第47話 決戦前演説 ゲオルグ
ゲオルグ・ローズ・アーカイブ
――サザーランド北門外付近
サザーランドの北門の外に広がる荒野の様々な場所には、各二千人規模の約一五の師団が配置についている。
配置は、正規軍考案の馬の蹄のような無様な陣形ではなく、非対称であり、いくつもの戦場に点在する。これは、よく冒険者達が魔物の大量発生の際などに取る陣形に近く、相互の連携を重視するものとなっている。
この度のアンデッドの厄介さは、まず、操っている者がいる可能性が一つ。そして、あまりの大軍のために、その操り方が中途半端なことが予想されることだ。この厄介な性質なために、戦闘形式は、魔物に対するものがベスト。その判断からだった。
この陣形ならば、仮に一師団が突き崩されても、その薄くなった部分を救援に向かうことで十分に対処できるし、密集していないから、動きやすく退避もしやすい。
無論、この陣形には正規軍を始めとする門閥貴族は猛反発した。だが、ならば、奴らが主張する蹄型陣形の最前戦を正規軍に任せたいと提案した途端、たちまち、その反論は立ち消えになる。
軍の総指揮権は皇帝たるこのゲオルグ・ローズ・アーカイブにある。この戦争に負ければ、このアーカイブは滅びるのだ。門閥貴族共の我儘や自尊心に付き合ってやれるのはあくまで、平時のみ。今はこの戦を切り抜けること自体に集中すべきだろう。
(さて、向こうはどうか……)
つい、十数時間前、斥候から数万のアンデッドが本体を離れ、サームクスへ、向かっている旨の報告を受けていたのだ。
(グレイ達の危惧が現実化したか)
グレイ・ミラードをこのサザーランドから遠ざけようとした者がいるのは、ほぼこれで確定的だろう。
(帝国全軍よりも、たった一人の子供を恐れるか……舐められたものだな)
グレイの非常識さに鑑みれば、悔しいがその判断は理にかなっている。おそらく、こうもゲオルグがこの戦に不安感を覚えるのも、グレイ・ミラードという子供がこの地にいないことに起因する。
だが、その不安の代償として、ゲオルグ達も重要な事実を掴んだ。即ち、キュロスがこの事件の黒幕と内通している可能性が高いこと。
キュロス達門閥貴族も帝国民には違いない。商業ギルドに所属していない奴らにとって、帝国は己の権力と財の基盤。失って最も困るのは実のところ、グレイ達より奴らの方なのだ。例え己のためだったとしても祖国を守るために行動するならば、それは立派な愛国心であり、愛国者だ。
だからこそ、そんな立場のキュロスは、いかなる理由があろうとも祖国だけは犠牲にするはずがない。そう考えていた。いや、そう信じたかったのだ。そして、その淡い期待はサームクスへのアンデッドの襲撃により、今回、粉々に砕かれてしまう。強引にグレイをサームクスへ護送し、その上でアンデッドが襲撃したのだ。これを偶然として片付けるほど、ゲオルグは平和ボケしてはいない。
(腹は決まった)
目先の利益のみに固執し、自己の土台すらも切り崩すような無能な輩は、この帝国には存在してはならない。この事件で確実に粛清しなければならない。
「陛下、そろそろお時間です」
「ああ」
斥候の情報では、あと一時間足らずで、アンデッド共はこの荒野へ姿を見せる。
馬にまたがり、前に進み出ると、数多の諸侯達が跪いていた。その背後の三万もの兵士や傭兵達もそれにならう。
「皆の者、もうじきこの地にアンデッド共が襲来する。頭を上げてくれ」
一度、言葉を切って、皆を見渡すと、幾つもの種類の眼が、ゲオルグに突き刺さる。
――祖国、家族を守らんがため、命を燃やし尽くさんとする決意の眼。
――武功を上げて、のしあがらんとする野望の眼。
――数倍にも及ぶアンデッド共を前に、生存本能が刺激され、怯えが混じり合った不安な眼。
――混乱のさなかにも、自己の利益と保身を図ろうとする弱き心の眼
これらは、どれも正しく、否定など到底できぬ種類のものだ。唯一つの例外を除いては――。
「陛下、恐れながら、この度の軍の配置――」
キュロスが小賢しい口を開こうとするが、
「キュロス、そなたには勇者殿と共に最前線での奮闘を命じる」
打ち消すようにただ強くそう命じる。
「何を仰います! 戦には得手不得手がございます。前線の維持は遠征軍が担い、正規軍が将たる陛下をお守りするのが伝統。よもやお忘れになられましたかっ!!?」
「これが将を取らんとする人間同士の争いならそうなのであろうよ。しかし、この度はアンデッドの襲来という極めて稀有な事態だ。きゃつらは、知能のない魔物と同じ。余の命など狙ってこぬ」
「ですが、万に一つがございますっ!」
「キュロス公、そなたは余がアンデッドごときに後れを取るとでもいいたいのか?」
「い、いえそのようなことは――」
「それにな、キュロス公、余はそなたにだけは背中を預けたくはない」
己の口から出た言葉は、自分でもぞっとするほど温かみに欠けていた。
「そ、それはどういう意味で――」
もはや、この者は救えない。それが相対してみてよくわかった。
「その答えは既に出ているはずだ。そなた自身で考えよ」
「陛下、貴方は――御父上たる上皇様の意に背くつもりですか!!?」
あの差別主義者の老いぼれと同様、こいつらはこの帝国に住まう害虫だ。しかも極めて性質の悪い。
もういい、俺の決意は固まった。この者と話すことは二度とない。それよりも。
視線をキュロスの脇へと向ける。
「勇者殿、余がそなたを前線に送った理由わかるな?」
「ああ」
ただ一人、胡坐をかいたまま勇者はそっぽを向きつつも軽く頷く。
「そなたには、幾度か帝国を救ってもらったという恩もある。だから――」
「僕はそれで構わない。無事、終わったら全て話すさ」
勇者ユキヒロは立ち上がり、
「ゲオルグ、今までありがとう」
そう呟くと、死地である戦場へと歩いていく。
(くそっ! 何、偉ぶってやがる‼ 全部、俺の撒いた種だろうがっ!!)
この世界に来た当初、勇者はあの最大の魔竜の襲来からその卓越した力で民を守ってくれた。それでも、人を傷つけることだけは、仮令山賊相手でも決してしない。そんな心根の優しい少年だったのだ。
当時の勇者はまだ一二歳の子供。黒く染まるも、白く染まるもゲオルグ達大人次第。そのようなことは、ゲオルグが最も理解していたはずだったのに。
守ってやるべきだった。それが大人の責任なのだから。なのに、実父たる皇帝の命という甘い言い訳をして、結局、勇者を使い潰すのを許した。
同じだ。俺もあれだけ憎み、軽蔑したあのクサレ外道やキュロス達門閥貴族共と同じ道を、知らず知らずのうちに歩んでいた。
(もう沢山だ……)
ゲオルグと勇者のやり取りを、皆黙って眺めている。
背景事情をゲオルグ並みに知るものから、全く知らぬ勇者の信奉者まで幅広くあった。
だが、この重苦しい空気と勇者の覚悟を知ってか、誰も口を開かない。
ゲオルグは馬から降り、
「余がかけられる言葉はこれだけだ!」
大きく息を吸い込む。
「必ず、欠けることなく、生き残ってくれぇ!!!」
視線を地面に固定した状態で、言葉を喉が破れんばかりに絞り出す。
戦の将の役割は、味方への鼓舞。このような情けなくも非現実的な台詞、将としては明らかに失格もいいところだ。
あの者……グレイなら、きっともっと上手く語り、兵士達を鼓舞するのだろう。グレイにはあの上皇と同じものがあるから。
(器ではないのだろうな……)
¨お前は、皇帝の器ではない¨、上皇たるあの外道に言われた言葉。上皇は、褒めるべきこともなければ、尊敬するところなど微塵もない。そんな奴だ。
しかし、確かに、皇帝としての威厳やカリスマはあの外道の方が遥かに上。ゲオルグには致命的なほど足らないものを持っている。
「顔を上げて、御覧なさい」
隣の爺の言葉に、顔を上げた刹那、大地を揺らさんばかりの大音声が鼓膜を震わせる。その雄叫びは、次々に伝搬し、戦場たる荒野を駆け抜けていく。
「陛下は、ご自分の信じる道をお行きなされ。我ら臣下はそれを全力で支えるのみ」
ジークが跪き、家臣達も咆哮を止めると、それに倣う。
「全軍出陣せよ!!」
ゲオルグは、戦端開始の号令を発した。
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