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第50話 参戦


 私は、サザーランドに転移次第、人気のない裏路地に行くと、特注で作らせたスーツに着替え、マスクを装着(そうちゃく)する。

 マスクなど顔を隠せれば、ただの布でもよかったのだが、なぜかサテラがはりきってデザインして発注してしまったのだ。


 (流石に、これはな……)


 よく言えば独創的(どくそうてき)、悪く言えば妄想力たっぷりの中二病全開の子供が好むデザイン。

 センスはあるんだろう。このスーツと奇妙なほどマッチしてしまっている。もっとも、中身がおっさんの私にとっては、この姿は全身が痒くなるのも事実なわけだが。


(まっ、どうでもいいか)


外見などしょせん、脳が生み出す一種の記号に過ぎないというのが私の持論だ。見栄(みば)えなど心底どうでもいい。

さて、次に私がとるべき行動だが……今も城壁の向こうから聞こえてくる耳障(みみざわ)りな生物の声と、城壁上空に(ただよ)う紫色のオーロラからすれば、考えるまでもないか。

 可視化できるほどの魔力。なかなかどうして、運命様とやらは、粋な計らいをしてくれる。

 ともあれ、あれはジュド達では対抗は不可能。私が直接打って出る必要がある。

故に、私は風を操り、上空からサザーランド北門城壁の上まで移動した。


 サザーランド北門での光景は、混乱の極致。まさに、その言葉が相応しかろう。

 中央では、青色の竜の猛攻を防いでいるジュドとカルラ。というより、かろうじて持ちこたえられているのは、あの紫スーツの男にジュド達を直ちに殺す意思がないから。どうやら、やっこさん、かなり性格のひん曲がった人物らしい。

 そして、帝国軍の退路である城門側から今も爆走している双頭の大蛇に鶏冠のある怪鳥。というか、あの巨大鳥、外見は(にわとり)だな。飛行能力がありそうなのが違いといえば違いか。

 うーむ、双頭の大蛇はともかく、あの巨大鶏については、巨大化させた手段を是非とも(うかが)いたいものだ。


「間一髪だったな」


双頭の大蛇と巨大鶏は、今も帝国兵を無残な亡骸(なきがら)へと変えつつも、一人の傭兵を目指して、猛突進をしていた。

私が土埃(つちけむり)に紛れて、アクイドのそのすぐ後ろに転移すると、既に大蛇と怪鳥がその鼻先すれすれに迫っている。

アクイドは足を止め振り返ると、重心を低くした。

 

「こいよ、三枚におろし、焼いてから食ってやるっ!!っ!!」


 アンデッドを食べるか。確かにその発想は私にもなかった。中々面白い着想だが、果してあの腐乱物(ふらんぶつ)、焼いたくらいで食えるものなのだろうか。興味は()きないが、適切な助言をしてやろうと思う。

 

「トライ・アンド・エラーは結構だが、こんな腐敗臭するゲテモノを食うと、腹壊すぞ」 


アクイドの上着を掴むと背後に放り投げる。同時、前方に上位(ハイ)の風系魔法に分類される《風操術》による大気の壁を展開する。

その大気の成す壁に顔面から衝突し、もんどり打って倒れる蛇と鶏の腐乱死体。

 ランペルツ達のような説明不能な事象もある。もしかしたら、アンデッドにも、意思のようなものがあるのかもしれない。だから、人間を対象とするのは、やや気が引けるが、あれはどこをどう見ても(けだもの)だ。実験にはもってこいだが、流石に三匹は多過ぎよう。第一、維持するのに苦労しそうだ。少しもったいない気もするが、この腐乱動物二匹は処分することにする。

《風操術》により、二匹を大気の球体の(おり)へと入獄させ、ゆっくりと上空に持ち上げると、その大気の球体の檻の半径を狭めていく。

 狂ったように、ジタバタともがく大蛇と鶏の不死者。

 無駄だな。《風操術》は、《氷の大竜(ケートス)》と同様、発動者の魔力に威力が正比例する上位(ハイ)三魔法の一つ。魔法防御力がC+ランクに過ぎないこいつらには抗えない。

 

 断末魔の声を上げて、肉の球体と化す二匹の不死者を見て、安堵したのか、少し会話を交わしただけで、アクイドは気絶してしまう。

 さて、気絶したアクイドをここに放置しておくわけにもいくまい。ジュドとカルラも保護せねばならん。あとは殊の外、邪魔な帝国軍(足手纏い)

玩具(青色ドラゴン)はさておき、あの紫スーツにハットをかぶった男は、強さの次元が違う。おそらく、私でも全力で向き合わねばならんだろう。だとすると、早急にこの場から退場してもらわねばならない。


「全軍撤退せよっ!!」


 妙に静まり帰った戦場に、(つんざ)くような皇帝ゲオルグの指示が飛ぶ。

 突然の巨大生物の消滅という異常事態に、思考が停止していた帝国軍もそれを契機に我に返り、我先にと退却を開始する。

 即座の状況判断、あの皇帝、やはり、中々の傑物(けつぶつ)だ。あとは、時間を稼ぐだけ。

 アクイドをストラヘイムにあるサガミ商会の商館一階まで転移する。そして、雷系魔法、《電光石火》を使用し、決死の表情でドラゴンの猛攻を防いでいるジュドとカルラのいる上空まで行き、青色ドラゴンと紫スーツの男に向けて、《氷の大竜(ケートス)》を発動する。

 一〇メートルはある数匹の氷の龍は、高速で空を疾駆(しっく)し、紫スーツの男の頭上と、青色の腐敗竜の喉笛(のどぶえ)、腹部へと鋭い牙を突き立てた。

 一瞬で出来上がる氷のオブジェ。ただし、実際に氷漬けにできたのは、あの青色の鱗のドラゴンだけ。紫色スーツの男は、周囲に黒色の膜のようなものを張り、易々と凍結を防いでいる。そうはいっても、奴の周囲を氷で満たすことには成功している。多少の時間稼ぎくらいにはなるだろう。


「大将!」

「グレイ様っ!」


 ヘトヘトになりながらも、歓喜の表情で私に駆け寄ってくる二人。


「お前達は、あの帝国軍のお守だ。最後までやり遂げてみせよ」

「あの……グレイ様は?」

 

 カルラがもじもじと手を絡ませながら、尋ねてくる。


「私はあの者に用がある」

「一人で戦うの?」

「ああ」


 喜色から一転、顔一面を悲壮感に染めるカルラに、苦笑しながらも、ジュドを見ると、大きく頷いてくる。


「頼むぞ」

「お任せを。ほら、カルラ、俺達は殿だ。行くぞっ!」


 未だに名残惜しそうにしているカルラ。

 カルラは私の仲間の中でもトップクラスに精神的に幼く、そして人見知りだ。仲間内だけの殻に閉じこもりがちといえばよいか。だから、彼女がたった数週間で、アクイドやゼム達を同じ仲間とみなしたことについては、私自身かなり驚いている。その仲間のゼムがあんな殺され方をして、その不安は限界に達していることは想像するに容易(たやす)い。


「心配するな。必ず戻る。知っておろう? 私には、転移がある」


 実際には、転移には多少のキャストタイムが必要だ。あの相手においそれと使用できるとはとても思えはしまいが。


「……」


 私に背を向けると、今も退却中の帝国軍に向けて駆けていく。納得はしてはいまいが、駄々をこねないところは、彼女も徐々に成長しているんだろう。

 ジュドも肩を竦めると、


「お気をつけて」


 一礼し、カルラに続く。

 退却といっても、全師団が城門近くまで一時退避できれば、あとはジュド達が上手くやるだろう。

 

 そろそろ、復活するな。


 ――パキッ!


 青色竜のアンデッドと紫スーツの男を覆っていた氷に亀裂が入る。


 ――パチン!


 指が鳴る音、その直後、二者の全身から紫色の炎が上がり、瞬く間の内に氷は溶解、蒸発してしまう。

 

『君が噂の特異点君かい?』


 頭に直接響く声。どこまでも、物理法則を無視してくれる奴らだ。まあ、私も他人のことを言えない身であることが、歯がゆいところではあるのだが。


「特異点の意味は不明だが、お前らのお遊びの相手なのは確かだな」


 紫スーツの男と私との間には、かなりの距離が離れてはいるが、普通の音量で言葉を紡ぐ。正直、今こいつとの会話にメリットが感じられない。聞こえていようがいまいが、まったく構わないのだ。


『お遊び、それって、結構、(まと)を射ているよぉ♪』


 さも可笑しそうに、そして得意げに独白する紫スーツの男。

 だろうな。仮に奴らの目的が帝国を滅ぼすことにあるなら、こんな周りくどいことをする必要はない。あの青色のドラゴンを含めた数体だけで、帝都を強襲すれば済む話だ。わざわざ、北の果てから不死者(アンデッド)共を進軍させる必然性などない。

 いや、それすらも前提が間違っているか。


「そうであろうよ」


 どういうわけか、この男には解析の効果がないが、この肌の焼け付くようなとびっきりのプレッシャー。こいつ一人で帝国を陥落させる程度の力はあろう。わざわざ、そんな玩具(アンデッド)を持ち出す意義など本来大してない。


『うーん、情報通り、気味の悪いガキンチョ君だねぇ♫』

「ああ、それも最近頻繁に言われるな」


 さーて、私も暇ではない。そろそろ始めよう。

 【至高の盾(アイギス)】を私の周囲に十数個、重ね掛けをする。


『確かに、劣等世界の技とは思えない強度だねぇ……少々、もったいないかも♩』


 紫スーツの男が、感心したかのように口笛(くちぶえ)を鳴らす。

 劣等世界という発言に、この世界にないスーツ姿。どうやら、今も帝国軍の撤退の殿を務めている帝国の似非勇者と同じ、同郷出身者かもしれんわけだ。


「そうかい」


 低ランクの魔法など大して効果はあるまい。

 マスタークラスではなく、長い詠唱(えいしょう)がいる【紅の流星群クリムゾン・ミーティア】を始めとする伝説級の魔法など論外(ろんがい)だ。

 おそらく、効果が見込める魔法は限られている。魔力に威力が正比例する《氷の大竜(ケートス)》、【風操術】、【爆糸】の三上位魔法と、雷系魔法――【電光石火】等のいくつかの補助魔法、そして、伝説級魔法では、唯一詠唱を破棄している威力としては最強クラスの【影王の掌(スカディ・パーム)】くらいか。


『少しは楽しませておくれよ♪』


 右手の指を鳴らすと、周囲に小さな紫の球体が浮かぶ。一目見ただけで、鳥肌がふつふつと全身をかけめぐる。この世界に転生されて初めての吐き気がするような強烈な悪寒、あの球体きっとヤバイ。

 それに、【至高の盾(アイギス)】の強度を理解し、そしてそれに全く動揺していない時点で、この紫スーツの男は、能力的には(・・・・・)現時点の私よりも格上なのだろう。

 だが――。


「実に、おめでたいな」


腹の底から込み上げてくる笑いを何とか(こら)えつつも、私はそう(つぶや)く。


『あ? 何が可笑しいんだい?』


 私の言葉の意味を察知してか、紫スーツの男の声に僅かな怒気が混じる。

 駄目だ。駄目だな。確かに、その歳でそれだけの力を有するに至っているのだ。お前には私とは比較にならない天賦(てんぷ)の才能があるんだろう。それでも、いやだからこそ――。


「腹の底から可笑しいね。だって、お前には決定的に足りないものがあるもの」

『足りないものぉ!?』

 

 もう言葉は無粋(ぶすい)だ。あとはこの未熟で滑稽(こっけい)な若造に骨の(ずい)まで教え込むだけ。


「若造、お前のお飯事(ままごと)ではない、本物の闘争というものを教えてやる」


 私は重心を低くし、腹筋に力を入れる。


『お前――』


 紫スーツの男が口を開こうとした刹那、私は【電光石火】を発動し、大地を疾走する。

 こうして、私は無様な蹂躙劇(ワンサイドゲーム)を開始した。


お読みいただきありがとうございます。

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