がどうなろうと、私にはどうでもいい。
さて、これ以上、ここにいても百害あって一利なしだ。この戦争で私自身の関与は可能な限り、口外はしないでもらう。これから私がやろうとしている悪巧みには、私の存在は可能な限り秘匿された方が都合がよいから。より正確には、秘匿されるような体面を取るべきというだけなんだが。
【風操術】により、浮き上がり、宙を滑空し城門を飛び越え、ストラヘイムのサガミ商会商館にある私の自室へ転移し、備え付けられているベッドに顔からダイブする。
(相変わらず、固いベッドだ。これも今後の改良点……)
そんな馬鹿なことを考えながら、私の意識はストンと失われた。
懐かしい寝苦しさに瞼を開けると、いつものように私を抱き枕にして寝息を立てている我がメイド殿が視界に入る。おまけに、竜畜生まで私のお腹を枕に大の字で爆睡していた。
私は枕ではないというに。まあ、相手はお子様と竜畜生。説いても無駄というものか。
「で、お前は?」
部屋の円形の椅子にふんぞり返って、興味深そうに私達を観察している長身の美女にそう語りかける。
「我か? 当ててみろよ」
そんなことを言いやがった。なぜか、二日酔いのごとく頭の芯がガンガンするし、今はあまり、無駄なことにこの脳味噌を使いたくはない。
「変質者?」
「あのなぁ……」
相変わらず、笑顔のままだが、額に太い青筋を漲らせている。
「ふむ、人の部屋に無断で入るものを通常、人の社会ではそう定義するものでな。許せ」
「既に答え、出てるじゃねぇか!」
「そうともいうな」
その透き通るような美声は、遂この前聞いたばかりだし、その青髪のおまけもある。話している途中で気付いていた。
「マイペースな奴だ」
呆れたように肩を竦める青髪の女。
「で? どうやってお前はその肉体を得たのだ?」
「企業秘密だ」
「おい!」
ただでさえ、体調が激に悪い中での会話だ。せめて、スムーズな対話を要求したい。
「だって、あんた、真実伝えたら、きっと怒るし」
両手を組んで忙しなく動かしつつも、目を逸らす青色髪の女。
猛烈に嫌な予感しかしないな。
「何をした?」
「まあ、過ぎたことだし、いいじゃねぇか。それに、誓ってもいいが、お前に負担がかかる類のものではないさ(今、この時はどうだか知らねぇがな)」
私に負担がないか。それが真実ならば、確かに些細なことではあるな。
それに今はこの頭痛のせいで、あまり深く考えたくない。もう一度、寝ることにしよう。
再度瞼を閉じると、意識が薄れる中、
「我は、シルフィード。シルフィとでも呼んでくれ。これから長い付き合いになるし、良しなに頼むぞ」
そんな不吉なことを言いやがった。
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